魔女の少女と四つ脚の友人の物語(前書き)
「お爺さんとお婆さんに大切に育てられた女の子に、兄弟姉妹のように愛されて飼われている猫から、自然に抜け落ちたヒゲを1本」
「恋をしている人が、その片想いの相手の為に手折った花の束から、こぼれた花びらを1枚」
「飼い主の好きな人に、飼い主に代わってその気持ちを伝えようと言葉を覚えた、九官鳥の羽を1枚」
「幼馴染の男の子の為に、焼いたクッキーを包んでいた、包装紙を1枚」
「不器用なお爺さんが、妻であるお婆さんの為に贈り物をしたときに結い、お婆さんが嬉しそうに解いたリボンを1本」
光沢のある銀色に、ほんのりと飴色が混ざったような髪の少女は、そう独り言をつぶやきながら、表面に不思議な模様の彫られた鍋の中身をゆっくりと混ぜつつ、丁寧な手つきで合計五回、その手にしたものを火の中にくべた。
鍋の中身をじっと見ながら、ゆっくりと混ぜ続ける。
そして程なく、ぱちぱちっ、と小さく何かがはぜる音を耳にすると、綺羅、星のようなその瞳をいかにも嬉しそうに細めて満足そうに口元をほころばせた。
嬉しさが隠しきれない様子で、リズミカルにほんの少しだけ身体を揺らしながら、その手には不釣り合いな程に大きなミトンをはめて、粗熱を冷ますために鍋を火元から砂の敷きつめてある台に移動させた。
そして、少女はお気に入りの背もたれ付きの木椅子を先ほどの火元の前に持ってきてゆっくりと腰かけ、ゆっくりと揺らめくその火を前に、愛おしそうに見つめた。
その頃合いを見計らったかのように「レイルさま、そろそろお茶のお時間にいたしませんか」と、丁寧な言葉づかいで声をかけたのは、四つ脚の友人。
既にティーポットとカップを二客用意し、両手でトレイを運んでいた。
レイルと呼ばれた少女はゆっくりと瞬きをして、目を僅かに細めながら
「ありがとうです。お茶を頂きながら一緒に見るです?」
そう言って、この四つ脚の友人の為に木椅子を少し、横にずらした。
「ぜひ」
そう言うと、四つ脚の友人もまた微笑み嬉しそうに近くの台にトレイを置き、二客のカップに交互にお茶を注いで、ソーサーを持ちながらレイルの前に置いた。
「今日はボクにも祝福が聞こえました」
四つ脚の友人がそう言うとレイルは木椅子を横に向き直し、その友人を正面に見ながら
「リヒトがお手伝いしてくれたおかげで素敵な魔法薬が完成したです。本当にありがとうです」
そう言うと、その瞳が本人の意思とは関係なく火の光に煌めくのに任せながら、少し首を傾げて綺麗な髪をサラサラと流し、ふっと白い歯をこぼした。
「ぅ……いえ、いいえ…」
リヒトと呼ばれた、四つ脚の友人はそう言ってから、気恥ずかしそうに手にしたティーカップのフチに口を付けて、会話の途絶えた後の気まずさを、ただ時が流れるのに任せた。
普段、滅多に見られないレイルのこぼれるような笑顔を目の当たりにしてリヒトは心の中で大いに満足した。
そして、こうしたふとした時の所作や、飾らずに感謝の礼を伝えてくれる心持ちのレイルをとても美しいと想うと同時に慕わしく想うのであった。
「祝福」とは魔法薬が完成した時に起こる何らかの事象のことで、それはその魔法薬によって異なるという。
どうやら、今回の魔法薬の「祝福」は、あの「ぱちぱちっ」と聞こえた小さな何かがはぜる音であったらしい。
以前、リヒトはレイルに対し、残り火を見守るのが単に火の用心の為なら自分が最後まで見ているので先に休むよう申し出たことがある。
しかしその時のレイルは、静かに揺らめくその火の前に向けて手の平を差し出したかと思うと、ゆっくりと右回り左回りにと動かして、その指の隙間から零れる光を愛おしそうに見つめながらにいるだけで、何も返事をしなかった。
意図して他者の言葉を無視するような方ではない。
リヒトはそれをよくわかっているので、今はきっと心安らかに夢中になれているのだと思い、またいつか改めて聴く機会を作ろうと思いながら、結局今日までも聴けず仕舞いでいる。
レイルにとっては、リヒトは四つ脚の人外、また異形ではあるが、まさしく「二人といない大切な友人」であり、自然そのように接しているが、リヒトにとってのレイルへの想いは必ずしもそうではない。
これは契約であり、忠義であり忠節。
リヒトは、そのように思い、また思う努力をしている。
今でこそ「祝福が聞こえた」などと、それらしいことを言うようにまでなったリヒトだが、レイルと出会う前は魔法薬の知識などは全くなかった。
魔法薬の調合、そのほとんどの素材は自然由来の草花等から成ることが多く、その素材の中には極めて希少なものも少なくない。
これらを集めるのにも相応に骨が折れるうえに、常日頃から意識して収集しておかないといざという時に足りなかったり、古くなっていたりして調合の用を足さない。
また、魔法薬は草花などの素材だけで成り立つものではなく、これらを調合する時に火にくべる素材にも特殊な条件があり、最低でもこの二つが成り立って初めて「魔法薬」が完成するのだと、リヒトはレイルから聴かされている。
そうした事情から、かねてより一緒に魔法薬づくりをしてくれる助手を探していたレイル。
二人の少し特殊な出会いに始まり、リヒトは現在、レイルの魔法薬づくりの手伝いを任されるようになったわけだが、そのお話はまた、別の機会に。