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ススキの花穂(第二話)

次の日。

傷みがだいぶ和らいだので朝食を済ませた後、ふっと思い立って魔法薬の調合をしようとレイルが準備をしていると、それを見たリヒトがとても心配そうな表情と、半ば呆れたような表情を混ぜこぜにしたような面持ちで「レイルさま、もう少ししっかりと休まれては?」と声をかけた。


しかし、レイルは「大丈夫なのです。それにどうしても今日はこの魔法薬を作りたい気分なのです」そういって、独りで粛々と準備を進める。


そう。

こういう時のレイルさまは、ボクが何を言ってもお聞き入れくださらない。

これは、今日までの二人の付き合いの中で、リヒトがレイルから学んだ多くのことの中の一つ。


「もうっ…」蹄ではない方の前腕で腕組みをして、ため息交じりに小さな声でつぶやいた後、「何かお手伝いできることはありませんか?」とリヒトが言うと、レイルは少し考えるように首を傾げてから「でしたら、今日は一緒に魔法薬の調合に付き添って下さいです」といった。


それを聞いたリヒトが「もちろんです。よろこんで」と答えると、レイルも星のように輝くその瞳を細めて「ありがとうです」と言ってほほ笑んだ。


今回の魔法薬は、複数の完成済みの魔法薬を混ぜたうえに更に素材を追加して完成させるもので、このレイルをして「上手に完成させることができるかわからないです」と言わしめるほどの難度の高いものであるらしい。


レイルは棚の下段から完成済みの魔法薬の小瓶を3本、慈しむような丁寧な手つきで取り出すと、その一本一本を月の光に透かしながら、何か物思いにふけるような所作を見せた。


その後、慣れた手つきで小瓶と蓋とをつなぐ封緘を、リヒトの知らない言葉、おそらく呪文と呼ばれるものを唱えながらゆっくりとはがし、必要な分量だけ別の小皿にあけた。


小瓶の中の残りの魔法薬がこぼれないように再度蓋をして、先ほどのように何かの言葉を唱えながら、はがした封緘をもう一度元に貼り直し、棚の元あった所にしまい直した。


三枚の小皿の中には、それぞれ色の異なる魔法薬。

レイルはリヒトに聞こえるか聞こえないかの声量で呪文を唱えながらそれぞれの魔法薬の中に、更に異なる素材を決まった分量、決まった順番で入れた。


そして、リヒトの方を向き直り、

「これから鍋に入れて調合をはじめるです。今回の魔法薬は光に弱いので夜の月明りの中でしか作れないのです。蝋燭の火も消さなくてはです。鍋を温める火も光を抑えて、ものすごい弱火で長い時間煮込むです。暗い中でも目が見えるリヒトが頼りです。それと私が途中で疲れて寝ないように見守ってもらうです。多分深夜までの作業になるので実はこれが一番重要かもです」


いつになく魔法薬の調合について、饒舌に細かく話してくれるレイルに少し驚いたリヒトであったが、夜目が利き眠気に強い自分の能力を重用してくれていることが誇らしく、なにやら心のウズウズが止まらない。

「おまかせあれ、ぜひ、おまかせあれ」と、文字通りの二つ返事で快諾し、それを聞いて嬉しそうなレイルの微笑みを独り占めできたことに大いに満足をした。


鍋に適量水を張り火にかける。

徐々に火を弱めて、魔法薬の調合をはじめる前に部屋の照明蝋燭を全て消す。


部屋の中を暗くして、月の光を頼りに調合をはじめる。


レイルはリヒト経由で指示した通りの順番で三枚の小皿を受け取り、魔法薬を決まった順番で鍋の中に注ぐと、ゆっくりゆっくりとかき混ぜ始めた。


3種類の魔法薬が混ざり加熱されたことで成分に変化が起きたのか、鍋の中のその液体は少し光を放ちだしたように見える。


「うっすらと光ってきれいですね」とリヒトが言うと「リヒトには光が見えるです?」とレイルは聞き返した。


どうやらとても微弱な光のようで、レイルの瞳には感じ取れないものであるようだ。


「はい。淡くて薄い光が見えます」

リヒトがそう答えると、レイルは「光の色はわかるです?」と聞いた。


「葡萄酒の赤の色。かなり薄めのです」

それを聞いたレイルは「あぁ…リヒト。やっぱりです…」と独り言のように小さな声でしかし熱を帯びたように呟いたと思ったら

「多分、次は春に芽吹く葉っぱの色に変わるです。そのあとも何度か色が変わるです。そうしていつか、スズランの花の色になったら教えてほしいのです。夏の初め頃の、あの山道に咲き誇る鈴蘭の花のような色になったら教えて欲しいのです」

そういうレイルの語り口には明らかに高揚を感じられ、気になったリヒトが闇の中でも良く見えるその瞳でレイルの表情を伺うと、いつにもなく嬉しそうに喜びを隠しきれないような笑みを浮かべながらゆっくり、ゆっくりと鍋の中をかき混ぜているのが見えた。


リヒトがしばらく鍋の中を見つめていると、調合中の魔法薬の光は何度かの変化を経て、いよいよレイルが言っていたあの山道と同じスズランの花の色に。

「レイルさま」

リヒトがそう声をかけると、

「リヒト、ありがとうです」

そういってレイルはかき混ぜる手を止めた。


そして身に纏っているローブの左ポケットから何かを取り出すと

「良い夢を見て起きた人に笑顔で朝の挨拶を声かけられたコスモスの落ちた花びらを1枚」

そう呟いて優しく火の中にくべた。


今度は右のポケットから何かを取り出し

「休日にも一所懸命に働く人の足元に落ちた森の神様からのご褒美の松ぼっくりのカケラを1欠け」

そう呟いて丁寧に火の中にくべた。


最後に胸ポケットから何かを取り出し

「友の窮地に我が身も危険も顧みずに駆け寄ってくれたその友の髪についていたススキの花穂を1本」

そう呟いてリヒトのいる方の暗闇に向いてにっこりと微笑んでから、その花穂にそっと口付けをして愛おしそうにゆっくりと火の中にくべた。


リヒトは、今のは見ていなかったことにしよう、鍋の中をずっと見ていたことにしよう、絶対にそうしよう、と心の中で早口に自分に言い聞かせた。


それと同時に、レイルの方からは自分の姿が見えていないことをわかっていながらも、こうして自分の方に向き直り謝意を伝えてくれたレイルの気持ちが嬉しく、心の中がいつもより温かくなるのを感じた。


「ここまでは大成功です」

レイルは小さな声でつぶやいた。


ポケットの中に素材を入れておいて、決められた調合の順番通りに取り出してくべる。


何も見えない暗闇の中、目が利かなくても間違えないように魔法薬を調合する方法としてレイルが考えた方法だった。


そして再びゆっくりとレイルが鍋の中をかき混ぜると程なくして、夜空とその夜空にいだかれた星々のようにキラキラと輝きだした。


「きれいです…」


このキラキラはレイルの目にも見えるほどに明るいらしい。


そしてどうやらこの変化こそがこの魔法薬の「祝福」であるらしい。


闇の中、リヒトがレイルの愛用のミトンを手渡すと、レイルは「ありがとうです」と言い手探りではめてから、粗熱をとるための砂を敷き詰めた台に鍋を移した。


「夜明けまでこのままにして、月の光と日の光を宿すです」

レイルがそういうと、

「随分とお手間とお時間のかかる魔法薬なのですね」

リヒトは驚きも含むような口調で言ってから、一拍置いて

「こちらも、どうぞ」

とレイルのお気に入りの木椅子を持ってきて腰かけるよう勧めた。


レイルは、暗闇に気配を頼りにリヒトの方に向き合い嬉しそうに微笑むと、手引きされて背もたれに手を掛けて位置を確認して静かに腰を下ろし、今回の大仕事に力を貸してくれたこの残り火を愛おしそうに見つめ始めた。


このひと時がレイルにとってとても大切な時間であることをリヒトは知っている。

静かに過ごして頂けたらと中座しようとすると「リヒト」とレイルが呼び止めた。


「今日の魔法薬の完成はリヒトがいなかったら叶わなかったです。本当にありがとうです」

レイルはリヒトのいる方向を気配で感じ取りながら、そちらに向かって礼を伝え微笑んだ。


レイルのこの言葉を聞いたリヒトが「いいえ、お役に立てて何よりでした」と答えるとレイルは「これから夜明けまで魔法薬を見守るです。もう、一度目の祝福を受けたですが、夜明けに朝の日を浴びると二度目の祝福も受けられるです。そこまでやりたいです」と言った。


「なるほど。それでボクがレイルさまの居眠り防止の見張り番ということですね」と、少し冗談ぽくリヒトが言うと、レイルは「です、です」と無邪気に答え「よろしくお願いしますです」と頭を下げた。


「わかりました。お任せください」


リヒトは夜目が利く。

また、夜行性ではないが睡眠時間が短くても活動に支障がない。

夜明けまでの残りの数時間、眠らずに起きているくらいは日常の生活に何の支障もきたさない。

レイルさまは自分の特性を活かす機会を与えてくれている。

それがリヒトにはとても嬉しいのであった。


リヒトはレイルに促されるままに木椅子の隣に腰を下ろして、もうすぐ消えそうなほどに弱まった火を一緒に見つめながら、時々気づかれぬようにレイルの方を時々目をやっては、このひと時を一緒に過ごせている幸福を噛み締めていた。


つづく

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