自己肯定感カンスト令嬢は、モラハラ気味の婚約者を無自覚に矯正する
公爵家の末っ子長女であるマーガレットは、それはそれは愛されて育った。
跡取りの長男ができた後、そろそろ女の子も欲しいと思っていたが生まれたのは立て続けに男の子。
まあ、男の子も可愛いねと思いはしたが、やはり女の子も欲しいという気持ちを諦めきれずに早数年。
やっと生まれた女の子に、公爵家の人間は皆メロメロになった。
両親にはもちろん溺愛され、年の離れた3人の兄たちからの常軌を逸した過保護、祖父母はまさに目に入れても痛くないと何かあるたびにプレゼントを寄越した。そして使用人たちもやんちゃな3兄弟とは違い、柔らかく華奢な女の子に大興奮。誰が彼女の世話をするのか、主人たちも交えての争いがおこるくらいだった。
そして、そんな環境で育った彼女の自己肯定感は天を衝くほどに高くなっていた。
マーガレットにとって「自分が世界で一番可愛くて素晴らしい」というのは、太陽が東から昇るのと同じくらい当たり前の事実であった。
そんな彼女に婚約者ができたのは、10歳の時のことだ。相手は1つ年上の第2王子、リカルドである。
王族としてのプライドが高く、勝手に決まった婚約者に不満をもっていた11歳のリカルドは、初対面のマーガレットを見下すように鼻で笑って言い放った。
「お前みたいなブスな婚約者、本当は嫌なんだからな。そんなお前を相手にしてやれるのは、心の広い俺くらいなものだ。感謝しろよ。」
普通の令嬢であれば、泣き出してしまうか、心を深く傷つけてしまう言葉だろう。
しかし、自己肯定感がカンストしているマーガレットは違った。彼女はポカンと口を開けた後、ひどく胸を痛めたように眉を下げた。
同席していた王子の従者は慌てて王子を制御しようとし、見守っていたマーガレットの兄達は殺気立って王子に詰め寄ろうと立ち上がりかけた。
王子もつい心にもないことを言ってしまったことを後悔し、訂正の言葉を発しようとした。
その前にマーガレットが悲しげな表情のままに口を開いた。
「まあ……。わたくしの美しさがわからないなんて、なんて可哀そうなの。」
「は……?」
両手を頬に当てて本気で憐れむマーガレットに、リカルドは呆気にとられた。
マーガレットは自分自身の傷ではなく、目の前にいる王子の「深刻な欠陥」に対して嘆いていた。
「ああ、殿下。王族だというのに「審美眼」がないなんて、お可哀そうに。わたくしがきちんと「ただしい価値」というものをお教えしてさし上げますわ!」
「……はあ!?」
この日から、マーガレットによる「美と真理の教育(という名の無自覚な矯正)」が幕を開けた。
リカルドが「今日のお前のドレス、派手すぎて目が痛いな」とわざと意地悪を言えば、マーガレットは「まあ! ごめんなさい。殿下はわたくしの輝きに目が眩んでしまったのね。色めがねをご用意いたしましょうか?」と本気で心配した。
「お前は本当に頭が悪いな」と小馬鹿にすれば、「殿下の難しいお話を聞いてあげるために、わざと余白を残してあるのですわ。さあ、わたくしに分かるように賢い殿下が解説してくださいな。」と殿下を褒め称えながら面倒ごとを丸投げした。
何を言ってもまったくダメージを与えられないどころか、「審美眼のない可哀そうな殿下」として同情を交えながら温かな眼差しを向けてくるマーガレットに対し、リカルドは次第に疲弊していった。
素直になれないからと言って毒を吐くのは無駄であり、むしろ自分の首を絞めるだけだと悟ったリカルドは、いつしか言葉よりも行動で彼女を管理するようになった。
マーガレットがリカルドの「審美眼」を鍛えようと美しいバラの咲く庭園を案内しようとしたところ、薔薇の棘にドレスの裾を引っ掛け転びそうになってしまった。そんな彼女をリカルドはサッと抱き留め、今度は転ばないようにと彼女の腰を抱き寄せて歩き始めた。
「まあ、殿下。少し歩きにくいですわ。」
「お前は危なっかしくて目が離せない。それならこうして歩いた方が安心だ。」
彼女が「天使の歩み」と称してスキップをして転びそうになれば、そのままふわりと抱き上げ、抱えて歩いた。
「まあ、殿下。わたくし自分で歩けますわ。」
「お前は軽すぎてどこかに飛んで行ってしまうかもしれない。だからこうして捕まえておかなければ。」
一事が万事そんな調子で年月は流れ――。
二人が王立学園の高等部へ上がる頃には、かつてのモラハラ予備軍の面影はどこへやら。リカルドはすっかり「世話焼きな激甘婚約者」へと見事なクラスチェンジを遂げていた。
「ほら、マーガレット。リボンが少し曲がっているぞ。お前は俺が見ていないと、本当にすぐ身なりを崩すんだから。」
「ふふっ、ありがとうございます殿下。わたくしの完璧な美しさが、殿下の手によってさらに完成されましたわ。」
「はいはい、そうだな。お前はいつも美しいよ。」
学園の中庭。リカルドは深いタメ息をつきながらも、マーガレットの髪を直す手つきはひどく優しく、手慣れたものであった。
その時である
「きゃあっ!」
二人の目の前で、不自然なほど派手に転び、リカルドの胸元へ飛び込もうとする少女が現れた。最近学園に編入してきた平民出身の特待生、男爵令嬢のマリアである。
実は彼女はこの世界を舞台にした乙女ゲームの主人公であり、ここは本来なら『運命の出会いイベント』が発生する場面であった。
しかし。
「――っ、危ない、マーガレット!水たまりだ!」
「えっ?」
べしゃッ!
リカルドは、飛び込んできたマリアを華麗なステップで完全回避し、マーガレットを抱き上げた。誰も受け止める者がいなくなったヒロインのマリアは、そのまま水たまりに顔からダイブしてしまった。
「マーガレット、お前は本当に危なっかしい。これだから目が離せない。」
「まあ、殿下。わたくしの歩く道に水たまりがあるのがいけないのですわ。でも、殿下が守ってくださったから結果オーライですわね!」
「お前なぁ……。まったく、俺がいないとダメだな、お前は。」
リカルドは呆れたように言いながらも、マーガレットを抱き寄せる腕の力はどこか誇らしげであった。
「あ、あの……殿下……?」
地面に倒れたままのマリアが、涙目でリカルドを見上げた。普通ならここで手を差し伸べるか、せめて声をかける場面だろう。
しかし、すっかり「マーガレット専属世話焼き係」として完成されているリカルドの目には、愛しい婚約者のドレスの裾に泥が跳ねていないかどうかしか見えていなかった。
「おい、そこのお前。急に飛び出してきてマーガレットにぶつかったらどうするつもりだ。歩く時は前を見ろ。」
冷たく言い放つリカルド。かつてマーガレットに取っていた高圧的な態度とは打って変わり、今や完全に彼女を守り、他者を排除するためのものになっていた。
「さあ、マーガレット。教室へ行くぞ。泥が跳ねていないかしっかり確認しなければ。」
「ふふふ。殿下はわたくしのお世話をするのが大好きですものね!」
「ああ、お前の面倒を見るのは俺の役目だからな。」
かつての俺様王子とのロマンスを夢見ていたかもしれないマリアを完全に置き去りにして、二人は仲良く歩き出す。といってもマーガレットはまだリカルドに抱き上げられたままだったが。
今日もマーガレットは最高に可愛く美しく、彼女の婚約者は優秀な世話焼き役なのであった。




