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愛の詩を送ろう①

「なんなんですかもう!!」


 ドン! 木製のジョッキがテーブルに叩きつけられる。顔を真っ赤にしたパルマが頬を膨らませる。冒険者や無法者で活気に溢れた酒場の中、壁際の席でパルマは顔色一つ変えず酒に口をつけるシルバを睨みつけていた。ハイエルフと近衛騎士という組み合わせで周囲から奇異の目を向けられているのを意に介さず、パルマはハチミツ酒をぐいと飲み、袖で口を拭った。


「この、ヘンタイどもッ!!! あんたたちの欲望を叶えるためにやってるんじゃ、ありませんッッ!!」


 依頼に来た住民たちの顔を思い出し、煮えくり返ったはらわたを消化するためにさらに酒をあおる。


「水を飲んだ方が良い」

「王家からの援助があるんでしょう!? おかわり!」

「いや、金の心配ではなく……」

「うるさい! 大体シルバさんが私を王都に連れて行ったのが原因でしょう!」

「任務のためだ」

「はいはいはいはい、お堅いことですね」


 パルマはいじけたように堅物の騎士からそっぽを向く。シルバに当たったところで意味はない、それは分かっている。ただ、王都での出来事や式場でのトラウマを思い出し、感情のぶつけ先を探すしかなかった。


「偉大なる愛の神パル=メクは言いました、『欲から愛は生まれない。すべては愛から生まれる』と。愛があるから種の違いも超える、欲が先でどうするんですか……」

「どんな種属でも?」

「そうです、ヒューマンだろうがエルフだろうが、ドワーフ、デミガ、リザード、リートでも!」

「ふむ……ヒューマンとハイエルフもか?」

「は??」


 シルバが急にオスを出してきたと思い込んだパルマは体を守るように両手で身を隠す仕草をした、そうすることで逆に体のラインが出てしまうことには気付いてはいなかったが。


「なんですか! 私は神に身を捧げたんです!」

「いや、そうではなく。君がそうなんだろう?」

「……まぁ、そう、ですが」


 パルマは元から赤かった顔をさらに紅潮させ、所在なさげに手を降ろした。


「……父が、ハイエルフで母がヒューマンでした」

「今は?」

「……一人ですがなにか」

「いや、すまない」


 あの日、それは「災厄の日」。

 パルマの父であり、ハイエルフの王であるディストラード・ディミートリアスが起こした、と言われる大災害だ。他種族からは「大殺戮」と言われているが……。各国からの圧力に耐えかねたハイエルフは巨大な『魔道器』を作った。世界に満ちている魔力を圧縮し、恐るべき破壊力でその魔力を打ち出す。ハイエルフの首都、「ルガリア」近郊で行われた第2次ルガリア戦争ではその魔道器によってハイエルフ側が勝利を収めた。従軍していた生存者による証言によると、当初優勢だった自軍の真上から()()()()が降り注ぎ、辺りを飲み込んでいった、と記されている。しかし、その後魔道器の暴走によりルガリアごと消滅。その被害は留まるところを知らず、周囲の10の王国も巻き込む大災害となった。

 ハイエルフは他種族を徹底的に排除し、固まって暮らしていたためこの日にほぼ全てのハイエルフは消滅し、首都ルガリアがあった土地は魔力が枯渇し命が芽生えることのない不毛な大地となり、「屍の地」と呼ばれることになった。

 父の記憶はほとんどない。自分がルガリアで何故生き残っていたのかも分からない。パルマはおぼろげな父の後ろ姿を思い出そうとして、すぐに諦めた。


「父が、あんなこと、するかなぁ……。分からないけど……」


 気難しい顔で呟くパルマを見て、シルバは思った。可愛い、と。ただ、嫌な過去を思い出させてしまったことは強く後悔した。もう一杯飲むか? そう言うと我に返ったようにシルバを凝視するパルマに、奢りだ、口下手な騎士はそう付け加えた。

 そんな時、喧騒に包まれていた酒場に美しい音色が流れた。酒場の女性店員に熱い視線を送り、華麗にリュートを鳴らす吟遊詩人の男がそこにいた。浅黒い肌に端正な顔立ち、くるっと巻かれた髪は愛嬌さえあった。背の小さいハーファの店員は自分に向けられた曲にうっとりとした表情で聴き入っていた。


「らーらー♪ 誰しもが住める神の都ダイバテイン♪ 酒場で生けるは美の化身か♪ ……あなたの名前は?」

「あたし、パピン」

「パピン! 僕はレーベン、旅する吟遊詩人さ」


 レーベンはうっとりするパピンに横目でウインクを送ると、さらに強くリュートを弾き出す。


「その名はパピン♪ 跳ねるように美しき名が響く~♪」


 歌詞のくだらなさに顔をしかめるパルマだが、その歌声の美しさはパルマだけでなく酒場の全員が認めるところだった。ひとしきり歌い終えると、腰の高さにあるハーファの女の子へ跪き、その手に口づけする。黄色い声で顔を赤くしたハーファの女の子は隠れるように厨房へ駈け込んでいった。その姿を満足げに見送ったレーベンは、ふとパルマと目が合った。

 パルマは興味なさげに視線を外し、新しく注がれたハチミツ酒を豪快に飲む。


「あぁ、美しき神の使いよ♪ 美味なハチミツ酒よりも美しき瞳よ~♪」

「きゃあ!」


 いつの間に……。パルマの傍らで熱い視線を送るレーベン。

 目を離したその一瞬でパルマへ駆け寄ったその吟遊詩人の素早さには騎士団内で上位の身体能力を持つシルバも目を見張った。


「僕は『世界を歌う詩人』レーベンさ。美しい瞳を持つあなたのお名前は?」


 ずずいと近づいてくるレーベンの距離感に思いっきり顔を離すパルマ。


「パ、パルマですが……」

「パルマ!! ああ、悲しみを携えた美しき()()()()ー♪ 夢に見る美の化身ー♪」


 同じフレーズ多用すんな! 呆れたパルマはシルバに何とかしろという視線を送った。しかし、肝心のシルバはなぜか真剣な表情でその歌を聞いていた。何を!真面目な顔で!聞いてんだよ!! 青筋を浮かべ、張り付いた笑顔でシルバに怒りを伝えようとするが、意味はなさそうだった。

 レーベンの『金色の瞳』、というワードに居酒屋の何人かの客から睨むような視線を送られ、ハイエルフがどれだけ嫌われているのかも再び味わうことになった。

 その時、酒場の扉が力強く開かれ、屈強な男たちが入ってきた。一瞬静まる酒場だが、そんなことは日常茶飯事と言わんばかりに再び喧騒を取り戻す。5人の男たちはまっすぐに向かってくると、パルマたちの席を取り囲んだ。


「な、なんですか!?」


 ハイエルフってだけで……! 怯えよりも怒りが勝ったパルマは男たちを睨みつけた。しかし、どうやら用があるのはパルマにではなかった。


「……よう」


 大木のような腕を組み、顔をひきつらせた髭面の男がレーベンに声をかけた。ひたすら続いていたレーベンの歌がピタリと止んだ。ゆっくりと振り返ったレーベンはこびへつらうような笑顔で髭面の男を見上げた。その瞬間、男の拳がレーベンの顔面に突き刺さった。ギャン!という情けない声とともにレーベンははじけ飛んだ。レーベンは溢れる鼻血を抑えながら男たちから後ずさる。


「ち、違いまふ! あれふぁ彼女から……!」

「俺の女が悪いってのか!? おう!?」

「ひ、ひ~……!」


 レーベンに詰め寄る男たちの前に、静観していたシルバが立ちはだかった。パルマは初めてシルバが屈強な男たちに負けない体格を持っていることに気づいた。髭面の男はシルバに悪態をついたが、鎧に描かれた王家の紋章を見て大人しくなった。


「……邪魔すんじゃねえ」

「それはできない。暴行を見逃すことはできないな。何があった」

「……そのへなちょこ野郎が俺の女に手出しやがった! これはけじめだ! タダでホイホイ返すわけにはいかねぇだろ」

「……ふむ」


 少し考えるような素振りを見せたシルバは、静かに男たちに道を譲った。何してるんだと言わんばかりの顔で見るパルマに気づくと、


「あの男にも責任はある」


 仕方ない、肩をすくめたシルバは再び座ると机の料理を手に取りだした。騎士団を相手にしなくて済んだ

 男たちはレーベンを取り囲み、シバき出した。暴力を止めることが出来ないパルマは苦い顔で見ることしかできなかった。興奮していた男たちの一人が懐からナイフを取り出した。あ……! とパルマが声を上げる前にシルバの手がその男の手首を抑えていた。


「それはやり過ぎだ」

「触るんじゃねぇ!」


 シルバに掴みかかった男はふわりと宙を舞ったかと思うと、ハチミツ酒をひっくり返しながらテーブルに叩きつけられた。目の前に大男が降ってきたパルマは、驚きで身動きが出来なかった。

 仲間を痛めつけられた男たちは矛先を変え、シルバに襲い掛かった。「不動の騎士」は表情一つ変えず、男たちを拳でのしていく。ぐえ、ぎゃ、悲痛な悲鳴とともに男たちが空を飛び交う光景に、パルマは夢を見ていると思うようにした。

 数分も立たないうちに、手をはたくシルバの足元には肉の絨毯が出来ていた。


「ちょっと、レーベン?さん、大丈夫ですか?」


 パルマは騒動が落ち着いたことを確認して、絨毯の一部となっていたレーベンに声をかけた。顔が腫れて見るも無残なレーベンは、何かつぶやくように口を動かす。


「あ、アンヒルひ、ふれていってもらへふと……」

「アンヒル、ですか?」


 パルマはピンと来ていないシルバにレーベンを抱えさせると、騒動を遠巻きに見ていた酒場の客にペコリと頭を下げ、逃げるように店を出た。

 床に大男たちが転がっているのを気にもせず、酒場は何事もなかったように普段の賑わいを取り戻した。

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