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踊る人形姫  作者: 金原 紅
第一章 エトワルトのお人形
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7.契約成立

 マリーの笑みは美しく、そして恐ろしかった。ヴィクトールの威圧よりも恐ろしい。

 震える手を握り締め、カテリーナは静かに悟った。


 マリーの正体について追及してはいけない。


 引き攣った笑みを浮かべて、カテリーナは必死に頭を働かせる。

 この状況を、どうしたら打開できるだろうか。隣のノクスもなんか不穏な空気を醸し出し始めたから、早急に解決しなくてはいけない。


 そしてカテリーナが選んだのは話題変更。

 決して、逃げではない。


「えっと、その……。あなたの代わりに王宮にって言ってたけれど、何をさせたいんですか?」

「ふふふ、賢い子は好きよ」


 琥珀色の瞳を彷徨わせながら別の話題を出したカテリーナに、マリーは上機嫌で笑う。

 にっこりと、先程までのただ綺麗なだけの整った笑みではなく、嬉しそうな笑顔だった。


 危機は脱したらしい。


「そんなに警戒しなくて大丈夫よ。ただ、王女として王宮に行って、セドリック王を助けてあげて欲しいの」

「……どういうことですか?」

「今、王宮には王族がセドリック王しか居ない、ということは知っているかしら?」


 コトリ、と首を傾げるマリーに頷く。


 10年前、前王の崩御を発端とした王位争いは大きな戦火こそ上がらなかったが、熾烈を極めた。

 王都から離れたエトワルトに住んでおり、しかもまだ8歳だったカテリーナの記憶にも残っている程のものだった。


 当時の王妃を母に持ち宰相を後ろ盾とした第一王子と、最初の王妃を母に持ち三大公爵家の一角であるセイル公爵家を後ろ盾とした第一王女の対立は前王が健在の時からあったものだった。しかし前王が後継者を指名しないまま倒れたため、それが他の王子や王女まで巻き込んで本格化したのだ。

 数年続いた争いの結果、第一王女によって第一から第三までの王子は殺害され、第二王女は南の帝国へ贈られた。第三王女は行方不明となっているが、それも第一王女の仕業だろうと言われている。

 そして今では血塗れ姫と呼ばれる第一王女の暴挙を、第四王子だったセドリック王と、彼の守護女神と言われる存在が止め、ようやく争いに終止符が打たれたのだ。


 しかし争いが終わっても、まだ問題はあった。

 セドリック王の守護女神、と呼ばれる存在だ。彼女は超常の力をもってセドリック王を生まれた時から護り、深く慈しんでいた。しかし、残念ながら非常に嫉妬深かった。

 おかげでセドリック王は王位に就いた後も王妃を迎えられず、結果後継者が未だ居ない状態なのだ。

 前王の弟である公爵も子は居らず、このままでは前王の時以上の混乱が巻き起こりかねない。


「……王女として婿を迎えて、子を作れってことですか?」

「ふふ、流石にそんなお願いをするつもりはないわ。わたくしがノクスに殺されてしまうもの」

「魔族を良く理解している」


 コロコロと笑うマリーの言葉に、ノクスを見上げる。彼は、青紫色の瞳に剣呑な光を宿して不穏な笑みを浮かべていた。

 マリーの冗談、ではなさそうだ。


 引き攣った笑いを浮かべてマリーへ視線を戻すと、にっこりと可愛らしい笑みを向けられる。

 わざとらしい、胡散臭い笑みだ。


「ただ、わたくしはセドリック王の手助けをしたいだけなのよ?」

「そう、ですか。…………ちなみに、王宮へ行くことを断ったら、どうなるんです? さっきは通報って言ってましたけど」


 マリーの笑みの胡散臭さに、やっぱり頷くことに躊躇ってしまう。


 絶対、セドリック王を助ける以外の目的はあるはずだ。しかし、それは教えてくれそうにもない。

 そんな人と協力関係を結ぶのは嫌だけれど、ここまで色々と説明をしたマリーがそう簡単に逃がしてくれるとも思えない。

 ノクスもカテリーナを気に入ってくれているらしいけど、魔族という未知の存在だ。全面的に信頼できる訳もない。


 どんな選択をするのが良いか分からなかった。

 だから情報収集のために問い掛けると、マリーがコトリと首を傾げて笑う。


「そうね。この街の領主さまにご連絡しないといけないわね。今は王族が少ないから、どのような育ちでも報告する義務があるわ」

「そんな義務、聞いたことないですけど……?」

「一定の位以上の貴族に対する義務ですもの。平民が知らないのは当たり前だわ。こんな義務を全国民に知らせたら、自称王族が溢れてしまうもの」


 コロコロと笑うマリーの説明には一理ある。幸か不幸か、前王にはカテリーナのような落とし胤がたくさんいる可能性があるのだ。

 貴族に対して、見つけた王族の保護を義務付けるのも不思議ではない。


 しかしそうなると……。


「どのみち、王宮に行かなきゃいけないんじゃないですか!」

「ふふ、そうね」


 頭を抱えるカテリーナに、マリーは優しい笑みを向けた。


「わたくしのお願いを聞いてくれるのなら、貴女が王宮に行って困らないようにお手伝いをするわ。王女らしい振舞いが出来るような教育や、王宮に行った後の支援もね。……ここの領主さまだと、きっとそういった支援は望めないでしょう。あの方は権力には興味がないもの。きっと保護をして王宮に送りはするけど、それだけだわ」

「…………選択肢、ないじゃないですか」

「ふふふ、自分の要求を通すために逃げ道を塞ぐのは当たり前でしょう?」


 マリーは可愛らしく首を傾げてにっこりと美しい笑みを浮かべているけど、言っていることは全然可愛くない。


 誰の協力もなしに王宮に送り込まれるか、マリーたちに協力するしか道はなさそうだけど、なんだか怖いし、すごく怪しい。

 正直どっちも選びたくない。


 悪あがきでうぐぐ、と唸っているとマリーが呆れた様子でため息を吐いた。


「もう、往生際が悪いわ。ねぇ、貴女は舞台女優なのでしょう? それなら、一国の王女くらい演じてみなさい」

「っ、うぅ~。…………分かりました。()ってあげますよ、完璧な王女を!」

「ふふ、良かった。楽しみにしているわ、カテリーナ。わたくしのことはマリーと呼んで頂戴」

「…………ええ。よろしくお願いします、マリー」


 小さく、陶器らしい滑らかなマリーの手と握手を交わす。


 半ばヤケクソの決断だ。

 この決断が間違いだったと後悔する日が来るかもしれない。それでも、今はこの道しかない。

 マリーたちと一緒に進むしかないのだ。


 そう小さく決意を固めたカテリーナだったのだがーー。




「2か月後の芸術祭で、貴女を王女として民衆にお披露目する予定よ。完璧な王女らしく振舞えるように、頑張りましょうね?」


 ニッコリと告げられたマリーの言葉に、即座に後悔したのだった。






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