8・虚構
乗降ハッチから身を乗り出し、辺りを見回す。
茫洋とした、だだっぴろい空間に、ただ気流が通過する。
どこを見渡そうと、見つかるはずもない。
ナナミは消滅してしまった。
事実を、どうしても認めたくない。
どうすればいいのか。
僕は迷った。迷いに迷った。だからハッチを封鎖するのも、ためらってしまう。
ずいぶん迷ってから、メインフロアへ戻ってみる。
操縦席にもたれかかる。
ふと端末の方を見ると、メールが届いている。
メールを確認するのって、もう僕しかいないじゃないか。
〈船団ID・OBN204 世界座標・ーー 主任ナナミの活動反応消失〉
わかってるね。
そんな事は判ってる。消失したんだよ、ナナミは。
内容をあらためる。
センターがナナミの反応消失について、報告を催促してる。
報告書の作成。いったい僕、何をしてるんだ。
淡々とパネル操作する。メール返信。
ナナミの言葉が、頭の中によぎる。
(今度は、私の番だから)
ナナミが死んだのは僕の責任なのか。
僕がアリサのくしゃみで死んだから、今度はナナミの番なのか。
わからない。身体の震えが止まらない。
こんな症状に、どうやって誇りを持てばいいんだ。
教えてほしい。ナナミ、教えてほしい。
メールの着信音。
またセンターからか、いい加減にしてくれ。
そんな気持ちで、メールを確認する。
〈船団ID・OBN204 世界座標・ーー ナナミの再生手続き〉
……再生。
文面をあらためる。センターの補助金と労働災害手当。
それらで、ナナミの再生はほぼ無料になっている。
確認内容にすべて承諾し、返信。
ナナミが再生される。そうだ、あの時の僕みたいに。
この船の、あの部屋で、再生されるんだ。
でも僕の震えは、止まらない。
何かがどうしようもなく、恐ろしい。
椅子に座って、ただ震えている。
そうしているうちに、判ってくる。
恐ろしさが、だんだん輪郭をともなってくる。
再派遣されてくるナナミは、ナナミであってナナミじゃない。
賢くてカッコイイ、僕の好きだったナナミ主任じゃない……
……でも。
震えは治まってきた。
やっと判ってきた。
愚かなのは、僕だった。
あの時、あの部屋で僕が再生され、それをナナミが待っていた。
ナナミがその時、どんな想いを抱えていたのか。
ようやく今、判った。愚かなのは僕だった。
だから、僕は向き合わないといけない。
新しいナナミと。
それがきっと、ナナミが伝えてくれた、誇りなんだ。
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あの部屋で、新しいナナミが目覚める。
美しいボディが、おずおずと起き上がる。
僕はメインフロアで、大きく深呼吸する。
スピーカー越しに呼びかける。
「おはようナナミ。僕はサンゴ。服を着たらこっちへ来て欲しい」
間近で対面する、新しいナナミ。
顔を見るのがつらい。その表情は固く、全てを警戒してる。
でもその顔は、紛れもなくナナミだ。
僕は、受け継いだ誇りだけを頼りに、話しかける。
「ナナミ、君には職業選択の自由があるよね」
「……はい、当然です」
「ここで、僕は巨人観察業をしている」
「巨人観察業、ですか?」
「うん」
「まだ、不明確な事が多すぎて……」
「そうだろうね」
「私がこの場で目覚めた理由が、判りません」
僕はどうしたらいいだろうか……何と説明すればいいのか。
いや、迷っても仕方ない。
操縦席の方を見る。モニターに映る気流。
かなり安定している。今なら……
「どうだろうナナミ、実際に巨人を見て、何かを感じてみないか?」
「……」
ちょうど、互いに作業着姿だ。
船は自動操縦モードに切り替える。
天井のハッチ、2重ロックを開放する。
2人分のフックを掛けるのも忘れない。
「さあ、こっちへ」
すぐ下で躊躇してる。手をさし伸ばす。
船上に登った途端、気流に身体を運ばれそうになる。
僕は新しいナナミの身体を支え、そこに立つ。
触れあっているだけで、感情が伝わってくる。
警戒し、身を強張らせている。僕はただ心を押さえる。
「あれが巨人。アリサという名前だよ。思い切り見上げてみて」
アリサは、いつの間にか横たわっている。
寝てるんだ。限界いっぱいまで見上げると、なんとかその様子が判別できる。
よくよく見上げれば、でっかく口を開けている。笑ってるようでもある。
あまりにも巨大で、僕の想いなど、はるか超えた先にいるように見える。
「あの子が、マイクリング開発者の娘らしいよ。僕にはよく理解できなかった」
「……」
「僕は、独りでは判らない事だらけだった」
「……」
でも、誇りだけは忘れない。僕とナナミの誇り。
そして今度は、僕の番だ。僕が主任になったんだ。
「巨人観察業は、危険も多い仕事だよ。でも良かったら、君と……」
新しいナナミに、僕の声は聞こえてるのか、聞こえてないのか。
巨人を見上げていた。じっと見続けていた。
それから、僕の方を向いた。
「やってみます、よろしく、サンゴ」
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実は、それからが大変だった。
船を自動操縦モードにしたのは、別の船に乗り換える積もりだったから。
なにしろ、アリサちゃんの観察でボロボロになってたからね。
それで四苦八苦しながらも、ケーブルを伝って乗り換えた。
もちろん、新しいナナミも一緒だ。
落ち着いたから休憩がてら、食事に誘ったんだけどね。
いきなり拒否されちゃった。
“データベースを閲覧させて下さい”の一点張りだったよ。
もちろん君が望むなら、納得いくまで調べてほしい。
それはそれは熱心に、学習してた。
それでついさっき、やっと食事を始めたところだ。
新しいナナミは、食事でだんだん酔ってきた。
そして、酔いがイイ感じで回ってきた頃……
記憶が初期化されるとどうなるのか、僕に思い知らせてきたんだ。
「巨人観察とは、観察を通じて巨人の本質へと迫る行為ですね。やはり私がここで再生された事には、深い因果関係を感じます。巨人を理解しなければ、私たちマイクリングを理解する事も不可能なのですから」
「ん?うんそうだね」
「ところでサンゴ、データベースにはあなたの不適切と思われる行動ログ・最適化されていない行動ログが合計324箇所、見受けられたのですが。このような職場環境では私としても、最悪、職業選択の自由を行使する決断も考慮せねばなりません。それは不本意な選択です」
「そう、だね」
「サンゴ、私が言いたい事を理解してますか?高度な連携なしには巨人観察は成立しえないのです。つまりですね、互いの生存性を高めあい、互いの長期記憶を保持しあってこそ、堅実なフィールドワークが実現できるのです。だから適切な危険予知と、あと、その、お互いのパートナーシップをですね……ちょっとサンゴ、真面目に聞いてますか?」
「うん」
僕は相槌を打ったね、とりあえず。
僕も少し酔ったみたいだ。
胸がいっぱいになって、返事に困っちゃった。
〈完〉
*あとがき*
読んでくださり、本当に有難うございます。
この作品で描きたかったのは、サンゴとナナミの恋愛です。
2人は危険な職場で働いてます。しばしば落命します。
その度に、記憶を失って再生を繰り返してます。
生身の人間とは異なったルールで生きてます。
サンゴとナナミの関係は、救われないループかもしれない。
でも視方を変えれば、とても幸福な関係かもしれない。
記憶の断絶を乗り越えつつ、互いに「一目惚れ」を繰り返せるから。
ナナミ主任を失ったサンゴは、ひと周り成長するでしょう。
新しいナナミを大切にして、新しい関係を築いていくでしょう。
本作で描いたシーンの後にも、前にも、そんな2人の生活があるでしょう。
サンゴとナナミの関係は、互いに吸引しあう円環構造をしています。
ふたりとも少々、問題のある性格だけど、これは作風なので勘弁してください
4月中旬から、新しい集中連載を始める予定です。
この巨人観察業よりは長めのストーリーで、コメディ要素も増量してます。
その前に気が向いたら、うんと短い短編も投稿するかもしれません。
描くジャンルは異なりますが、是非、読んでみて欲しいなと思います。
もし本作に「コメディ」と「ラブ」を感じ取って貰えたなら……
きっと次回作も、楽しんでもらえると期待しています。




