20.いざ対面
そして迎えた領主さまとの面会の日。
この日ばかりはマリーの協力者である侍女たちがやって来て、カテリーナの身支度を手伝ってくれた。
おかげで早朝から全身を磨かれ、髪や肌に色々塗り込まれたりもみくちゃにされ、お屋敷を出発する前からカテリーナはぐったりとしていた。
「ふふ、カテリーナ綺麗よ」
「ありがとうございます……」
「ワフ!」
「ノクスも、ありがとう」
今日は領主さまに会うために領主館へ行くのだ。誰に出会うかも分からないということで、ノクスはとりあえず犬の姿で同行することとなっていた。
疲れすぎてノクスを撫でて癒されたいところだけれど、ドレスを汚してはいけない。魅惑のもふもふを目の前にしながら触れないのは悔しいけれど、我慢するしかない。
今日のドレスはお茶会など日中の催し用に準備していた、水色を基調とした清楚な雰囲気のものだ。装飾には白いフリルやリボンが使われているし、全体的に薄い色だからノクスの紫黒色の毛が付いたらとても目立つだろう。
髪の毛は若い娘らしく結い上げずに緩やかな編み込みを作ってハーフアップにして、ドレスと似た雰囲気のリボンで飾っている。アクセサリーも身に着けているのは先日ノクスに贈られたブレスレットだけで、比較的シンプルな装いだ。
薄っすらと化粧を施され、マリーに教えられた通りに佇むその姿は貴族令嬢としても通るだろう。
相変わらずの全身を覆う漆黒の外套と銀色の仮面を着けたヴィクトールに抱きかかえられ、マリーは満足そうに微笑んだ。
「さて、準備は出来たのならば行きましょう」
「……はい」
「ふふ、今まで教えた通りにすれば大丈夫よ」
「ガンバリマス……」
「ワフ」
「……先が思い遣られるな」
マリーの励ましはむしろプレッシャーだ。
カチコチに緊張してぎこちなく歩くカテリーナに、ノクスが励ますように吠え、ヴィクトールが呆れた様子でため息を零したのだった。
§ § § § §
滞在していたお屋敷は領主館のある場所のすぐそばではあったけれど、歩いて移動するなんてことはない。
3人(?)と1匹で馬車に乗り込み、領主館の裏口から中に入る。正式に面会の約束を取り付けてはいるけれど、本来ならば居るはずのない存在であるマリーが真正面から入るわけにはいかないのだ。
そして人払いがされているのか、案内以外の人に会うこともなくひと際豪華で立派な扉の部屋へ通されたのだった。
「ようこそ。さぁ、そちらに座るといい」
「ありがとうございます」
その部屋で待ち受けていた男性――この街の領主であるレオナールに勧められ、ソファーへ腰掛けた。
アイボリーの巻き毛と金色の垂れ目を持ったレオナールは、事前にマリーから聞いていた50歳とは見えない若々しく、甘く整った顔立ちだった。
そして甘い笑みを浮かべ、優しげにマリーへと声を掛ける。
「久しぶりだねマルグリッタ。相変わらず元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです、レオナール叔父さま。この姿を見て元気そうだなんて、目をお医者様に診て頂いた方が良いのではないかしら。あぁ、そういえば随分と足元も見えてなかったご様子ですし、お歳かしら?」
「ははは、本当にマルグリッタは怖いなぁ。私はこの街を治めているといっても支配しているわけではないからね。住民を隅々まで把握しているわけではないし、瑣末なことには関与しない方針なんだ」
「ふふ、相変わらず、興味がないことには指先一つお動かしにならないのね」
「さて、なんのことかな」
マリーとレオナールは表面上はにこやかに、しかしとても冷ややかな嫌味合戦を繰り広げている。とても恐ろしい。
カテリーナはマリーを抱いたヴィクトールの隣でじっと笑顔を保つことしかできない。
しかし残念ながらカテリーナは今日の主役でもあるのだ。
一通りマリーとやり合ったレオナールがカテリーナへと目を向ける。
「それより。そちらのお嬢さんが君の新しい妹かい?」
「ええ。この街で見つけた叔父さまの新しい姪ですわ」
チクリと嫌味を挟みつつ、マリーからそっと目で合図を送られた。
慎重にソファーから立ち上がり、特訓した通りにカーテシーを披露する。
「お初お目に掛かります、カテリーナと申します」
「初めまして、私はレオナールだ。ここまでのやり取りに特に驚かない、ということはマルグリッタのことはもう知っているのかい?」
「はい」
「へぇぇ。それほどマルグリッタに信頼されているとは、余程有望なようだね」
「ええ。カテリーナはとても良い子なの」
「ははは。10年という時間に焦れて判断基準が緩んでいなければ良いけれどね」
「ふふふ、ご冗談を」
またマリーとレオナールが冷ややかな笑みを交わしている。
本当に怖い。
少しカテリーナが笑みを引きつらせると、レオナールが片眉を跳ね上げた。
「おや、カテリーナ。どうかしたかい?」
「っ、いいえ、何も……」
「叔父さま、カテリーナを虐めないでくださいな。彼女の騎士が怒りますよ?」
「ああ、そうだった。夜の王、失礼致しました。彼女を害するつもりはございませんよ」
そう言いながら立ち上がったレオナールが犬の姿のノクスへ恭しく礼を取る。
マリーが事前に情報を共有しているとは思えないから、レオナールも独自のルートで情報を得ていたのだろう。
その対応にポフン、いう音を立ててノクスが人の姿になる。
「……どうだかな。だが礼は受け取ろう」
「寛大なご判断、ありがとうございます」
「ふん……。カテリーナ、大丈夫か?」
にこやかなレオナールに対してノクスは尊大な態度で微かに頷いた。
そしてカテリーナを抱き寄せ、ソファーへと座ってしまう。
「ええ。ってノクス!」
「ははは、構わないよ。夜の王は私の血に流れる魔女の系譜としても上位の王だからね」
「分かっているのならば良い」
「ええ、勿論です。……さて、これ程まで夜の王が気に掛けているのだからカテリーナは間違いなく王族だね。君たちの望み通り、王女として王宮へ連れて行こう」
「ふふふ、流石叔父さま。判断が早くて助かるわ」
「はは。私としても君たちが王宮にどんな波乱を呼び起こすか、とても楽しみにしているよ」
あはは、うふふとマリーとレオナールは笑い合う。両者ともに麗しい笑顔だが、部屋には冷ややかな空気が満ち溢れていた。
カテリーナは自分の腰を抱くノクスの腕の力強さを心の支えに、引き攣った笑みを浮かべるのだった。