第2話 異世界の果てで愛を叫ぶ
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再び身を襲った眩い光から解放された時、私は大吹雪の、恐らく霊峰に一人ぽつんと立っていた。
とてつもない寒暖差にようやっと気付いた全身が、一拍遅れて震えを訴えた。凍てつく澄んだ空気が肺を刺す。
「さっむ! ぱっちゃん!? ぱっちゃーーん!!」
大吹雪に掻き消され、山彦すら聞こえてこない。そもそも20メートルもない視界。
「ぱっちゃーーーーん!!」
もう指先が悴んできた。雪に触れる生足も痛いくらいだ。少々厚着した程度の制服では、とても太刀打ち出来る環境じゃない。
「誰か……誰かぁいないのぉーー!? 誰かぁーーー!!」
「グルルゥ」
「はっ!?」
嫌な予感に振り返ると、吹雪の奥に赤い目が2つゆらりゆらめいていた。
「何……」
「「グルルゥ」」
2つじゃない! 4つ、6つ、いやそれ以上!!
吹雪の合間に見えたのは、私程度の大きさの白い狼の群れだった。それが牙をむいて唸りながら、身を低くしてゆっくりと近づいてくる。
やばいっ!!
「助けてぇーーー!! 誰か助けてぇーーー!!」
私は狼達に背を向け、傾斜の低くなっている方へ一心不乱に駆け出した。
膝まで埋まる豪雪に足を取られ上手く走れないが、火事場の馬鹿力とばかりにそれを蹴り飛ばして疾走する。
「「バウッバウッ」」
振り返ると、狼達も興奮した様子で追いかけてきている。
「ひぃっ!! 助けてーーー!!」
傾斜はどんどんきつくなっていくが、足を止めた瞬間が死。確定の死。
寒さ以上の悪寒が背骨を走る。
「バウッ!!」
その時、狼が跳躍してきた。鋭い牙がうなじを齧り切る寸前に、私は咄嗟に前へ転がった。
「ひっ!! いっ!! つめっうっ!!」
一度転がった体はきつい傾斜に勢いづいて、なんとか回転を食い止めても滑る体は加速するばかり。
何かのニュースで聞いたことがある。氷山での滑落は、僅か数秒で時速40キロメートルを超え、100キロ近い速度にまで達するらしい。その速度で氷や岩にぶつかれば四肢は切断。顔面は骨まで皮膚が擦り切れ、身元不明バラバラ死体の完成だ。
「やばいやばいやばいやばい!!」
必死になってもがいてみるも、ローファーでは踏ん張りなんて効かない。手袋もないから氷雪が諸に手を焼く。
幸いにして雪は新雪なのか柔らかいが、だから余計に勢いが止まない! もう数十秒は滑ってる!
「あああああああぁあぁぁ……! あああぁぁぁぁぁああああああああああ!!」
どれだけの距離を滑ったのか、徐々に吹雪が晴れ、高い高い青空と、真っ白な絶景が目に飛び込んできた。
「……島……?」
崖から勢いよく体が空中に放りだされ、だからなのか逆に冷静に大パノラマを眺めていた。
左奥には火山。中央には城と平原。その奥には滝と大森林。真下と右には雪原。その奥に渓谷。さらに奥に砂漠。
世界中のロケーションがぎゅっと一つに纏められたような不思議な島だ。明らかに地球の風景とは逸脱している。
「あぁ……そっか……異世界転移……しちゃったんだ……」
あの時教室で私の目の前にいたぱっちゃんは、同じ光に包まれた可能性が最も高い。
「……だとしたらっ」
だとしたら、ぱっちゃんもこの島のどこかでこんな理不尽な危機に見舞われているのだろうか?
スキルなるものが幾つかあったところで繋げる命じゃないはずだ。だったら、
「悲劇のヒロインぶりっ子してる暇なんてない!」
必ず生き残る!!
眼前に迫りくる白い地面。
「まだ、何も!! 言えてない!!」
ボフゥーーーンッ!!
粉雪が舞い踊り、陽光が煌びやかにそれを照らしていた。
***
「海だああああああああ――!!」
砂浜からそれを見た瞬間、僕は諸手を上げて叫んでいた。
「ああああああああああ――!!」
真っ直ぐと続く水平線の先には何も見えない。
「ああああああああああ――!!」
白浜が海岸線に沿ってずっと続き、陸地の方はいかにも南国らしい木が並んでいる。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
空は快晴。まだ寒さの残る春先の教室からしたら、半袖で十分な程の陽気。
「海よし! 天気よし! 森よし! スタート地点には絶好じゃない! ん?」
その時、超常にテンションが上がり切っていて気付くのに遅れたが、視界の左上に11時45分を示す時計と地図らしきものが見えている事に気が付いた。
「ミニマップだ!」
どうやら自分の周り半径100メートル程の簡単な地図が常時確認できるようだ。
「おお、便利便利。やっぱりゲームベース。大いなる意思からの説明やチュートリアルの類も無し。あくまでストロングスタイル」
その他のUIはなさそうだったので、ミニマップをタッチしてみる。すると、視界全体に拡大表示され、島全体を表す詳細マップとなった。
「ふふふっ、自分で確かめろってことね。面白いじゃん」
マップ上端にはいくつかのアイコンがあり、等高線や緯度経度線等のオンオフや、3Dマップへの切り替えが出来た。
「ほう、ほう、ほほう。なるほどね」
縮尺から計算するに、ここは東京都と同等程度の面積を持つ島。近くに他の島や大陸はない絶海の孤島。
大きく分けて、北西部が霊峰と雪原地帯。北東部が火山地帯。中央が広大な平原地帯と特大城下町。西部が渓谷地帯。東部が滝とマングローブ地帯。南西部が砂漠地帯。南部が森林地帯。
そして南東部が南国広大ビーチ地帯だ。今僕はその更に最南東の端っこにいる。
ピコーン。
「っ!?」
その時、マップ全域に散らばるように幾つもの青い点が表示された。慌ててミニマップに切り替えてみると、自分を示す点も青く強調表示されている。時刻は12時ジャストだった。
もう一度全体マップに切り替え、今度は注意深く青い点達を確認する。
青い点はほぼほぼ等間隔に配置されていた。総数は22,23、自分を入れて24……
「クラスメイトか!! これ!!」
拡大してよく見てみると、じっと動かない点、ちょろちょろ落ち着かない点、ある方角へ一直線へ移動を始めた点とそれぞれの反応を示していた。
丁度一番近くに表示された点が後者だ。真っ直ぐこちらに――
「そうかっ! 位置情報が急に見えるようになった事の条件は不明! ならば見に徹するは愚鈍の証! 合流の意思があると示す! 今走って示す!」
僕はマップを確認しながら、北の森へ突っ込んだ。
それを確認したのか、北の点はスピードを上げた。
「ビンゴ!! ふふふっ、常人の精神と思考じゃない。こいつは切れ者! 圧倒的反射! 面白過ぎる! 一体誰なんだ? てんびん委員長かな」
合流へ向けてなるべく真っ直ぐ走っていると、マップの青い点がぼやけて消えてしまった。
「なっ、思ったより短い!」
時刻は12時1分。
「正午12時から1分間の全体サーチ!」
記憶に刻もうと、無意識的に情報を口に出す。
手がかりは無くなってしまったが、マップの縮尺と彼我の距離と移動量から合流までの残りの時間をざっと計算する。
「計算ミスった?」
北の点が12時最初に映った地点から、最後に確認した地点。1分間で移動した距離が想定より大きすぎる。
これでは、この南国な森の中を原付並みのスピードで進んでいることになる。
「まさか……ね」
何かの見間違いだろうと、僕は方角に気を付けて多少歩きにくくても務めて真っ直ぐ歩いた。
「なあああああああああああああああああつべんにゃああああああああああ!!」
そして万一すれ違ってしまった時を考え、
「まばきっっしばばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ライオンキングを熱唱しながら歩みを進めた。
「なあああああああああああああああああつべんにゃああああああああああ!! まばきぃぃっっしばばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
…………
……
「ぅう〜うやぁ〜ぃやぁぅお〜うぇ〜ぇぃ!!」
もう何曲目か数えるのもやめた頃。
「きゃははははは! 第一バカ人発見」
がさがさと大葉を揺らし、人影が近づいてくる。
ギャルっぽい女性の声。木の葉の影から真っ先に見えたのは、木漏れ日に輝く綺麗なブロンドの髪。
制服を腕に巻き、シャツを前開きにした、健康的な褐色肌に包まれたヘビー級のナイスバディ。
「きーぼー!」
僕が嬉しさに両手を広げると、
「おかっぱ!」
彼女も満面の笑みで両手を広げて走ってくる。
「きーぼー!」
「おかっぱ!」
距離が縮むにつれて感動もぎゅっと凝縮されていく。
「きーぼー!!」
「おかっぱオラァ!!」
「う゛っ!!」
彼女から放たれた拳が、勢いよく僕のお腹にめり込み、体ごと宙へ打ち上げた。
「……かはっ!!」
そのまま受け身も取れず、ずしゃっと地面へ崩れる。
いっっってぇぇぇぇぇぇ…………
「きゃははははははははは!! おかっぱさぁ、どーせうちよりおもろいスキルとってっしょ?」
痛みに蹲る頭上に、甲高い笑い声が響く。
「やり合おうぜ愛を込めてぇ!!」
我がクラスメイトにして、キックボクシングプリンセス部門で9年間ノーダウン無敗の絶対女王。
プロデビューを最も期待されるスーパーアスリートにして、
暴力が日常になり過ぎた猛獣。
樹木きらら。
「おもろいとこ、うちにみーせて♡」
最凶の第一ヤバ人だ。
【Tips】
マップは、概ねブレワイのハイラルだ。
これは独創性よりイメージの共有を優先した為である。




