9
月が空の頂点に差し掛かった頃、私たちは草原を越えた先、王都の周りを囲うように生い茂る木立の中を進んでいます。
草を剥いで慣らされた街道とは言え、月明りを遮る木の葉は不気味で。
私は相変わらず動かないルダンの片手を握りつつ、私は左手に松明を握って、着実なペースで歩き続けています。
「足、痛くないか」
「大丈夫です」
我ながら不愛想なことだと思います。
しかしながら、私にも羞恥心というものはあるのです。
好き勝手に泣きじゃくって、嘆く様を見られた相手に、自分から話しかける気にはなれません。
ましてや、そのことを察して気前よく話しかけられてしまっては、身に迫る危険に気づくことができないかもしれません。
「まあ、そんな顔するな。この辺りの森は安全だ」
「……そうなんですか」
「ああ、仮にも王都を守る森だからな」
そういえば、と思い当たります。
誰からだったか忘れましたが、私が昔、馬車で王都を訪れた時、向かいの席から発されたちょっとしたおとぎ話の中で、その言い回しを聞いたような気がします。
「たしかこの森があったから、私たちの国は、王国になれたんですよね」
「おう、ちゃんと覚えてたか」
「……? どういうことですか」
「ほら昔話してやっただろ、王都を守る森の精霊の話」
「え?」
言われて、向かいの席に座っていたのは、私と同じぐらい背丈の、男の子だったのだと気づきます。
顔はハッキリ見ていませんでしたが、確かその子は知り合いで、ちょうど年齢も同じぐらいだったような気がしています。
「お前が髪色のことと、父親いじりのことで拗ねて、母親にべったりになる前の話だ。妙に不安そうな顔してたから、俺が即興で作り話をしてやった」
「……は?」
思わず歩を止めて、ルダンの方を向いてしまいます。
作り話? 言われてみれば、あれ以来、同じような話を街で聞いたことはなかったような気がします。
記憶がかすかだったのは、その影響もあるのでしょうか。
もちろん、彼の話を信じるなら、ではあるのですが。
「随分、趣味の悪いことをしますね」
「そんな言い方ないだろ。もちろん、俺の自己満足には変わりないけど」
……確かに、私は少々彼を突き放しすぎなのかもしれません。
仮にも、事情を知っている唯一の知り合いなのですから、もう少しこちらから歩み寄るべきでしょうか。
「ねえ、ルダン」
「なんだ、敬語はいいのか?」
もう、それはいいです。
相手が普通の口調なのに、わざわざあれこれ理由をつけて、貫き通すほどのこだわりではないので。
だから私は無言で頷いて、次の言葉を紡ぎます。
「……子供の頃の私って、どんな感じだったの」
それで、ルダンが目を見開いたのが分かりました。
まあ、変な質問ですからね。
別に私は記憶喪失でもなんでもないですし、覚えていることもありますから。
でも……ただ一つだけ、聞きたいことがあるのです。
「閉じこもるより前のこと、よく覚えてない。きっと、まとめて全部に蓋をして、友達とか、私に仲良くしてくれた人とか、そういう人達にさえ、目を向けないようにしてたからかな」
「というと、六歳くらいからか?」
「……うん」
六歳。そうでしたね。
私が町の人々から浮き始めたのは、ちょうどそれくらいの時でした。
ちょうどさっきルダンが口にしたような、両親に関することで、我慢ならなくなったのが、そのくらいの時でした。
「ルダンは、知ってるんでしょ?」
「まあ、ずっと見てきたからな」
「……そんな、家族みたいなこと言わないで」
お母さんのことを思い出して、苦しくなってしまうから。
お父さんのこと思い出して、惨めになってしまうから。
私に兄弟姉妹がいないことを思い出して、悲しくなってしまうから。
そんな言葉は、聞きたくないです。
「……家族のつもりだ」
「え?」
「お前のことは……妹みたいに思ってる」
「……そう」
あなたは……そうですか。
そんな風に思ってくれていたんですね。
どうりで、何度突き放しても、しつこく話しにきてくれたわけですか。
どうりで口うるさい身内みたいに、心配してくれていたわけですか。
「王都までは、まだもう少しあるからさ」
そういうと、ルダンは少し立ち止まり。私の方を向きました。
「俺が、全部思い出させてやる。なんて、言い方したら嫌か?」
きりりとした顔、少しキザな言い回し。
「ふっ……ちょっと気持ち悪いね」
「な!?」
私が誘導したようなものですが、彼にそういうのは似合いません。
「どうせなら、楽しく話して」
「……ああ。わかった」
木立に挟まれた街道の上、月灯りの冷たさを跳ね除けるように温かい、松明の炎を頼りに。
談笑という言葉がふさわしい、少し緊張感のないやり取りをしながら、私たちは進み続けます。
今だけは時間も、悲しいことも、怖いことも忘れていられるような気がしたから。
やがて見覚えのある岩山が、見上げられるようになるまで、私たちは話し続けることにしました。
その手をつないで。