31 「伯爵」と「王女」
領主館の中に案内されたアタシたちは、廊下を進み豪華な扉の前で立ち止まる。案内している若い護衛がノックをすると「どうぞ」と、中からメイドさんらしき人が開けてくれた。
部屋の中ではケーキと紅茶を前にアキとユキちゃんがソファに座っていた。アタシらがどんだけ心配したと思ってんだよ、と怒る前に、部屋の中にいた身なりの良い男性が腰を上げる。
「ようこそお戻りになられました! 英雄の皆様方!」
そう言って貴族然とした挨拶をする領主。
あら、これは……中々のイケオジじゃないですか。中学生のアタシでもちょっとクラっと来てしまいそうだ。ん? 中学生のアタシでもって事は! アキとユキちゃんに視線を配ると、サッと顔を逸らされた。さてはコイツら帰れなかったんじゃなくて、帰らなかったんだな。視線をそろーっと戻し、またアタシを見るが、追及の目でジーッと見ている視線に気が付くやいなや、またサッと逸らされた。
「一つ聞くが、私らは貴公に名乗りすらしていないのだが、なぜ、素性を知る事が出来た?」
ん? タラさん!? 若干イラっとされてるのは分りますけど、一応目の前にいるその男性、ここの領主で伯爵階級なんですが!? 無礼を働いた罪で打ち首とかイヤなんだけどアタシ!しかも女性が男性に向かって「貴公」って使うのは自分より目下の相手にじゃなかったっけ!?
「これは失礼致しました。私は、ココ都領主を務めます『バン=ランベール・ド・ココ』と申します。ジルバニア国王より伯爵位を賜っておりますが、どうぞ、皆様方におかれましては、気兼ねなく『ランベール』とお呼び頂ければと存じます。アストルミナ随一の魔法使いであり、S級冒険者。ラ・フル王国第十三代国王が第一皇子の長子『タラ・ラ・フル』王女殿下。以後御見知りおきを」
「……とうの昔に捨てた身分と名だ。今はただの『タラ』だよ。普通に接してくれると有難い」
こめかみを抑えながら盛大に溜息をつくタラさん。
……なんだって? 第一王女だって!?
「うぇぇぇえええーーっ!?」
アタシら四人はもちろんビックリしたけど、アルさんとイロハさんは、めちゃくちゃ笑い堪えてるし、メイドさんなんて白目剥いて立ったまま気絶してますよ?
それにしても、ランベールさんはどうやってその事を知ったんだ?
当時、魔王討伐の偉業を称える意味と、その脅威を忘れない様にと想いを込めて、冒険者組合が英雄の肖像画を描かせたらしい。それをココ都の初代領主となったバンさんが買い取り、永い事大事に保管してきたのだとか。
そして今日、たまたま連れてこられたユキちゃんが、その肖像画に似ている事に気が付き、こうして、もてなして話をしている内に、英雄が帰還したという考えに至ったという訳だ。
「このココに滞在している間は、私お勧めの宿屋に滞在願えればと思います。もちろんお金の事は一切気にする必要はございませんので、宿屋で運営している居酒屋での飲食も存分にして頂いて結構です。英雄である皆様の帰還に国中、いえ、世界中が沸く事でしょう。どうぞ長い事ココに滞在して頂けると、私としても嬉しい限りです」
「ほう、飲み食いがタダって言っタな! お前、ランドール! よく分かってるじゃないか、アタイはその宿屋に決めタゾ! 早速行って肉ダな!」
「そう言って頂けると大変助かります。存分に楽しんで下さい。それと私、ランベールからのお願いなのですが、明日にでも一度、冒険者組合へお顔を出して頂けませんでしょうか。私の方から支部長へ話は通しておきますので。出来れば彼の話に耳を傾けて頂ければと」
要は、滞在中の費用はこちらで持つから、代わりに一つ面倒事を聞いてくれ、という事か。
「ああ、それは問題ない。むしろ、今の俺たちは無一文なんでな、助かるよ。明日早いうちに組合へ顔を出すと、そう伝えておいてくれないか。話の内容は大体想像つくしな」
「察しが良くて助かります! では、これから宿の方に案内致しますので――」
さっきの護衛の人が呼ばれて、アタシたちを宿まで案内してくれた。




