水魔法
わたしは、水を操る魔法を持って生まれた。
といっても、立派な魔導師のような力ではない。ただ、きれいな飲み水を出せるだけ。それでも、この村では珍しい力だった。でも、それを羨ましがる人なんていなかった。なぜって、村はふたつの大きな川に囲まれていて、どこに行っても水があったから。さらにあちこちに泉が湧いていて、飲み水に困ることなど一度もなかった。
だから、わたしの水魔法は「無用の長物」だった。
火を使えるフレイルはちがった。彼女はみんなの人気者だった。収穫祭では空に火の粉を舞い上げ、焚き火で焼いた肉の香ばしさが夜風に乗った。子どもたちは歓声を上げ、大人たちはフレイルの火であぶった肉をほおばった。火のそばに立つフレイルは強く、美しく、村中の憧れだった。
「アクアの魔法って、なんの役に立つの?」
そう訊いてきたのは、近所の男の子。わたしは少し考えて、笑って答えた。
「きれいな水を出せるよ」
「水なんて、どこでもあるじゃん」
わたしが返す前に、子どもたちは笑い出した。フレイルも一緒に笑っていた。目を細めて、「ほんと、そうよね」と軽く頷いた。
わたしはその笑顔を忘れられない。ほんの少しだけ、寂しくなった。
それから間もなくのこと。空が裂けるような雷鳴が響き、信じられないほどの雨が降った。村の川は一気に水位を上げ、堤防を越えて流れ込んだ。家々は水に浸かり、収穫したばかりの小麦は泥とともに流された。泉も重い泥に埋もれて消えた。
水がようやく引いたころ、わたしは決意した。役に立ちたい、と。
誰もが困っている。せめて、きれいな水を出して配ろう。広場で水を出して、取りに来てもらえばいい。そう思って、家を出た。
その途中だった。
「アクア」
呼び止められて振り返ると、そこにはフレイルがいた。濡れた髪が頬に張り付いている。険しい目をしていた。
「この水、あなたの仕業でしょ?」
「え?」
「水魔法でしょ。川の氾濫、あんたがやったんでしょ?」
「そんな、わたしが?」
「火が人気だからって、困らせようと思ったんじゃないの?」
「ちがう、そんなこと・・・思ってない」
言葉が喉に引っかかる。そんなこと、一度も考えたことがなかった。わたしはただ、水を・・・
「広場で水を出そうとしてたの。きれいな水を配ろうと思って」
「配る? 川があるのに? 何か入れたんじゃないの? 毒とか」
「毒?」
その言葉が、周囲にいた人たちの耳に届いたらしい。
「毒って?」
「氾濫もこの子のせいだって」
「やっぱり水魔法なんて碌でもない」
わたしを囲むように、声が渦巻いた。誰かが石を拾った。
そして、それはわたしの肩にぶつかった。
痛みよりも、信じられなかった。
石は次々に投げられた。わたしはうずくまり、頭を抱える。
「やめて!」叫んだその声が、次の石でかき消えた。
意識が遠のく中で、誰かが「もういいだろ」と言った。
そして、静けさが訪れた。
***
アクアは村人に殺された。まぁ、仕方ないんじゃない?
わたしはアクアが嫌いだった。一度だけ、命を救われたことがある。
収穫祭の夜、調子に乗って最大の火力で火を上げたとき、火の粉が自分に降りかかった。炎が、髪に燃え移った。そのとき、アクアがすぐに水をかけて助けてくれた。命に別状はなかった。
でも、びしょ濡れになって、せっかく結い上げた髪が崩れた。みんなの前で。注目の的の座を、彼女に奪われた。
その年は、わたしじゃなく、アクアが拍手をもらった。水の力に。
その惨めさは、忘れようにも忘れられなかった。
だから、彼女が村人の石で倒れた時、胸の奥がすっとした。
喋って喉が渇いたわたしは、広場を離れ、埋もれた泉のそばへ向かった。そこを掘り返して湧き水を出そうとしていたから・・・
水は出てこなかった。泥水さえも出てこなかった。
それでわたしたちは、川に水を汲みに行こうとしたが、崩れた土手が邪魔をした。
村にはもう、飲める水がなかった。
***
アクアのいない村で、誰もが水を求めた。小さな子が泣いている。年寄りは痩せ細っていく。泉は戻らず、川には近づけない。
ただ一人、水を出せるアクアをわたしたちは殺してしまった。
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