第3話 暴力ヒロイン
「ふふっ、ふふふっ」
僕は地面に手をついてゆっくりと体を起こし始める。
「あーお腹痛い……痛いよぉ……ふふふっ、いきなりは痛いじゃない……ふふふ」
頭を大きく揺らし、ふらつきながら立ち上がった。
「きゃははっ! ヤバいとこ入っちゃったぁー?」
きーぼーは口こそ笑っているけれど、目はこちらをしっかりと捉え、軽快にステップを踏み始める。
「ふふふっ、残念。僕は非戦闘員。赤子の手だってひねれない」
それを聞いた瞬間、正確無比なステップが止まった。
「はぁぁぁ。なぁんだつまんなーーーい! つまんないつまんないつまんなーーーーーーーい!」
そのまま幼子のように駄々をこね始めた。
「バトルは解釈違いなんだ。そんなにバトりたいなら、がちゅりでも探せばいいじゃん。マブなんでしょ?」
「そっかぁ。そーするー……ごめんね? おかっぱ。ほらっ、仲直りの握手」
がたいのいい猛獣も、こうしゅんとしてたら可愛らしいもんだ。
「あぁあくし」
差し出された手をにぎ、
「しゅオラァ!!」
「う゛っっっ!!」
った瞬間、強烈なボディーブローが炸裂した。
「勝手にリング降りてんじゃねぇーよぉ!! キンタマついてねーのかぁ!? 甘ちゃんがぁ!!」
いっっっっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………!
蹲る頭上に、また甲高い声が響く。
「殴り返せねぇ奴は口ついてねぇのと一緒だぜぇ!! 無口!! ド陰キャ!! ピラミッドの半地下ぁ!!」
痛みが重複し、とても直ぐには立ち上がれない。
「きゃははははははははは!! ……かー、ぺっ!」
ぺちょ。頬が生暖かい。
倒木に興味などないと踵を返した背。
「2回も打ったな……禁断の2度打ち……腹パンパン」
「あ?」
いつの間にかすっと立ち上がっていた僕に、敢えて間抜けな声を掛けてくる。
「キレちまったよ。この僕が……」
「ぁあ?」
僕はその不敵な顔に片腕を振り上げた。
「もぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
迫る顔面。吊り上がる頬。刻まれる女王のステップ。カウンターのボディーブローが一直線に迫る。
僕はもう片腕も振り上げ、
「絶好調だ!!」
「……」
「……」
「…………ぷっ」
沈黙に耐えきれなくなったのか、
「きゃははははははははははははは!! 絶交じゃないのかよ!」
「漲ってきた!」
僕は両拳を腰に当ててスーパーマンのようなポーズをとる。
「きゃひぃいいいいひひひひひあははははははは!! なんだよそれぇー!! ひぃーひぃー」
彼女は抱腹絶倒して、草と土の上を転げ回っている。
「むんっ」
僕は更に胸を張った。
「いひひひひひひひひあははははははははははは!! っっっあはぁあはぁっくふふふふふふっっっあははははくるしいぃぃぃくるじぃぃいいきゃはははひひぃーひぃいぃーひぃいいー!!」
引き締まった足で何度もストンプする度にスカートが翻って見えてしまいそうになるが、そんな事を気にする余裕も無いらしい。目じりに涙が浮かんでいる。
がさっ
その時、僕たちの背後から茂みが揺れた音がした。
「きーぼー」
咄嗟に差し出した手を握り、
「流石はおかっぱ……超ウケんね♡」
ふらふらと立ち上がるきーぼー。乱れた金髪から小悪魔チックな笑みを送ってくる。
「オホッオホッ」
「っ!?」
木の陰から現れたのは、2メートルは優に超す白い体毛のゴリラ。4本の腕に、2本の枝を持っている。
野生の猛獣が放つ圧倒的存在感。未知が放つ恐怖の香り。全身を悪寒が駆け抜け、冷や汗がつうっと垂れる。
ゴリラは自らの尻に手を持っていくと、
ブリッ
手に出したうんこを僕たちに投げた。
「きったねぇこいつくっっっせおえぇぇぇ!!」
咄嗟に上体を逸らして躱すも、プレッシャーのせいか足は重く動かなかった。
「きーぼー平気!?」
横には既にその姿はなく、
「え?」
ドッ!
いつの間にか懐に潜り込んでいたきーぼーのヤクザキックを受けたゴリラが、数メートル飛んで木にぶつかっていた。
「きゃはははははははははははは!! ユーモアは好きだなぁ……好きだけどさぁ……やっぱうちはさぁ!」
言いながら、消えたような踏み込みでゴリラに肉薄し、「殴る!!」左ストレートが顔面に、「蹴る!!」周し蹴りが更に鼻を押し込み、ゴリラの背の大木がメキメキと折れる。
「これがだぁいすき♡♡♡」
ガサガサガサガサガサッドゴォォォォォ……!
大木が倒れきり、土埃が舞う。
「まだ終わってねぇだろ白ゴリラぁ!! その杖が飾りじゃねぇんならよぉ、使ってみろよ!! 魔法ってやつを!!」
きーぼーが闘志マシマシで叫ぶも、
……
森に呼応する声は無い。
「死んだんじゃないのぉ?」
「しっ!」
アドレナリンドバドバのきーぼーはまだじっと土煙を見つめる。
「来たっ!」
ぼぅっと、その時土煙が赤に輝いた。
咄嗟にきーぼーが僕の位置まで飛退いてきたが、
「あっつ」
瞬間的に膨張した熱がこの頬をチリチリと焦がした。
次の瞬間、炎熱を纏う丸い塊が姿を現し、こっちへ飛んできた。
「火球!?」
破壊的な熱量だ。腕や服で庇ったところで防げるようなもんじゃない。避けなけ、
トッ
背中に硬いものが当たる感触。
「土壁ぇ!?」
なんと、いつの間にか土の壁に180度を囲い込まれていた。
そういえば木の杖は2本持っていた。
「同時発動!?」
それが分かったところで詮無き事。
完全に出遅れた! 眼前に迫る火球! 逃げ場はない! 熱い死ぬ!!
「オラオラオラァ!!」
「う゛っっっ!」
その時、きーぼーに腹を思いっきり蹴り飛ばされた。
1度目のオラで壁を砕き、2度目のオラで僕を蹴り飛ばし、3度目のオラで瓦礫を蹴って火球を殺したのだ。
地面を転がった先で這いつくばりながら、その乱暴すぎるバトルジャンキーギャルを見上げる。
「ふふっ、流石きーぼー。やってくれる」
きーぼーは姿を現したゴリラと再び対峙。睨み合っていた。
「ウオオオオォォォォォォ!!」
ポコポコポコポコポコポコポコポコ!
次の瞬間、ゴリラが叫びながらドラミングを始めた。
「怒った時の威嚇か? いやっ、来る!」
ガサガサガサガサガサッ
「いいじゃんいいじゃん! ハイになっちゃう♡♡」
笑うきーぼー。その吊り上がった頬に呼応するように、茂みや木陰からどんどんゴリラが姿を見せてくる。
10か……? 20か……? 正確な数は分からないけど、
「引き際だ」
「いいや、やるねぇ」
「死ぬよ?」
「はっ誰が」
「スポーツじゃないんだ……!」
聞く耳を持たないならと、真剣にその目を覗き込む。
「キマっちゃってんだ! 止まんねぇんだよぉ!」
「あっそ……」
僕はきーぼーに背を向け、ゴリラを押し付けて歩き始めた。
「へぁ?」
脳内麻薬でぶっ飛んでるアホそうな声がする。
「きーぼーはもっと面白い奴だと思ってたよ……」
火が葉を燃やす音、土の破砕音、風の唸りや水泡の弾ける音、どのような音が戦いを彩ろうと、僕はもう振り向くことは無かった。
…………
……
どさっ
「うおっ」
赤い何かが肩に乗せられた。
驚き横を見ると、血塗れのきーぼーが肩を組んできたのだと分かった。
「凄い怪我じゃん」
「半分は返り血」
じゃあ半分は怪我だ。全身真っ赤。常人なら歩けもしないだろう。
「肩は借りてていいよ。十一ね」
「きゃはは! 10日もかかるかっ。うちにゃ回復強化(強)があんだ」
言われて見ると、シュゥゥと音を立てながら、傷口がタイムラプスのようにゆっくりと塞がり始めていた。
「ダウンさえとられなきゃ不撓不屈。何ラウンドだって出来る……!」
とは言うものの、既にボロ雑巾。肩を貸していても時折がくりと崩れる。
「まさか全滅させたの?」
「そのまさかさかさま。奴らはケツの青いガキんちょだった」
「え?」
「奥から保護者が出てきやがった」
「あの猛獣がまだ子供……?」
ガサガサッガサガサッ
茂みを揺らす音が少しずつ近づいてきている。
「まだ肩いる? 十三だけど」
「きゃはは! 二人三脚で逃避行ってか?」
ぬっ
その時、木の葉の間から、ゴリラが顔を覗かせた。とても大きな顔が無機質にこちらを覗き込んでいる。
葉の高さは推定4メートル。親ゴリラはとんでもない巨体だ。
「……ファイナルラウンドだな」
そう呟くと、肩がふっと軽くなった。
「うちがまいた種。時間くらいはちゃんと稼ぐ」
「ここは私に任せて先に行けって? はいはいテンプレテンプレ」
「え?」
バコッ!
「っつ――」
僕の拳が、きーぼーの頬を打ち抜いた。衝撃に顔を伏せるきーぼー。
「てんでつまらない! 今日は調子が悪過ぎるぜきーぼー!」
僕の友達はそんなもんじゃないだろう……!
「お前がもっと面白い事を僕に証明しろ!!」
ふっと上げた顔。大きな黒い瞳が僕を射抜く。
「負け癖なんて似合わない!! 二人で勝つぞ!!」
バコッ!
目にも止まらぬフックが僕の頬を打ち抜いた。ぶれた視界に微かに捉えたのは、頬を釣り上げた高揚の笑み。
「あぁ全部勝つ!! 畜生にベルトはやらねぇ!!」
その言葉を皮切りに、僕たちは同時に飛び出した。
その地面が赤熱に光った瞬間、思い切り前に跳んだ。
振り向くと、土が溶けて草が燃えていた。それを確認した瞬間、もう着地した足元も赤熱に輝いていた。咄嗟に跳ぶ。
きーぼーも同様に跳び回っている。
「あとどれだけ動ける!?」
その度に流した血が飛び散る。
「全力はもって10秒!!」
きーぼーは限界に近い。しかし、4メートル程の巨大ゴリラに攻撃を通せるのは身体強化スキルを持つきーぼーだけ。
差し迫るリミット内に何とかして一発ぶち込んでやりたいが、2本の杖から放たれる同時魔法が行く手を阻んでくる。
このままではジリ貧。万に一つの勝ちもない。ならば……
僕が死のう。
「おいクソゴリラ!! 糞尿みてぇなしょっぺー魔法しか覚えてないんだな!! そんなションベン火力じゃ焼け禿げる前に白髪のじじいになっちまうぜ!! お前らみたいなだせぇ白髪になぁ!!」
両手の中指を立てる。
「……ウオオオオオオオオォォォォ!!」
言葉を解したのかは不明だが、逆鱗に触れたような咆哮と共に、地面が特大の赤熱に光り、頭上に大火球が出現した。
絶対に僕を消し炭にしてやるとでも言わんばかりの圧倒的熱量によるサンドイッチ。
先ほどとは比較にならない広範囲攻撃。回避の択が淘汰される程の絶望。
だが僕の頬は、自然と吊り上がっていた。
「はいロー!!」
ゴキィィッッッ!!
きーぼーの放った渾身のローキックが、大ゴリラの後ろ脚をへし折った。
その衝撃に怯んだのか、展開されていた魔法が消失した。
「フウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!! ハッハアアアアアアアアアアアァァァァァッァァ!! 最っ高じゃないかきーぼー!!」
両手歓喜の僕に、きーぼーはつられるような笑みで、
「どっちに逃げる!?」
第一声。今度は引き際を心得たみたいだ。ふふっ、やっぱりきーぼーは面白い!
「ふふふっ、西だ! 逃げるなら西! 西一択!」
と同時に僕たち二人は駆け出した。
西の一言なのに、きーぼーの足取りに迷いは無い。
それも当然、最初のサーチで一直線に僕の方向へ走ってきた時、きーぼーは周りのクラスメイトの位置関係を確認した上で一番近い僕に対してアクションを起こしたからだ。
「海岸線を西にずっと進んだ港町っしょ?」
「うん、きーぼーの次に近かったクラスメイトは2人。その町の傍と向こう側。つまり、向こうも気づいていれば合流地点は町になる」
言いながら、僕はきーぼーの腕を掴み、自分の肩に乗っけた。
「二人三脚逃避行!?」
「十三だよ」
「じゃあ、」
ちゅっ♡
頬に温かく柔らかい感触を感じた。血塗られたキスマークが頬を染める。
「三割キッス♡」
戦いの高揚か、疾走による体温の上昇か、はたまたなのか……
ただ、耳まで真っ赤な頬を吊り上げ、大きな瞳をくしゃっと潰した悪戯な笑みに、この胸をどれより強く殴られた。
「ふふっ、あはははははは! 何だよそれぇ!」
「きゃははっ」
あぁ、こんな暴力なら悪くない。
【Tips】 ホワイト・ワンド・ゴリラ [危険度 ☆~☆☆]
4本の腕を別々に動かす事ができ、ワンドを持つ2本で2つの魔法を唱え、残る2本で糞や石を投げたり殴りかかってきたりする。
主に南国地帯と森林地帯に生息し、人里まで下りてくることは滅多にない。
ワンドは上位種の???から下賜されたものであり、これを失くすとリンチされた上で群れから追放されてしまう。
またよく使いこまれたワンドほど魔法の通りがよくなり、上位種に認められれば群れの末端に入ることを許される。
彼らはこれを夢見て今日も魔法の腕を磨く。




