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踊る人形姫  作者: 金原 紅
第一章 エトワルトのお人形
26/31

26.束の間の休息と4

 狭い倉庫の中を、夜色の激しい風が吹き荒れる。

 置かれていた木箱を破壊し、人をも薙ぎ倒すその風は、しかしカテリーナには影響を及ぼさなかった。そしてその風によってのし掛かっていた男たちが吹き飛んだ後、いつの間にか来ていたノクスに抱き上げられ、ぎゅうと力一杯抱き締められた。


「…………、ノクス」

「カテリーナ、すまない。怖い目に遭わせた」

「ううん。私こそ、ノクスの言うこと、聞いとけばよかった。…………来てくれて、ありがとう」


 震える手でノクスに手を伸ばす。きゅっ、と彼の服を掴んで息を吐く。


 強く抱き締めてくれる腕に、安堵する。

 なかなか止まらない涙がノクスの服に染みていく。申し訳ないと思うけど、今はどうしようもなかった。


「あー、もう! 無事で良かったけど、夜の、いい加減に力止めてよ! ココ崩れちゃうよ!」

「っ……!」

「五月蝿い、カテリーナが怯えてるだろう」

「もー! なんで僕がこんなヤツら守ってやんなきゃいけないのさ」

「それらは大切な証人だもの。死なせては困るわ」

「マリーも人使い荒いー!!」


 ぎゃあぎゃあと文句を言っているカウィは凄く賑やかだ。さっきまで心を満たしていた絶望感がどこかに飛んでいってしまった気がする。

 まだ止まらない涙を手で拭って顔を上げる。


「ノクス、大丈夫だから風止めて?」

「ああ」

「カテリーナ、これを使いなさい」

「マリー……、ありがとうございます」

「こんな目に遭ったばかりだもの。無理はしなくて良いわ」


 金色の瞳に気遣うような色を浮かべているマリーがハンカチを渡してくれる。繊細なレースや刺繍が施されたそれで涙を拭うのはちょっと躊躇われるけど、有り難く使わせてもらうことにする。


 そして少し落ち着いたカテリーナが周囲を見回すと、そこは酷い有様だった。

 元々薄汚い場所ではあったけど、今はバラバラになった木箱の残骸や中身が散乱し、さらに全身傷だらけな男たちがあちこちに転がっている。壁や床にも巨大な獣の爪で抉られたような傷が沢山出来ていて、この部屋が崩れずにいるのも不思議な状態だ。


「アンゼリカは……? 少し前まで、そこにいたんだけど……」

「あの女が?」

「うん……」

「あ、ソレってこいつらー? なんか部屋の外に居たからとりあえず意識奪っといたよー」


 にへらと笑ったカウィが指差すのは、部屋の入り口辺りに転がされている男女。アンゼリカと案内係だった軍服の男だ。

 彼らが逃げる前に捕まえられたことにホッと息を零す。そして震える指で軍服の男を指し示す。


「その男の人が、この場の責任者、みたいです。"主の命令"、と言って他の人に指示をしてたので」

「そう。主が誰、とかどんな命令、とか言ってなかったかしら?」

「誰とは言ってないですが……。私の存在が邪魔、と言ってたのできっと、ラクリス侯爵の関係者かと」

「分かったわ。教えてくれてありがとう」

「ひひ、じゃあこっからは僕の出番だね~!」


 うきうきと満面の笑みを浮かべたカウィが男へと近づいていく。

 不穏なその様子に抱き上げてくれているノクスへと身を寄せると、そっと背中を撫でられた。


「先に帰るか?」

「……ううん。私も、知りたいから」

「そうか。だが、無理は駄目だ。場合によっては先に帰すからな」

「うん。…………ありがとう」


 カテリーナたちがそんな話をしている間に、ヴィクトールが軍服の男を少々乱暴に引き起こしていた。そして意識の無い男の顔を両手で掴んだカウィが何やら上機嫌に歌い出す。

 はっきりとは聞き取れないけど、ひたすら不穏な単語が並んだその歌がひと段落したとき、男がぼんやりと目を開く。


「やぁ、おはよう。気分はどうだい?」

「……何だか、今までで1番スッキリしてる気がする」

「そっか! よかった」


 にっこりと笑ったカウィの瞳がオパールのように煌めく。

 軍服の男は案内係に扮していた時とも、この部屋に来た時とも違う満面の笑みを浮かべている。明らかにまともな様子では無い。


 男が浮かべる子供のような無邪気な笑みに恐ろしさを感じて、ノクスに囁く。


「……あれは?」

「享楽のの精神操作だ。あの状態ならば奴の好きに操れる」

「カウィの……」


 前に一瞬カテリーナも掛けられかけたやつだ。本当に、あの時はノクスが遮ってくれてよかった。


 男の顔に手を添えたまま、カウィは楽しそうに問いかける。


「じゃあ今夜のお仕事のコト、教えてくれる?」

「ああ。血塗れ姫が新しく見つけた駒の排除だ。国を乱す問題が起きる前に、速やかに消さなくてはいけない」

「そっかー。お前にその命令をしたのは?」

「宰相閣下だ」

「わぁ、そうなんだ! 直属のお前が直接動くなんて、よっぽどだったんだねぇ」

「披露までもう時間がなかった。もう、他に任せていられなかったからな」

「もうすぐ披露ってことまで知ってたんだ! 誰の情報なんだい?」

「領主館の侍女のマリッサだ。芸術祭で小娘を披露することも、今夜小娘のために領主が歌劇の手配をしたことも彼女が我々に教えてくれた」

「へぇぇ、マリッサね。じゃあ、こっちのお嬢さんは? なんでココにこのまでいるの?」

「この女は、協力者の娘だからと無理矢理介入してきただけだ。早く小娘を殺さなくてはいけないのに、凌辱しろと我儘言うのに辟易としていた」

「そっか。うん、もういいよ。……おやすみ」


 優しくそう言ってカウィは男から手を離す。引き起こしていたヴィクトールもさっさと離れ、ゴトンと痛そうな音を立てて男は床に転がる。

 しかしそんな状態でも男はどこか幸せそうな笑みを浮かべて目を閉じている。眠っているようだ。


 重い空気が支配する部屋の中、マリーが深々とため息を吐いた。そして頭が痛そうな様子で嘆く。


「……絶対、叔父さまはマリッサという侍女がラクリス侯爵派だと知っていたわね」

「そう、なんですか?」

「ええ。わざと情報を流して泳がせていたのでしょう。明確な証拠を得るために」

「それじゃあ、今日歌劇のチケットをくれたのは……」

「叔父さまの策略、でしょうね……」


 マリーの言葉に顔を顰めてしまう。カテリーナを抱き上げるノクスの腕にも力が入っていた。


 マリー自身も凄く嫌そうな顔をしている。彼女は知らなかったのだろう。

 そしてカテリーナを真っ直ぐ見上げ、深々と頭を下げる。


「ごめんなさい。魔族の王が気に入っているカテリーナを危険に晒すわけがない、なんて常識に囚われたわたくしのミスよ」

「マリー……」

あの(・・)叔父さまがそんな常識ことを意に介すはずがなかったのだわ」

「あはは……」


 なかなかマリーの言い方がヒドイ。

 常識外れな人が領主なこの街は大丈夫なのだろうか……。そんな関係ないことを少し考えてしまう。


「今日のわたくしたちの外出も、叔父さまからの依頼だったの。カテリーナたちの外出を止められないようにするためでしょうね。確かにこの男を捕まえられたから、叔父さまとしては万々歳なのでしょうけれど……」

「不愉快だな」


 ノクスが低くそう言い放つ。そして片手を軽く振るった。

 その途端に、部屋に転がっていた傷だらけの男たちが闇に飲まれて姿を消した。


「っ!?」

「ありゃ~、消しちゃったかぁ」

「……ノクス。怒りは分かるけれど、それ以上貴方で処理するのは止めて頂きたいわ」

「その男はくれてやる。だがそれ以外は俺の領分で処分する。魔族として、自分の領域を侵されて放置はできない」

「……分かりました」


 軍服の男を残し、残っていたアンゼリカも闇に飲まれて姿を消す。

 冷え冷えとした怒りの空気を放つノクスに、マリーも折れたようだ。再度頭を下げてノクスの言い分を受け入れる。


「それじゃ、とりあえず帰ろっか。いい加減きったないココ嫌だし」

「そうだな。カテリーナを休ませたい」

「ええ。叔父さまの件はわたくしの方で処理しておくわ。カテリーナはゆっくり休んで」

「……ありがとうございます」

「じゃあ、行くぞ」


 ノクスがそう声を掛けた次の瞬間には、周囲の空気が変わっていた。

 先程までいた部屋の埃っぽい空気ではなく、程よく温められ花の良い香りもする。領主館でカテリーナに与えられている部屋だ。


 そっとベッドへと降ろされた。

 緩く握った手に、ノクスは額を付けて項垂れる。


「カテリーナ。無事で、よかった……」

「……ノクス。助けに来てくれて、ありがとう」


 しかしノクスはふるふると首を振り、顔を上げてくれない。


「カテリーナが歌ってくれるまで、見つけられなかった。カテリーナがこの前の約束を覚えてくれたから駆け付けられたが、俺だけでは助けられなかった。……守れなくて、すまない」

「ノクス……」

「俺は、もうカテリーナ無しでは生きられない。カテリーナを失ってしまったら、生きている意味が無くなってしまう」


 重いその吐露に、カテリーナは言葉を返せない。

 ノクスにとってそこまで自分が重い存在となっているだなんて、理解して(わかって)いなかった。


 でも、そう言って項垂れ続けるノクスは嫌だった。

 そっと紫黒色の髪の毛を撫で、歌を口にする。


 愛しているからこそ、どうか生きていて欲しい。そう願う、『妖精姫』の王子の歌だ。


「カテリーナ……」

「私はまだ、ノクスが私を想ってくれるのと同じくらいまでではないと思うけど。でも、ノクスには笑っていて欲しいって思うの」


 やっと顔を上げてくれたノクスの青紫色の瞳を見つめる。

 あの倉庫で、絶望の中に居たカテリーナにとっての希望だったその瞳。


 それを見つめ、笑みを浮かべる。


「ノクス。ただいま」


 そっと、ノクスの唇へ自身の唇を重ねたのだった。




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