【3話】トビラノソトニハ-2
肩で息をしながら小走りで階段をガンガンと上る。リズミカルな残響がこだまする。視界の端では隣のマンションの家族が今もなお雪合戦に興じていた。小さい男の子のよちよちがややスローリーになっている気がする。再びお父さんの顔面に雪玉が叩き込まれたところで、俺は自宅に到着した。扉の前には誰もいない。やっぱり杞憂だったかな。
真冬の気温も寒くない程度には汗をかいてしまったので、少し息を整えてから扉を開く。律葵は出掛けたときと寸分違わない位置に転がっている。違うのはその塊の横にスマホが置かれていることだけだった。
「律葵、さっきのメッセージなんだったんだよ。」
ポケットの財布を机に放り投げながら、お留守番していた塊に状況説明を乞う。
「…何のこと?」
「インターホンめちゃくちゃ鳴ってたんだろ?出てくれてもよかったのに。」
「インターホンなんて鳴ってないよ。」
「いや、お前メッセージくれただろ。」
スマホを示すと、律葵は塊のまま顔だけ起こしそれを覗き込んだ。
「俺、こんなの送ってないよ。」
怪訝そうな顔で律葵は言う。この塊状態のメンタルで嘘をついているようにも思えない。それでも手元の画面には証拠が写っているので、律葵のスマホの送信履歴も確認してもらうよう促す。
「…送ってる。でも、俺じゃない。」
「お前じゃなかったら誰なんだよ。」
「知らないよ。語が出掛けた後、お前が一回帰ってきた以外、誰も出入りしてないし。」
そりゃ律葵以外で訪ねてくる人がいない我が家だ。律葵と俺以外が家に出入りするわけないだろうさ。言ってて虚しくなってくるけどな。ってちょって待て。
「俺が一回帰ってきたって?」
自分の記憶とは違う過程を律葵が話した気がしたので、念のために確認する。雪だるま作ろう、なんてドアをノックしてそうなことも言ったが、あれはあくまであの場のノリなので、実際には俺は家を出てからそのままコンビニに直行している。つまり、出掛けてから先ほどまで帰ってきてはいない。
「出掛けてすぐ帰ってきたじゃん。なんか意味わからないこと言ってさ。お笑いがどうとか、Do my bestがどうとか。」
全く記憶にないことを律葵が続ける。律葵の言う俺はお笑いに全力投球しろとでも言ったのか。将来が心配になるお告げだな。俺は安定した仕事に就きたいぞ。
「何言ってんの?」
「何言ってんの、はこっちのセリフだ。律葵、お前昨夜からまともに寝れてないだろうし、夢でも見たんじゃないの。」
メッセージのくだりもそうだ。寝不足が祟って、夢と現実の境がわからなくなってるんだろう。夢でインターホンが鳴って、現実でうつらうつらしながらメッセージ送ってしまったんだな、きっと。
「そう、なのかな。寝てたんかな…。」
腑に落ちなさそうではあるが、自信もなさそうに律葵は考える。ま、こういうことでフラれたことから意識逸れてくれるなら、それもいいかもな。
「腹減っただろ。メシにするか。」
袋からしじみの味噌汁を取り出し律葵に渡そうとしたところで、それは起こった。




