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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

リベリオンソードマスター

作者: にかびえこた

 ――カンッ! カンッ! カンッ!

 蒸しかえるような暑さの中、鉄を打つ音がこだまする。

 金槌で熱した金属を叩き、形を作っているのは――イゾリータ・スケルミストと言う名の少女だ。真ん丸な水色の瞳が印象的だ。

 彼女は全身に汗を滴らせながら、金床の上に熱せられた金属を乗せ、金槌でそれを叩いて鍛造している最中だ。


「イジーさん」


 イゾリータこと、イジーを呼ぶ者は、焦げ茶色の髪がチャームポイントの童顔な青年――アークヴォ・フォルジストと言う。

 アークヴォは、イジーの背中越しに声を掛けた。するとイジーは、肩まで伸びた赤紅色の髪を靡かせながら、後ろを振り返った。


「はい、師匠!」


 元気よく、それでいて可憐な声色がアークヴォに注がれる。


「集中しているところ、すみません」


 そう最初に断りを入れたアークヴォは、続けて話す。


「今、かなり力任せに叩いているように見えたので……その、もう少し肩の力を抜いて叩いたほうが良いんじゃないかと。そのほうが、形を整えやすいはずですから」


「はい、師匠」


 イジーはアークヴォのことを師匠と呼ぶ。だが決して、年齢が離れていると言うわけではない。師匠と呼ばれたアークヴォは19歳、イジーは17歳だ。

 ただイジーがアークヴォの鍛冶工房に弟子入りしていると言うだけの話だ。

 イジーは再び、金床へと向き直る。するとそこへ、


「すみませーん、誰か居ませんかー?」


 店の出入り口のほうから、声が聞こえた。

 イジーが鍛造を途中で止め、店先のほうへ向かおうとする。アークヴォが、慌てて彼女の行動を制した。


「僕が応対しますので、イジーさんは集中してて」


 途中で鍛造を止めてしまえば、一までの作業が台無しになりかねない。普段なら弟子であるイジーが接客をするが、今回はそう言う訳にもいかなかった。

 アークヴォは、小走りで客の許へ向かう。

 彼の工房は片田舎の、シデルトムと言う村にある。敷地内には鍛冶工房と、隣に生活用の民家が建てられている。

 工房のほうは同時に店の役割も果たしているが、王都に構える鍛冶屋のように商品が陳列されている場所はない。アークヴォが持っている店の場合は、出入り口から直進して引き戸を挟み、その先に攻防がある。

 出入口に辿り着いたアークヴォは、客の前に立つ。そのまま、流れるような所作で一礼をして、再び客を見やった。


「すみません、遅くなりました」


「いいの、いいの。立て込んでた?」


 そう言う客は、年のころは40ほどの女性だ。正確に言えば41歳で、農夫の夫と二人の息子を持つシデルトム村の住民だ。

 この村は、バースォ王国と呼ばれる、島国の片田舎にある小さな村だ。そのため鍛冶屋(ここ)に来る客は、絶対と言っていいほど村の住民だ。おまけに村落に住む者たちは、お互いに顔見知りでもある。つまるところ、アークヴォを頼りにしてくる客は、全員が常連だ。


「今日は、どうされましたか」


 そう、アークヴォが訊ねると、女性は包丁を差し出してくる。見るからに刃こぼれが酷い包丁だった。


「最近、切れ味が悪くて……新しいのを作ってもらえないかと思って」


「なるほど」


 と、アークヴォは包丁を一瞥すると、再び女性のほうへ視線を戻す。


「これでしたら、研磨すれば使えるようになりますけど、新調しますか?」


 アークヴォは、最終確認の意も踏まえて訪ねた。

 女性は少しばかり逡巡した様子をみせたが、首肯して言う。


「うん。この際だから、新しく作ってもらうことにする」


「分かりました」


 と、アークヴォは言いながら一度、深々と頭を下げた。


「ご注文、承りました。こちらの包丁と、同じような物にお作りする形で大丈夫ですか?」


「うん、それでお願い」


「分かりました。では、新品は一週間ほどで出来上がります。それまでは――僕のほうで研いでおきますので――こちらの包丁をお使いください」


「分かった、いつもありがとうね」


「いえいえ。――では、研ぎ終わったら届けに行きますので」


「うん、分かった。よろしくね、アークヴォ」


 そう言った女性は、片手を振りながら鍛冶屋を後にする。それを見送ったアークヴォは、後ろを振り返った。

 引き戸より前の部屋には、砥石がある。入り口から入って右手側、壁際に置いてあった。アークヴォは、その砥石の許へ行く。

 彼の鍛冶屋にある砥石は、回転式の物だ。足下にある木の板を踏むことによって、真ん中で固定された丸い砥石が回る仕組みになっている。そこに刃物を当て、研いでいくと言う手法だ。

 アークヴォは早速、作業に取り掛かろうと、砥石の前に置かれた丸椅子に腰掛けた。

 足で木の板を踏み、砥石を回す。それに刃こぼれした包丁の刃を優しく当てる。当てる角度によっては、逆に刃をダメにしてしまうかもしれないので、繊細な動作と集中力が必要だ。

 そうして刃の部分を全体的に研ぎ、10分ほどで作業は終わる。

 アークヴォは研ぎ終えた包丁を目視で確認すると、壁に取り付けられている包丁立てに、持っている包丁を立てる。そして、引き戸の奥にある工房のほうへと向かう。


「順調ですか、イジーさん」


「はい。丁度、終わったところです」


「なら、後は完全に冷え切ったら装飾品を付けるだけですね」


 金槌で打って本体の形を整えたら、後は柄などの部位を取り付けていく作業を残すのみだ。

 柄と言っても、武器のではない。ここは閑静で、それでいて小さな村落だ。武具なんて、血生臭い代物とは無縁である。しかも、この村がある国自体が平和なため、王都を含む都市でも武器や防具を作っている鍛冶屋は(この国では)珍しい。そんな中、片田舎に武器が流通する筈もない。


「では」と、言ったアークヴォは、解放してある引き戸のほうを指差した。正確に言えば、砥石がある方向だ。


「さっき、包丁を作ってほしい、と依頼を受けました。準備を進めててもらえますか?」


「あ、はいっ! 分かりました」


「僕はちょっと、出掛けてきます」


 イジーが、首を傾げて疑問を口にする。


「どちらに行かれるのですか?」


「さっき、客から包丁を研いだんですけど、それをお返ししに」


 ああ、と得心がイジーは得心がいったのか、一つ頷いてみせる。


「分かりました。お気をつけて」


 はい、とアークヴォのほうも頷いて返答する。


「じゃあ、少し店を開けますので、留守をお願いします」


「はい!」


 イジーは、輝かしい笑みで元気よく返事をした。





 研いだ包丁を返し終えたアークヴォは、自身の鍛冶屋兼自宅へと帰り着いた。

 工房のほうの扉を開けようとしたとき、ザクッ、と土を掘るような音が聞こえた。

 アークヴォの自宅と工房の間には、農場がある。農場と言っても、自給自足のためのもので、敷地内にある小さなものだ。

 アークヴォは、農場のほうへ顔を出す。そこには、畑を耕すイジーの姿があった。


「イジーさん」


 イジーは鍬を振りかざす手を止め、後ろを振り向く。アークヴォの姿を認めると、彼の許へ小走りで近づいた。


「師匠、お帰りなさい」


「ただいま戻りました。――畑を耕していたんですね」


 アークヴォは一応、本分は鍛冶師だ。しかし、鍛冶屋だけで生計を立てるのには無理があった。人口が集まっている町では、それだけで食っていけるかもしれない。だが、ここのような片田舎では、無理な話だ。

 この島国から南東に位置するエンガルトス大陸の国々では、武器作りも盛んに行われていることだろう。逆にここバースォ王国は、王都でも日用品の鍛冶しか依頼が無い。

 全員が顔見知りのような村落では、その依頼も限られてくる。だからアークヴォは、生きていくために農作物も作っているのだ。


「師匠、道具及び素材類の準備はできています」


「ありがとうございます。では、イジーさんは引き続き畑の面倒を見てやってください。僕は……」


 包丁を作ります、と言おうとしたときだった。


「――誰か居ないか!」


 工房のほうから扉を叩く音と同時に、大きく張られた声が聞こえてくる。


「珍しいですね、一日に二人も客が来るなんて」


 来客なんて、一週間に2、3人が来れば良いほうだ。一日に二人も客が来るなんて、アークヴォの記憶にある限り……いや、一度も無かった。

 珍しいこともあるもんだと思っているアークヴォとは逆に、イジーは神妙な面持ちで話す。


「聞き慣れない声ですね」


 言われてアークヴォは、はっとした。声なんて気にしてもいなかった。

 全員が顔見知りになるほど小さな村だ。普段なら、声だけでどこの誰だか判別がつく。しかし今回、工房を訪ねて来た声を聞いてアークヴォが最初に頭に思い浮かべたのは――誰だろう? だった。

 だからと言って特別、警戒する必要はない。一日に二人も客が来たことは無いが、旅人や行商人が道中で立ち寄ることはある。その際に、客として依頼をしてくる者たちもいる。

 今回もそんな類だろう、そう思ってアークヴォは工房の玄関のほうへと向かった。

 店先に立っていたのは、男が二人だった。お互い、似たような衣服を身に纏っている。質素ながらも、使い込まれたマントは汚れているが、お揃いと言うのが分かる。どこか同じ組織に所属している方々、とアークヴォは考えた。


「おまたせして申し訳ありません」


 アークヴォが声を掛けると、男たちは二人して横を向く。そして、横並びになってアークヴォの対面に立った。


「えっとー、今日はどう言ったご用件で」


 アークヴォが話し始める。すると、向かって右に立つ男が軽く手を挙げて話を遮った。


「客じゃない」


 そう言った男は、神妙な面持ちで、表情を変えずに続ける。


「ここに、イゾリータ・スケルミストと言う方はいらっしゃるか?」


 その名は、間違いなく弟子であるイジーの名前だ。

 アークヴォは弟子を呼ぼうと後ろを振り返る。するとそこには、すでにイジーが来ていた。しかし、様子が変だ。彼女は酷く顔を強張らせ、睨みつけるような強い視線で男たちを見据えている。

 アークヴォは、言葉を失った。雰囲気からして、何か声を掛けられるような状況じゃない。

 場を静寂が包み込む、それも一瞬のことで、


「お探ししておりました、スケルミスト様」


 男がぽつりと溢す。周りが静かだったせいか、アークヴォにもはっきりと聞こえた。

 アークヴォは疑念に思いつつ、首を傾げる。


「様?」


 一人、状況の整理がつかないアークヴォを余所に、今度はイジーが言う。


「何しに来たの?」


「貴女を、連れ戻しに。新皇帝が御即位され、スケルミスト様を親衛隊として召集したいとのことです」


「皇帝? 親衛隊?」


 アークヴォは今度、男たちのほうを見やった。

 この島国で、皇帝と呼ばれる存在は居ない。そもそも、そんな敬称を使って呼ばれるのは、大陸に渡っても一つしかない。

 ――フガンタイン帝国。大陸の北東に位置している国で、そこを治めている者は、皇帝と称される。

 そんな国とイジーに、何の関係があるのか想像できない。アークヴォは目をきょとんとさせた。会話に割って入ることすら適わない。


「私は、帝国に戻る気はありません。――用件がそれだけなら、どうかお引き取りを」


「それはなりません」


 アークヴォから向かって左の男が、ここにきて初めて口を開く。諌めるように、慎ましくそれでいて厳しい語調でイジーに向かって言う。


「帝国は現在、戦争に敗北して権威を失いつつあります。元々、帝国(われわれ)が始めた戦争故、友好国もない。そんな状態で自国の安寧を維持するためには、少しでも戦力が必要なのです。――剣聖(ソードマスター)であらせられる貴女の力が必要なのです」


 アークヴォは目を見開いた。向かって左の男の顔をまじまじと見据える。


(ソードマスター?)


 話しについていけない彼は、イジーと来訪者との間で視線を彷徨わせている。


「何の話をしているんですか」


 イジーが冷めた声色で、それでいて冷静な物言いで話し始める。


「ソードマスターなんて、そんな大それた人物、私ではありません。人違いです」


 それでは失礼します、と一礼をしたイジーは踵を返し、自宅ほうへと小走りで行ってしまった。


「待ちなさい!」


 そう叫んで、彼女を追いかけようとするのは向かって左の男だ。彼の行動を、隣に居た男が制する。


「良いんですか?」


「ひとまずは、な」


 言って、向かって右の男がアークヴォのほうを見やる。アークヴォは一連のやり取りに呆気に取られながらも、その男と視線を合わせる。


「えっと……」


「突然、失礼した。――スケルミスト様に、また明日、伺いに来るとお伝え願えるか? それと、いつスケルミスト様を襲う脅威に対応するべく、周辺を警備させてもらう」


「はぁ……ええ、分かりました」


 そう、返答するしか頭に浮かばなかった。呆けているアークヴォに、気の利いた返事など咄嗟に出てくる筈もない。

 男たちはアークヴォの返答を聞くと、身を翻してこの場を後にした。

 残ったアークヴォは、変な脱力感に見舞われる。突然のことで、どんな反応をするのが正解なのか分からない。自分はどうずれば良いのか、脳が判断するには思考が停止していて適わなかった。

 それでも、彼の足は自然と自宅のほうへ歩みを進めた。イジーが向かった先だ。

 玄関を開け、中へと入る。彼らが住まう家は2階建てで、1階は一間の大部屋になっており、2階はアークヴォとイジーの部屋がそれぞれ一部屋ずつある。樫の木を使った木造建築の、質素な内装になっている。

 1階にイジーが居ないことを認めたアークヴォは、入って左手にある階段を使って2階へと上がる。階段を上がって左の部屋がイジーの自部屋だ。彼女の部屋の前に立ったアークヴォは、扉を3回、ノックする。


「イジーさん」


 彼女の名を呼びながらもう一度、優しくノックする。すると、ガチャリ、とゆっくりと扉が開かれる。

 隙間から顔を覗かせるようにして、イジーが出てきた。


「すみません、師匠。突然……」


 アークヴォは、優しく微笑みかける。


「気にしないでください」


 そしてアークヴォは真剣な表情へと変わり、真摯にイジーへと向き合う。


「訊いて良いのかどうか分かりませんが、その……彼らとはお知り合いですか?」


 イジーの返答は、すぐには無かった。口を開いては、また閉じを繰り返す。その間、アークヴォは何も言わずに待っていた。

 ややあってイジーが扉を全開する。


「中へ、入ってください」


 アークヴォは誘われるがまま入室した。部屋の中央には丸テーブルがあり、丸椅子が一つある。

 イジーは丸椅子を師に勧めると、自身はテーブルから然程、離れていないベッドに腰掛けた。

 少しの沈黙が、部屋中を包み込む。二人のうち、先に口を開いたのはイジーだった。


「彼らは、帝国軍の斥候が着用するマントを身につけていました。おそらく、軍の関係者でしょう」


 そう話すイジーは俯き、アークヴォと視線を合わせようとしない。対するアークヴォは、イジーのほうをしっかりと見据える。こちらを振り向かずとも、彼女の話をしっかりと聞く。


「ソードマスター、と彼らは言っていましたが、何か関係があるんですか」


 アークヴォが優しく訊ねる。すると突然、イジーが顔を上げた。大きく目を見開いて、驚いた様子でアークヴォのことをまじまじと見つめる。


「知っているんですか……? ソードマスターのこと」


 アークヴォは首肯した。

 ソードマスターとは、『剣聖』と言う称号の呼び名だ。そして、この称号を得ているのは大陸で一人しか居ない。

 剣技に優れ、並み居る敵をたった一振りの剣で屠った英雄――フガンタイン帝国のソードマスター。その素性を知る者は帝国内でも数少ないが、ソードマスターと言う呼称はエンガルトス大陸中に響き渡った。だが、あくまで“大陸中”だ。島国である、ここバースォ王国までは轟いていない。戦争とは無縁の国だからだ。少なくとも、イジーはそう思っていた。

 そんな彼女の疑念を払拭するかのように、アークヴォが答える。


「この国の人々は、ほとんどの人は知らないでしょう。ですが僕みたいに以前、大陸のほうへ鍛冶を学びに行ってる者なんかは、知ってると思います」


 それで、とアークヴォの語気が段々と重くなる。


「先程の帝国の彼らは、イジーさん――あなたがソードマスターかのように喋っていました」


 これを聞いたイジーは、アークヴォから視線を外した。再び、俯いてしまう。


「こんなことを話すのは唐突ですが、少し聞いてくれますか?」


 予想外の展開に、イジーは反射的に顔を上げた。

てっきり、ソードマスターの件について深堀をされるだろうと思っていた彼女だったが、アークヴォから語り始めたのは全く違う内容のことだった。


「僕は昔、大陸のほうで鍛冶師見習いとして修行に出ていた時代があったんです――」


 ――アークヴォは15歳の頃、エンガルトス大陸へと渡った。彼は自身が作った武器で“名剣”を生み出したかった。

 母国であるバースォ王国でも鍛冶職人は居るが、扱っているのは日用品だけだ。ここで研鑽を積んでも、自分の夢は叶わないと考え、大陸の最も西にある国へと武者修行に訪れる。

 当時の大陸は、フガンタイン帝国が仕掛けた侵略戦争により、武具の需要が増えていた。そのため、鍛冶職人も必要とされている。アークヴォが見習いとして雇ってもらった鍛冶工房にも、彼以外の見習いがたくさん居た。

 雑務から始まり、他の見習いより先に、親方に認められたアークヴォは、いよいよ剣を作り始める。


「無我夢中で、来る日も来る日も鉄を打ち続けました。昼夜問わず、汗を掻いていることすら忘れ、必死に優れた武器を作ろうとした」


 それほど、戦時下に置かれた国々の鍛冶師は忙しかった。これは、アークヴォが修行に来た国だけではない。帝国が仕掛けた侵略戦争は、大陸の国々を巻き込んだ。

 修行に来て一年を過ぎたアークヴォの耳に、ある噂が入り込む。


「『魔法をも斬る剣』を振るうソードマスターを知ってるか? 何でもそいつは帝国の兵士らしいんだが、大陸随一の剣技を扱うらしくて、たった一人で敵国の隊を壊滅させたらしい。しかもソードマスターの剣は魔法も斬るから、遠距離から狙おうが仕留められない」


 そう言ったのは、アークヴォと同じ見習いの鍛冶師だった。

 この幻想か真実かも分からない噂話に、アークヴォの心は踊る。だってそうだ。当時の彼は自身の腕に慢心していたのだから。

 武具を作るようになっても、決して一人前になれないでいた。それは自分が作った作品に問題があるのではなく、扱う者に問題があると考え、天狗になっていた時期だ。


「そのとき僕は、ソードマスターに剣を振ってもらえれば、自分の()が大陸中に知れ渡ると愚考を抱きました」


 どんな名剣も、素人が扱えば玩具になる。逆に達人が扱う物は、何であれ宝器となる。

 “魔法を斬る剣”も、ソードマスターが扱っているから名剣になれたに過ぎない。実際は、なまくらだと彼は思っていた。いや、そう思い込んでいた。


「勿論、今はそんなこと微塵も思っちゃいませんが……傲岸不遜になってた頃の僕は、こう考えていました」


 魔法とは、人間の体内に巡る『魔力』と呼ばれるものを練り上げ発動する、言わば術てきな存在だ。

 術者の魔力の量――技術的な面も含め――によって異なるが、発現させた火球は全てを焼き、人間が喰らえば骨をも灰塵する。水が無い場所に大海を呼び寄せ、起こした突風は大地を切り裂く。

 魔法は、戦局を一変させることができる術だ。故に戦争は、魔法を中心とした戦いに発展していた。

 そんな魔法を、たった一本の剣で無効にしたらどうなるか。魔法を消失させられた側は、ひとたまりもないだろう。

 それをやっていたのがソードマスター……ひいては“魔法を斬る剣”なのだ。

 腐っても鍛冶師だったアークヴォは、そんな剣は名工でも作れないと決めつけた。剣はどこにでもある普通の剣で、ソードマスターによる凄絶な技によるもの、そう考えないと自信を無くしそうだった。


「だから僕は、自分の剣をソードマスターに振るってもらうと、単身、帝国へと向かいました」


 二月ほど掛けて帝国の領土に入ったアークヴォは、南端に位置するメザド村と言う、小さな町で宿泊することになる。


「そこで、不思議な人に出会いました」


 帝国の、しかも最前線の近くにある町だ。産業の中心は、鍛冶屋と言っても過言ではない場所だった。

 アークヴォが最初に抱いた印象は、住民の割合に対して鍛冶屋が多い、だった。それほど、前線に近い町と言うことだ。

 そんな町でアークヴォは、ある人と出会う。鍛冶屋の店主である男だ。


「その人は、鍛冶屋でありながら武器を作っていなかったんです」


 戦時下における帝国は、協力関係にある国が無かった。それほど強国と言うことにもなるが、国産の需要はより重要になってくる。

 そんな中で、ましてや戦いには欠かせない鍛冶業をやっている身でありながら、その男は武器を作っていなかった。代わりに作っているのは、包丁や鍋、農具や釣具などの日用品の類だ。

 帝国へ行く際もいくつかの国を経由したアークヴォは、やはり滞在先の町々で鍛冶師を見て来ている。彼にとって、武器を作らない、と言うことは凄く衝撃的な事象だった。


「僕はその人に訊ねました。――どうして武器を作らないのか、と」


 すると返って来た返答は、『お前は何のために武器を作っている』だった。質問に質問で返され、もはや答えになっていない。だが、当時のアークヴォはソードマスターを探す理由と相まって、ムキになっていたのだろう。

 アークヴォは男の問いに、


「後世に語り継がれるような武器を作るため」


 そう、素直に答えた。

 今度は、アークヴォが男に詰問する。武器を作らない理由を、話させようとした。だが男は一切、アークヴォの質問には返答をしなかった。

 失望したかのような、或いは下等な者を見下すような視線と行動で、アークヴォのことを拒絶する。

 それでも、アークヴォは引き下がらなかった。それだけ、彼にとって武具を作らないことは新鮮だった。

 もちろん、彼の母国では、鍛冶師の仕事は日用品を作るのが主流だ。国や貴族がお抱えの鍛冶師以外、武具を制作することは、ほとんどないだろう。

 しかし今、アークヴォが居る地はエンガルトス大陸だ。強大な帝国、それに立ち向かう国々がひしめく戦時下の陸地だ。

 アークヴォは、件の男が武具を作らない理由が、気になってしょうがなかった。


「しつこく食い下がって――結果的に、彼の口から理由を聞くことはなかったのですが――弟子入りすることになりました。でも同時に……」


 ……アークヴォは、武器ならびに殺傷用の道具、およびそれに準ずる防具の制作を禁止された。

 新しい師になった男の許に来る依頼は、やはり日用品……鍛造をするものの制作、包丁を研いだりなど、雑用のような仕事が多い。そう、雑用だ。あくまでもアークヴォは、そのように感じていた。

 雑用を日々こなす、と感じていたのはアークヴォだけだった。仕事に没頭する男の姿を見たアークヴォは、背筋を凍り付かせた。


「その人、笑っていたんです。楽しそうに、鉄を打っていたんです。町では“無能の鍛冶屋”なんて揶揄されているのに、凄く楽しそうに、真摯に金床と向き合っていました」


 対するアークヴォは、苦痛に耐えながら、男から武具を作らない理由を見つけようと必死だった。

 仕事への姿勢の差が明確に表れたのは、客に依頼の品を納品するときだ。

 アークヴォが受けた仕事の品は、良くできている。ただ、それだけだ。対する男の品は、依頼人のことを考えて打たれたものだった。

 アークヴォは、機械的に仕事をこなしていただけだった。客の反応も、それ相応だ。だが、男が打った品を受け取った客は、


「とても満足そうにしていたんです。笑顔で、どのお客さんも、心の底から感謝をしている様子でした」


 そのとき、アークヴォは感じ取った。この男は、名誉や矜持なんて何も念頭に置いていない、と。

 客のために尽くし、客のためにある鍛冶屋である。たとえ無能と言われようと、たとえ少数の人しか必要としていなくても、心血を注いで鍛冶師を続ける。それが、アークヴォの二人目の師だ。

 だからと言って、武具を作らない理由にはならない。鍛冶師としての心構えを再確認させられたアークヴォは、この師の許に残ることを決意する。

 そうして武具以外のものを打ち続けた、ある日のことだ。本当にふとした質問を、男がアークヴォに向かって投げる。


「お前はどうして、帝国に来たんだ」


 根本的な疑問だった。アークヴォが武器を作る理由は出会った日に告げたが、確かに帝国に来た理由は答えていない。

 アークヴォは、帝国を訪れた理由を正直に話した。ソードマスターに、自分が作った剣を振るってもらうことだ。だが、すでにどうでも良いことでもあった。今でも名剣を作りたい野望はアークヴォの中にあるが、それ以前に、己がためではなく客のためにある鍛冶師、と言う心構えを学んだ。ソードマスターを頼る、そんな自己中心的な考え、今の彼には無かった。

 それを聞いた男は、一気に神妙な顔つきになった。何かを逡巡し、熟考した結果、アークヴォに向かって言う。

 ――ソードマスターは、俺の娘だ。


「衝撃的な一言でした。まさか、探していた人物の父親と会えるなんて、思いもしませんでしたから。――それを打ち明けた彼は、あることを話してくれました」


 男の言葉を借りると、昔話だ。

 とある帝国の田舎町には、武具を作らない鍛冶師が居た。帝国は戦時下に置かれ、かの鍛冶師が居る田舎町は最前線に位置している。いつ、戦禍を被ってもおかしくない。

 そんな状況でも件の鍛冶師は妻と、そして一人娘と、『無能の鍛冶師』と揶揄されながらも慎ましく暮らしていた。

 ある日のこと、娘が家の倉庫に眠る一振りの剣を見つける。娘は、父が無能と言われるのが嫌だった。そのため娘は、その剣を以って父の優秀さを広めようとした。すなわち、家にあった剣を使った娘が武勲を立てれば、父親は蔑まれなくなると言うことだ。

 当然、父である鍛冶師は娘の行動を止めた。しかし、いつの日か……本当にふらっと、娘は家を去ってしまった。それ以降、鍛冶師はもとい、母親も娘の行方を知っていない。


「後で聞いた話なんですが、その剣は、鍛冶師である父親が生涯で唯一、作った代物だそうです。何でも、『有事の際に家族を守るための……俺が作った、たった一本の人殺しの道具』だそうです」


 その話を聞いたアークヴォは、それ以上のことを深く追求することはしなかった。

 昔話を語る男の口調は、どこか儚げで、誰かを思いやっている様相だったことを、今でもアークヴォは脳裏に焼き付いている。

 それが男自身の過去なのか、はたまた知り合いの昔話なのか。そんな無粋な疑問をいだくよりも先に、アークヴォはあることを学んだ。

 ――鍛冶師は人のためにあるべきだ。

 二人目の師は一度も、人殺しの道具を作る鍛冶師のことを決して否定していない。武具を作る職人も、国を守るため、兵士を生き永らえさせるため――理由は様々だろうが――それぞれの信念を貫いて、鉄を打っている筈だ。

 アークヴォだって、最初は名剣を作ろうと躍起になっていた。それだって、悪いことではない。しかしアークヴォは、帝国で出会った男の生き様に魅了されただけの話だ。


「自分の為ではなく、第三者のために在る鍛冶師。僕は、そんな鍛冶師になりたいと思いました」


 すでに剣聖に会うことなど、どうでもよくなっていたアークヴォは、男の下でしばらくの間、修行を積む。

 修行を終えたアークヴォは帝国を離れ、エンガルトス大陸を去って母国へと戻って来た。

 鍛冶師としての心構えを初心に戻した彼は、同時に自分の店をここ、シデルトム村に構えたのである。


「長くなってしまいましたが」と、アークヴォは続ける。


「何が言いたいかと言うと――あなたが何者であれ――帝国に帰って親衛隊になろうと、ここで見習い鍛冶師として修行を積もうと自由です。ただ、自分の考えを殺さないでください。……まあ、ここを去られたら少し寂しいですが」


 言ってアークヴォは、頭を掻いた。照れくさそうにして、イジーのから視線を逸らす。対するイジーのほうは、そんな心根が優しい師の言動を見て、くすっと笑った。


「ちょ、僕、何か変なこと言いました」


「いえ、すみません」


 イジーは一回、大きく深呼吸をした。


「ソードマスターのことを知っている師匠は、()()私がソードマスターだったら、もっとこう……何て言うか、鍛冶師としてがっついてくるのかなと思って」


 アークヴォは苦笑し、イジーのほうを見やる。


「昔の僕だったら、是が非でもソードマスターに剣を振るってもらって、名を轟かせようとしたかもしれません」


 その言葉を皮切りに、二人の会話は止んだ。しかし、それも僅かのことで、真剣な面持ちで、イジーが切り出す。


「師匠。私の話、訊いてくれますか?」


 その声音はとても重々しく、語気には若干だが震えが混じっていた。

 アークヴォは彼女の話を、真摯に聴こうと姿勢を正す。


「私は元々、フガンタイン帝国に生を受けました」


 戦時中のことだった。帝国の南端に位置する田舎町で、彼女は産まれた。その町は最前線にあり、鍛冶師の需要がある町だ。かく言うイジーの父も鍛冶師を営んでいる。しかし、彼女の父親は一切、武具を作らない。


「無能の鍛冶師、蔑称を向けられた父ですが、非難の対象は父だけではなく、私や母にも向きました」


 町で孤立していたのは父だけではなく、イジー自身もだ。同性代の子たちの輪からは省かれ、話し相手や遊び相手は母と野犬だけ。父は仕事に没頭する人のため、イジーに構う人間は少なかった。

 それでも彼女は、決してその生活に不満を持っていない。同世代の子と友達になりたいと思ったこともなければ、周囲の人間を疎ましいと感じたこともない。


「私はただ、家族で幸せに暮らせているだけで十分でした。たとえ武具を作らずとも、父には仕事がありました。家族三人が、食うに困らない分には、十分な仕事がありました」


 だからこそイジーは、この生活を満喫していた。

 母の家事を手伝い、談笑し、外に出れば野犬と走り回って遊ぶ。そうしてイジーはすくすくと育ち、十四歳の誕生日を迎えた。


「まあ、何事もなく無事に成長して、どんな職に就くのか考えたりして、至って普通の女の子をしてたと思います。――ただ、それでもひとつだけ、やるせないことはありました」


 ――それは、父が『無能の鍛冶師』と呼ばれていることだ。

 戦時中の帝国で、ましてや同盟国がない帝国で、国産品を生成することは極めて重要だ。そんな中、武具を作らない鍛冶師は確かに異端だろう。

 だがイジーの父は、たとえ武具を作らずとも、客の信頼を背負った鍛冶師だと言える。少なくとも、娘の目にはそのように映っていた。

 イジーは、信じていたのだ。腕前を披露すること機会はなくても、剣を鍛えれば何人(なんぴと)をも斬り伏せる名剣を生み、防具を(こしら)えれば万物の武器を凌ぐ鉄壁の品を作る。そう、イジーは父親の技能を信じていた。

 しかし、それはイジーの想像で終っている。実際に父は、実績が存在しない。ただ包丁を研ぎ(あるいは鍛造し)、鍋を修理する、そんな日常を繰り返していた。


「いつしか私は、父は本当は凄いんだぞ、って言うのを証明したいと考えるようになりました」


 そんなある日のこと、イジーは偶然にも――本当に偶然にも――工房の隣にある倉庫で、一本の剣を発見した。倉庫の奥深くに眠っていた剣は、しかし梱包はきちんとされ、埃も被っていない。とても大事にしまわれているような感じだ。

 父も武器を作っていた、そう歓喜に打ちひしがれたイジーは早速、両親にその剣を見せた。母は驚きつつも嬉しそうで、対する父は……悲愴な面持ちをした。

 父は、あまり武器を見せつけてほしくはなかったのだろう。少女ながらも、大人の感情を持ち合わせていたイジーは、そう解釈した。


「それでも私は、父の腕前を証明したい。だから私は、帝国軍に志願したのです」


 軍へと入団したイジーは、訓練期間を満了した後、戦地へと赴く。

 イジーに魔法の才は無かったため、前衛の歩兵となったイジーは、着実に戦地で経験を積んでいく。

 剣技の腕は磨かれ、また刃毀れ一つしない父の剣に、何度も命を救われた。そうしてイジーは生き残り続け、いつしか剣術は部隊随一とまで称されるようになる。同時に父の剣も、その切れ味もさることながら、“名剣”とまではいかずとも、周囲の人間には“良い剣”とまではちらほらと言われるようになってきた。


「ある日のことです。私は、攻城戦に参加しました」


 とある敵国の地域の砦にて、戦線を追い込まれた相手は、籠城を始めた。これを破るのが、イジーたちが任された任務だ。

 相手は魔法を駆使し、意地でも防衛線を死守するつもりだった。対する(この砦を攻める)帝国側は、さきの戦闘で人員四割が負傷し、動けない状態であった。しかし相手は、すでに城に立て籠もっている。策を巡らせれば、決して負け戦にはならない。

 だが、相手の悪あがきは予想外だった。


「敵の魔法による攻撃が予想を上回り、私たちは数日間、砦を落とせずにいました。そして物資も底をつこうかと言うとき、少数精鋭による作戦が展開されることとなります」


 イジーを含む歩兵が五人、魔法を扱える者が二名ほど同行し、砦の内部に侵入。内側から門を破り、本隊を突入させる作戦だ。

 ただ、正直に言って無謀だった。

 標的となる肝心の砦は、崖の上に作られており、周囲は乾いた土地だったため開けている。実際に城攻めをしている際も、隆起している斜面や土砂に身を隠し、敵が撃ってくる矢や魔法を凌いでいた。

 いくら少数とは言え、遮蔽物が少ない土地柄、すぐに接近に気付かれてしまう。だが、指揮官の命なら背くわけにはいかない。

 イジーたちは決死の思いで、城へと近づこうとする。


「ですが……予想通りと言うか何と言いますか、やはり私たちの接近は気付かれました。それで――何人の敵が魔法を使っていたかは分かりませんが――敵の魔法が一斉に、こちらへ牙を剥いたのです」


 瞬間、イジーは『終わった』と感じた。走馬灯を見る。脳裏に蘇る思い出は、両親と過ごした日々、郷愁の念は無いが、自分が生まれ育った町……そして、父が作った剣のことを最後に考えた。

 敵の砦より放たれる魔法が、イジーたちに迫り来る。その場に居る誰もが、死を痛感した。かく言うイジーも、ここで人生が終わってしまう、そう思った。

 だからこそ、最後の悪あがきなのだろう。イジーが迫り来る魔法を前にして、身を挺して前に出たのは。

 この行動には、一緒に居た仲間も固唾を飲む。


「どうせ死ぬのなら、最後まで抗いたいとでも思ったんでしょうかね。魔法を使うことはおろか、盾すら持っていなかった私が魔法を前にして身を乗り出すのは、自殺行為です」


 誰もが、イジーの死を目の前にした。当の本人も必死で、それでいて決死の覚悟だった。そして魔法を眼前に据えたイジーは、携えていた剣で……父親が打った剣を以ってして、魔法を――切り裂いた。


「これはさすがに、私自身も驚きました」


 魔法は、戦況を一変させる術だ。生身でその術を受けるのは、自殺と同義だ。だがイジーは、それをやってみせた。そのうえで、魔法を斬った。被害を出さずに、その場を凌いだ。

 そこからは、早かった。魔法を斬ったイジーは、それが最大の防御と知るや否や、敵陣へと単独で突撃。


「防壁をよじ登って、砦に侵入して、私は……門を開くと言う任務すら忘れ、ひたすら剣を振り続けました」


 砦の城門が開門されたのは、全てが終わってからだった。砦内部の敵を単身で屠ったイジーが門を開け、本体と合流を果たす。

 攻城戦で戦績を残したイジーは、それからもがむしゃらに剣を振るい続ける。


「どの戦地に赴いても、やることは変わりません。敵を仆し、魔法を斬っては敵陣を制圧し、領土を広げる。帝国に貢献し続け……気が付けば、いつの日からか私は、人々から『剣聖(ソードマスター)』と呼ばれるようになりました」


 これは、イジーにとっても嬉しいことだった。決して称賛され、自己顕示欲を満たしたいわけではない。当初の予定通り、自分が名を馳せれば、父の剣も有名になると浅慮していたからだ。

 実際にイジーの考えは成功し、衆人はソードマスターが持つ剣にも注目し始める。言い方は多々あれど、『剣聖の剣は魔法をも両断する』と言った内容の噂が出回り始めた。噂の出どころは、イジーが初めて魔法を斬ったとき、攻城戦で一緒に戦った仲間だ。

 まあ正直、イジーにとって過程などはどうでもよかった。大事なのは、父の剣が認知されたことだ。

 イジーは、これで満足はいかなかった。更に名声を上げ、父の剣を後世に語り継がれるような名剣したいと執着し始める。

 戦場へと出れば、英雄のように扱われる。そのたびに、ソードマスターと父の剣は認知度が上がっていき、やがて帝国中に知れ渡った。

 だがそれは、あくまでも帝国の内だけの話だ。


「占領した地域を訪れた際に浴びせられる言葉は、称賛でも感謝でもなければ、ただただ罵倒、罵倒、罵倒」


 ただ、イジーにはどうでもいいことだった。父の剣さえ更に有名になれば、たとえ帝国内で自分が罵られようと、構いはしない。


「でもある日に行った占領地で、父の剣を罵られたのです。悪魔の剣……畏怖の念を込められ、『魔剣』と言う嫌な異名を付けられました」


 帝国内では英雄が振るう武器として、聖剣のように崇められた父の剣だった。しかし、他国では違った。

 帝国と敵対している国々からしたら、ソードマスターの存在なんて悪魔でしかない。そんな悪魔が持っている剣だからと、安直だが他国ではそう呼ばれるようになった。


「私が広めたかったのは、思い知らせたかったのは、父の凄さでした。帝国では、その願望は成就しましたが、その反面で、人殺しとしての……悍ましい剣を、大陸中に広げてしまいました」


 イジーは、ようやく自分が歩んできた道程の愚かさを知った。家で剣を見つけた際、父が浮かない顔をしたのが、今になってようやく分かったのだ。

 武器は所詮、人を殺すために作られたものだ。父は、人を殺すために鍛冶師を生業としているわけじゃない。たとえ微力でも、客の笑顔が見たくて、武具を作らない鍛冶師を貫いていたのかもしれない。

 そう考えるようになったイジーは、手遅れだと思いつつも、戦うことを辞めた。いや、辞めようとした。だが、時の皇帝がそれを許してくれなかった。イジーはすでに、戦力以上のことを期待されている。剣聖が剣を折れば、士気にも影響するのだ。

 いくら皇帝に言われても、これ以上、父の剣に汚名は着せられない。そう思えば思うほど、皇帝への憤懣が溜まる。イジーは次第に、自国の長に復讐心を抱くようになっていた。

 皇帝を弑逆することによって、占領地の人々へのせめてもの償いにと。いや、違う。そうすることによって、父の剣に浸っている汚名が、少しでも晴れれば良いと、イジーは謀反を企てるようになった。

 そして、事は忽然と起こる。突然の反乱により、皇帝は崩御した。首謀者はソードマスター……イジーを筆頭とする、戦争に反対していた貴族たちだ。

 皇帝を失ったフガンタイン帝国は停戦を余儀なくされ、内政を持ち直そうと奮闘する。その頃、イジーは帝国を離れていた。


「皇帝を弑したことによって、母国の民からも『裏切り(リベリオン)剣聖(ソードマスター)』と、蔑称で呼ばれるようになって。他国でも私や父の剣への見方は変わりませんでした」


 それで、とイジーは物憂げに続ける。


「大陸のどこにも居場所を無くした私は、逃げるようにしてここ、バースォ王国に流れ着きました。……父の剣は、後世に残すのを防ぐため、道中で海に捨ててきました。それで旅をして過ごし、師匠と出会いました」


 話し終えたイジーは、恐る恐る師の顔色を窺う。アークヴォは、無意識のうちに開いていた口を塞いだ。

 室内が、静寂に包まれる。アークヴォは、何か言葉を掛けたいと、必死になって脳内の辞書から単語を探す。しかし中々、出てこない。何と言って良いのか、分からないでいた。

 その間、イジーは何も喋らない。アークヴォから放たれる言葉を、ただじっと、静かに待つ。

 やがて、アークヴォは口を開いた。彼の口から出た言葉は、


「やはりあなたは、ソードマスターだったんですね」


「はい。師匠も、まさか私の父と会っていたとは思いませんでしたが」


 イジーは一度、大きく息を吸った。そしてゆっくりと溜めた空気を吐く。


「覚悟はできています、師匠。私がここに居ては迷惑が掛かるでしょう。ですから、鍛冶屋を去れと言うのなら、それに大人しく従います」


 衝撃的な一言に、アークヴォは言葉を失った。きょとんとした表情で、弟子を見つめる。


「えっと……」


 アークヴォは、たどたどしく言葉を紡いでいく。


「先ほども言った通り、帝国に帰るも、ここで鍛冶師を続けるも、あたの選択に任せます。どちらにせよ、僕はイジーさんが下した決断を尊重しますよ」


 意表を突いた返答に、イジーは反射的に勢いよく立ち上がる。


「師匠……っ!」


 口を結ぶイジーに合わせ、アークヴォも立ち上がった。

 アークヴォは、愛弟子のことを優しく、包み込むような瞳で見据える。


「残ってくれますか?」


 彼の問い掛けに、イジーはゆっくりと、そして深々と頷いて返した。


「これからもよろしくお願いします」


 そう言われて差し出される右手を、イジーは「はいっ!」と言いながら握り返した。



 ――その翌日のことだ。昨日、イジーを連れ戻しに来た帝国の使いが二人、死体で発見された。

 間もなくして、イジーは村から姿を消した。「やっぱり、帰ります。ご迷惑をお掛けしました」と言う書き置きを残して。





 イジーが村を去ってから翌日のことだ。アークヴォは、滅多に客が訪れない店の番をしていた。

 工房で鉄を打つ気にもならなければ、農作物を育てる気力も起きない。玄関を入って右にある支払い場所となっているカウンター、そこにある丸椅子に腰を掛けてボーっと窓を眺める。

 今日は、何のやる気も起こらない。それでも、客が来ればアークヴォは鍛冶師としての仕事を全うする。

 店の扉が開いた。入り口から、客が入店してくる。


「いらっしゃい」


 アークヴォは立ち上がり、一礼をする。客は村に住んでいる若妻で、イジーとも仲の良い人物だ。

 若妻はカウンター越しに来ると、アークヴォと対面する。


「今日は、イジーちゃんは居ないの?」


 アークヴォは、申し訳なさそうに顔を歪めた。彼からの返事がないことで、若妻は大体の察しがついた。


「……そう、鍛冶師を辞めたの?」


 アークヴォは、俯きながら返答する。


「鍛冶師と言う職を諦めたのかは分かりませんが、少なくとも、僕の工房は去りました」


 聞いた若妻は、残念そうにため息を一つ吐いた。


「そう、なら仕方ないわね」


 私ね、独りごちるようにアークヴォへと語りかける。


「イジーちゃんが作る品が好きなの。アークヴォ君より劣るのは、素人目にも分かるんだけどね。でも、何て言うか――優しい、凄く真心が籠ってるの」


 言われて、アークヴォは若妻の顔を見た。彼女の表情は凄く満足しており、微笑ましい。まるで、アークヴォの二人目の師のような、客のためにある鍛冶師を、イジーはすでに体現していた。


(本当に、彼女を引き留めなくてよかったのだろうか)


 ふと頭をよぎったのは、そんな疑問だ。

 イジーも、一度は鍛冶屋に残ると決断した。本当は鍛冶師を続けたい、と言うことだろう。いや、絶対にそうだ。

 アークヴォは、カウンターの近くに掛けてある外套を手に取った。


「じゃあ、アークヴォ君にお願いしようかな」


「すみません。少し店を開けます。留守はお任せします」


 外套を羽織りながら言ったアークヴォは、足早にカウンターを周って玄関を飛び出して行く。


「え、ちょ⁉ アークヴォ君⁉ 店番、私がするの?」





 イジーの手紙には、『帰ります』と添えられていた。おそらく、帝国に向かう意を含んでいるのだろう。そう解釈シタアークヴォは、大陸に渡る船が出ている港町へと足を向ける。

 その港町はフィーソと呼ばれ、国の東端に位置している。この国で大陸へと出航する乗船が出ているのは、フィーソだけだ。イジーも、推定だがそこに向かっているだろう。

 だが、フィーソへ直行してはイジーとすれ違うかもしれない。街道に沿って港町へと向かう道中に立ち寄る町々でも、イジーのことを探すつもりだ。

 その道中での出来事だ。丁度、森の中を繰り抜いて延びている街道を行っているときだった。

 街道の端、灌木に隠れる形で人が倒れているのを、アークヴォは発見した。男が二人、全身を黒いマントに身を包んでいる。

 息はしているようで、眠っているのか……気絶しているのか、アークヴォにとってはどちらでもいい。

 二人の男には申し訳ないが、今のアークヴォに介抱をしている余裕はない。アークヴォは、その場を素通りした。



 走っては歩いてを繰り返し、アークヴォはシデルトム村の南東にある町に辿り着いた。

 決して大きな町ではないが、村からは一番、近い町である。そこで商売をしている男に、アークヴォは質問をしていた。


「僕と然程、変わらない身長で……濃い色をした赤髪の、水色の瞳をしている女性なんですけど」


 質問相手の男は乗合馬車を営んており、ここから更に東にある町まで運行している。フィーソへ行くなら、この馬車に乗る筈だ。

 男は少しの間、喉を唸らせて熟考する様子を見せたが、「ああ!」得心がいったようで、詳細を話し始める。


「覚えてるぜ。昨日は客が少なかったからな。――で、あんたが探してる客だが、確かに昨日、俺の馬車に乗ってた」


 イジーの情報に、アークヴォは顔を輝かせる。やはり彼女は、順調に港町に向かっているようだ。


「本当ですか! じゃあ、僕も乗ります。次の出発時刻はいつですか」





 夜の帳が下りた頃、とある町にある宿屋にイジーは泊まっていた。ここの宿屋の一階は酒場になっているため、イジーはそこで夕食を摂っていた。

 正面のカウンター席に座り、一人で食事をしていると――ガシャンッ! と背後から皿が割れたような音が聞こえる。

 イジーは後ろを振り返った。実際に先程の音は皿が割れた音で、その原因は、テーブル席で酒を飲んでいた大男によるものだ。立ち上がって暴れる大男を、周囲の男性陣が束になって止めようとするが、相手にならない。

 状況から察するに、泥酔したせいで些細なことが癪に障り、怒りを振りまいているのだろう。


「ちょ、お客様⁉ 困ります‼」


 カウンターの内側で、店主の女性が叫ぶ。

 店主を一瞥したイジーは徐に立ち上がり、大男の許へと歩み寄る。

 周囲の客がどよめきを見せるが、これくらいのことを収めるなど、イジーには造作もない。この場に居る全員の予想通り、大男はイジーに向かって拳を振り下ろす。思わず目を瞑る客、まばたきをすることすら忘れ、固唾を飲んで見守る客。

 人目が二人に集まる中、全員の予想を裏切るじたいが起きた。

 イジーが、大男の振り下ろさせる拳をいなして床へと組み伏せたのだ。大男は床に叩きつけられた衝撃か、酔いが回ったのか、起き上がる気配はない。

 一瞬の間が空いて、歓声が沸き上がる。そんなざわめきを掻き分けて、店主がイジーへと近づいて来た。


「本当にありがとうございます! 何とお礼をしていいやら」


「いえ」と、イジーは片手を上げて照れくさそうに返すと、続けて言う。


「それより、道を尋ねたいのですけれど」





 アークヴォは乗合馬車の揺られ、イジーが来たと思われる町に辿り着いた。現在はその町にある宿屋を、訪れている。

 宿屋の一階は酒場となっており、正面のカウンター席に座ったアークヴォは、店主と対面していた。


「……と言う見た目の女性を探してるんですけど。昨日、こちらに居たと聞いて来たのですが」


 それは、待ち行く大男から得た情報だ。その大男は昨日、酔った勢いから酒場で大暴れしたらしく、それをイジーに収められたらしい。もちろん、大男がイジーのことを知っているわけではないが、幸いにも容姿や風貌は覚えていたようだ。おかげで、聴取した話からイジーだと特定することができた。

 店主はカウンターテーブルに両手を置く。


「それなら、よく覚えてるよ」


 アークヴォは、身を乗り出さんとする勢いで訊ねる。


「今、どこに居るかは分かりますか?」


「さあね。今の居場所は分からないが……昨日、フィーソまでの道を訊かれたよ。まあ、私は生憎とこの町を出たことないから、代わりに道に詳しい御仁を紹介したんだが」


「御仁……?」


 アークヴォは眉根を寄せると、店主の視線が泳いだ。アークヴォは店主の視線の先を追いかけ、右を向いた。アークヴォの席から一つ空いた先に、老爺が座って軽食を食べている。


「あの人が、言っていた御仁ですか?」


 アークヴォが店主のほうを振り返らずに訊くと、肯定の言葉が返ってきた。

 アークヴォは隣へ、席を移動する。その動作の後、流れるように、


「お食事中、失礼します。人を探してまして、お訊ねしたいこと……」


「盗み聞きのつもりはなかったが、店主との話は聞いていた」


 アークヴォの言葉を、老爺は遮って言った。だが、それなら話は早い。アークヴォは早速、本題を切り出す。


「では、教えていただけますか。昨日、あなたはどのような道のりを伝えたのか」


 フィーソまでの行き方は、何も一通りだけではない。イジーの後を辿ることによって、彼女との遭遇する可能性が高くなる。

 老爺は一口、水を飲むと喋り始めた。


「まず、ここから北にある町に行く。その町の宿屋は一軒しかないが、格安だ。港町までは遠いから、そこで休むのが一番だろう」


 それで、と老爺は続ける。


「そこから東にある村まで出てる馬車があるんだが、それに乗って……村についたら、唯一の乗合馬車に乗り継いで隣の町に行く。で、到着した町から出てる、フィーソ行きの馬車に乗るのが、おすすめの道のりだ。――急ぎじゃないなら、馬車を乗り継ぐ都度、宿屋で泊まるのが良いだろう」


 聞き終えたアークヴォは、顎に手を乗せて老爺から教えてもらった道のりを熟考していた。


「その行き方って……」





 バースォ王国は東端にある港町、フィーソ。

 太陽も真上に昇る頃、イジーは波止場に来ていた。ここにある木製の掲示板には、船の時刻表が書かれた紙が釘で止められて張り出されている。イジーは、次に大陸へと出航する旅船を探すために、この場を訪れた。

 昼時と言うこともあり、掲示板の前は空いている。ただ一人の青年だけが、立っていた。しかし、その青年は掲示板には目もくれていない。道行く人を眺め、きょろきょろと周囲を見渡し、誰かを探しているようだった。

 そんな青年は、イジーのよく知る人物でもある。


「師匠⁉」


 そう叫んだイジーは、青年に駆け寄る。青年……アークヴォもイジーの姿を認め、手を上げた。


「お久しぶりですね、イジーさん」


「たった数日だけですけど……ええ、確かに久しぶりです」


 お互いに微笑みかけ、握手を交わす。そうした後、先に口を開いたのはイジーだ。


「お見送りに来てくれたんですか? にしても、よく追いつけましたね」


「ええ。イジーさんが、遠回りをしてくれたおかげで」


 イジーは、首を傾げた。この国の土地勘はないが、自分なりに道を訊ねながら、ここまで来た。遠回りをしている自覚は、彼女にはない。

 そんなイジーの疑問を払拭するかのように、アークヴォは続けて話す。


「イジーさんが酔った大男を鎮めた町で、老人に道を訊いたでしょう? 実はその老人、わざと遠回りの道を教えているんです」


 アークヴォから件の老爺から話を聞いた際、その道のりが疑問だった。元々、アークヴォは港町までの大体の行き方は把握していた。そのため、訊きたいのはイジーが選んだ道のりだったのだが、


「その老人は、わざと遠回りの道を教え、その道中で儲かった業者――馬車の御者や宿屋など――から利益の一部を貰っていたんです。まあ、結果的に先回りできたので、良かったと言えば良かったのですが……」


 それより、とアークヴォは真摯な目つきでイジーのことを見据える。真剣みを帯びた彼の表情に、イジーも姿勢を正す。


「僕がここまで来たのは、お見送りではありません」


 その言葉に、イジーは目を見開いた。アークヴォから発せられる、次の言葉を待つ。


「僕は、あなたに戻ってほしくて来たんです。村には、あなたを必要とする人も居ます。何より、この僕自身が、やはりイジーさんに鍛冶を続けてほしい」


 ですから、とアークヴォの語気に力強さが増す。


「一緒に帰りましょう」


 イジーの返答は、しばらくなかった。申し訳なさそうに口を噤み、アークヴォから視線を逸らす。何かを言おうと口を開きかけては、また閉じる。それを何度か繰り返した。

 アークヴォは、彼女の返答を待った。何も言わずに、ただ待った。やがて、イジー覚悟を決めたのか、切り出す。


「すみません、師匠」


 言ってイジーは、深々と一礼をした。アークヴォは、大きく目を見開く。

 顔を上げたイジーは、続けて言う。


「道中で、私を殺そうとする者に襲われました。俗に言う、暗殺者です。これ以上、師匠のところへ居ては、多大なる迷惑を掛けてしまいます。帝国の使いも、彼らに殺されたことでしょう」


 言われてアークヴォの脳裏に浮かんだのは、シデルトム村を出てすぐに見つけた、全身を黒いマントに身を包んだ二人の男だ。

 おそらく、彼らが暗殺者だろう。心証だけだが、アークヴォは確証した。

 アークヴォは一歩、イジーに歩み寄る。突然の行動に、イジーは若干だが内心で驚いた。だが、彼を避けるようなことはしない。


「大丈夫です。暗殺者がしつこく来るようなら、どこか別の場所に“一緒に”行きましょう」


「ですが……帝国からの使者も、幾度となく訪れるかもしれません」


 アークヴォはまた一歩、イジーに近づく。二人の間は顔一つ分しかなく、互いの息が少しかかる。それでも、イジーが後退ることはなかった。

 そんな近しい距離でも、アークヴォは遠慮なく言葉を放つ。


「今度は、僕が追い返します」


 ですから、とアークヴォは愛弟子に向かって手を差し出す。

 イジーは、胸元に差し伸べられた手を、まじまじと見つめる。


「本当に良いんですか?」


「はい、もちろんです」


 アークヴォは、何の迷いもなく返答をする。その優しさに、イジーの心は救われる。

 イジーだって、本当は鍛冶師を続けたい。いや、師匠のような一人前の鍛冶師になりたい。

 かつては、ただ父の剣を有名にするためだけに、人殺しの道にその身を置いていた。ソードマスターとしての道程を歩んで行くことによって、それがどれほど、愚鈍な行いだったか身を以って痛感した。

 剣を捨て、諸国を渡り歩くたびに目につくのは、そこで働く鍛冶師のことだ。皇帝の崩御により戦争は終わりを見せたが、鍛冶師の仕事は変わらなかった。やはり皆、武具を作っている。父のような鍛冶師は、存在しなかった。だが、その考えもバースォ王国に渡れば一変した。

 この島国で働く鍛冶師は、ほとんどが日用品を作っていた。当然、軍が使う武具を生産している工房もあったが、少数だ。バースォ王国まで戦火が広がっていないとは言え、イジーは初めて平和な国を見た。

 そんな中でも、師匠……アークヴォは、彼女にとって異彩を放った存在だった。仕事熱心と言うか、いつも、とても楽しそうに鉄を打っている。客も彼が作る商品には満足しており、誰かのために存在しているような鍛冶屋だったと、イジーは感じた。

 そんな風景に、イジーは父の姿を重ねたのだ。


「師匠……もしかしたら私は、父のような鍛冶師になりたかったのかもしれません」


 言ってイジーは、アークヴォの手に、そっと自分の手を重ねる。一度は鍛冶師の道を諦めた弟子を、ここまで追って来てくれた師。彼の顔へと視線を移す。アークヴォは、すでにイジーのことを見つめていた。

 お互いに視線が合い、思わぬ至近距離に二人とも照れくさくなる。そして微笑み合い、


「「これからも、よろしくお願いします」」

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