08 「ちから」と「覚悟」
アタシが叫ぶと同時に、視界に入っていた黒い影は、美しい淡青色した炎に包まれた。
轟音と渦を巻きながら天に昇って行く。
「えっ! ちょっ!! キツネっ! キツネっ!! 中の人死んじゃうってーっ!!」
「大丈夫、問題ないのだ! 七颷殿が使った狐火は聖なる火、浄化の炎なのじゃからな」
キツネが言った通り、淡青色した炎は黒い影を燃やし尽くすとフッと消えた。
「凄いじゃないか、なっちゃん! 初めての戦闘にしては上出来だ! 驚きだよ」
突然、敵と言われ強制的に戦わされ、ワケ分かんない内にもの凄い力が湧き出て、とんでもない事になっちゃったっていう部分に対して、思う所が無いワケではないが……。
「何か釈然としないんですけど! ノセられた感というか無理やり感というか。ンムーっ!」
それに黒い影の中身は人間だった。今はただ、意識を失ってるだけに見えるけど、もしこの能力で人を殺してしまったらどうなるのだろう。そう考えたら少し身体がブルっとした。
「……もし、人を殺めてしまったらどうなるのか。ってとこかな?」
「えっ! 何で分かるんですか!? 超能力者ですか!? 経験あるんですかっ!?」
アタシは言語化するのが苦手な方だ。だからいつも直接的で短絡的な単語が並んでしまう。
昔、世界中がヒーローに熱狂した時代、それこそおばあちゃんが話してくれた「天狗と狐の物語」だが、ひいおじいちゃんとアルさん達は、きっと、多くの悪人の命を刈り取ってきたのだろう。そこには、アタシには計り知れない葛藤や苦悩があったのだと思う。
アタシはバカだ。軽々しく、人を殺めた経験があるのか? などと聞いていいものではなかった。アルさんに嫌な思いをさせてしまったかもしれない。
「いやー、俺これでも結構長生きしてるからねー、そのくらいは読み取れちゃうかなー。年の功ってやつ? それと超能力ね、俺達は昔から『能力』って呼んでる。この世界で言えば超能力って事になるかもだけど、俺の場合は皆と覚醒するまでの経緯が違うから。あえて言うならそうだなぁ『異能力』って言った方が適切かも。まあ、それはまた別の話だから今は置いとくとして……あるよ。人の命をこの手で刈り取った事。なっちゃんが想像できない程沢山ね」
アルさんはズルイ。そんな顔でそんな風にサラッと答えちゃうんだ。……ズルイよ。
「ひいおじいちゃんもひいおばあちゃんも、その当時の皆さん全員、そう……なんですか?」
アタシは何を聞きたいんだ?
何で、こんなに苦しい事を聞かなくちゃいけないんだ?
何で、アタシよりアルさんの方が苦しそうな、悲しそうな顔をしてるんですか?
何で……そんな優しい顔してるんですか?
「……なるほど。なっちゃんはイイ子なんだね。分かるよ。君は今、自分が置かれた立場と、これからどんな舞台に立たなきゃいけないのかを理解している。だからこそ、これから何が起こるのか、どうすればいいのか、答え……とまでは行かなくとも、有り方が欲しいんだね」
声に詰まって返事が出来なかったけど、コクンと頷いた。
昔、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんは。一体どんな気持ちで戦ってたの?
始めから答えを教えてくれって言ってるみたいで、自分が嫌になるけど、教えて欲しい。
「例えば、今後なっちゃんの大切な人たちが傷ついたり、命を奪われてしまう……なんて事が起きてしまうかもしれない。そんな時、君はただ見ているだけなのか? 困っている誰かを、助けを求めるその声を、救える身体と力を持っているというのに」
詭弁だ。何かを守る為という事が、人を殺してもいいという理由にはならない。でも……。
「嫌だっ! 絶対助けたいに決まってるっ! 理不尽に奪われる位なら、殺ってやるっ!」
「うん、そうなるよね。それは俺達もそう。守りたいものを護る為に戦ってきた。要は覚悟ひとつなんだよ。でもそれは、人を殺す覚悟じゃない。煌七おばあちゃん、言ってなかったか? 困った時はワクワクする方を選べって。それは決して楽しい方を選べって事じゃないんだ。いつか自分の過去を振り返った時、それは誇れる生き方だったのか、その人生に後悔はしていないか? って意味なんだと俺は思うなぁ」
ああ、すごいなぁ……沢山いろんな事を背負っても、芯が通っていて、歪まず真っ直ぐで。
……おばあちゃん。アタシ……大切なものを護れる、そんなヒーローになりたい。