011 少しだけ回想
何か特別なことがあるわけでもないただのいじめ。俗に言う小学生いじめ。自分が、というか小さい自分がいじめられているところを僕は冷静に眺めていた。観賞していた。まるで現実感がない。過去の自分であったはずなのに自分な気がしない。くだらない映画でも見ている気分だ。もし映画ならこの後「いじめいくない!」なんて言ってくれる誰かが用意されているもんだが現実は甘くない。甘いなら誰だって夢は見ないし理想も描かない。誰かが得をすれば誰かが損をしなければならない。それがバランスというものだ。大人はこのことを子供に言ってあげるべきだと思う。「夢は叶わない対象なのだと」世の中には自分の夢が叶った、と胸を張って言える人が一体何人いるというのだろうか。もし仮に世界の全人口の3割が夢が叶うバランスだったとする。だがよく考えてみる。妥協したとしても夢は叶った内に入るのだろうか。もし入らないのなら3割という数字はものすごく大きい数字だ。この数字にはかける意味がある、と思えただろう。だがやはり現実は違うのだ。最低何になりたい、ここまでできればいいや、これも夢の一部だ、これを夢が叶ったと捉えない人はこの世界にどれだけ存在しているのだろうか。妥協、人生は妥協の繰り返しなんて言葉は生ぬるい、僕に言わせれば人生は妥協しかない。一つ一つ意識していけば自分がどれだけ妥協していて、どれだけ時間を無駄にしているか分かる。自覚できる。自覚してしまう。普通に生活するのにこんな考え方なんて微塵も必要ないのに意識するだけで世界は急に色を無くす。自分がいかにあやふやなのか、世界がどれだけあやふやなのか分かる。解る必要なんてないのに。
おっと。先生が教室に入ってきた。ポニーテールの女教師。机を囲んでいたいじめっ子達はすでに席を離れて別の場所で何事もなかったかのように談笑している。先生の足音を聞いて逃げたらしい。これから終礼らしい。先生は淡々と要件を述べて終了。そして帰路へ。道中またいじめっ子が来て何やら騒いでいたが途中で飽きたように帰って行った。一人とぼとぼ歩く小学生の自分。その後ろを歩く僕。変な気分だ。ふと後ろから声がかかった。僕の名前を呼ばれたので思わず振り返ってしまった。見ると赤いランドセルを背負った女の子。前の僕は振り返らなかった。
「ねえ待ってよ宴ちゃん。ねえってば。」
「待たないよ。それに宴ちゃん言うな。僕は男だ。」
女の子は走って行って前の僕の隣へ。はたから見たら今の自分は不審者に見えていることだろう。見えていないから気にする必要ないが。
「宴ちゃんは宴ちゃんだよ。そんなことよりいいの?あんなの放っておいて」
「いいんだよ。放っておけば勝手に飽きるさ。仮に何かするとしてもあの先生は多分、お前の問題はお前で何とかしろ。って言うと思うし、親には心配かけたくないし。そんなことよりいいのよ優奈は?僕といたら鴨になるぞ。」
この子は優奈というのか。何となく聞き覚えのあるフレーズ。というか小学生の僕、いじめられっ子が様になってやがるな。典型的じゃないか。そして自爆するんだろうが。
「いいんだよ。もうついてきてないし。」
「保身第一か…。」
「当たり前でしょ。あー、さびしい?ねえねえさびしい?一緒に鴨になってあげる、とでも言ってほしかった?」
「それほどではないにしろそれに似た何かは言ってほしかったな。」
「そーですか。残念でしたね。」
「残念だよ。今僕はいじめられている時よりさびしいよ。」
「平然とした顔で言われてもなー。」
「慣れてますからね。ここまでテンプレ。」
「あり?そうだっけ?」
「…。」
僕って、昔からろくな女の人に会ってなかったんだな。今もひどいけどこの時も大概だ。女運なのだろうか…。空を見ながら自分のどうしようもない運のことを考えていたら優奈ちゃんの家についたようだ。その隣が僕の家。なるほど幼馴染か。少し会話してお互いの家へ帰る。少し迷って自分の家のドアの前に立つ。深呼吸を一つ。中へ。
「…っつ!」
「お帰りなさい。凜さんに怒られてしまいました。」
気が付けば椅子に座っている。全身傷だらけ服もボロボロな凜さんがそこに怒った顔で立っていた。これが鬼の形相か、いや狐だから…まあいいか。
「さあ帰るぞ。邪魔したな。」
「いえいえ。お気になさらず。むしろ呼んだようなものですから。」
「そうだったな。」
凜さんに促されあのでっかい風穴の前へ。
「掴まってろ。」
この凜さんにさからったらまずいのでおもむろに背中から抱きついてみた。反応は…無し。心底よかった。その後凜さんはびゅーんと飛んですぐにお家。出迎えは数々の種類の面をかぶった狐達。また新しい模様が多数。その後僕はいつも通りの霊安室に通され待つように言われた。ここにきてようやくおぼろげにまずいことしたなと思えてきた。少しすると服だけを着替えた凜さんが来た。体にはまだ癒えていない生傷の数々。そして開口一番。
「大丈夫か?怪我はないか?」
そういってニヒルな笑みを浮かべた。違うでしょう。それは全く違う。大丈夫じゃないのは凜さんで
怪我があるのも凜さんで僕は怪我どころか歓迎されてたし。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。」
「そーか。ならまぁいいや。一応お疲れさん。あいつのところには直接聞きに行きたくなかったんだが途中のなんやかんやをお前のおかげですっ飛ばせたよ、ありがとな。で、あいつはなんか知ってたか?」
「残念ながら何も知らないそうです。ただ手伝ってくれそうな気配はありましたけど。」
「いやそれはあんまりだな。あいつとはあまり関わらない方がいい。」
「そうですか?結構楽しかったですけど。」
「まぁお前がいいならいいか。あいつも今のところお前をどうこうする気はないようだし、友達も多いほうがいいしな。」
「そうですよね。時に凜さん。」
「ん?なんだ?」
「久しぶりに話すと楽しいです。」
凜さんは一瞬目を丸くしてその後けらけらと笑い出した。僕も一緒に笑っといた。そして思った。僕って結構大事にされてるよな、と。