第4話 百合蛸
「待ってたよ! きららちゃん!」
港町を一望できる高台。傾き出した日に背を向けて、彼女はそこに立っていた。
花開いたような満面の笑みで。
「百合梨!」
親友と再会できた思わぬ幸運に、きーぼーも笑顔になる。
倒れそうなほどボロボロだった彼女も、血染まりの全身を川で洗い流した時には、表面上の傷は癒えていた。
回復強化(強)の効果は自然治癒力の強化。人間を超越した治癒力。身体強化(強)もそうだったが、(強)ともなれば人知を遥かに凌駕するようだ。
感極まったようで、両手を広げてきーぼーの胸に飛びこ、
「駆けつけ一発!!」
そこにきーぼーの拳が放たれた。
パシッ
が、完全な不意打ちだったはずのボディーブローを、綺麗に止めていた。
「へぇ、身体強化は(強)ね。お揃いじゃん」
だが少しだけ眉が動いた。
「感覚はどれもプロ並みに鋭敏。五感強化全部ってとこか。手先も器用。でも反応が鈍い。どれも(中)以下。いやこの量なら(弱)で統一。耐性も弱い、だから痛める」
「いつ痛めたの?」
きーぼーの拳を受け止めていた手をわざとらしくひらひらさせる。
「きゃはっ、回復は(強)ね。これもお揃い」
「きーぼーは身体、回復、思考、視力、物理耐性が全部(強)だったよね潔く」
「潔いちでしょぉ」
謎のふんす顔。
「ま、これだと80ポイント。ここまで取ったら強化系はコンプでしょ。心肺強化も入れて85。それに、」
「「索敵」」
きーぼーと声が揃う。
「(中)かな?」
「いや性質的に(弱)。試したがりなんだ。そうっしょ百合梨?」
その問いかけに、にっこりと笑う。
「残りは隠密と収納。きららちゃんは私の事なんでもお見通しなんだね」
灰色のショートボブをふわり揺らしながら、切れ長の瞳を細めて甘えた声を出す、儚げな雰囲気を持つ美人。
小柄なもののよく引き締まったフェザー級のボディーが、プロボクサーの父と柔道家の母の元に生まれたサラブレッドの健在を示す。
「うちらマブっしょ」
かつての神童。勝百合梨。
「大好き! ホテル行こ♡」
通称、がちゅり。
という訳で街に向かっている。
「ここまで詳細なマップが用意されているってことは、宝探しや大冒険が主軸のゲームじゃないってこと」
「単なる出血開始ボーナスって線も捨てきれないよねー」
がちゅりはきーぼーの腕に組み付いてしなだれかかっている。
僕は考えもそこそこに、まだ押してないアイコンを押してみる。
「おお」
すると、ステータス画面が表示された。ここでは取得済みスキル、所持ポイント、HP、SP、MPが確認できるようだ。
HP《ヘルスポイント》は100分の100で満タン。
SP《スタミナポイント》は 100分の38。半日森歩きで結構疲れたもんな。ディズニーくらい足痛い。
MP《マジックポイント》は0分の0だった。
「きーぼーHPどうなってんの?」
「100分の100。極めて健康。無問題。無問題」
「凄すぎるね回復(強)。ティアSでしょ」
続いて最後のアイコンを押してみると、スキル一覧が表示された。
「おっ、おお、おおおおはっはぁ~んなぁ~るほどねぇ~…………」
「どしたん? どしたん?」
「おかっぱ?」
所持ポイントは0のまま変わりないが、
「スキルポイントは後振り可能!」
「いや全部振っちゃったっしょ」
「いないとは思うけど、振り切らなかった人への救済措置?」
その面もあるだろう。だが、
「いや、更にポイントを稼ぐ方法もあるってことだ!」
「それは……考えてなかった。おかっぱはいつも前向きな発想するよね、きららちゃん」
「……ほぉ〜ん。なるほどねぇ」
感情的ながちゅりとは対照的に、きーぼーの勘の鋭さが光る。
「ふふっ、そう! つまりはクエストか何かを達成していって、スキルを強化していく成長型のゲーム!」
「きゃはは! じゃあボスゴリラもボコせるってことだ!」
拳を打ち鳴らす。
「私も、もっときららちゃんを楽しませられる!」
そんなきーぼーにさらに引っ付くがちゅり。
「おういぇー! 街に着いたらクエスト探しだ!」
「「おー!」」
元気よく三本の腕が夕焼け空を貫いた。
「ふふふっ、楽しくなってきやがった……!」
潮騒と磯の香りに包まれた、海辺の大きな港町。ガラスや街灯や電線で散らばった現代社会と違い、木と石で作られた街並みが温かくも力強い印象を与える。
「きーぼー! 手ぇ早いって!」
「うるせぇ! ゴングはもう鳴ってんだ!」
入町。即。バトル。
「「出てけ! 死ね!」」
そんな町に入ったばかりの砂地の広場で、僕たち3人は数十人に囲まれていた。
「「死ね! 死ね!」」
それもただの人ではない。
「「殺せ! 殺せ!」」
6対12本の腕と2本の足を持ち、地べたを這うように歩く異形。へそ程までの触覚を持ち、全体的に黒っぽく、背は縁が褐色の甲殻に覆われている。
かさかさと群れて動く姿は、一種の生理的嫌悪感、気持ち悪さを与えてくる。
「「死ね! 死ね!」」
一言でいうならば、フナムシ人間。
町に入るや否や、その沢山の手で殴りかかってきたのを、きーぼーが殴り倒して今に至る。二人ほどノックダウンして転がっている。
「おわりおわり。相手にとって不足ありあり。てんで物足りない」
「なんて乱暴! 死ね!」
「誰か、強い人呼んできて!」
ざわめきが広がっていく。
「ああ!? もう来ないの!? 手ぇ出したら終いまでやれや!」
ざわ……ざわざわ……
とてつもない殺意を感じる。
「落ち着いて聞いて! 彼女こそ乱暴症候群の重症患者だけど、僕達に戦う意思はない! ドントウォー! ラブアンドピース!」
拳程に大きな瞳達からは一切の友誼を感じられない。漆黒の眼差しには拒絶のみを映す。
「ホテルはどこにありますかぁ?」
夕暮れ空を気にしながら、緊張感なく倒れたフナムシ族の青年をつついているがちゅり。
カサカサカサカサ……!
そうこうしている内に、奥から武装した集団が走ってきた。
その先頭、一際大柄な壮年のギョロ目男性が口を開いた。
「今から3つ質問する。貴様らどこの種族の者だ?」
「アース」
きーぼー。
「は? 北半球?」
がちゅり。
「いや日本人でしょ」
種族を聞かれて地球人は質問の意図から逸れているだろう。職質でしょうもないこと言う中高生の非行少女か?
男性の眉が顰められる。僕たちの答えが一致しないことに、不信感を強めたようだ。
「何故この街に来た?」
「猛者を求めて」
きーぼー。
「ホテルどこ?」
がちゅり。
「いやクラスメイトを探してでしょ」
またもや一致せぬ答えに、男性は更に厳めしい顔になる。
「最後の質問だ……」
そう言うと、僕たちの足元に転がる青年たちを見やり、
「辞世の句はなんだ? 死ね!」
手に持った三又の槍、トライデントを構えた。
「あ逃げまーす」
即踵を返す僕。
「私たちの間に入るやつは死ね」
ホテルを邪魔されたことにぶちぎれのがちゅり。
バコッ!
壮年の男性が2メートル程吹っ飛ぶ。
「異文化交流だぁ!! やり合おうぜぇ!! 愛を込めてぇ!!」
それを合図に先頭集団がトライデントを突き出してきたが、それをがちゅりと2人で捌く。
「凄い……」
2人共に身体強化は(強)。フナムシ族達も常人よりは遥かに速く、僕には最早ヤムチャ視点。細かい応酬はてんで見えない。
ザバッ……
「「っ!?」」
その時、2人の足元に水が出現。瞬く間に勢いを増した水の獄が、うねりながら2人を空中に捉えた。
先ほど吹っ飛ばされた隊長格の男性が手を2人に掲げている。
水の獄に捕まった陽光が、乱反射して青を散りばめる。その青い影と水の粒子と、魔法が内包したそれ以上の殺意が、体感数度気温を下げていた。
「まずい……!」
いくら2人が格闘技の申し子でも、この世界には魔法が存在する。ゴリラの炎。フナムシの水。物理で倒せない相手には、どうにも敵わない。
更に恐ろしいことに多勢に無勢だ。
「「「死ね! 死ね!」」」
次の瞬間、無数の火球が宙に展開され、それらがジュウゥっと水の獄に叩き込まれた。
ぐつぐつと水が煮立ち、暮れ行く空を赤い蒸気が彩る。
2人の肌は瞬く間に赤く茹で上がり、
「「ごぽっ」」
その激痛に耐え兼ねて貴重な酸素が減っていく。
「「「死ね! 死ね!」」」
「っ……!!」
僕がやめてくれと叫んだところで、事態は何も変わらないだろう。このまま遠巻きに蛸のように茹でられる彼女達を眺めているしかないのか!?
「っ!? 最後に思い出残そうって!?」
その時、思わず目を疑ったが、がちゅりがきーぼーの唇を奪った。
「がちゅりががちゅり過ぎる!?」
がちゅりはきーぼーの手を愛おしそうに握ると、足の裏同士をくっつけ、蹴り飛ばした。
その初速を利用して泳ぎ、きーぼーが水の獄から飛び出してきた。
「ぷはぁーーー!! はぁはぁ!!」
湯気立つ真っ赤な痛々しい全身。目は瞑ったまま全力で酸素を取り込んでいる。
「大丈夫!?」
「「「死ね! 死ね!」」」
その間にもフナムシ族達がトライデントを投げ込み、がちゅりの腕や太腿や腹部を貫き、鮮血を水に溶かしていく。
「ちっ、吸われたぁー!!」
悔しそうに叫ぶきーぼー。
「吸われ……? はっ」
単なる思い出キッスなどでは決してない! あのままでは高温と窒息で死ぬ状況。足掻けど藻掻けど出られぬ水の獄。うなる水流に1人の力では敵わない。
そこでがちゅりはきーぼーから酸素を奪い、残る選択をしたんだ!
きーぼーを助けつつキスも出来る一石二鳥の良策! いや一石三鳥!! ふふっ面白いじゃないがちゅり!!
「術者は隊長の男だ!!」
「ナイス!!」
僕の言葉に、かっと赤い目を見開いて飛び出していくきーぼー。
水から逃れても目を開けなかったきーぼーは、熱湯にやられた目の回復に専念していたのだ。
まだぼんやりとしか見えていないだろう。しかし、術者が分かっていれば問題ない。
武装集団の投槍妨害を力技で押しのけ、隊長の懐に入る。そして、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」
倒れ伏す隊長。と同時にパシャァと水の獄が解除され、ザバーン! と大質量と共にがちゅりが落ちてきた。
それを避けるように、カサカサカサカサァ……と半円が出来る。
解放こそされた。だが満身創痍。何本も突き刺さったトライデント。肌以上に赤い血がどくどくと地を汚す。
僕は直ぐに駆け寄り、彼女のトライデントを抜き、下から負ぶった。
一時的に血勢は増すが、回復強化(強)があるのだ。異物が刺さったままではその妨げになりかねない。強
「あっぢぃ……!」
熱々に茹だった身体はレンチンしたばかりのおにぎりのようにチンチンで、背中や首の裏に痛みが走ったが、それを気にしている暇はなかった。
「そうだおかっぱそのまま逃げな……」
隊長を倒したとはいえ、数十人の武装集団と対峙しているきーぼー。
「きゃははっ!! 雑魚はセコンドにもいらねぇよ!!」
僕が何かを言う前に、そう言われてしまった。
更にきーぼーはけたたましい咆哮をあげ、大暴れし、全ての注意を引き受けてくれた。
言いたいことは沢山ある。聞きたいことも、したいこともまだまだ沢山ある。でもそれら全てを飲み込み、僕は叫んだ。
「次のサーチで落ち合おう!!」
そして走り出す。
返事こそ無かったが、ふと振り向くと、
きーぼーは、後ろ背に拳を天に突き上げていた。
【Tips】 フナムシ族
南東の海辺に住む種族。
6対12本の腕と2本の褐色の足を持つ。
へそ程まである長い触覚。背の甲は黒く、縁は褐色。体色は、褐色、灰色、薄茶色など地域差あり。
甲は甲殻としては柔らかく、丸まって身を守ることには適さない。その分足が速く、14本の手足を使って平面的な機動力において抜群の速度を誇る。
瞳は大きな黒。
女性は腹部に保育嚢を持ち、有袋類のように幼児を袋に入れて守る。
触角を触れ合わすのが挨拶。
身を寄せ合うことで皮膚の乾燥を防いでいる。
集団行動が得意で、言葉なしでも外敵を取り囲んだり、逃げたり出来る。
甲殻の美しさをステータスとしており、衣服は恥部隠しと女性用前掛けくらいである。前掛けも、地面で擦らないようにぴたりとしたものが主流となっており、ゆったりとしたものは儀礼用とされる。




