最初の商談
響視点に戻ります。響が名乗る時に“エコー”でも二十五年間生きて来て染みついた感覚が抜けない&元の名前も大事にしている事から基本的に“響”と表記します。
魔導具とその他使えそうな品を幾つか買って宿に戻るとまだロヴェルは戻って居ないと言う事で女将さんに部屋が空いているかどうかを聞いた。看病の必要があるからと同室にしたが、実際は寝て起きたら状態は回復していたのでもう一部屋借りようと思ったのだ。
女将は笑顔で隣の部屋を用意してくれた。響は礼を言って部屋に戻ると直ぐにロヴェル用の鞄やらを作る事にする。
「執事服は洗い替え必要だよね。後は懐中時計?執事の必需品ってなんだろう?」
ロヴェルに聞いた方が早いのだが、現在は不在なので思い付く限り作ってみる事にした。
銀の懐中時計に、鑑定スキル付きのモノクル、それから空間魔法を付与した小袋。
思い付くのはこの辺りだ。最後の一つは普通の執事には不要かもしれないが、ロヴェルはステータスの問題があるので手荷物はなるべく軽く少ない方が良いと判断した。
懐中時計は困った時には売り払ったりも出来るように普通の手巻き式の物を。
モノクルは頬に乗せるタイプだと骨の上を滑るだけになるし、鼻に掛けるタイプだと掛ける鼻が無いし、と言う問題があったので手持ち式である。
ついでに幾つか制約を付けた。一つは所持者のステータスに関わらず使用可能な事。これは朝の時点でロヴェルの職業欄が“執事 LV5”になっていたからだ。もしかしたら上位者には鑑定が利かないかもしれない。また、鑑定スキルを何度も使用してしまうとロヴェルのMPが足りなくなる為である。
更に“製作者のステータスは見れない”と“響の部下でなければ使用出来ない”と言う制限付きなので従業員が増えた場合は同じ物を幾つか作ってそれぞれに渡す事にした。原価零な上に従業員以外にはただの度無しモノクルなので響のステータス看破問題は無いだろう。
空間魔法を付与した小袋は無限収納と違い時間経過も温度変化もするし、入れられるのはせいぜい1コンテナ位だ。
しかし重い物を軽く運べるという意味では便利であり、そもそも比較対象が空間魔法の中でも上級に位置する無限収納だからこそ響が価値を理解していないだけである。
ついでに言えば日本ではネットで買えるような小型の懐中時計はこの世界ではオーバーテクノロジーだ。魔力で作られたそれにどんな膨大な価格が付くのかは売ってみなければ解らない。
唯一、普通に売れる可能性のあるのが一番手を掛けたモノクルな辺り響はマニュアルを熟読すべきだと思われる。
「小袋はロヴェルさん所有、と、、、本人の許可なく譲渡不可に設定して、、、」
ぶつぶつ言いながら作業しているとノックの音がした。
「エコー様、よろしいでしょうか?」
「ロヴェルさん、おかえりー」
「、、、鍵は閉めて下さいませ、エコー様。それから、私の事は呼び捨てで結構ですので」
「次からそうするよ。で、どうだった?」
問えばロヴェルは門番に無事に会えた事、そもそも探して居た衛兵が門番その人であった事、奴隷所持しているのは基本的に上流階級の人なので其方に迷惑を掛けない為にも作戦決行は即日である、と説明してくれた。
「そっかぁ。じゃあ、決行前に住む場所確保しないとね」
ロヴェルの話を聞く限りでは解放されてもそれぞれの集落や住んでいた場所に戻るのは大変だろう。草原で魔物など見なかったが、運が良かっただけかもしれないと響は考えて居た。
実際は高過ぎる彼女のステータスを本能的に理解した魔物の方が回避していただけなのだが、それを知る者は居ない。
(出来れば自分で稼いだお金で戻って欲しいからその間の仮宿は必要だよね)
勿論、本格的に雇って欲しいならスキルを譲渡するが、その場合は派遣になるのでキチンとそれを理解して納得した上で無いと駄目だ。
取り敢えずは響が雇用主としてスキルが無くても出来る仕事を割り振り日銭を稼いで貰う。だがあまり高い給金を出してしまうとそのままダラダラと続けてしまうかもしれないので最低限で、けれど生活は可能な状態が理想だ。
響は思案して―――ポンっと手を叩いた。何か思いついたらしい。直ぐに立ち上がり階下に走ると女将の姿を見て声を掛けた。
「女将さーん!この宿の従業員って何人ですか?」
「はい?従業員はアタシを入れて三人ですけど、娘が手伝いをしてくれてますし近所の子供等が小遣い稼ぎで外掃除と野菜の皮むきをしてくれてますよ」
「三人、、、三人か、、、掃除は自分でさせれば良いかな、、、あの、この宿の裏ってかなり広い庭ですけど!彼処に増築とかしないんですか?」
「嗚呼、先代の頃にはそんな話が出たんですけどねぇ、、、最近はこの辺だと小麦が高いし、蓄えも、その、、、まぁ夢の夢でねぇ」
無理だろうな、と思って居る事が伺える言葉だったが、いつかは、と思って居るようなキラキラした瞳を見て響はグッと親指を立てて言う。
「女将さん!商談しません?」
「、、、商談?お客さん、商人さんでしたか?」
「いえ、見習いです。だから話を聞いて駄目だと思ったら断ってくれて構いません。ただ、お時間を取らせてしまうので、その分の報酬とお手伝いはします」
言いながらロヴェルを見ると心得た、とばかりに頷いた。
「執事スキル、それから料理と生活魔法のスキルを持っていますので調理と配膳はお任せ下さい」
「私は礼儀作法と料理、勿論生活魔法も使えます。なので御役に立てると思うんですけど」
女将さんは目を白黒させつつも快活に笑って言う。
「よっし、乗った!!じゃあ今日の夕食の片付けまできっちり手伝って貰ってから話を聞こうじゃないか!!」
交渉のテーブルに就いて貰える事になったので響とロヴェルは即座に仕事に取り掛かった。とは言え宿屋で働く経験は二人には無かったので女将や従業員の指示に従う。
新入りだと言うのに大分手際の良い二人に従業員は驚いていたがしっかり指示を仰いでから行動する二人に女将や従業員は感心しつつ、いつもの倍の速度で終わって行く仕事にほんの少しだけ悔し涙を飲んだ。
マニュアルの存在意義が薄れて行く、、、