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 できる限り離れないように、動かなくなった彼の右手を握りながら、お母さんの家へ向かいます。


 首飾りの効果は、手をつなぐだけでも発揮されるようで、道中、鉢合わせた悪霊が、私やルダンに気付くことはありませんでした。


 どうにも不思議なのは、私たちが松明を持っていても、奴らがこちらに気付かなかったこと。

 光の加減で分かりそうなものですが、目で見ているわけではないのでしょうか。


 なんにせよ暗い道を明かり無しで歩かなくていい分、こちらに良いことしかないので、一旦は気にしないことにします。



 そして、予想通りではありますが、家にお母さんはいませんでした。

 かつて私の家のあった場所には、残り火だけありました。



 他の民家と間隔を取れていたおかげか、付近に燃え広がっていたり、誰かが火災に巻き込まれた様子は無かったのが幸いですが、もはや、ここにお母さんの面影を求めるだけむだだということは、嫌でもわかってしまいました。


 そんな光景の近くにも、道中にも。

 街の中いたるところには、意識の無い多数の人影が横たわっています。


「ひどいな……まだ息はあるみたいだけど」

「まるで抜け殻ですね」

「もし戻す方法がなかったら、このまま衰弱死まっしぐらだ」


 ……不穏なことを聞いてしまいました。

 もし、彼の右腕のように、悪霊に触れられた箇所が動かせなくなってしまうのなら、有り得ない話ではないのかもしれませんが。


 ともあれ今は最悪の想像をするよりも、まだ無事な人を見つけるべきでしょう。


「止まれ」

「え、はい」


 隣から来た突然の静止。見ると、ルダンはその場で目を瞑って、黙り込んでいます。耳を済ませているのでしょうか?

 私には何も聞こえませんが、声をかければ邪魔になるでしょう。


「声が聞こえる。広場の方だ」

「声……どんな声ですか」

「怒声。というか、勇ましい声だな。戦ってるのか?」


 何と戦っていそうかなんて、尋ねる必要はないでしょう。

 奴らは露骨に松明を嫌がっていますから、それに気づいた人々が、まだ抵抗を試みていてもおかしくありません。



 いえ、あるいはそこが、私の目的地である可能性もあります。



「お母さんかもしれないです」

「合流しよう。助けないと」


 私たちは意思を同じくして、広場の方へ走ります。

 付近の建物が、民家から商店、屋台などに移り変わっていくにつれ、私にもその音が聞こえるようになってきました。


「あと少しよ、奴らはもう少ないわ!」


 そして、その声は確かに聞き覚えがあるものでした。

 いつもの優しい口調とは打って変わって、迫力のこめられた指揮の声。

 いつもとは違っても、私を一番安心させてくれる声が、遠くに見えた数人の人影の中から、聞こえました。


「お母さん!」

「っ、おい!」


 私はルダンの右腕を引き、広場へ向けて飛び出します。

 本当は、離してでも近付きたいけれど、そうすればどうなるかってことくらい、わかっています。

 だからあくまで、声を伝えるだけ、私がここにいることを、お母さんに伝えたいだけなのです。


「アニー……?」


 厚手のギャンベゾンに、革製のコイフ。

 私の声で振り返ったその顔は、確かにお母さんに違いありません。

 右手には松明、左手は無手で、二頭の青白い狼を相手取っていたのです。


 にもかかわらず、私はお母さんの気を引いてしまったのです。

 そして当然のように、狼は一瞬の隙を突こうとしていました。


「危ない!」


 私が叫ぶより前に、お母さんは上半身を引き、その動きだけで、狼の飛びかかりを避けていました。


 それだけではありません。狼の姿を横目で捉えたかと思うと、右手を突き出して進路上に松明を置き、やつを炎の中へ飛び込ませたのです。

 松明に触れた狼は音程の外れた悲鳴を上げながら、炎に包まれて消えてしまいました。


「次で最後よ!」


 お母さんが号令をかけたところで、残りの人影が最後の悪霊に詰め寄りました。あるものは振りかざし、あるものは投げつけ、人数分の松明に襲われた狼は、嘆くように声を上げて消え去りました。


「やったぞ!」


 狼を仕留めた男性の声を合図に、歓声が上がります。

 十数人ほどの人々は互いに抱き合い、勝利を喜んでいる様子でした。

 ですが、一人だけは違いました。


 お母さんは、神妙な面持ちでつかつかとこちらへ向けて歩いてきました。


「アニー、なんでここにいるの」

「それは……えっと」

「気持ちはわかるけど、本当に危ないのよ」

「……ごめん」


 よくよく考えてみれば本当に、余計なことをしたと思います。

 先ほどだって、私が声をかけたせいで危うく、お母さんが攻撃を受けてしまうところでした。


 どうせ何も出来ないのなら、戻ってきても同じなのに。


「……でも、無事でよかった」


 俯いて、気持ちが落ち込みそうになったところで、背中に腕を回される感覚。

 見上げてみれば、お母さんが私を抱きしめてくれていました。

 私は、何か言おうとしてみましたが、結局なにも出てこずに、口を噤んでしまいました。


「えっと、アニーのお母さん」

「ルダンくんね」

「はい。今、何が起こっているのか、詳しく聞いても?」


 ああ、そうでした。私たちには結局のところ、情報が足りません。

 この状況で、推測や、実際に見たものを除いて有益と言えそうな情報は、お母さんの言葉だけでしょう。

 少ないとも、最初から火が有効であることを知っていた時点で、お母さんは何かを知っているはずなのです。


「そうね、とはいえいつ襲われるともわからないから……まずは開けた見通しのいい場所で」

「おい、なんだあれは?」


 そうやって、お母さんが私たちの手を引いてくれようとした瞬間、広場の方から声が聞こえました。


 見てみれば広場に残る人々は、ことごとく空を見上げていました。


 つられて見やった空の彼方には、青白く光る流星のような何かが見えました。


 迫るにつれて徐々に、徐々に大きさを増していくその光は、今まさに、この広場の直上へ、迫ってきていました。


「伏せて!」


 お母さんの警告も虚しく、ほとんどの人のは逃げ遅れたまま、流星は広場の中心に落ちました。



 青白い光が爆発するようにはじけて、目の前が真っ白になりました。



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