(七章)
テーマ:小説
篠原をバイクのバックシートに載せて走り出したのは良かったが、
脳裏に疑惑が生じた。
『今日は部活で遅くなるから』
って姉貴が言っていたのをすっかり忘れていた。
ともあれ篠原を連れ出したからには何処かで時間潰してでも
招かなければ失礼に値する。
それにしてもさっきから
『胸が擦れて気持ちいい…やっぱりバイクで来て正解だったな…』
って何を考えてるんだ俺は、
当人はどう想っているか解らないけど、
さっきの一件も在るし…好かれていなきゃあんな事絶対しないよな。
深く悩む必要性も無いか…
そう思いつつ当てが無いまま自宅付近まで来てしまった。
仕方ない、栗橋まで行ってJRで大宮にでも行くか。
「ねぇ悠君どこ行くの?悠君の家は確かこの辺じゃ無いの?」
篠原は耳許で囁き掛けるが、俺は無言のまま頷き、駅へと向かった。
駅に着くと俺はさっきの反論が出来なかった事を詫びたのは良いが…
不思議そうに
「此処は…栗橋!ここから電車に載ってどこか行くの?」
「あぁ、姉貴は今日部活で遅いから時間潰しに
大宮辺りまで行こうかなって想ってさ。腹も減ったし…」
「そう言うことならわたしが作ってあげようか?
わたしもお昼まだだから…」
「悪いよ!折角招待してるのに遣らせるのは」
「気にしないで、わたしの好意でやるんだから…」
「そうか!悪いけど、頼んでも良い?」
「うん」
何か意気軒昂に応じて駅前のスーパーに踵を返した。
「何が良い、何食べたい?」
篠原はまるで付き合いはじめた彼氏に
料理を振る舞うような笑みで聞いてくる。
とは言え率直に言えば概念は同じか
「そうだな…焼きそば辺りで良いよ。夕飯が喰えなくなると困るから」
「そう、夕飯の御菜って何時も買い出しするの?」
言い終わる辺りで店内を徘徊していると
「そうだね!大抵は…冷蔵庫の中は殆ど飲物か前の日の残り物かな。」
そう言うと篠原は
「夕飯は何がいい?」
「えっ、昨日が魚だったから唐揚げか餃子が良いけど…でも何で?」
「解ったわ」
「何が」
「わたしが作る」
そういうと冷凍コーナーに向かうのかと想いきや精肉コーナーだった。
既に焼きそば類の材料は籠に収められているので問題ないが、
篠原は何処まで料理が出来るのか興味深いし、
俺だって実の処は料理が出来ない訳でも無いし
率直に言えば板前さんまでは云わなくてもそれに近い腕は
持っている積もりだが、
俺は敢えて人前では見せない。
相手が困って二進も三進も行かなく成ったら手助けするだけだ。
鶏肉を籠に入れ、適当に飲料水を選びレジへと向かった。
此処の払いは俺が持ち、自宅へと向かった。
「お邪魔しまーす。」
「どうぞ狭いですけど…」
一先ず篠原をリビングに通して一休みしてから
篠原をキッチンに案内した。
「調味料とかは勝手に使って大丈夫だから…
もし解んないことが在ったら呼んでリビングに居るから」
そう言いながらグラスにカフェ・オレを注いで、
言い終るとグラスを持って移動した。
焼きそばぐらいなら20分も有れば作れるはず。
そう想いソファーに横たえながら柱の時計に眼をやると
既に二時を廻っていた。
液晶モニターに映る映像をぼんやりとしながら眺めていると、
記憶が遠退いて行く感覚に襲われ、気付いた時には夢の中だった。
そんな事も知らずに篠原は呼びに来たのだが、
俺の夢にまで現れはじめて何かを囁いている。
『…君起きて 悠君起きて』
『何だ俺なら起きてるぞ。』
そう言ってる中にも温もりを感じていたが…
薄目を開けて確認すると
篠原が俺に抱き着きながら耳元で囁きかけるとこだった。
「うわっ」
俺は咄嗟にソファーから転げ落ち、篠原の方へ眼をやると、
今にも泣かんばかりの面で俺の事を見据えている。
「ごめん、厭気が注した訳ではなくてだな、ほらあれだ。
寝起きで隣に女が居たら誰だって焦ると想うし…」
事実、室内に居たのは二人だけだし、
かと言って一緒に寝た覚えもないから焦るのは当然の事だけど…
それにしても篠原は毎度まいど俺にくっつくけど…
やはり俺に好意を抱いてるのかな。
薫も帰り際にそれらしい事を言ってたしな。
「わたしこそごめんなさい。でもわたし…」
泪ぐんで言うと俯いてしまった。あちゃー
「ごめん、ほら焼きそば出来たんだろ冷めない中に食べちゃおうぜ」
「うん」
そう言って皿に盛るのを手伝うと名目で篠原をソファーから
立たせて上げた直後に偶然を装って抱きしめてあげた。
「あっ」
「どうした?」
俺は微笑だに居ると篠原が問い掛けた。
「うん…悠君から突然抱きしめられるのって
初めてだったから嬉しい…ありがとう」
俺は唯無言で頷きながら離れた。
「何時もはわたしからなのに
悠君からハグしてくれるなんてなんか在ったの?」
「何時も中途半端に後でって良いながら結局は約束破っていたから…
この続きは後でも良いとして今は腹が減った飯でも喰うか」
「うん」
窓際に腰を落ち着かせた俺はぼんやりモニターを眺めていると
「お待たせ」
と言いながらお盆に麺が盛られた器が二膳と箸が載せられている。
篠原はお盆をテーブル置き、向の席に腰を下ろした。
「では、頂きま~す」
見た目は上出来だが、問題は味だよな。
そう想い一口啜ると
「…」
「どうしたの?」
これ胡椒とソースを入れ過ぎだよな
まぁ今日の処は大目に見てやるか、両親との訣別した直後だし…
第一に俺に縋る素振りを見せられちゃ可哀相にも程が在る。
「いや感激して詞が出なかっただけだよ!」
俺は気に障らない程度に感謝の意を表したが、
「本当に?嬉しい」
篠原は笑みを漏らしながら一口啜った。
「…ごめんなさい。ちょっと濃かったみたい」
「別に喰えないレベルじゃないし…ほら、
萌が俺に対して初めて手料理してくれたから…
それだけで十分満足だよ」
そう言って微笑むと篠原は安心したのか頬を紅くして
「ありがとう」
と言いまた焼きそばを食べはじめた。
そんなこんなをしている中に姉貴が帰って来たので玄関まで出向いた。
「お帰り早かったじゃん」
まだ三時半たらずなのに何か有ったのかな
「そうかしら…明日から部活が休みに入るから
今日は半日で終わったから凄く嬉しくて友達とお昼食べて来た」
そう言って姉貴は自室に戻ろうとするところを
「お邪魔してます。篠原です。」
「あぁ、貴女が篠原さんね!
事情なら悠君に聞いてるから心配しなくて大丈夫だからね。
それより悠君!わたしが居なくて不安に駈られなかった?」
そう言うと突然抱きしめられて了い、
背後から妙に冷たい視線が痛々しく感じる。
「ちょ、ちょっと姉貴?突然なにをすんだよ!篠原が見てる前で」
「好いじゃない!ハグぐらい」
「そういう意味じゃなくて」
「しょうが無いわね」
姉貴はこう言って悄然とリビングの方へと姿を消した。
「悠君のお姉さんは何時もあんな感じなの?」
篠原は先程の態度とは打って変わってニコニコしながら問い掛けて来る。
「そうだけど…確か親が亡くなって少ししてからかな…」
「ひょっとしたら平然と装っているけど、
内心は竦然に押し潰れそうなんじゃないかな。
だからお姉さんは悠君の前では無邪気にハグなどして
気持ちを落ち着かせているんじゃないかな?
例えばわたしみたいに…内心、わたしも
悠君に縋る部分が混在しているかもしれない。
好いじゃない頼りにされてて」
「それは…まあ嬉しいが、」
そう言いながらリビングに戻ると、部屋の片隅で姉貴が泣いていた。
こんな光景を何時ぞや見た気がする。
なんて茫然と立ち尽くしていると、篠原が呟いた。
「悠君!お姉さんを慰めてあげて」
とは言え姉貴があんな風に成っちゃうと
どう接したら好いか悩むところで在り、
姉貴が泣き止むまではほっとくしかないのだが…
それを見兼ねて篠原が声をかけた。
「大丈夫?」
姉貴は篠原の呼び声でピクッと反応して顔を上げ、
頬を紅く染めながら泪目で篠原の方を見た。
その顔を見て篠原はポケットからハンカチを取出し、
泪を拭ってあげた。
すると姉貴は恥ずかしそうに俺の方をチラチラ見ながら
「ありがとう」
と言いながら眼を紅くして篠原を直視した。
姉貴の気持ちも落ち着いたのか、ソファーに腰を落ち着かせてから
「焼きそば食べてたの?」
「あ、あぁ腹減ったから」
そう言って残っていた焼きそばを食べようとした時、
「ちょっと待って」
と姉貴が呼び止め、俺の隣に坐って箸を奪って食べはじめた。
「うぐっこれ作ったの誰?味が濃いわよ」
篠原は徐に口を開き、冷然と語った。
「ごめんなさい。わたしです。」
姉貴は眉を顰て頷きながら
「これくらいなら喰えないって訳でもないから大丈夫よ」
「そうですか!」
「姉貴さ、そろそろ食べても好いかな?」
「あっごめんごめん」
そう言って食べたのは好いが、夕飯もこんな感じだと身が重いな。
食後の珈琲を飲みながら夕方の報道番組を眼にして居ると、
向に坐っていた姉貴が声をかけた。
「そういえば篠原さんの下の名前ってなんて言うの?」
「え~と萌です。」
「萌か、じゃあメグちゃんで好いかな?」
「はぁ構いませんよ。」
「メグちゃん家の事情は聞いているけど…
改めて話すわね。親御さんが居ないって本当に大変よ」
「えぇ承知しています。」
姉貴の奴、何を言っているんだ。篠原が可哀相だ。
「だから今日は兎も角、明日に成ったら悠君と一緒に
家に帰って必要な物を持って来なさい。
持てない物は宅配便で送って好いから、好いわね悠一」
「『好いわね』って明日も朝から部活が在るんだ。
篠原の家に行くのは昼過ぎちゃうよ。」
「大丈夫よね?一先ず着替えだけ有れば」
「はい」
篠原は何だか嬉しそうに応える。
「ちょっと待ってくれ、姉貴?
この展開だと篠原をこの家に住まわすつもりか?」
「そうだけど、なんか不都合でも在る?」
「不都合はないが…」
「なら決まりね。メグちゃんもそれで良かったかしら?」
「いえ、とても嬉しいです。悠君と暮らせるから」
篠原は稚拙美に応え、暫くの間笑みを漏らしていた。
夕飯の時も篠原は笑みを漏らしていた。
よほど嬉しいのか姉貴とも会話を弾ましている。
まぁこれで姉貴の泣き虫が治ると好いが…。
でも、こんな光景を眺めて飯を喰うのも悪くはないか…。
なんて模作してもしょうが無いか。
「この唐揚げ旨いな、篠原が作ったのか?」
「うん…こっちの餃子はお姉さんが」
篠原の奴、昼は失敗したけど、今度はちゃんと出来た様で一安心だな。
でも、姉貴が作る物はほぼハズレが無いから安心して喰える。
「餃子も旨いな。」
「そう」
素っ気無い返事で姉貴は応え、俺は呟いた。
「篠原の部屋は何処にするんだ?
今日は姉貴と一緒に寝るとして明日以降は部屋を作ん無いと…
篠原だって自分の部屋が欲しいと思うし」
「そうね。メグちゃんはどうなの?
一人部屋かわたしと相部屋かそれとも悠君と相部屋か」
「ちょっと姉貴、最後の『悠君と』ってそれはさすがにまずいって」
「好いじゃ無い別に決めるのはメグちゃん何だし…」
「そうだけど…」
「どうするの?」
「じゃあ、悠君…って言いたいけど、
ここは敢えて一人部屋でお願いします。」
「解ったわ!そんで一階と二階、どっちが好い?」
「どっちでも好いです。」
「そう、解ったわ。適当に造るから」
「すいません。」
そんなことを話しながら夜が更けて行った。
俺は寝床に入ってすぐ寝入って居た。
気付いたのは一時間余り経ってからの事だ。
辺りは静まり反った時間帯、何時からかははっきりと言えないが
布団の中に俺とは違う人の温もりを感じる。
まさかだと想うが、俺は上体を起こして布団の中を覗いたが
漆黒に染められた中で寝息だけが木霊して居るのが解るが、
中の様子を窺えしえない。
仕方ないので模索すると髪の毛に触れ、
肩らしき部位に触れ、俺は躊躇せずに引っ張り出した。
その瞬間に眼を奪われてしまった。
何と着衣が無いのだ。
せめての救いなのは下着類を着用しているだけで…
俺は困惑の表情浮かべていると、
何かに気付いた篠原が眼を擦りながらこっちを凝視している。
俺は篠原に向かって微かな声で問い詰めた。
「何でここで寝てる?しかもその恰好は何だ?」
篠原は怪訝な面持ちで俯きながら応えた。
「…ごめんなさい。お姉さんに一人部屋を用意して貰ったのは
良かったんだけど、淋しく成っちゃって
お姉さんのところに行ったらお姉さんに
『行く場所が違うでしょ!メグの行く場所は悠君の部屋よ』
って言われたから来たの…
何だかお姉さんに見透かされているみたい。」
「姉貴がそんな事を言ったのか?
しょうがないな今日はここで寝て好いからその恰好を何とかしてくれ」
「好いの?ありがとう。でもわたし…暑がりだからこの恰好で許して…」
「『許して』って言われてもな…変に寝返り打てないし。」
「気にしないで…悠君は普通にしてて」
「って言われても…」
俺は唸りながら悩んだが何も浮かばない。
仕方ない素直に篠原の言うことを聞くか。
「取り敢えず寝るか?」
そう言って俺は布団の端へ逃げるように潜った。
「何で端っこで寝るの?ベッドから落ちちゃうよ」
そう言って篠原は背後から抱き着いた。
結局これがしたかったのか…
まぁ好いさ、俺なんかの何処が好いの解らないが、篠原が良ければ
翌朝、耳元で囁かれながら朦朧と目覚めた俺は
布団から出ようとするが、身動きが取れない。
まさかだと思うが、背後が妙に熱い。
「萌、そろそろ離れてくれないか?」
「起きた?」
「あぁ、ひょっとして昨日からずっと同じ体勢か?」
「え~と、内緒。」
何が内緒だ。でも、
何だか篠原の表情が以前に比べて明るく成った気がする。
これも姉貴の目論見なんだろうか。
なんて想いながら篠原の方へと眼をやると、
ハイビスカスを彩った淡いピンクの下着姿でベッドに腰掛けている。
「さっさと着替えちゃえ。今日は練習に出るんだろう?」
「うん…でも、制服は在るけど、ジャージが無い」
そう言えば昨日、篠原の家に行った時に
制服で出迎えてくれたんだっけ…
その恰好のまま連れ出しちゃったから私服も無いのか…
「ちょっと待ってて姉貴に聞いてくるよ」
「うん」
そう言って姉貴の部屋に行くとまだ寝ているようで、
仕方なく許可なく侵入すると、姉貴はベッドの片隅で丸く成って居た。
俺は近づいてさすりながら声を掛けると
「ん…」
って言い、寝返りを打って俺の方を見ると、
いきなり俺の腕を取って強引に寝床に引き込まれた。
姉貴も姉貴で何がしたいんだ!
篠原は兎も角、姉貴まで手を出されたら姉弟相姦に成ってしまう。
そしたら篠原から変な眼で見られそうで厭だな。
そう想い渋々俺は躊躇しながら布団から出て
姉貴の衣裳戸棚を物色し始めた。
その時、薄目で様子を伺っていたのか姉貴が突然
「何してるのよ?」
何て下着姿で言われても迫力が無い。
「わりぃ、篠原が着替えが無いらしいから借りに来たんだけど…
ジャージとか有ったら貸してくれないかな?」
「良いけど…高校が違うから目立つんじゃない?
あと、サイズが解らないし…」
そう言って手渡されたけど、
姉貴と篠原って何となくだが、似てるような気がする。
「サンキュー!サイズなら多分大丈夫だよ。
それよりさ夕べの事だけど…」
散々問い詰めたが、のらりくらりと話しを曖昧にされて了い、
呆れ果てて部屋へと戻った。
でも、篠原が言うとおり今までは気には留めなかったが、
姉貴が心底淋しんだろうと実感出来たし、それに加えて伝えてくれた
篠原自身も実は淋しんで居るのも解ったから…
まぁさすがに姉貴の我が儘は程々に聞くとしても
篠原の我が儘は大目に見てやるかな。
何て考えながら階段を昇っていると、
待ち兼ねた篠原が階段の上に彳んで居た。
「ごめん、起こすのに手間が懸かったから…
はいこれ、サイズは多分合うと想うけど…他校のだからもしやだったら
俺の貸すけど?多分皆から言われると想うし…。」
「ありがとう。悠君の言うとおりわたしが悠君の着るわ。」
嬉しそうに応え、部屋に入った。
朝食もそこそこに食べ終えた俺達は篠原を連れ、学校へと向かった。