1・巨人
悪くない目覚めだ。
ベッドでカラダを起こす。手足もちゃんと動く。
「サンゴ、起きた?着替えてからメインフロアに来て」
部屋のスピーカーから声が聴こえた。
素敵な声の持ち主だな。クリアで、どこか懐かしさを感じるね。
おっと、僕はハダカじゃないか。
手近にあった服を着る。早く声の主に会ってみたいね。
とっとと部屋を出る。
すると即、出会えた!すばらしいね。
「私はナナミ、この観測班の主任になったよ。よろしく」
「ああ、こちらこそ!」
うん、効率的で、理想的な初対面じゃないか。
そう満足しつつナナミの顔をよく見ると……
なんでだろう、とても感情的な印象を受ける。
他に何と表現すればいいんだろう。全く判らないね。
でも、その表情はすぐ引っ込んだ。
キリッとクールな表情になってる。
ナナミかあ、ますます好感が持てるよ。
「早速だけどサンゴ、あなたには職業選択の自由があるよ」
「ああそうだね。これからどんなライフワークに取り組もうかな」
「私としては、サンゴに巨人観察業を手伝ってもらいたいんだ」
「お安いご用さ!……でも、えっ、巨人観察?」
まあナナミがリクエストしてるんだから、僕はそれに応えたいね。
でも巨人観察については、ノウハウが全然無いね。ノーアイデア。
「巨人の特性を多角的に研究するためのフィールドワークだよ。このエリアでは地表生活グループの観察を担当してるけど、実務にはリスクも大きい為、手放しでは勧誘できない面もある」
「ふーん?」
僕は相槌を打ったね、とりあえず。
正直に言えば、ナナミが解説してる姿に、見惚れてたんだよね。
ナナミの話し方は、とっても理知的。
喋りながら時折り動かす、手の平のジェスチャー。
お喋りを鑑賞してたら、ナナミはハッとして咳払いをしてる。
そんな仕草も素敵だよ、ナナミ。
「サンゴ」
「なんだい、ナナミ?」
「多分、説明するよりも先ず、実物を見てもらった方が簡明だと思う」
「ああ、そうだね!」
「ちょっと待ってね」
ナナミは背を向けて、メインフロアを歩いていく。
歩く後ろ姿にも、ぞくっとしちゃうね。我ながらスケベだね。
フロア中央部にはモニターや制御パネルが集中している。
見たことない形の装置もあって本格的。さすが観測船といったところだね。
ナナミは椅子に腰掛けてパネルを操作してる。
操作と連動して、モニターに流体のイメージが表示されていく。
「よし、今なら船外に出ても平気だよ」
「……ふーん?」
「天井に乗降ハッチがあるのが判る?ロックを解除してみて」
「ああ、任せといてくれ!」
どれどれ、天井は。
あるね、いかにも気密性に優れた丸い扉が。
これを開ければいいんだね。
ええとロック、ロック解除っと。
ステップを登り、天井から一段凹んだ扉の周りを探ってみる。
このレバーかな?たぶん間違いないから全開だ。おりゃ!
「サンゴ、丁寧に扱って」
「そうかい、任せて!」
「船体がダメージを受けてるから、そろそろ乗り換えが必要なの」
「ふーん?おっこれ2重ロックか、こいつもオープンッ」
「サンゴ、丁寧に」
2重ロックを解除すると、扉はスライドしていく。
すると外気が渦巻きながら、僕を呑み込むように侵入してくる。
けっこうな圧力差じゃないか。
「外へ出る前に、腰のフックとハッチを接続するの。忘れないで」
「ああ勿論さ!」
ええと、腰のフック、フック……
ああ、服にフックがあって膨らんでるね。標準装備なんだね。
これを扉にひっかけて、よしこれで安全だね。
さあ外界へレッツゴー。
「サンゴ」
まだ見ぬ外界の景色を、僕は見届けるっ!
見た、確かに見たけど景色がぐるーっとひっくり返った。
おいおい、気流が激しいじゃないか。安全じゃないねこれ。
逆さ釣りになった僕は、フックのおかげで一命を取りとめた。
船体とつながった部分から、ケーブルが伸びてる。
「サンゴー、大丈夫?」
「あー、もちろんさー」
ケーブルをひっぱってハッチまで戻る。ナナミの隣でひと息ついた。
けっこうハードだね、観察業。
「あれが巨人だよ」
「ああ、えーと、どこ?」
「……あなたの目の前。視界すべてが巨人だよ」
気流の強さにまだ慣れなくて、足元がおぼつかない。
ナナミが隣から腕を出して、僕と支え合うポーズで船上に立ってる。
そして目の前の景色は、一色に染まっている。
グレー、灰色にブラウンが混じったような、そんなカラーだね。
これが巨人か、もっと派手なもんかと期待もあったんだけどね。
でも、なかなか上品なカラーリングだと思うよ。悪くない。
でも……これって巨人?
ただの景色、なんだけど。
「空を見上げて、サンゴ」
「うん?」
ナナミが言うなら、見上げるさ。
見上げる。上を見る。反りかえって真上を見てる。
そこに、景色の切れ目を発見する。
色が変わってる、その上は……これ靴下か。
つまり視界一杯に見えてるこのカラーは、靴か。
もう限界いっぱいまで見上げてるのに、まだまだ上がある。
これが全部、巨人の脚部なのか。
「私たちと巨人のサイズを比較すると、全高にしておよそ4万5千倍」
「ふ、うん……」
「体積では、約100兆倍のスケールギャップがあるね」
ふふ、ふ。
100兆かい。100兆倍かい?
なんだい?その幼稚なイメージの数値は?
僕はもう、笑いをこらえきれない。
目の前の光景、完全に常軌を逸してる巨人のサイズ。
馬鹿げてるのに、それがホントに、リアルに目の前にある。
大笑いだよ。なんだよ巨人って。
余りにスケールが違い過ぎて、怖くもなんともない。
だってあれが生きてるとしても、こっちに気付くわけない。
ただただ、笑うしかないよ。




