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踊る人形姫  作者: 金原 紅
第一章 エトワルトのお人形
27/31

27.束の間の休息と5

 体を清めたカテリーナが眠ったのを見届け、ノクスは静かに部屋を後にする。

 あんな恐ろしい目に遭ったカテリーナを一人にはしたくなかったし、初めてカテリーナから口付けを贈られたのもあったから本当は彼女から離れたくはなかった。しかし、あんな事があったからこそ、今日中に片付けなくてはいけないこともあるのだ。


 移動した先、領主の執務室でマリーやカウィに囲まれたレオナールを見る。


「それで、ソレの言い分は?」

「あは、夜の怒ってるねぇ」

「ノクス……。カテリーナは良いのかしら?」

「先程眠ったからな。だがあまり離れていたくない。さっさと片付ける」


 ノクスの冷えた視線を受けても、レオナールは堪えた様子はない。

 ゆったりと椅子に座り、柔らかな笑みさえ浮かべていた。


「夜の王、この度はご協力いただきましてありがとうございます」

「協力?」

「ええ。我が街、いえこの国にとって彼らは害をもたらす存在でした。ですが、今夜捕まえたあの男のおかげでそれを一掃できます」

「だからといってカテリーナを囮にするなんて叔父さまは何を考えているのです? カテリーナに何かあったら、この街が消滅してもおかしくなかったのですよ」

「ははは、そんなわけないだろう」


 朗らかに笑うレオナールは出来の悪い子どもに対するような目でマリーを見る。かなり苛立たしい目だ。

 マリーは表面上は笑みを維持しているけれど、口元がヒクヒクしていた。


「魔族の執着は人間の比ではない。その対象が攫われたのならばどんな方法を使ってでも探し出すさ。実際、無事にカテリーナは助け出せている」

「しかし、それは結果論ですわ」

「そうだね。でも、元々この件で私の助力を仰いだのは君だろう、マルグリッタ。君の問題と一緒にこの街の益を求めて何が悪い?」

「それは……」


 ぐっと言葉に詰まったマリーにレオナールは楽しそうな笑みを向ける。

 アイボリーの髪の毛を揺らして首を傾げ、さらに続ける。


「そして君たちが王宮へ行くためには私の力はまだ必要だ。ここで私を殺すわけにもいかない。さぁ、どうしようかね?」

「……たちが悪いな」

「ははは、お褒めにあずかり光栄です、夜の王」


 心底愉しそうなレオナールにノクスは舌打ちを返す。

 ノクスの心情を優先するのであれば、今すぐレオナールを処分してしまいたい。しかしそれではマリーの呪いを解かせる、という目的のために王宮へ行くことが難しくなる。

 正直ノクスとしてはマリーのことはどうでもいいのだが、カテリーナが彼女を助けたいと願っているのだ。それならばノクスとしてもマリーに協力するしかない。


 恐らくレオナールはそこまでも織り込み済みなのだろう。

 本当に腹立たしい。


「それならば、誓約を結べ。今後カテリーナを害さない、害すような企みをしない、と」

「ははは、大層なご寵愛振りですね。……ええ、仰せのままに」


 胸に手を当てて従順に礼をするレオナールの喉を乱暴に掴み、誓約を刻み込む。

 夜色の光がレオナールの首回りを一周し、静かに染み込んでいった。


「誓約を破れば、その印がお前の首を絞めるだろう」

「ええ。承知致しました」


 自身の首元に手を当てたレオナールは、しかしどこか楽し気だ。

 どこまでなら誓約を掻い潜れるか、自分の命を担保に無謀な賭けでもしそうだ。そうなったら面倒極まりない。


 ぐぐっと眉間に皺を寄せ、ノクスはレオナールへと厳命する。


「……余計な真似はするな」

「ははは、勿論ですとも」


 にこやかな返答は今ひとつ信じられるものではない。しかしこれ以上念押ししたところで意味もないだろう。

 ノクスはため息を落とし、レオナールの執務室から姿を消す。

 早くカテリーナの元に戻りたいのだ。無駄な時間を過ごしたくない。


 そしてノクスが移動した先は、真っ暗な空間。

 天井も床もなくただ暗闇が広がるそこに、囚われている人物が居た。


「うっわー夜の、趣味悪いー」

「五月蝿い。騒々しいのは不快だからこのくらい当たり前だろう」

「まぁ、そうだけどさー」


 一緒について来たカウィがケタケタ笑いながらその人物を眺め回す。闇の中だが、魔族のカウィとノクスには関係ない。

 暗闇の中で囚われているのはアンゼリカだった。体と口を闇に絡め取られ、磔のような形で暗闇の中宙に浮いている。


 あの倉庫で回収したあと、この異空間に闇で拘束していたのだ。

 数時間程度しか経過していないが、この空間では闇しかない。音も光もない空間にしばらく放置されたアンゼリカは、早くも壊れかけていた。

 青色の瞳は虚に宙を見上げ、ノクスたちがやって来たことにも気付いていない。


「享楽の、さっさと済ませたい。術を掛けろ」

「はーいはい。壊れかけてるのだとめんどくさいんだよなー」


 ブツブツと文句を言いつつもカウィがアンゼリカに目を合わせたのを見て、口元を覆っていた闇を外す。

 念のため、この女が何を企んでいたのか確認しなくてはいけない。


 カウィの瞳がオパールのように妖しく煌めき、アンゼリカはそれに魅入られるように真っ直ぐ見つめている。


「やぁ、おはよう。気分はどうだい?」

「わたくし…………」

「んー? どーしたの?」


 甘ったるい声でカウィが問い掛ける。

 カウィの精神操作は相手を自身のしもべへと変えるが、悪い扱いをすれば術から覚めてしまいやすくなる。だからこそカウィは優しくアンゼリカに接しているが、その様は何とも気味が悪い。


 軽く眉を寄せ、ノクスは一歩下がる。


「わたくし、夢のようですわ」

「そっか~。うん、じゃあ僕にもっとキミのこと教えてよ。例えば、カテリーナとはどんな関係なの?」

「カテリーナ……、あの田舎娘! 目障りな女。貴方様も、あの女が良いのですか!?」

「あっはは、そんなにキライなんだぁ。ううん、僕は別にあの子のことはどうでもいいんだけどさ。キミとの関係が気になってるんだ。なんで、そんなにキライなの?」

「いつも、わたくしが欲しいと思うものの側には、先にあの女が居るの。気に入らないわ。しかも田舎の小娘が王族だなんて、認められる訳がない! なんで、あの女が!!」


 ヒステリックに叫ぶアンゼリカの声はとても耳障りだ。

 カウィが精神操作で心のうちに隠しているものもさらけ出すように誘導しているというのもあるが、この女の考え方は醜く、不快だ。


 しかしカウィにとってはこういった自分勝手な存在は大好物だ。心底愉しそうに、ニンマリと笑む。


「そっかぁ、気に入らないなら仕方ないねぇ。じゃあさ、今までカテリーナにどんなことしてあげたの?」

「ふふ、あの女には色々とプレゼントを差し上げていましたの。ちょっとした毒薬とか、刃物とか程度でしたけど。でも全く身の程をわきまえないから、棲み処だった劇場から追い出してやりましたわ。あと、あの女は大した才能もないのに歌劇に携わることに必死だから、この街で歌劇に関われないようにお父さまにして貰ったの」

「へぇぇ、毒薬とかも。今夜はどうするつもりだったの?」

「女としても人間としても尊厳を踏み(にじ)って、生まれてきたことを後悔させてから殺して差し上げるようにお願いしていたわ」


 嬉し気に不愉快なことをさえずり続けるアンゼリカに我慢の限界だった。

 闇を操って口を覆い、強制的に黙らせる。


「あ~! ちょっと、夜の。なんで黙らせちゃうのさ~」

「ここまで聞ければ十分。これ以上は不快だ」

「ほんっと、夜のは短気だよなぁ。……ま、イイよ。思った程独自性もなくて面白くなかったし」


 先程まで喜々として遊んでいたように思うが、あっさりカウィは興味を失ったらしい。

 アンゼリカに背を向け、ゆらゆらと体を揺らす。


「それで~、コレどうするの? 殺す?」

「俺としてもさっさと消し去りたいが……、殺すのはカテリーナが嫌がりそうだ。どうしたものかな」


 酷薄に笑い、ノクスはアンゼリカへと冷たい視線を向ける。

 口を闇に覆われ、恐怖でノクスの精神操作が解けたのだろう。みっともなく涙で顔をぐちゃぐちゃにし、何やら喚いている様だが全ては闇に飲み込まれている。


「それなら、僕にちょうだいよ。丁度、こーいうので遊ぶのが好きな子がいるから」

「享楽のの眷属に下げ渡す、ということか?」

「そ! 眷属を満足させるのも王としての仕事デショ?」


 うきうきと愉しそうに嗤うカウィは、本当に趣味が悪い。

 しかしアンゼリカに関してはノクスの領域で片付けるよりも、カウィの方に渡した方が良いだろう。享楽の眷属は総じて、碌なものではない。悪意の塊ばかりだ。


「……好きにしろ」

「やった! じゃあ、呼んじゃうね。サーディウス、おいで~」


 カウィは気の抜けた声で眷属の名を呼ぶ。

 その途端に何者かがここに渡って来ようとするのを感じ、空間へ入る許可を与えてやる。この空間はノクスの支配領域だから、系譜の王が呼んだとしても眷属が入り込むことも出来ないのだ。


 そして現れたのは、長い黒髪を背中に流した青年の姿をした魔族。

 わざとらしいまでに丁寧な礼を取るサーディウスという魔族は、なかなか性格が悪そうだ。


「お呼びですか、我が君」

それ(オモチャ)をキミにあげる。たっぷり、可愛がってあげて?」

「謹んで、承りました」


 雑にアンゼリカを指差すカウィに対し、サーディウスは再度丁寧な礼を返した。

 そしてアンゼリカの頬へ愛し気に手を伸ばし、美麗な笑みを向ける。


「我が君が下さったのです。たっぷり、可愛がって差し上げますね?」

「~~~!」

「ふふふ、喜んで頂けているようで大変喜ばしい。では、コレを連れて帰りますので、夜の王」

「ああ。好きにするが良い」


 何やら喚き続けている気がするから口元の闇だけはそのままに、アンゼリカの体を解放する。

 それをすかさず拘束したサーディウスが丁重な礼をして消えていく。きっと、彼の領域へと戻ったのだろう。


 不快な存在が消えて清々したノクスはふと気まぐれにカウィへと問い掛ける。


「そういえば、先程のはどういった者なんだ?」

「んふふ、気になっちゃう~?」

「…………いや、いい」

「もー! 夜のはノリが悪いなぁ。サーディウスはねぇ、生意気なのを丁寧にへし折りながら、望むことを決して与えてあげないけど、最終的に快楽堕ちさせる系だよ」

「そうか…………」


 やっぱり禄でもない。

 眉間に皺を寄せ、ノクスはため息を落としたのだった。




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