第6話 踏んだり蹴ったり
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カチャ……
優雅な仕草でティーセットが置かれた。ただそれだけなのに、堂に入った仕草はある種の説得力を伴っていた。
「お茶などは如何ですか?」
「頂こう」
使用人然とした女性の手によってティーカップに紅茶が注がれていく。
「うぅぅ〜……うぅ〜〜……!」
テーブルの上には、簀巻きにされた幼い子供が乗っていた。口には布が詰められ、目を覆う布には大きな涙染みが出来ている。
「まさかキキボア将軍の御子をこうしてお連れ頂けるとは……」
「はっはっはっはっは!」
その者は立ち上がり、ボタンを外した制服をマントの如くバサァと翻した。
「この私に限り、不可能という言葉は意味を成さない!」
堂々たる仕草、淀みのない発声に、メイドは黙して次の言葉を待つ。
「そう、私は、天才!!」
キラリと前歯が白く光る。その手は優しげに子供の頭を撫でていた。
バタッ
「う……」
急にして突然に天才が倒れ、苦しそうに喉を抑えている。
「……」
だがメイドはそれを、静かに冷たく見下ろしていた。
「ちゃんぽん紅茶とは……う〜んエレガント……」
その減らず口に、屈み込んだメイドがカップを当てる。
「……あちょい、ちょい、ちょい残し」
「…………ううっ! げほっげほっ!」
咄嗟に払い除けるが、口からは紅茶よりも紅の液体が滴る。
「……」
メイドは転がったカップを拾い上げ、それに紅茶を注いだ。
「……ご馳走様が、聞こえない……はいのんでのんでのんで――」
ガチャ
ドアが開き、壮年の紳士が入室してきた。
「ご苦労」
「お帰りなさいませ旦那様。しかし、良かったのですか? 有能な者ではあったはず……」
紳士は、唸り声を上げる子供を米袋のように肩に担ぎ、足先で死体をつつきながら言った。
「堅実堅実。不穏分子の利確は迅速に。それこそ堅実」
***
「あ、き、きららちゃん……死んだの……?」
「……」
「……」
呆然自失。受け入れがたい現実を前に、口も目も動かせなかった。
「あ、町に……行ってたの……?」
「……」
「……っ……町に入った途端に襲われたんだ……きーぼーが、囮になって逃がしてくれた……このサーチで落ち合う約束で……」
最後に見た背中。振り上げた力強い拳が脳裏に。
「あ、その、なんていうか……その、ね……想像力、がっ、足りてなかったん、だよ」
おどおどした姿。気弱な声。だが言葉の内容はそうではなかった。
「……想像力?」
瞬きすら忘れていたがちゅりが、静かに目を向ける。見開いたままの目を。
「ひっあ、ごめんね……殴らないでね……その、ずっと考えてたの……3人とも、初手のサーチで、即座に、動き出した、よね……」
「うん。きーぼーに合わせる形でね」
「そ、その判断は一流、だよね……行動力も抜群……で、でもね……やっぱり、見にっ、徹するべき、だったよ……それが、正解」
「合流を急いだのが失敗だった? とてもそうは思えないな。少なくとも僕はきーぼーに会えなかったら、白ゴリラの魔物に焼き殺されていただろうし」
「あ、う、おかっぱが砂浜スタート、だよね……? そ、そのまま砂浜で、きららちゃん、を待って、次のサーチで、ちゅりちゃん、と合流するか、決めてたら……?」
「つまり慎重さを欠いたと?」
「そ、う、うん……それに、性急過ぎた、よ……クラスメイト、の位置情報と、せ、生存情報は、そのまんまこの、世界の難易度、を、示すよね……い、イージーか……ノーマルか……ハードか……結果は、ハード……見てから動いても、遅くは、無かったよ……?」
言わんとすることは分かる。確かにサーチが開始ボーナスではないと思っていた時点でその選択はとれた。
合流すれば力を合わせて乗り越えられるかもしれないクラスメイトを、今回で言えばがちゅりを見捨てるに等しい選択肢だが。
「僕にその択は無かったな」
「オタクは何が言いたいの?」
がちゅりに睨まれたオタクは一瞬竦むも、次第に饒舌に語りだした。
「きららちゃんは、ね、強すぎたの」
「……強すぎた?」
「み、見た目こそ、あ、アホそうなギャル、だけど、頭は回る、し、勘も鋭い……そ、それに、格闘技の絶対的、クイーン、っていう、圧倒的な暴力……」
「……」
「それが、ね、クイーンの、気の、緩み。傲慢。い、一般庶民のね、恐れがね、理解、できてないん、だよ……ましてや、ぼっぼくみたいなクソ陰キャの恐れはひとしお……」
「……」
「き、きみもそうだよ、おかっぱ……明るく優しく、ユーモアもある。悲観しないし、他責しない。ぼ、ぼくみたいなオタクとも、仲良くしてくれる、し……自分が友好的なら、どんな相手とも、仲良くできると思ってる、よね?」
見透かすような言葉に、思わずじっと目を合わせた。眼鏡の奥、前髪に隠された目を。
「い、今も額面こそ悲しんでいる、けれど、根っこは、楽しみ始めている……きみは、心が、強過ぎる」
「っ!」
はっとして頬を触った。芯を穿つような言葉。だが、この頬は少しだけにたりと吊り上がっていた。
「き、きみたち、は、持っているカード、が、強すぎるん、だよ……だっだから、人との交渉、や、関係性、に、おいて、自分は優位に立てる、と、疑わない……そっそれが、想像力、を、鈍らせる」
「だから、町に、入ったんだよね」と続ける。
「なっ謎の異世界……ぼ、ぼくたち、は、ビザを、持ってる、わけじゃない、よ。パスボートも、ないし。が、学生証も、使えたもんじゃない……つまり、は、不法入国者……身元不明人……あわや、他国の間者……良くて投獄……殺されても、文句、は、言えないよね……」
言葉を失う僕達に、
「だ、だから、きみたち、は、想像力、が、足りて無かったんだよ」
と締めくくった。相変わらず、人とのコミュニケーションが苦手なだけで、言うことは言っちゃう子だった。
……が、何も言い返せなかった。重箱の隅を楊枝でほじくれば、確かに言うことはある。けれども、大枠はその通り。図星。平和ボケ。正しく想像力の欠如。
「……よく見てるね」
痛いところを突かれたことに、若干の皮肉を込めて言った。
「……お、恐ろしいから、ね。ぼ、ぼく、は……他人が、怖い、から、観察せずに、は、いられないんだよ……小動物の、摂理……き、極めて、自然的、な、性……」
「……ほんと……よく見てるよ……」
ただ2回目は違う。純粋に、称賛を込めて言った。卑屈なまでの臆病さも、堂々巡りの自問自答からくる自己分析の精緻さも、ひとえに彼女の才能だ。
「……」
がちゅりは、ただ下を向いてマップを見つめていた。とうに1分など過ぎ去り、点など写っていないというのに。
ただ、死にたそうな顔をして、下唇を噛み締めていた。
「失敗は分かった! じゃあ次に活かそう!」
僕は暗い顔をしたままのがちゅりの背を叩き、再びマップを開いた。
「ざっと見た感じ、生き残りの18人は大体2人組か3人組になってた。やっぱり、何はともあれ合流していくのがセオリーになると思うんだけど」
右も左も分からない世界で単独行動は絶対に避けたい。集まれば安全かというと、そうでもない事が今回の一件で身に染みたが、それでもだ。
「待っておかっぱ!」
今まで静かだったがちゅりが、声を荒らげて遮った。
「きららちゃんは……死んでない……きららちゃんは死んでない!! 何かの間違いでマップに写らなかっただけで……そうっ! 地下とか! 結界とか――――」
小刻みに目を動かし、必死にピースをかき集める。
「確かにその可能性は否定できないね」
「っでしょ!?」
「でも死んでる」
「え!?」
「死んでると思えよ」
「……は?」
動揺するのも無理はない。取り乱すのだって。がちゅりがきーぼーと過ごした時間の長さと濃密さは、外野が推し量れるもんじゃない。
だが言うね。
「何言ってんだこいつ」
射殺さんばかりの視線が突き刺さる。
「僕のクラスメイト達は皆凄くて面白いんだ。どこに行ったって自分色に染め上げちゃうような、1癖も2癖もある奴らさ」
シュッ!
風を切るようなハイキックが、目と鼻の先にあった。掠った鼻先があつい。
「次に誤魔化したら鼻が折れる」
強烈な警告。きーぼーの陰に隠れていることが多い彼女だが、やると言ったらやる。そう感じさせる気迫を感じる。
だが僕は、だからこそもう一歩踏み込んで、鼻先で足裏を押しながら叫んだ。
「クラス皆と仲がいい僕だから言える!!」
「!?」
更にもう一歩。がちゅりがけんけんで少し下がる。
「6人も死んだ!! 初日で死んだ!! ……この世界は僕たちの想像以上にシビア!! バケモンシビア!! 希望的な思い込みは捨てろ!!」
「っっっ今私が行けば! きららちゃんは助かるかもしれない!!」
片足でバランスを取り、ぐっと押し返してくる。キックボクサーの足を正面から押し返すような力は僕にはない。でも押す。退かない。押し返す。
なぜならがちゅりは、自分を犠牲にしてでもきーぼーを救いに行こうとしているから。いやむしろ、死に場所を探しているような顔だ。
「……友のために死ぬこと、これ以上の友情はないという。でもこれは、友の為の死じゃない。無駄死に。死に急ぎ。真っ直ぐな愛じゃない」
ガッ!
いよいよ蹴られた。つーんと痛む鼻筋。尻もちをつき、それを見上げる。つーと鼻血が垂れてくる。
「冒涜でしょ」
「……冒涜なもんか……私は……!」
反論替わりに、追い打ちの足が振り下ろされる。が、動揺しているのかそれにさっきまでの勢いはない。躱そうと思えば僕でも躱せる。
でも、
「っっっ!!」
ボキィ!
振り下ろされた足に、逆に思い切り頭突きしてやった。
「命張ったきーぼーに!!」
ドサッと尻もちをついたがちゅりの目と目を合わせて、正面から言い放った。
「死して尚輝くと、君が生きて証明しろ!!」
痛みを超えた激痛が脳幹まで駆け抜け、鼻に耐え難い熱さを覚える。鼻が鼻ならば動かないはずの、踵がブレる嫌な感覚。
反射的な涙が目尻を温めていた。それでも、目を逸らさずにがちゅりを見ていた。
「…………うぅ……うぅぅ…………うぅぅぅぅ……きららちゃん……きららっちゃん……きららちゃんんんん……………ぅぅぅぅぅぅぅ……ふぅぅぅぅぅぅぅぅ――」
やがて力なくその場にへたり込み、ぎゅっと抱きしめられた。幼子のように震える体。
この頬を、熱い雫が何度も何度も、痕を残すほど通り過ぎて行った。
【Tips】 御徒町匠美 愛称:オタク
・思想、テーマ
私には私より好きなものがいっぱいある。
・キャラクター
アニメ、漫画、ゲーム大好きの自他共に認めるオタク。
他人の好きを絶対に否定しない。
サバイバル物の名作にドはまりし、サバイバル研究会に入った事もある。今は漫画アニメ研究会所属。
めっちゃきょどるしおとなしめ。
目を合わせられないのに言いたいことは結局言う。
好きに全力なだけの人畜無害。
・口調
どもり、きょどり。おっかなびっくり。
「ぼく、は、そう思う、で、あります」
「あなた、が、好き、なら、それでいい、と、思う、よ」
・容姿
地味な女。
目隠れダークブラウン肩までの髪。
髪の毛の上からかけた主張の激しい大きめの眼鏡。意味あるのか?
クラス1の爆乳。奇乳系。むちむちボディー。
スカートの下にジャージ。制服の上にジャージ。




