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 月が空の頂点に差し掛かった頃、私たちは草原を越えた先、王都の周りを囲うように生い茂る木立の中を進んでいます。


 草を剥いで慣らされた街道とは言え、月明りを遮る木の葉は不気味で。

 私は相変わらず動かないルダンの片手を握りつつ、私は左手に松明を握って、着実なペースで歩き続けています。


「足、痛くないか」

「大丈夫です」


 我ながら不愛想なことだと思います。

 しかしながら、私にも羞恥心というものはあるのです。

 好き勝手に泣きじゃくって、嘆く様を見られた相手に、自分から話しかける気にはなれません。


 ましてや、そのことを察して気前よく話しかけられてしまっては、身に迫る危険に気づくことができないかもしれません。


「まあ、そんな顔するな。この辺りの森は安全だ」

「……そうなんですか」

「ああ、仮にも王都を守る森だからな」


 そういえば、と思い当たります。

 誰からだったか忘れましたが、私が昔、馬車で王都を訪れた時、向かいの席から発されたちょっとしたおとぎ話の中で、その言い回しを聞いたような気がします。


「たしかこの森があったから、私たちの国は、王国になれたんですよね」

「おう、ちゃんと覚えてたか」

「……? どういうことですか」

「ほら昔話してやっただろ、王都を守る森の精霊の話」

「え?」


 言われて、向かいの席に座っていたのは、私と同じぐらい背丈の、男の子だったのだと気づきます。

 顔はハッキリ見ていませんでしたが、確かその子は知り合いで、ちょうど年齢も同じぐらいだったような気がしています。


「お前が髪色のことと、父親いじりのことで拗ねて、母親にべったりになる前の話だ。妙に不安そうな顔してたから、俺が即興で作り話をしてやった」

「……は?」


 思わず歩を止めて、ルダンの方を向いてしまいます。

 作り話? 言われてみれば、あれ以来、同じような話を街で聞いたことはなかったような気がします。

 記憶がかすかだったのは、その影響もあるのでしょうか。

 もちろん、彼の話を信じるなら、ではあるのですが。


「随分、趣味の悪いことをしますね」

「そんな言い方ないだろ。もちろん、俺の自己満足には変わりないけど」


 ……確かに、私は少々彼を突き放しすぎなのかもしれません。

 仮にも、事情を知っている唯一の知り合いなのですから、もう少しこちらから歩み寄るべきでしょうか。


「ねえ、ルダン」

「なんだ、敬語はいいのか?」


 もう、それはいいです。

 相手が普通の口調なのに、わざわざあれこれ理由をつけて、貫き通すほどのこだわりではないので。

 だから私は無言で頷いて、次の言葉を紡ぎます。


「……子供の頃の私って、どんな感じだったの」


 それで、ルダンが目を見開いたのが分かりました。

 まあ、変な質問ですからね。

 別に私は記憶喪失でもなんでもないですし、覚えていることもありますから。

 でも……ただ一つだけ、聞きたいことがあるのです。


「閉じこもるより前のこと、よく覚えてない。きっと、まとめて全部に蓋をして、友達とか、私に仲良くしてくれた人とか、そういう人達にさえ、目を向けないようにしてたからかな」

「というと、六歳くらいからか?」

「……うん」


 六歳。そうでしたね。

 私が町の人々から浮き始めたのは、ちょうどそれくらいの時でした。

 ちょうどさっきルダンが口にしたような、両親に関することで、我慢ならなくなったのが、そのくらいの時でした。


「ルダンは、知ってるんでしょ?」

「まあ、ずっと見てきたからな」

「……そんな、家族みたいなこと言わないで」


 お母さんのことを思い出して、苦しくなってしまうから。

 お父さんのこと思い出して、惨めになってしまうから。

 私に兄弟姉妹がいないことを思い出して、悲しくなってしまうから。

 そんな言葉は、聞きたくないです。


「……家族のつもりだ」

「え?」

「お前のことは……妹みたいに思ってる」

「……そう」


 あなたは……そうですか。

 そんな風に思ってくれていたんですね。

 どうりで、何度突き放しても、しつこく話しにきてくれたわけですか。

 どうりで口うるさい身内みたいに、心配してくれていたわけですか。


「王都までは、まだもう少しあるからさ」


 そういうと、ルダンは少し立ち止まり。私の方を向きました。


「俺が、全部思い出させてやる。なんて、言い方したら嫌か?」


 きりりとした顔、少しキザな言い回し。


「ふっ……ちょっと気持ち悪いね」

「な!?」


 私が誘導したようなものですが、彼にそういうのは似合いません。


「どうせなら、楽しく話して」

「……ああ。わかった」


 木立に挟まれた街道の上、月灯りの冷たさを跳ね除けるように温かい、松明の炎を頼りに。


 談笑という言葉がふさわしい、少し緊張感のないやり取りをしながら、私たちは進み続けます。


 今だけは時間も、悲しいことも、怖いことも忘れていられるような気がしたから。


 やがて見覚えのある岩山が、見上げられるようになるまで、私たちは話し続けることにしました。



 その手をつないで。



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