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鳥かごの王子と優しきリザードメイド 愛の逃避行②

『婚姻の儀』は、普段は守銭奴で下品な笑い方をするディンが立派に見える貴重な機会だった。祝福された二人に灯る柔らかな光が好きだった。自分が誰かを祝福するなんておこがましいと思っていた。それでも、今はやらざるを得なかった。


「私の母上は第三王妃で王宮内の立場も弱かった。そんな中、第一王妃の長子が病死して私が第一継承者となった。そこから母上は変わってしまった。私は長子として、次期国王として民を導く力だけを求められたのだ」


空は陰り、ぽつぽつと雨が降り始めていた。日々の広がった天井からは雫が零れ落ち始めていた。その雫が地面に吸われていくのを見つめながらバンダーは語り続ける。


「そんな私に母上は必要以上に干渉してきた。自らが望む結婚相手を迎えることを目的に、私の使用人には違う種族の者を配置していた。その時だ」


バンダーは隣に座るカイナの瞳を見つめた。


「カイナが私の使用人として来たのは。彼女は腫物に触れるように接する他の者たちとは違った。時には優しく、時には厳しく接してくれた。母上すらくれなかった愛情を、君は与えてくれたんだ」

「逆ですよ。バンダー、あなたはリザードの私にすら平等に接してくれた。覚えていますか? 初めて王宮に入った時、周囲から笑われ孤立していた私を救ってくれたのを。醜いと、蔑まれ続けてきた私には、あなたはどんなヒューマンより立派に見えたのです」


パルマは儀式のために薄汚れた祭壇を拭きあげながら二人の本来は叶わぬ恋路を想像し……興奮していた。日々恋愛小説でしか摂取できなかったものを体感し、パルマの心も高揚していた。頬を染めながら話を聞くパルマのことなど気付きもせずにバンダーとカイナは二人の世界で話を続けていた。


「それでも、私はあなたは王宮に帰るべきだと思うのです……」

「カイナと一緒でなければかのような魔窟には戻らない……!」

「ダメ、こうなった以上、私は死罪は免れません。あなたには王になる資格がある」

「カイナ、その傍には君がいないとダメなんだ……!」

「あ、あの~……」

「なんだ!?」


パルマが遠慮がちに声をかけると、バンダーは血走った目でパルマを睨みつけた。ひえ……! その目に怯えながらもパルマは整えた祭壇の前に立ち、美しき稜線を描く服についた埃を払った。


「準備が……整いましたが」

「うむ、さぁカイナ」

「バンダー、私は……!」


今の幸せを願う次期国王のバンダーと未来のことを考えるカイナ。そんな二人の姿を見てパルマは既視感を覚えた。チェロフの『権力は愛に劣る』に出てくる傲慢な王と遠慮がちな町娘とそっくりだった。強引に縁談を進める王と、王を好いてはいるが一村人である自分が王妃になることに抵抗がある娘のお話だ。物語では二人は徐々にすれ違い、一度は破綻しそうになるが……。


「お待ちください、バンダー王子」

「ならん」

「いいえ、このままでは儀式を行うことは出来ません」

「貴様も邪魔をするか、このハイエルフめ……!」


言われ慣れたものだ、パルマは自嘲気味に笑う。ハイエルフは神と繋がった証拠とされる金色の瞳を持っており、その瞳さえ見れば世界を恐怖に陥れた忌むべき種族だということは容易に分かる。パルマはその瞳のせいで今までひどい目にあってきた。目を閉じて心を閉ざすという対処法でこれまで生きてきた。そしていつからかそれは怒りに変換することで発散されるようになった。私が何したっていうの!? ぶん殴る、一瞬でパルマの頭は支配され、王家の人間の頬めがけて拳が飛んでいく。バンダーの顔面目掛け飛んだ拳は、思い通りの感触にはならなかった。空を切った拳を見て、キョトンとするパルマ。


「ぐぇっッッッッ!!!!」


バンダーが埃だらけの床に倒れ込んだのを見て、パルマは何が起こったのかを理解した。

カイナがバンダーを殴り飛ばしたのだ。


「見損ないました!」

「か、カイナさん……?」

「パルマさん、辛い想いをさせてしまい申し訳ありません」

「い、いえ……」


月に照らされ、艶やかに輝くカイナの鱗に埋まる双眸がバンダーを睨みつける。


「あなたは、私に居場所をくれました、誰にも愛されたことのなかった私に。かけがえのない場所を。この気持ちを分かってくれる人が現れたと。ただ、先ほどの言葉があなたの本心であれば、私は大人しくこの首を王妃様に差し出しましょう」

「……すまなかった」

「私ではなくパルマさんに謝罪してください」


振り切っていた拳に気づき、慌てて手を降ろすパルマに向かって、バンダーが頭を下げる。


「あわわわわ……だ、大丈夫ですから! 頭を上げてください!」


王家の人間に頭を下げさせるなんて恐れ多すぎて……! ちょっと快感?かも……? 邪な考えを隅に追いやり、パルマは二人の関係に少し安堵した。


「お互いにちゃんと想いを確かめ合う、それが『婚姻の儀』には必要です。片方だけが望んでいても、それは本当の愛とは言えないのではないでしょうか?」


まぁチェロフ様の受け売りですが……! 心の中でパルマはつぶやく。

しおらしくなったバンダーはうつむきながらそうだな……とつぶやくと、カイナの手を再び握り、力強い眼差しを向けた。


「カイナ、すまなかった。君との日々を失う怖さに負けたこの弱さを許してくれ」

「バンダー、王子と使用人の関係のままでも私たちは幸せだったと、思いませんか?」

「別で妃を迎えいれる私を見て、君は耐えられるのか……?」

「それは……」


バンダーの純粋な想いについ目をそらしてしまうカイナ。その視線の先にいたパルマと目が合う。


「カイナさん、今は正直な想いを伝えあう時間です」


パルマに背を押してもらう形となったカイナは覚悟を決めてバンダーと向き合う。


「王宮の暮らしとは比べ物にならないほど、辛い生活になるかもしれませんよ?」

「君とならどんな生活でも耐えられる」

「理想ばっかり」

「そんなことはない。違う国……そうだな、海沿いの街がいいか? そこに家を建てて、私は魚を釣って君は得意な織物をして……」

「楽しそうですねぇ」


目を細めてクスクスと笑い合う二人の愛おしさにパルマ自身もにやけ顔になってしまう。これが恋……! パルマはこれまで小説の世界でしか経験できなかった美しい世界にずっと浸っていたい、そう願っていた。しかし、その願いは馬のいななきによってかき消された。

雨の降る教会の外から、水を叩く音や鎧の金属が鳴る音が聞こえてくる。高速で扉に辿り着いたパルマがドアに耳をそばだてると……ドンドン!


「ひあ!?!?」


音の直撃をくらったパルマは腰から地面に崩れ落ちた。


「夜分に申し訳ない! 私は王家近衛騎士団所属、シルバ・アドマイン! 誰かいないか!」


近衛騎士団!? てことは……。パルマがバンダーとカイナを見ると二人は口に指を当てていた。あら可愛らしい、じゃなくて……! 仕方ない、そう呟くとパルマはゆっくりと立ち上がって恐る恐るドアから顔を出す。

ドアの前には、短く切った黒い髪に切れ長の目をギラリと光らせた長身の男、シルバ・アドマインが立っていた。身にまとう鎧は可動部分を皮で繋げ、動きやすさを重視したデザインとなっている。銀色のプレートで出来た肩当はアシンメトリーで、左の大きめな肩当には白いマントのための留め金が付いている。

身を包むマントにはレヴィアヌス王家へ忠誠を誓った証でもある炎に包まれた盾が描かれていた。そのマントは雨に濡れ、重たげに揺れていた。小説に出てくる騎士がそのまま出てきたかのようなシルバにパルマは目を奪われた、が……。


「む、夜分に申し訳ない。ハイエルフ殿、私はシルバ。とある任のため、失礼する」

「え、ちょちょちょ! 勝手に入られては困ります!」

「任のためだ。協力してもらう」

「な、なりません! 騎士様だからといって、失礼ではないですか!」

「これは王命である。ハイエルフ殿、協力を拒めば罪人として拘束することになるぞ」

「はぁ!?」


なんって失礼な……! バンダーとカイナのためなどすっかり忘れ、傲岸不遜なシルバの自由にはさせまい! パルマはドアを思いきり閉じてシルバを締め出すと、口ずさむように聖なる詩を紡ぐ。世界の魔力は半減したが、魔法のすべてが使えなくなったわけではない。特にハイエルフの血を継ぐパルマは魔法の適性が高く、少ない魔力で神聖魔法を扱うことができた。神に仕える者は詩を紡ぐことで現世に奇跡を起こす……パルマのもたらした奇跡は、『光壁(ウォーラ)』となって教会を覆っていた。

宮廷魔導士ですら作りえない強力な防御魔法を前に、外からドアを破ろうとしていたシルバは驚愕していた。


「……! ハイエルフ殿! 中に王子がいるんだろう! 反逆罪となるぞ!」

「無礼には無礼を、で返したまでです! それにハイエルフ殿って…! 私にはパルマっていう立派な名前があります! さぁ、王子!」


パルマは鼻息を荒くしながらバンダーとカイナに先ほどの続きを促した。バンダーは覚悟を決めた表情で片膝をつき、カイナの手を取る。


「カイナ、私の人生には君が必要だ。これからも、共に生きてほしい。愛している」

「……立派な国王になるはずのあなたがすべてを捨てることが怖かった。でも、それは間違い。あなたはそんなこと望んでいなくて、私があなたに押し付けていただけ」


カイナの抑えつけていた想いが涙とともに溢れていく。


「私も、バンダーのことを愛しています」


きたー! 心の中の小さいパルマがガッツポーズを決めた。パルマは満面の笑みで二人が握り合った手を包むようにして、祭壇の前に誘う。


「では……」


パルマは去年の冬にディンが執り行った『婚姻の儀』を思い出しながら、言葉を紡ぎだす。


「二つの魂に、一つの息吹を。血を超え、種を越えて。愛は姿を選ばず、名を問わず」


眼を閉じて儀式の光景を必死に思い出しながら言葉を紡ぐパルマ、その全身からこぼれ出すように光が溢れていく。バンダーにはその光が、なぜか分からないが楽しげにカイナの周りを回っているように見えた。カイナもバンダーの囲む光を同じ思いで見ていた。ふと二人は目が合い、目の前に起こる不思議な光景に笑い合う。

パルマからあふれ出した光は教会全体を包み始めていた。


「一体……何が?」


剣を抜いて防壁を破ろうとしていたシルバもその光景を呆然と見ることしかできなかった。パルマは自分の体に起こっている異変に気付かないまま、二人の愛を祝福し続ける。


「この結びに、永遠の祝福を」


祝福の光に包まれたバンダーとカイナは、互いへの愛情があふれ出し唇を重ね合わせた。パルマ自身の心の動きに合わせて光が不規則に踊りだす。最後の詩をパルマは高らかに紡ぎ上げた。


「エタ―・リル・パル=メク!!!」


その瞬間、天に向かって一筋の光が伸び、雨雲を貫いた。光は柱となり、ダイバテインの街全体を白く染め上げた。どんなことにも感情を動かさず、「不動」とまで言われたシルバですらその光景に開いた口が塞がらなかった。そして、パルマも同じ顔で自分の身に起こる不可思議な光景を見ていた。

天を突き抜けた光の柱は徐々に細まり、最後は糸が切れるように途絶えた。パルマの防壁も既に消えていて、いつの間にか教会の中ではシルバの鋭い瞳がパルマを捉えていた。王家の慈悲にすがろうとバンダーに視線を送るが、抱きしめ合う二人の世界にはどうやら割り込めなさそうだった。

誤魔化すための最大級の笑顔をシルバに向けるが、表情を一切変えないこの騎士には美しさに定評のあるハイエルフでもダメそう、苦笑に変わるパルマの顔に合わせ、ツンと張った耳も萎れていった。


「え~っと……。私、何かしましたか……?」

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