02 現状把握その2
眼をあけるとそこはさっき起きた和室ではなく、周りを高層ビルで隙間なく固められた公園のような場所に立っていた。公園のような、というのはブランコが一つだけポツンとあったからだ。他には彼女しかいない。蝶の柄の真っ赤な着物に下駄、身長はさほど高くなく、顔からは幼さが抜けきっていない。だがこちらを見て微笑む彼女からは凜さんとは違う母性のようなものが感じられる。髪は黒ではなく漆黒、きれいに肩のあたりで切りそろえられていて、純正日本人といって通るほど。そんな少女を背景に、高層ビルが立ち並ぶ姿はどうしようもなくシュールだ。
「お疲れ様でした。私からも説明しなければならないのですが、まずは謝らなければなりませんね。」
そう言ってその少女はその場に平伏した。いわゆる土下座の状態だ。
「自分勝手な理由であなた様を巻き込んだ挙句、条件とはいえ勝手にあなた様の過去を凜様に話してしまいました。すべて自分の為にしたことです。本当に申し訳ありませんでした。」
土下座の状態ではきはきと喋るさまは、着ている衣服と相まってとても位の高い人だとわかる。
「顔を上げてください。仮にもあなたは神様なんでしょう?一般人に土下座なんてとんでもないですよ。別に僕は嫌だとは思っていませんから。」
「そうですか、では。」
ゆっくりと立ち上がる。
「そして訂正させていただくなら、正確には私は神様ではありません。神様代理です。」
「え?でも凜さんは神様って…まぁそこらへんから説明してもらえますか?」
「はい。では自己紹介から、私は生と死とつかさどる神です。先代が正式な引き継ぎなしに居なくなってしまったので現在は代理ですが。」
予想以上にすごい神様そうだ…生と死って…。ん?
「先代ってどういうことですか?神様が死んじゃったりするんですか?」
「基本的に神は死にません。ですが生と死をつかさどる神は違います。生に関しての制約はないそうですが、死に関しては一つ命を奪うごとに自分の命も削られるそうです。それによって無限に生きることはできない為後釜を残しておくんです。まぁ誰も殺さなければ無限に生きられるのにおかしな話しです。自分が死ぬために誰かを殺した人もいたかもしれませんけどね。で、私が後釜だったんですけどいつの間にかあの人居なくなってたんですよ。もしあの人が既に死んでいたら問題なかったんですが、あの人まだ生きてるんですよね。探してもらいたい人はその先代なんです。」
「どうしてその先代がまだ生きていると分かるんですか?」
「生と死の力は正式な儀式で何年もかけて継承するか、あるいは先代が死ぬ事で後釜がすぐに継承します。しかし私には正式な儀式で継承した生の力しかありません。つまりあの人まだ生きてるんですよ。」
この代理様はあの人、つまり先代をよくは思っていなかったようだ。それが会話ににじみ出ている。
「話しを聞いている限りではその先代さんの事をあまりよく思っていないようですね。」
「正直に言うと…そうですね。しょっちゅう居なくなっては何日も帰ってこないし、帰ってきたと思ったらなんか厄介事持ってくるし、あげく責任取るの私だし…。元はと言えば私をここに連れてきたときもそうでした。嫌だと言ったのに無理やり手を引っ張るし、最後には眠らされていつの間にかここにいたし…。」
なんかほとんど愚痴だなぁ。そしてここの人たちは何でもかんでも眠らせるのか?それとも相手が人間だとそれくらいしかできないのか?あれ?
「そういえば気になってたんですけど、もしかしてもとは人間ですか?」
服装といい喋り方といい、位の高い武家屋敷の出身とか?最後らへんキャラ崩壊し始めてたけど。
「そうですね。というか私たちは皆もと人間らしいです。あの人から教えてもらった数少ない情報ですね。」
もはや隠そうともしないな…キャラはこれで定着していいのか?
「ある程度情報がそろってきたところで聞きたいんですが、どうして僕を選んだんですか?」
今まで聞かなかったけどこれが一番重要だ。今後の為にも。
「それは…」
代理さんは目を伏せた。言葉を選んでいるようだ。そしてまた平伏する。
「人を選んでいる状況ではありませんでした。たまたま神林にいたから、です。私はまだ正式な神では無い為、こちら側ならいざ知らず、あちら側では神林を動くことはできません。その為神林にたまたまいたあなた様に来ていただきました。」
「だからそんなことしないでくださいって。これからもそんなことでは僕の息が詰まります。」
「…はい。」
眼を伏せたまま立ち上がる。なんか本当よく躾けられてきたんだなぁ。そんなことよりこれで自分の意思であの森、森林だっけ、いや神林かな、に入ったのだと分かった。小さい事のようで結構重要だったのだ。そして代理様のキャラもおおむね把握。
「僕はここに連れてこられたことをそこまで嫌だとは思っていません。なので気にしないでください。」
「…はい。」
依然として目を伏せたままだ。あれ?最初の時はあっさりだったのに今回はどうして?…ああそうか、冷静になって初対面の人に愚痴をこぼしたことを反省してるのか…。なんてよくできた子。神様だけど。代理だけど。
「ところでさっきの話しを思い返していて気づいたんですけど、先代さんはしょっちゅう居なくなっては何日も帰ってこなかったんですよね?どうして今回は焦っているんですか?」
「実は痕跡が何もないんです。今までは私が何もしなくても凜様や他の方たちがどこにいるのか教えてくれたり、見ていてくれたりしていたんですけど今回は何もなくて…。いつの間にか居なくなっていたけれど、またいつもの様に誰か教えてくれるだろうと思っていれば誰も言ってこない。それで凜様に相談して管狐を使って探してくれたんですけど痕跡すら見つけられなくて…。これはまずいという事になったわけです。居なくなってから相当時間がたっていましたし…。」
さっきまでは先代の事となると嫌みばかりだったのに、今回は打って変わって心配性なお母さんの様だ。…居なくなってその大事さに気づくって奴だな。…少し胸の奥がざわついた。
「そういう事ですか…。先代さんが心配なんですね。」
「いや、そういうことではなく…儀式も正式に終わっていませんし…それにまだ生きてるみたいですし…、えーとそれに…。」
視線をあちらこちらにせわしなく移しながら顔を赤くして必死に言葉を探す様は、まさに年相応のかわいさにあふれている。あー癒される。
「そっそんな事より他に聞きたいことはないんですか?それにその顔は気持ち悪いですよ?」
あう、不覚にもにやにやしてしまったようだ。でも必死に冷静を装う姿もかわいい。…また胸の奥ざわついた。
「そうですね…じゃこの空間はなんですか?」
「これは私が創ったものではなくあなた様が創ったものです。これが今のあなた様の心を表しているのでしょう」
高層ビルに周りを固められ、ブランコが一つしかない公園らしき場所。改めてよく観察すると高層ビルの一つ一つに自動ドアのようなものがある。近づいてみるも開く気配はない。
「それはあなた様自身が何かを隠しているのでしょう。きっかけがあれば開くかもしれませんね。」
隠している…僕が僕に何かを隠している…うまく考えられない。考えるのを拒否している様な感じだ。
「この空もその影響でしょう。」
空?真っ暗だ。何もない。夜であるにしても星のひとつもない。そしてこの公園は夜の様な暗さではなく夕焼けを浴びている様な、どちらかというとまだ明るい。明るい場所と暗い場所の境目を探してみたが遠すぎて見えなかった。
「そろそろいいころ合いです。生活の比重の多くは凜様にお任せしているわけですし、これ以上は迷惑になりますね。」
「いやちょっと待っ」
有無を言わさず、ここにきて三度目になる意識が遠くなる現象を感じた。