5・摸倣子
僕は着替えた。
ドレッサールームから戻ると、ナナミは操縦席でパネルを操作してる。
「撮影可能な距離に届いてない」
「よしっ、任せて」
僕はナナミと操縦を代わる事にする。
なにしろ僕も、すでに巨人観察のプロフェッショナルだからね。
ナナミは隣の席に座りなおしてから、僕に注目してる。
よおし、盛り上がってきた!
「気流任せだとデータ収集が遅れちゃう、船をジャンプさせよう」
「オーケーナナミ、了解っ」
ジャンプか、よし。
パネルを眺める。ジャンプボタンを探す。
……なんだこれ。全然わかんないね。
「手前にトラックボールがあるでしょう、判る?」
「ああ、これ?」
「そう、進みたい方位に回転させれば補正がかかり、安全ルートが選択される」
「ふん、ふん」
「サンゴ、丁寧に」
えっ、丁寧に回してるんだけど。
まだ僕、あせってるかな?
「……サンゴ、交代するよ」
そんなっ、自信を持ってチャレンジしたのに。
ナナミは再度、操縦席へ座る。トラックボールを操作する。
僕は、要するに助手席だね。
「サンゴ、あなたなら操縦は見てればすぐ覚えるよ」
「あ、ああ判ったよ」
船体が少し、昇り加減に傾いていく。
ナナミ主任がパネルキーをポンと押下する。
その途端、全身が猛烈に座席へ押し付けられる。
「摩擦負荷が増えてる。この船もそろそろ危ないかな」
「もし、そうなったら乗り換える?」
「そうだね、下手すると弱い静電気に触れただけで、船ごと崩壊しちゃう」
話しながら加速に耐えてると、モニターの景色も少し変化している。
「高感度カメラの有効距離に入った、映像切り替えるよ」
「ああ、もち……うわあっ」
モニターに映った光景。
それは見た瞬間、認識できた。
巨人の顔だ。
「巨人アリサ、5歳。センター指定の重点観察対象だよ」
ナナミ主任の声が、僕の頭を素通りしていく。
巨人アリサの目線は、僕とほぼ同じ高さにある。
まるでこっちを、注視してるみたいに見える。
たぶん、そのせいでビックリしたんだ。
スケールギャップが大きいから、こっちに気付くはずが無い。
落ち着いてくると、アリサが幼体であると僕にも判る。
肌のかんじがツルンとしてて、各器官の配置が寄っている。
観察していると、アリサの口元が気になる。
あれは”イ”の発音じゃないかな。
「アリサは発語しているね。船体がまだ揺れてるの、判る?」
「ああ、何となく判るね」
じっと観察していると、アリサの口は”イ”から、大きく開いていく。
高感度カメラで見るその様子は、まさに大迫力だね。
ナナミ主任は冷静そのもので、パネルを操作し続けている。
「隣接船団とデータリンクできた、ここはアリサの居室空間だよ」
「ほう?」
「これで発語記録を補完できる。再生してみるね」
発語記録、観察データにそんな項目があったね。
スピーカーから、大音量が響く。
「つぼんだとおもったらひいらあいいいいた」
なんだい、これは⁉
ナナミ主任に訊ねようと横を見る。
主任は、パネル操作に熱中してたよ。
※つぼんだ=閉じた状態
※ひいらあいいいいた=開いた状態、発音の乱れは唱歌もしくは遊びと推測
※独唱を楽しんでいる模様
ああ、例のデータベースに注釈を書き込んでるんだね。
操作する姿は生き生きとしてて、邪魔するのが申し訳ない。
ナナミ、ほんとに研究が好きなんだね。
それで、巨人アリサの映像へ目を向ける。
アリサは両手首を胸元で合わせ、両手で”開いた”のジェスチャーをしてる。
それぞれの指がぱっと開いている。
状況的に、確かに遊んでいるようだ。
理由は判らないけど、とにかく楽しそうに見える。
……こうして映像で見ると、アリサは幼い。
前に見たハルナと比べれば、手足はずんぐりとして見える。
あとは衣服が、もこもこしたセーターを着て、カラーリングも鮮やかだ。
しかし、ナナミ主任は緊張しているみたいだ。
パネル操作をしつつ、固い表情のままだ。
そんなナナミを、リラックスさせてあげたい。
「あの巨人アリサ、どことなく可愛い気がするんだよね」
「……」
「ナナミも、そう思わないか、いっ⁉」
「船体ジャンプ、緊急離脱」
全身まるごとガックンと、前方に押し出される。
今度はバック方向にジャンプしたのか。
また加速に耐え、モニターの付近にしがみつく。
僕の視界に、アリサの顔面が見えている。
アリサは薄目になりつつ、天にむかって口をあんぐりと大開きにしてる。
「くしゃみの兆候だよ、あれは」
「えっ、くしゃみ?」
「主に動物が鼻腔の異物を強制排出させるため、反射的に行う動作だよ」
「へえ、やっぱり可愛らしい気が、するんだよ」
「アリサのくしゃみ……あれが”先代”サンゴの死因だよ」
えっ、何それ。
「それじゃ前の僕は、アリサのくしゃみで吹き飛ばされたのかい?」
「うん。回収不能だった」
いやあ、我ながら恥ずかしいね。
アリサに飛ばされて死んだのか、前の僕は。
でもまあ、こうしてプリセット状態からやり直せてるんだから。
何の問題もないね。
いきなり、船の針路が大きくねじ曲がる。
身体が揺さぶられる。
「くしゃみの波及効果で、乱れた気流が発生してる」
「けっこうハードだね、この圧力は……」
「逃げ遅れた観測船がなぎ払われた。少なくとも400隻はロストしたよ」
巨人のスケールを思い知らされたね。
メインフロアに、巨人アリサの発語データが再生される。
「はっぷし」
あの大気流を発生させたのが、このひと言かい。
「……ナナミ、今の発語に注釈を描き込まないの?」
「前回のくしゃみと完全に一致した発語だった。問題ないよ」
「そうなのかあ」
ナナミはもう落ち着いてる。僕の方を向いて話しかけてくる。
「……巨人たちは幼体から成体へと育ち、世代交代を繰り返している」
「動物がとる典型的なサイクルと一緒だね。非効率だよねそれって」
「優劣を語る気は無いよ。ただアリサは幼体で、まだ不安定な時期なんだ」
「ふーん。それで可愛らしい気がしたのかなあ」
「不安定で、行動予測が難しい。幼体は最も危険な観察対象だよ」
「まあ、船ごと落とされたら厄介だよね、でもさあナナミ主任」
「……何?」
「そんな危険なのに、なんでわざわざ重点観察の対象なんだい?」
「アリサは、マイクリング開発者の娘だから」




