表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐は正攻法で  作者: コーヒー牛乳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/27

3



「────おい、森田。S社まで顔みせに行くぞ、ついてこい」


 と、こんな地獄の空気を花田さんの恐ろしく不機嫌な声が持って行った。


 こちらをうかがっていた野次馬も花田さんの不機嫌に巻き込まれたくないのか、目を逸らしてさっさと自分の仕事に戻り始めた。


「え、でも」

「お前のミスだろ、お前が頭下げろ。5分で支度。直帰な」

「……はい」


 清水さんからの連絡で”しっかり”伝わっているようで、花田さんは冷えたオーラ全開だ。元凶の営業アシスタント一人の頭で取引先の怒りが納まるなら何度でも下げましょう。


 5分で支度との仰せのため、この場は解散になる。

 脳内では持っていた付箋を呪符に見立てて清水さんの眉間にぐりぐり押し付けていたところだったが、行動に移す前に止めるきっかけがあってよかったと思う。

 

 さて早く支度をしようと二歩ほど離れたところで、花田さんが唸るように「それと、清水」と言った。


 清水さんは持っていた受話器を放り出すように戻してガタリと立ち上がった。先ほど私に絡んでいた時とは打って変わって、借りてきた猫のような顔をしている。


 人を呼んでおいて花田さんはスマホから視線を移さない。取り立てに来たヤクザのような威圧感だ。


 花田さんはスマホで営業部の連絡チャットを確認しているようで長い指が板の上を滑った。妙な緊迫感を営業部全体に与えた後、全員に聞こえる声で言った。


「───俺らは仕事をしに集まってるんだと思ったんだが、違ったか」


 清水さんは唇を震わせながら「違いません」と呟いた。とても小さな声だったが、その声が少し離れた私に聞こえるほどオフィスは静まり返っていた。


 花田さんはスマホをしまうと机を数回指で叩いた。ゆっくりと確認するように「そうだよな」と低い声が落ちる。たぶん、課内のほぼ全員が自分に言われているのだと冷や汗をかいただろう。


「今後も離席時の連絡は、規定通りチャットで俺と森田当てにメンション頼むな」


 体感ではとんでもなく長い時間に感じた時間がプツリと切れた。

 どうやら猶予をもらった五分が経ってしまったらしい。



 地獄のような空気のオフィスを脱し、今度は地獄のオーラを出す花田さんの斜め後ろを駆け足でついていく。


 前門の地獄、後門の地獄ってか。


「えーっとS社への手土産は、どのようなものがよいでしょうか」

「手土産は用意してあるからいい」


 どうやら社用車で向かうらしい。では運転でもさせてくださいと申し出たところ、花田さんのひと睨みで素早く助手席へ納まった。


 少しでも挽回しようとするも、ことごとく花田さんの後手に回ってしまう。


 助手席に黙って座っていると、頭だけが動いてしまう。私ってほんとだめなやつ。だから社会人にもなってあんな面倒な絡み方されるのかもしれない、だって……とどんどん落ち込みそうになっていた。


 さすがの花田さんも私の陰鬱なオーラを見過ごせなかったのか、話題を振ってくれた。「森田、今度はいじめられてんだってな」と。よくこんな空気で、その話題を選択できたものである。


「あー、陰口なんてな、そうであってほしいって惨めなやつのささやかな希望なんだ。だから、そんな惨めなやつの言葉に付き合ってやるほどのお人好しじゃ……っとお前はそういうやつだったか」


 傷口に塩を塗ってウリウリ触る嫌がらせかと思ったが、花田さんはどうやら慰めようとしてくれているらしい。まるで思春期の娘を励ましたい父親のような不器用な切り口である。


「……仲良くしてくださっていた方の態度が急に変わっちゃって驚いただけで、もう今は気にしてませんので大丈夫です。気遣ってくださってありがとうございます」


 運転する花田さんの横顔にペコリと頭を下げる。

 そんな殊勝な態度では納得出来なかったのか、難しい顔をしたまま唸っている。


 そんな横顔を見ていたら、なんだかふふっと笑ってしまった。

 その難しい横顔が昔一度遭遇した猫かぶり全盛期の花田さんと同じだったからだ。


 猫かぶり時代、アドバイスをくれた一件の時に見せた悩み顔は素の表情だったのだと今更発見してしまった。


「……花田さんにはまた助けてもらっちゃいましたね。恩返しが溜まっていくばかりです」


 花田さんには”また”が何を指しているのかなんて通じないだろうが、二年前のあの時も助けられたし、今回もきっとあの空気のオフィスから連れ出してくれたのだろうと思う。たぶん。


 花田さんは形の良い眉をくいっと上げて、にやりと悪そうな顔になった。


「そうだな、”借り”は1.5倍で返せよ」

「恩返しを”借りを返す”と言うのは悪役すぎません?」


 呟き声だったつもりが車という密室でしっかり聞こえてしまったのか、花田さんが吹き出した。運転中によそ見はやめてください。前を見てください。


「返済が楽しみだ」


 これはとんでもない高利貸しヤクザに借りをつくってしまったようだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ