ススキの花穂(第一話)
「ん…っしょ…」
魔法薬をしまってある棚の上段、目線も届かないその段へ、靴のつま先のさらに先まで使って背伸びをして右手を伸ばす少女をハラハラと心配そうに見守りながら
「レイルさま。こちらをお使いになられては?」
と品の良い彫刻のあしらわれた木の台を携えた四つ脚の友人が声をかけた。
「でもリヒト…もう少し…なのです。見てくだ…さい。ほら、ほんのもう少…しで…届きそうなの…です」
レイルはこれでもかというくらい身体を伸ばし、右手を右に左にと振るが、お目当ての段までの、あとほんのわずかな距離に指の先が空を切る。
なぜ初めからあの高さに届くよう、乗るための台を持ってこないのだろうと不思議に思う四つ脚の友人リヒトだが、これを言うとレイルは「その工程が魔法薬の素材作りの役に立つです」と、そう言って聞かない。
リヒトにはその理屈がわからない。
わからないが、レイルさまがそう言うのだからそうなのだろう。
リヒトが納得するのにはこれで十分だった。
こんなにも背伸びをしても届かないことにどうしても納得できないのか、レイルは繰り返しつま先立ちをするうち「あっ…」と小さな声をあげたかと思うとフラッと大きくよろめいた。
次の瞬間、レイルの目の前はぐるっと回転した。
「レイルさまっ」というリヒトの声とほぼ同じタイミングで、どしん、と音が聞こえたと思ったら、レイルが次に目を開けた時に最初に見えたのは、ひざまずいたくらいの目線の高さでとても心配そうな表情で見下ろすリヒトの顔だった。
「ぁあぁぁ…良かった」
今にも泣き出しそうな表情と声色でリヒトがいうのを少し不思議そうな面持ちで見つめるレイル。
身体を動かそうとすると思わず
「いたい…です…」
と声が出た。
頭と背中と腰と…身体中が痛い。
レイルはどうやら自分が床に横たわっているらしいと察した。
聞けば、よろけて倒れかけたレイルを、リヒトはその小さな身体と、か細い腕で必死に受け止めようとしてくれたらしい。
しかしほんの僅かの差でレイルの倒れるのに間に合わず、どしんと、床がぶつかった衝撃でレイルは少しの時間、気を失ってしまっていたようだった。
それからリヒトは、頼れる仲間もない中、慌てふためきながらもアトリエの中を必死にあちらこちらと駆け回り、頭の下に枕を挿したり、身体全体が冷えないように毛布をかけたり、転んだ時にぶつけたと思われる頭や手の甲、ひねってしまったらしい足首などに濡れたタオルを当てるなどして応急処置をしてくれたらしい。
そして横になっているレイルを心配しながら診ていたところ、やっと目を覚ましたことに安堵して緊張の糸がほぐれたのが一気に感情が昂ぶり今にも泣きそうな表情で「よかった…本当に…よかった」と何度も何度もつぶやいている。
頭をぶつけたためか、レイルは少しうわの空の面持ちで、自分とリヒトの顔と顔との間にある虚空のちょうど中ほどを、どうにも合わない焦点でピンボケ気味に見ながら、ぼーっとしていたが、ふっと目の焦点が合い光を宿したかと思うと、そっとリヒトの左耳のあたりを右手で触れ「ありがとうです。リヒトは最高の助手です」そう言ってほほ笑んだ。
それを聞いたリヒトは嬉しさを隠せない。
如何にも解りやすく嬉しそうにはにかみながら「い…いえ、ご無事で何よりでした」と言い、無意識に前腕の蹄と蹄を照れくさそうにこすりあわせた。
「起きられそうですか?」
リヒトの問いにレイルは
「はいです。少し傷みますがこれくらい大丈夫です」
と答えゆっくりと起き上がった。
頭と背中、腰に手足と痛みはあったが動けない程ではない。
数日の療養で程なく良くなるであろうとレイルは見立てた。
今回は、魔法薬に頼らないで養生をして自己治癒だとどのくらいの期間で完治するのか、痛みの経過なども調べてみよう。
レイルはそう思い、ベッドまで付き添ってくれたリヒトにペンと書くものを枕元においてくれるよう頼み、そのまま眠りに落ちた。
※つづく