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踊る人形姫  作者: 金原 紅
第一章番外編
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番外編2.はじめての舞踏会

 芸術祭の初日の夜には貴族向けに領主主催で舞踏会が開かれる。

 そして今日、新たな王女としてお披露目されたカテリーナは今年の舞踏会での主役であった。


「緊張しているのかい?」

「はい。舞踏会とか、はじめてなので……」

「ははは。まぁ、私の足さえ踏まなければ良いよ」

「それが、すごいプレッシャーなんですけどね…………」


 とってもイイ笑顔で笑うレオナールにげんなりする。


 カテリーナにとって、レオナールは後見人だ。そして今日お披露目されたばかりということもあり、今夜の舞踏会ではレオナールにエスコートされ、さらには一緒にファーストダンスを踊るのだ。

 レオナールは叔父だし、後見人でもあるけど、決して安心できる人ではない。

 そんな人とのダンスなんて、楽しめそうにもない。


 しかも、芸術祭というエトワルトで一番のイベントで開催される舞踏会ということで、国内各所から貴族が訪れているのだという。そんな場であるから、マリーやノクスは不在なのだ。

 さっそく貴族社会での社交に参戦することになるわけだが、多分レオナールはあまり助けてくれないだろう。


 胃が痛くて仕方ない。


「さて、時間だね。行こうか」

「……はい」


 待機していた2人の前の扉が開かれる。

 そこは、煌びやかな礼装に身を包んだ人々が待ち受ける、豪華絢爛な戦場。笑顔の仮面を被った人々が一斉に礼をしながらも、カテリーナを見定めるように視線を送って来ていた。

 その視線に内心泣きつつ、王女らしい微笑みを浮かべて堂々と会場の中へと進む。


 今夜の舞踏会は領主館の一角にある大広間で行われる。

 レオナールの執務室やカテリーナたちが与えられている部屋などは無駄な装飾は一切ない、シンプルな設えだった。しかしこの大広間などがある場所はエトワルトの外から訪れた人を持て成すための場所だ。

 芸術の都の名に恥じない、カテリーナにとっては恐ろしいほどの装飾に満ち溢れていた。


 大広間のシャンデリアは稀代の職人が10年がかりで作り上げた逸品だったり、壁に飾られている絵画は国で五指に入る程有名な画家の作品だったりと、美術館にも劣らない銘品ばかりらしい。

 先程待っている間にレオナールが愉しそうに笑いながら教えてくれた。


 色々な意味で恐ろしい舞踏会の開会をレオナールが告げ、カテリーナも簡単に挨拶を行う。

 そしてあっという間にダンスの時間となる。

 レオナールに導かれ、大勢の貴族に見つめられながらも大広間の中央でワルツのステップを踏む。


「…とりあえず、ここまでは問題なさそうだね」

「マリーの特訓のたまものです」

「ははは。彼女のしごきは地獄だったろう?」


 金色の瞳に甘やかな色を乗せ、艶やかな笑みを向けて睦言のように言うことは酷い。

 レオナールは優雅な所作でカテリーナをリードする。今日初めて一緒に踊るけれど、ビックリするほど踊りやすい。流石、長年貴族社会を渡り歩いてきた人物だけあるのだろう。


 曲も終盤に差し掛かり、ターンをしながらレオナールは周囲へと視線を送る。


「今日の参加者には宰相派は基本的には居ないよ。だから、あの子の教えの通りに振舞えば問題はないだろう」

「はい」

「うん。じゃあ、私の役目はここまでだ。後は、自分で頑張るんだよ」

「え……」


 にっこりと甘やかな笑みを向けたレオナールは曲が終わるとダンスの輪から抜け、多くの貴族が待つ場所へと向かう。そして領主と話をしたい人々がレオナールを取り巻くのに合わせ、自然な様子でカテリーナを1人置き去りにする。

 もちろん、今日初めて出てきた王女カテリーナにも多くの人が集っている。


 手厚く社交を介護してくれるとは思っていなかったけど、ここまで思いっきり放り出されるとまでは想像していなかった。

 引き攣りそうになる笑みを必死に整える。

 そしてカテリーナは1人、次々と訪れる人々への対応するハメとなったのだった。


   § § § § §


 日付が変わる少し前になり。

 まだ若いカテリーナは舞踏会から解放され、部屋へと戻って来ていた。


「つ、かれた………………」

「お帰り、カテリーナ」


 部屋でちゃんと大人しく待っていたらしいノクスにぎゅうと抱き締められる。

 大きな体に包まれ、ほっと息を吐く。


「知らない人ばっかりで、凄く緊張したよ……」

「ああ。知らない人間の匂いが沢山する」

「匂い!?」


 ビックリして顔を上げると、不機嫌そうな青紫色の瞳と合う。

 すりり、と頬を撫でたノクスは低い声で言い募る。


「マリーの手助けをするためには仕方ないことだとは分かっている。だが、やはり俺以外の人間がカテリーナに触れるのは、不快だ……」

「ノクス……。ダンスを踊るためでも、なの?」

「ああ」


 ムスッとした様子で再びカテリーナを抱き締めるノクスは、凄く拗ねているようだ。

 舞踏会で沢山会った、内心を読むことが出来ない笑みよりもとても安心出来て、好ましい表情だ。思わず笑いを零すと、もっと機嫌を損ねたらしいノクスがぎゅうぎゅうと強く抱き締めてくる。


「ちょっとノクス、苦しいって」

「カテリーナが悪い」

「ふふ、ごめん。ほっとしたから」

「どういうことだ?」

「えっと、貴族の人って、口では優しいこと言ってても何を考えているかやっぱり分からなくってさ。そんな人が沢山だったから、ノクスの素直な反応に安心したの」

「そう、か」


 少し腕の力を弱めてくれたノクスの背中にカテリーナも腕を伸ばす。

 そっと抱き返し、安堵の息を吐く。


 レオナールの言う通り、今日の舞踏会の参加者の中には悪意を持ってカテリーナへと近付く人は居なかった。

 でも皆、カテリーナのことを品定めする目で見ているし、会話もカテリーナを試すようなものが多かった。沢山の人とダンスも踊ったけれど、楽しめるものではなかった。


 穏やかな空気が流れるこの部屋にまで、微かに音楽の音が聞こえて来る。

 カテリーナは解放されたけど、まだ舞踏会は続いているのだ。


「ねぇノクス。一緒に踊らない?」

「疲れているんじゃないのか?」

「うん。だから、1曲だけ。……ダメかな?」


 そろり、と見上げると褐色の肌をほんのりと紅く染めたノクスが嬉しそうに微笑む。色気も漂う笑みだが、背後にはブンブンとご機嫌に振られる尻尾が見える気がする。

 可愛らしい反応にカテリーナも自然と笑みが零れていた。


「それじゃあ、少し待ってくれ」

「え? ……わ、お花が」

「折角なら、綺麗な方が良いだろう?」

「うん。ノクス、ありがとう」


 1日身に着けていて少し草臥れてしまっていた花を、ノクスの力で綺麗にしてくれたのだ。その効果でお花が全体的に淡い青紫色の光を放ち出し、幻想的な雰囲気が増していた。

 そしてノクスがカテリーナの手を取り、指先に口付けを落とす。


「一緒に踊ってくれないか、カテリーナ?」

「はい、喜んで」


 笑顔で手を握り返す。

 そっと引き寄せられ、腰に添えられる大きな掌が温かい。


 決して広くはない、客間の中。風に乗って聞こえて来る微かな音楽に乗せて、カテリーナとノクスは踊り出す。

 限られたスペースしかないから、くるりくるりと何度もターンを繰り返すばかりのものではあった。

 それでも。


 穏やかに笑い合いながら過ぎていく2人だけの舞踏会は、楽しい時間だった。




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