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踊る人形姫  作者: 金原 紅
第一章 エトワルトのお人形
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4.お人形様のお誘い

 今日は朝から理解できないことばかり起きている。

 正直、泣きたい。


 カテリーナは寄り添う黒犬のもふもふを感じながら、必死に脳みそを働かせる。


「えっと…………。魔物?」

「貴様! マリー様に失礼な!!」

「ヴォフ!」


 必死に考えたけど、やっぱり理解できなくて思わず零れた言葉に、不審者が怖い空気を向けてきた。

 ビクリ、と身を震わせるカテリーナを守るように、黒犬が聞いたことのない低い声で吠える。


 しかしそんな一触即発な状況に、ビスクドールはコロコロと笑い声をあげた。

 そして黒犬を意味深に見上げながら、楽しそうに話し出す。


「あらあら。随分とご立派な騎士振りねぇ。まさか、わたくしよりも先にソレに目を付けられているなんて、随分と有望だわ」

「マリー様」

「ふふ。おやめなさい、ヴィクトール。話が進められないわ」


 カテリーナに近付こうとするビスクドールに、不審者が制止の声を掛けるが、意に介そうともしない。それどころか不審者の威嚇を止めさせた。

 そして優雅な足取りでカテリーナたちの側に来ると、真っ直ぐと金色の瞳で見据えてくる。


「怖がらせてしまってごめんなさい。わたくしはマリー。今は人形(こんな状態)だけれど、元々は人間なのよ」

「人間……」

「ええ。それから、これはヴィクトール。わたくしの騎士よ。さて、お嬢さんはカテリーナで合っているかしら?」

「っ……、はい」


 コトリ、と首を傾げたビスクドール――マリーの言葉は、質問の形式だけれども肯定以外は望んでいない、という声だった。

 騎士ヴィクトールを当然のように従え、しかも物扱いをしているし、問い掛けの圧も凄い。間違いなく貴族だ。しかも、かなり上位の人だろう。


 本能が、逆らってはいけないと言っていた。


 震えそうになる声で応えると、マリーが嬉しそうにパチリと両手を合わせる。


「ふふ、良かったわ。貴女は、お利口さんね」

「……ありがとうございます」


 全く褒められている気分にならないが、一応褒め言葉だ。とりあえず礼を返すと、マリーはさらに機嫌良さそうに笑う。

 そして上機嫌のまま、目的を告げる。


「それで、わたくしが貴女に会いたかった理由なのだけれど。わたくしに協力してくださらないかしら?」

「協力……?」

「ええ。わたくしの代わりに、王宮へ行って欲しいの」

「王宮? なんで……?」


 わざわざマリーがカテリーナに協力を求める理由も、王宮へ行って欲しいと言う理由も全く分からない。

 訳が分からな過ぎて眉間に皺が寄ってしまう。


 不信感も露わなカテリーナに、しかしマリーはより一層嬉しそうに笑うばかりだった。


「ふふふ。お利口さんは大好きよ。王宮へ、というだけで飛びつくようなおバカさんが多くて困っていたの」

「…………」


 他人を小馬鹿にしたような物言いに、そっと少し後ろに下がる。

 カテリーナに向けて言った言葉ではないけれど、高慢な貴族らしい言動をするマリーとはあまり関わり合いになりたいものではない。


 しかし。


「動くな」

「ガウッ!!」


 ヴィクトールの冷たい声と、黒犬の低い威嚇、そして響いた金属音にびっくりして音の方を見ると。


 カテリーナの少し前の床に、刃が鋭く光るナイフが落ちていた。そのナイフとカテリーナの間には黒犬が居り、さらに黒犬はヴィクトールに対して威嚇を続けている。

 多分、ヴィクトールが投げたナイフを黒犬が防いでくれたのだろう。


 黒犬が居なかったら、一体どんな目に遭っていたのか……。


 ふるり、と恐ろしさに体が震えた。


「ヴィクトール、おやめなさい。カテリーナが怯えているわ」

「しかしマリー様。あの者は、逃げようとしています」

「だからって、女の子にすぐナイフを投げるのはダメよ。わたくしたちは、犯罪者ではないのだから」

「申し訳ございません、マリー様」

「わたくしではなく、カテリーナにお謝りなさい」

「…………すまなかった」


 物凄く、渋々という雰囲気を隠さずにヴィクトールは謝罪を口にする。

 白藍色の瞳はカテリーナを見ていないし、謝罪の言葉がマリーに向けるものと違うのもどうかと思うようなものだったけれど。


 もう本当に、この人たちと関わり合いになりたくない。

 唸り続けながらもカテリーナに寄り添う黒犬のもふもふを感じながら、口を開く。


「謝罪とか、もうどうでもいいです。私、協力出来そうにないので。もう、行っても良いですか? 朝ごはんこれからだから」

「ごめんなさいね、本当に。でも、もう少し話を聞いてくださらないかしら。貴女にとっても、悪い話ではないと思うの」

「いえ。お断りします」

「そう、困ったわ……。お話を聞いてくださらない、と言うのならば貴女のことを通報(・・)しなくてはいけなくなるわ」

「脅し、ですか?」


 通報、という言葉にマリーを睨む。

 しかし彼女はゆったりと首を傾げるだけだ。


「脅しだなんて。ただ、わたくしは義務を果たすだけよ?」

「義務って何を言っているんですか? 私、なにも悪いことなんてしていません」

「そうねぇ。悪いこと、は確かにしていないわね」

「じゃあ、なんで……」

「だって、貴女。前王の娘、王女様なんだもの」

「は……、えっ!?」


 コロコロと笑いながら告げられた言葉が、理解できなかった。

 意味のない言葉が漏れるカテリーナに、マリーはゆったりと頷く。


「ふふふ、驚くのも仕方ないわ。こんなこと、想像もしなかったでしょうから。でも、ちゃんと証拠もあるのよ?」

「証拠……」

「ええ」


 急な話に、理解が全く追いつかない。


 前王は女好きで、あちこちで子供を作っているという噂は有名だった。

 在位時には、正式に王の子と認められた4人の王子と3人の王女が居たが、それ以外にも度々王の子どもだと名乗り出る人は居た。なんなら、今も時々現れる。

 自分が、その1人だなんて考えたこともなかったけれど。


 それでも。

 女手1人で育ててくれていた(エメーリア)は、カテリーナの父親についてだけは絶対に口にしなかった。

 何度尋ねても、教えてはくれなかったのだ。


 マリーが言うことが本当ならば、母がずっと口を閉ざしていたのも、仕方ない。

 そう、どこかで納得している自分が居た。


「…………お話、聞いてくださるかしら? 朝食もご馳走するわ」


 だから。

 悠然と問い掛け、ビスクドールの美しい顔に笑みを浮かべるマリーに。




 カテリーナは、しっかりと頷いたのだった。





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