眼鏡キャラっていましたっけ
連載にしようかと思っていたけど無理だったので短編に変更した旧執筆からの掘り出し。
転生したら男爵家令嬢だった……。
いや、意味分からない。
目の前に広がる貧しい領地を父と視察をして、その領民が退屈していると思って僅かな果物を食べて思い出した。
だって、すっぱかった。尋常じゃないくらい。
すっぱいのは好きだけど、リンゴにここまでのすっぱさは求めていなかった。
まあ、それで前世を思い出したから御の字か。でも、前世を思い出して目の前のぼんやりは何なのと辟易してしまう。
どうやら、前世を思い出したら私の視力が悪いことを自覚しました。
ちょっと、誰か眼鏡をください!! えっ、眼鏡がない?
「メイベル……そのめがねぇとは何だい?」
お父さま落語かダジャレになっていますよ。
「ああ、眼鏡というのは……視力を調整する……」
「ふんふん。そんなものがあるのか」
「お嬢様博識ですな」
「ですが……そんなものどこで手に入るのですか……?」
話を聞いていた領民の言葉に、この世界にはないので手に入らないと嘆いてしまう。
そう思った矢先。
カンカンカンカン
「魔獣が出たぞ――!!」
と領民が鐘の音を鳴らして、お父さまの護衛だった方々が剣を構える。
この世界魔獣という生き物がいるんですね。でも、正直視線がぼんやりしているからどこに魔獣が居るのか確認できません。
がばっ
お父さまが私を腕に抱えて庇うようにしゃがむ。するときらきらとしたものが先ほど私の頭があった辺りを飛んでいくのが見える。
そう、ぼんやりとした視線の中。それだけはっきり見えた。
「透明な鱗……」
トカゲのような爬虫類。そのトカゲが動くとともにパラパラと鱗が落ちていく。
とっさに鱗を手に取り、覗き込んでみると鱗の向こうがはっきり見えるのを確認できた。
ああ、これは。
「ツイてる!!」
「メイベル?」
どうしたんだと尋ねるお父さまに応える余裕はない。
だって、ラッキーなのだ。記憶を取り戻してすぐに眼鏡がない不便さに気付いたと思ったら眼鏡の材料を見付けたのだ。
「………」
あれを逃がしてはいけない。そのためには必死に何かいい方法がないかと考える。前世の記憶を思い出したことで今の自分の記憶が変な感じで混ざって混乱しているが、
「この世界には魔法がある!!」
と護衛の行動を見て気づいた。
ならば唸れ、妄想の力。
前世の黒歴史を駆使して戦う手段を………。
「って、訓練していない子供が出来るわけないよね……」
さすがにそこまでの常識は忘れていなかった。まあ、護衛が無事に魔獣を倒してくれましたが、その際に魔獣の鱗をたくさん回収させてもらいました。
うちの男爵領によくいる魔獣らしくて、透明な分見失いやすくて利用価値もなかったそうだけど、眼鏡のレンズになるのにもったいないと試作品を作って領民に試してもらい、気が付いたら我が領土は眼鏡王国と名を馳せていました。
………鯖江ですか。我が家の家名がサバーエだから洒落にしか思えない。いや、狙っていたんでしょう。
で、現在。我が領地の名産品――眼鏡の知名度をもっとあげようと王都のお茶会で情報収集と眼鏡の販売ルートの確保を始めようと来たのだが、お茶会の端の方で数人の子供に虐められているショタを発見しました。
うん。正義感の強い人なら突進して助けるだろう。でも、私は男爵令嬢。身分は低い。なので、
「お茶会で暴れている人が居ますけど、主催者に報告した方がいいですか――?」
とわざとらしく大きな声で近くに控えていた従者の方に向かって問い掛ける。
「あんなところで暴れている子供が居たらキョウイクブソクと言われるんですよねー―?」
と疑問形での警告を告げる。そう、そんなお茶会で騒ぎを起こす子供など貴族じゃなくても社交ではダメージ大だ。
そう思ったから叫んだ。まあ、子供の浅知恵だけど考え無しで止めるよりも効果あるだろう。現にこのお茶会で騒ぎを起こしてはいけないと言われた子供たちは慌てて逃げていく。
「よし、計算通り!!」
行き当たりばったりだと言われるかもしれないけど、計算通りだと押し通すつもりだ。さて、いじめられていた子供の様子を確認しに近づくと案の定というべきかせっかくの質の良さそうな服をぼろぼろにされて砂やら草で汚れてしまったショタがいた。
「誰だっ⁉」
とこちらを睨んでくる様に目つき悪いなと思ったのは一瞬。
最初は眉間にしわを寄せて睨んでくる目つきだった。
次に感じたのは瞬きの回数の多さ。
で、目をこすろうとして、手が砂まみれだからと止めようとする動き。
(もしかして……)
お茶会の話題作り……という名目で売りつけようと思っていた眼鏡をそっとショタに着ける。
「なっ、何をっ⁉」
慌てて声を上げるがすぐに何か違和感を感じて戸惑い、そっと眼鏡の感覚を確認するように指を滑らせる。
「うん。やっぱり。目が悪かったんだね」
さっきの行動は目が悪い人が無意識に行う行動だ。焦点を当てるために目つきが悪くなる仕草も、何とか視線がよくならないかと瞬きする癖。他にも頭痛がするというのもあるだろうけど、気付かないだけでそんな仕草があったかもしれない。
「魔獣の鱗で作った眼鏡だけど、レンズの調整しなくていいのはさすがファンタジーの世界っていうべきか………」
元の世界だったら視力検査をしてレンズを調整したけど、この世界にはそんな必要なかった。だから眼鏡技師は鱗と眼鏡フレームの加工、デザインの仕事が多くてそれ専門の多くの職人がいる。
「かといっても重さとか視界の端のフレームが入るのが気になる人もいるから直してほしいのならサバーエに依頼してね。あっ、言い忘れた今回はプレゼントと言うことで」
怪我をしている子供からお金を奪うつもりもないし、押し売りするつもりもないのだ。まあ、この子に着けてもらって宣伝してもらおうとか………次回はお客さんになってくれないかな~とは少しは……ホンのすこぉしだけ思ってますが。
「これがあれば今みたいな悔しい想いは減ると思うよ」
といきなりあげてしまって不信感を持たれないように言い訳をして、慌てて逃げるように去った。
で、その数か月後。
「メイベル。お前に婚約の打診が来たよ~!! しかも、相手はカガ侯爵家からだよ~!!」
喜べばいいのか驚けばいいのか困惑している間にも婚約は決まり、ついでと言ったら何だろうけど、眼鏡を開発販売したことで男爵領は裕福になり、伯爵家になったと言うことも聞かされた。
伯爵家になったから婚約するのに支障がなくなったけど、少し前まで男爵家だったのが雲の上のような感じだった侯爵家と結婚するなんて冗談にしか思えないが、眼鏡が思ったより売れた……今まで目が悪くて苦労していたけど対策が取られていなかったと言うことなんだなとしみじみ思いつつ、それで出世したのだ。
そんな感じでお見合い当日。
眼鏡を掛けた好青年が私が到着すると喜色満面の笑みで、
「ああ。会えてよかったです。メイベル嬢」
と手の甲に口付けされる。
「はひっ⁉」
何でいきなり手の甲にキスされるの。ああ、この世界だと普通の挨拶だけど、相手侯爵子息様だよね。なんでそんな方にこんなふうに挨拶をと混乱しまくっていると。
「メイベル嬢にいただいた眼鏡のおかげで今まで何も見えなくて分からなかった勉強も出来るようになって、階段の段差も分かりにくかったので慎重に降りていたのがどんくさいとかビビりだと言われていたのがなくなりました。おかげで今までできなかったことも挑戦できるようになって、本当に貴女のおかげですっ!!」
お礼をずっと言いたかったと言われて、こっちは困惑するしかないが、どうやら、以前お茶会で宣伝をしてもらおうとあげた眼鏡のおかげで本が読めなかったから遅れていた勉強も視界が悪かったから思うようにできなかった運動も出来るようになったと言うことらしい。
しかも、その視力の悪さゆえに劣っていると言われて陰口を叩かれていたのが眼鏡のおかげで追いついてしかも追い越してしまったとか。
「貴女こそ僕の女神だ」
と手を取って恭しく言われるとムズムズするものがある。
そんな女神だと言われても眼鏡を必要だと思ったのは私自身が目が悪かったからだし、眼鏡の材料もたまたま目の前に現れた魔獣が最適だったからで、眼鏡をあげたのだって、宣伝をしてもらうという打算にしか過ぎないのだ。なんでそんなことでここまで感謝されるのだろうか。
と戸惑うのも仕方ないよね。うん。
でも、こっちが断る理由もないし。婚約者のアクス・カガ侯爵子息さまは私を大事にしてくれるし、次男だから婿に来るのは決定だし、優秀な方だったのだ。
逆に婿でもらっていいレベルじゃないと慌てるが、彼の両親は目が悪かったことに気付かずに彼のことを出来損ないだと思っていた罪悪感と彼たっての希望を叶えたいという親心でこの話は勧められたのだ。
そんな感じでアクスさまとの仲は良好。アクスさまは私の前世の知識でいつか作りたいがうまくいかないと言っていた双眼鏡や顕微鏡も職人と共に作り上げてしまい、我が伯爵領はますます発展していったのだが………。
「前世にあった乙女ゲームの世界ですか……?」
国立の学園に二人揃って入学する時になってその学校の門の形を見た事あると気付いた。まあ、その時は偶然だろうと思ったけど、その後第二王子が婚約者と共に正門に入ろうとした矢先にタックルのような勢いで王子にぶつかってくるピンクブロンドの少女を見た瞬間。そして、少女をとっさに庇うように腕を回す王子の姿を見て、とある一枚絵が脳裏に浮かんだのだ。
それは前世で友達に勧められてやったことのある乙女ゲームのよくあるOPのワンシーンだ。庶民、または男爵令嬢が王子様と知り合ってのシンデレラストーリー。
前世は憧れたけど、今現在男爵令嬢から伯爵令嬢となり、貴族として必要最低限の教育を叩きこまれたからこそ、乙女ゲームの世界は実際に起きたらゲームヒロインは国家転覆を狙っているのかとかそもそも護衛は仕事していないのではないかと突っ込みどころが満載なのだ。
「メイベル。どうしたの?」
「あっ、何でもないわ。ごめんなさいぼんやりして」
そんなヒロイン(?)を注意する王子の婚約者は間違っていない。それを本気で取り合わない、王子が問題で王子がそこで保健室に連れて行こうとする時点でおかしいのだ。
「あれ、放っておいたら駄目よね」
つい心配になって隣にいたアクスに尋ねるとアクスは少し考えて仕方ないとばかりに門の傍に控えていた衛兵に指示を出す。
「えっ? 何っ?」
ヒロイン(?)は保健室まで王子に連れて行ってもらうつもりだったのにいきなり衛兵が現れて連れて行こうとするのに戸惑い、やがてきょろきょろと視線を動かして、
「そうよ。悪役令息アクス・カガがいるんだわっ!! 早速邪魔してきたのねっ!!」
と喚いて告げたのが私の婚約者の名前なので、どういうことかと表情を険しくしてしまう。
喚きながら連れていかれる様に周りが呆然としている中。何か嫌な予感がした。というか、もしかして、
「私が知らないだけで乙女ゲーム転生パターン……。しかも、ヒロイン(?)も転生者というお約束ですか……」
と呟いたけど、正解はヒロイン(?)しか知らないことなので結論は出せない。
とりあえず用心するべきかと思ったら、
「メイベル。何か気になる事があるのなら協力するよ」
にこやかに告げられて先ほどヒロイン(?)が叫んだ悪役令息という言葉が気になったが、どう見ても悪役にならないよなと胸を撫で下ろす。
「いえ……あの様な非常識な人が居るので王都の学園って恐ろしいところだと思っただけです」
誤魔化すように告げるとアクスさまは、
「そうだね。メイベルが心配なら手を回すけど」
「やめてください。冗談でも笑えませんので」
そう告げてもし乙女ゲームでも私には関係ないかと悟ったのだった。
それはヒロインしか知らない乙女ゲームの世界では、アクス・カガさまは兄弟の中で落ちこぼれとして育ち、冷遇されて悪役としてゲームの中で暗躍する。そして、乙女ゲームの攻略キャラである兄とか王太子によって討伐される未来があった。
だが、転生した少女が現れたことにより、落ちこぼれの要因であった視力の悪さは解消されて、本来なら悪役として立ち塞がるスペックがすべて闇落ちされずに活用されたことにより、攻略キャラよりも高スペックな優良物件に育ってしまったのだが、その元凶であるメイベルは知らない。
メイベルによって乙女ゲームが始まらないという事実にも――。
メイベルの名前は気に入っているからよく使ってしまう気がする。