2・火
僕の笑いが治まるまで、ナナミは待っててくれた。
「さ、船内に戻るよ」
「ああ、勿論さ」
観測船の中へ戻る。ふう、落ち着くね。
「いま見たのは、巨人ハルナ」
「へえ、名前があるんだね」
ナナミはフロア中央のモニターに近寄る。端末を操作してる。
やがてモニターの手前に、巨人の全体像が浮かび上がる。
「見て」
「ああ、これが……さっきの巨人?」
なるほどたしかに、ヒトの姿をしてるね。
靴を履いてる。その靴の色、さっきの巨人だね。
服を着てて、腰のあたりで姿勢は大きく湾曲してる。
「手に、何か持ってるね」
「あれは着火器具だよ、ハルナの行動として何度も確認されてる」
へえ、火をつけるのか。
……で、いつ着火するんだろう?
じーっっと観察してるんだけど、全く動く気配がないね。
「余りにも緩慢に見えるはず。当然だけどね」
「動かないねえ」
「巨人は、私たちとはスケールギャップが大きいから」
良く見るとナナミは、僕と話しつつモニター表示に注目してる。
慎重に何かを調べてる。知的な感じだねえ。
「よし、この気流なら、発火の影響もここまでは及ばない」
「影響があるの?」
「近距離で発火されたら、熱波で船体の基盤が泡吹くよ」
「ふうん、そいつは物騒だね……うわっ」
話してると、巨人ハルナの手元がフラッシュを起こす。
あれが着火かい。ちょっと悲鳴がでちゃったね。
「最近接してた観測船が3隻落とされた」
「え、いまのフラッシュで?」
「うん、でも損害は軽微だよ。私たちの船以外は全て自動操縦だし」
「なるほど、じつに効率的だね」
「行動が確認できたから、もう安全だよ。ひと休みしよう?」
「あ、ああ勿論さ!」
ナナミに誘われ、ドレッサールームで着替える。
着替えの最中に、全身の空気洗浄もしてくれる。ご機嫌な部屋だね。
さっきまで着てた作業着は脱ぎ捨てた。
互いにちょっとお洒落な服装になれた。やっぱりこうでなくっちゃね。
着替えを済ませたら、メインフロアでディナーさ。
まあ固形フードと、瓶入りのドリンクで身体の代謝を促す感じだね。
テーブルチェアに対面して座る。
足元のマットは充電機能も完備。ゴキゲンだね。
「ところでサンゴ」
「なんだい?ナナミ」
「どうかな、巨人の印象は」
「悪くないね。それに、君が僕に何を訊ねたいか、もう判ってるよ?」
「そう?」
「君と一緒ならやっていけそうだよ、巨人観察業!」
「……そう」
ナナミのクールな表情が、少し丸くなる。僕は見逃さないね。
でも、ちょっと微妙な表情にも見えるね。
なんだろう、憂鬱?ううん違うね。
うまく形容できないけど、その奥深さがナナミの魅力だね。
そして、僕には判ってるさ。
ディナーのひと時、ナナミとの距離をグッと縮めるのは、この瞬間。
チャンスは今だね。今しかないよね?
「なぜかなあ、ナナミ、君とは初めて会った気が、しないんだよね」
「そう?」
ナナミはボトルを片手に、しっとりと潤んだ目でこっちを見てる。
素敵なドレスを着たボディ。ああたまらないね。
「僕は直感したね。君との出会いは、きっと運命の導きだってね」
「……これが運命なら、残酷すぎるよ」
えっ、ちょっと予想外の返事を聞いたような。
そういうリアクションは困るね、僕ってアドリブ苦手なんだよね。
「そんな事な、ないと思うんだけどね」
「……」
「残酷なわけ無いって、だって僕のこの、気持ちは」
その時、モニターの方で大きなフラッシュが起こる。
「はああっ、火がっ」
「落ち着いて、サンゴ」
「いやだって、火が」
「ハルナの着火が、廃棄物に引火したんだよ」
「えっ、平気なの?」
「ハルナは廃棄物を、地表に穴を掘って燃やす習性があるの。それにこの船はゆっくり離脱する気流に乗ってるから、危険は無いよ」
「そうかい、いやあ~びっくりしたねえ」
ナナミの言葉に、ホッとひと安心さ。
でも何だか僕、さっきから調子がおかしくないか?
そう思って首をかしげてると、ナナミが指摘する。
「サンゴ、食事で酔ってるでしょう?」
「酔ってる?ああ言われてみれば、酔ってるのかな」
「私も少し酔っちゃったよ。当然だよね」
ナナミの両目は細まって、眠そうな時の表情にそっくりだ。
ゆったりと背筋を伸ばしてから、また話しかけてくる。
「酔うと表層記憶は撹拌され、深部記憶への合流を促すの」
「うん、僕も知ってるよ、それ」
「だからこんな時こそ、あなたにレクチャーしておきたいな」
「ああ勿論さ、何でもレクチャーしてよ」
「それでは、『焼く』という行為について……」
億劫そうに見えて、でもとっても積極的に見える。
ナナミ、僕に何でも教えてほしい。
「巨人は、微生物が媒介してくる疫病に苦しめられてきた」
「ふーん、巨人はやたらとでかいよね。微生物って、僕ら位のサイズ?」
「そうね、サイズはかなり振れ幅があるけど」
ナナミはドレスの袖を、左右に広げて見せる。
「私たちが両手で抱えられるタイプも、あるね」
「なるほどね?」
「そうした微生物を、火で焼くことによって無害化していると考えられる」
「そのスケール感だと、やっぱり僕らも危険ってことか」
「うん、巨人の火に巻き込まれたら、ひとたまりもないね。でも巨人は、火を武器として使うだけじゃない。私たちみたいに、美味しい食事を摂るため、つまり調理のためにも火を使う」
「グルメってことかい?」
「巨人の知恵だと考えられる。更に巨人は、同族の死体を火で焼くの」
「えっ」
これは、にわかには信じられないね。
「だって死体からは資源回収できるでしょ、焼いたらパアだよ?」
「巨人は脊椎動物で、生体組成は水・タンパク質・脂質などが主成分なの。そのため腐敗という弱点を持っている」
「ええと、つまり腐敗で微生物が繁殖するのを阻止するために、火を……」
「やるじゃないサンゴ、ご明察よ」
やった、大正解だ!どうだいナナミ?
なんでこんなに嬉しいんだ?僕、めちゃくちゃ酔ってない?
それにやっぱり、巨人の行動は非効率きわまりないって。
「巨人の体積は僕らの100兆倍だろ?死体ひとつで資源莫大だよ?」
「確かに、焼いたら大部分が熱エネルギーとなり大気中に拡散してしまう。でもこのエリアに住む巨人の99%以上が『火葬』を実施しているとの推定結果が出てる。それに彼らの言語を分析すると、死体をご遺体と呼び替えたり場合によっては更に抽象的な呼称に変更してる。つまり死に対して特別な意味・聖性を込めてると推測できるんだけど、まだ未解明な点も多くて」
ええと、かなり長いお喋りだね。ずいぶん熱心だね。
「ナナミ?」
「はっ⁉」
ナナミは我に返ったようだ。こほんと咳払いしてる。
ああよかった、ひと安心だ。
「とにかくまとめると、巨人は火を使う。これは重要だけど、巨人の特性を決定するにはまだ決め手に欠けるの」
「ふうん?」
「だからサンゴ、今後あなたには暇を見て、他の分野もレクチャーするよ」
「大歓迎さ!でも、ナナミ?」
「何?」
「なんで巨人の話題ばかりなんだい?もっとこう」
「巨人観察業の基本だからだよ。しっかり話きいてた?」
「えっ、うん」
いやあ、ナナミって知的だね。
さすが巨人観察の主任だよね。
それはそれとして……
なんだか眠いね。酔ったせいかな。
「サンゴ、ベッドルームでひと休みしたら?」
「ああそうだね、そうさせてもらうよ」
僕は颯爽とした足取りで、ベッドルームへ移動する。
そんなイメージだったんだけどね。
ナナミに脇から介護され、ヨタヨタと歩いてベッドに倒れ込んだよ。
もう限界。寝る。
(おやすみ、サンゴ)
そんな声を、聞いたような気がする。もう夢心地さ。
顔になにか、温かい感触。
なんて表現するんだろうね、この満ち足りたかんじ。




