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鳥かごの王子と優しきリザードメイド 愛の逃避行①

『恋愛相談所』。

 明るい陽射しの下でその看板がお化け屋敷、もとい「愛の教会」に掲げられている。

 ぼろ教会に似つかわしくないほどに洒落た枠組みを付け、オークの木で作られたその看板は異様に目立つ。

 教会の中にはひび割れた天井から陽の光の筋が差し、埃を被っている床を照らす。その教会の隅に、簡易的に作られたであろう懺悔室のような小屋が鎮座していた。

 普段陽の下に出ないパルマは差し込む光をまぶしそうに見ながら、深いため息をついた。


「まるで拷問じゃない……」


 その「成就室」と名付けられた小屋の中にパルマはいた。

 そして──誰も来ない。

 恋の相談? 婚姻の儀? ハイエルフの血を引く自分が祝福したら世界に力が戻るなんて、そんなうまい話が──


「……あるのよね」


 つい二日前、本当に起きたことだ。ヒューマンの王子とメイドの逃避行。婚姻の儀。謎の光。投獄…。そんな一連を思い出し、パルマは頭を抱える。

 五体満足で教会に帰ってきたと思ったら、神官長でありパルマの育ての親でもあるディン・ピンターが満面の笑みで出迎えてきた。

 ハーファという種族はヒューマンの半分程度の身長で牧歌的、平和を好むと聞いていたのだが…。ディンは陽の光を反射させる頭頂部を隠そうともせず、悪どさを煮詰めたような顔でパルマにこう言った。


「さあパルマ! 稼ぎ時じゃー!! 」


 ……パルマール・ディメトーリアス、通称パルマの静かな日常は、もうどこにもなかった。


 ―――――――――


 月の光が差し込む教会の中でフードを被ったままの二人がチャーチチェアに腰かけ、無言で互いの存在を確かめるように手を握り合っている。チェアの軋む甲高い音だけが教会に響き、パルマは何事か分からないままそんな二人を眺めていた。

 混乱するパルマは、自分がしばらくディン以外の誰とも会話をしていないことを忘れて二人に声をかけた。


「あ、あの……あなた方は、ど、どうしてここに?」

「ああ、すまない。私たちはその……」


 パルマは裏返った声に恥ずかしさを感じつつ、ヒューマンの男が立ち上がってフードを外す動きを見つめた。フードの下からは美しい金色のショートヘアが現れた。続いて陶器のように白く整った肌、気品すら感じられる顔つき。この顔、どこかで…見覚えのある顔に頭をフル回転させながら凝視するパルマを気に留めることなく男は話を続けた。


「私たちは、『婚姻の儀』を行いたい。だからここに来た」

「こんいんの、ぎ…」


『婚姻の儀』。その昔、すべての種族は愛の神パル=メクの名のもとで儀式を行うことが通常だった。だが種族間での戦争が起こり、憎しみが世界を包むと各々好き勝手するようになり、儀式は廃れてしまった。しかし未だ首都や閉鎖的な地域ではその習慣が残っているところもある、とディンから聞いた話をパルマは思い出した。そこからは連想ゲームだ、首都、金髪、王家、王子、行方不明……。

 え、バンダー王子? え? レヴィアヌス王家の? まさかぁ。


「私はバンダー、頼む今すぐ儀式を執り行ってくれ」


 やっぱり王子だった、王家の第一継承権を持つ王子が何故ここに……。顔も良く、頭脳明晰品行方正。パルマがそんな話を聞いたときはチェロフの小説の登場人物でしか見たことがない……とその存在を信じられなかったほどだ。


「わ、私はこの愛の教会で神官をしているパルマと申します。バンダー王子、確かあなたは2週間前から行方不明だと聞きましたが……」

「ふ、行方不明という割には常に騎士団の連中に追い掛け回されているがな」

「何故逃げる必要が? 騎士団は王家の護衛を務めているのでは?」

「パルマよ、貴殿には分かるまい。愛する者さえ自由に決められぬ、この虚しさが。まるで籠に入れられた鳥のようだ」


 キュン、パルマは自分の胸が弾むのを抑え、恐らく愛する者であろう女性を見る。未だフードで顔を隠しているが、外套の下からはメイド服が見え隠れしており、禁断の恋を目の当たりにしていることに生唾を飲み込んだ。


「私は、戻られた方が良いとお伝えしているのですが……」


 そう言いながら立ち上がった女性を、パルマは()()()()

 バンダーよりも少し高い、恐らく190cmはあるであろう身長。フードをゆっくりと外すと赤みを帯びた美しい肌、いや鱗が現れた。え? 赤い鱗からのぞく鋭い瞳に白く輝く鋭い歯。砂漠を主な居住地とする種族、リザードのカイナ・セプトが恥ずかしそうにパルマを見下ろしていた。

 パルマの驚きの表情を見たのか、女性は申し訳なさそう苦笑しながら呟いた。


「変でしょう、私が王子となんて……」

「あ、いえ……!」


 異種族との恋はないわけではない。ただ、珍しいことは確かだった。

 パルマは自身の無礼を恥じた。


「何もおかしいことなど! カイナと私は愛し合っている。それだけで十分だ」

「王子……」

「バンダー、そう呼んでくれと言ったではないか」

「……バンダー」


 カイナの手を取り、真剣な眼差しを向けるバンダーと、気恥しそうなカイナ。さっきの驚きはどこへやら、パルマはそんな二人を見ていて再び胸が高鳴った。


「さぁ、いずれここにも騎士が来てしまう。さっさと儀式を執り行ってくれ」

「で、ですが私は……」


 今まで『婚姻の儀』をしたことがないなんて言えない……! 確かにパルマ達がいる教会でも稀に、年に1回程度は儀式を行っている。しかし基本的にはディンが行っており、表に出ないパルマは裏で手伝いをしていることがほとんどだった。しかし今はそのディンも帰宅しておらず、この雰囲気では明日まで待ってもらうことはできないだろう。


「時間が無いのだ……! ええい! レヴィアヌス王家の王位第一継承者、バンダー・レヴィアヌスが命じる! 今すぐ執り行うのだ!」


 王家の人間が命じる=逆らえば死あるのみ。このワガママ王子……! チェロフの作品に出てくる傲慢王子にそっくりで少し興奮したことは内緒だ。焦りをにじませるバンダーとそんな姿を見ておろおろとしているカイナを前に、パルマに残された道は一つしかなかった。


「……分かりました」


 ディンの儀式を思い出す。パル=メクの祝福を受けるには準備が必要だ、まずは……。


「では、あなた方の出会いをお聞かせ頂けますか?」

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