24.束の間の休息と2
目を覚ますと、そこは見知らぬ倉庫のような場所だった。
周囲には木箱が乱雑に積まれ、砂ぼこりでざりざりしている石の床にカテリーナは転がされていた。
「なにが……」
小さく呟いて起き上がろうとしたところで、腕と足が動かないことに気が付く。
体を捩ったり丸まったりして確認したところ、どうやら足首と手首を縄で縛られているようだ。しかもご丁寧に手は後ろ手に縛られていた。
しばらくジタバタと藻掻いて、ドレスを埃まみれにしたうえ、頬や腕とかあちこちに傷が出来たが何とか起き上がれた。
木箱に背中を預けてため息を吐く。
「ふぅ……。でもこれ以上は動けなさそうだし、どうしよう……」
立ち上がれる気もしないし、もし立ち上がれても逃げられはしないだろう。石造りの狭いこの部屋にはカテリーナの正面にある扉以外には、高い位置に小さな明り取りの窓しかないのだ。
劇場の案内係と思っていた男に意識を奪われ、縛って放置されているということから攫われたのだろう。あの場所にアンゼリカが居たことの理由とかは分からないけど、良い理由ではないと確信している。
そして攫ってきた人間を置いておく部屋の扉がフリーになっているとは思わない。見張りとかも居るかもしれない。
カテリーナは深窓のご令嬢ではないけれど、あくまでも元は一般庶民だ。縄抜けとか戦闘とかが出来る人間ではない。
自力でここから脱出するなんて、不可能なのだ。
「どうしたらいいんだろう。ノクス……」
国で一番の劇場だから安全だと思い込んでいた。
こんなことになるなら、恥ずかしいとか思わずにノクスの言うことを聞いておけばよかった。
後悔と不安と、恐怖。
胸の中に渦巻く感情にじわり、と涙が滲むけど泣いていてもどうにもならないのだ。
意識して深く呼吸を繰り返し、考える。
待っている、と送り出してくれたノクスの青紫色の瞳を思い出す。
彼の元に戻るには、どうしたらいいのだろうか。
「………………そうだ、歌なら」
この前魔の森に連れて行ってくれた時、ノクスは言っていた。「カテリーナの歌ならばどれ程離れていても聴こえる」と。
きっと、気付いてくれる。
そう信じて、カテリーナは歌い出す。
「~~♪」
ノクスと出会うきっかけとなった歌だ。
あの時も、昏闇の森で寝ていたというノクスに届いたのだ。この歌も、届いてくれるはずだ。
そう信じて、でも攫った人間に気付かれるのは怖いから囁くような小さな声で歌を歌う。1度歌い切っても、何度も繰り返し。
どうか、気付いて。
そんな気持ちを込めて歌い続ける。
すると――。
「お目覚めでしたか」
「こんな所でまで歌っているだなんて、貴女は随分とおかしいのね。それとも恐怖で狂ったのかしら?」
「っ……!?」
不意に扉が開かれ、そんな言葉をカテリーナに投げつけながら部屋に入って来たのは案内係だった男とアンゼリカだ。さらにその後ろには体格の良い男が数人従っている。
案内係だった男は劇場の制服から軍服めいた服装に代わっており、他の男たちに何やら指示を出している。どうやらこの場の責任者のようだ。
男は特徴のあまりない顔をカテリーナへ向け、感情の籠っていない声で告げる。
「私としては貴女に何の恨みなどはないのですがね。主にとって貴女の存在は非常に都合が悪い、ということで死んでいただきます」
「ちょっと貴方、ただ殺すのでは嫌よ? たっぷり痛めつけてからにしてちょうだい」
この場所に相応しくない、いつも通りの豪奢なドレスを纏ったアンゼリカがそう言いながらカテリーナへと視線を送る。
青い瞳には仄暗い憎しみの色が宿り、どろりと澱んでいる気がした。
今までアンゼリカがカテリーナを見る目は見下したようなものではあったけど、こんなに酷いものではなかった。あまりにも悍ましいその瞳の色に、カテリーナは体をふるりと震わせた。
しかしそんなカテリーナの様子はアンゼリカを喜ばせることでしかないようだ。
にんまりと紅色の唇を吊り上げ、男へとさらに言い募る。
「殺すなら、女としても人間としても尊厳を踏み躙って、生まれてきたことを後悔させてからが良いわ」
「全く困ったものですね。あまり時間もないのですが……」
「この場所を用意したのも我が家なのよ? そちらの都合ばかり優先されるのは約束が違うわ」
「はぁ……、この街でお嬢さまの家に貢献して頂いたのも事実。仕方ないですね、仰せのままに」
わざとらしくため息を吐いた男はアンゼリカへ慇懃に礼をする。
そして後ろに控えていた男たちへと指示を出す。
「とりあえず犯して差し上げなさい。ただし、手短に。あとは適度に痛めつければ良いでしょう」
「へい」
「では、私は外に出ています。お嬢さまはどうされます?」
「そうねぇ。あの女が泣き叫ぶところは見たいけれど……」
そんな悪趣味な会話をするアンゼリカたちを背後に、男たちがカテリーナへと近付いてくる。
縛られているせいでうまく身動きも出来ないけれど、必死に後退る。あちこちぶつけたりして傷が出来ても構っている暇はない。
そんなカテリーナに男たちは下卑た笑いを浮かべ、わざと恐怖を煽るようにゆっくりと手を伸ばす。そして結局はほとんど逃げることも出来なかったカテリーナの足を引っ張り、乱暴に床へと引き倒す。
「いやっ…………!」
「まぁ、楽しもうぜ」
ドレスの破かれる音と共に、肌へと触れる知らない掌に涙が溢れたのだった。