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踊る人形姫  作者: 金原 紅
第一章 エトワルトのお人形
18/31

18.新月の真実

 街のレストランで夕食も済ませ、カテリーナたちはマリーから渡されたカードに書かれていた住所へとやって来ていた。


「ここなんだろう? 入らないのか?」

「そうなんだけど……。まさか、こんな場所なんて思わなくって」

「そうか?」

「うん……」


 カテリーナの目の前にあるのは白を基調とした瀟洒なお屋敷。上品ながらも細かな装飾が随所に施されたとても立派なお屋敷だ。

 しかしそれだけならば流石に少しは慣れたから、カテリーナもそこまで驚くことではなかった。


 問題は場所だった。


 そこは、エトワルトの領主が執務や生活を行う領主館や、行政関連施設がまとまっている場所のすぐ隣なのだ。

 この街で最も重要で、最も厳重に警備されている場所のすぐ近く。そんな場所は、ただお金があるだけではお屋敷を構えることは出来ない。

 信頼された代々続く名門貴族くらいしか、土地を与えられないのだ。


「この辺りってことは、公爵家か侯爵家のもの……?」

「とりあえず入らないか? 怪しまれるぞ」

「そう、だね……」


 ノクスの大きな掌に背を押されお屋敷へと入る。

 いつも通り、他の人は見当たらない。しかし惜しげもなく屋敷中に明かりが灯され、綺麗に整えられた室内を照らし出している。カテリーナたちが使う部屋にも、多分荷物が運び込まれているのだろう。


 一歩、部屋の方へと進みかけてカテリーナは足を止めた。


「カテリーナ?」

「少し、調べものをしようと思って」

「……そうか」


 今日1日、街中で過ごすことになったからこんな時間になってしまったけれど、昨夜の話を忘れた訳ではなかった。


 居ないはずの人間、というマリーの正体。

 マリー自身は教えるつもりはないとは言っていたけれど、知りたければ調べろとも言っていた。知ってしまったら共犯者になるしかない、とも言っていたけれどそれは今さらだ。

 カテリーナは、マリーの操り人形になりたい訳ではないのだ。


 小さく息を吐き、お屋敷の1階の奥へと進む。

 今まで複数のお屋敷に滞在したけれど、貴族邸宅の構造は似たような感じだと理解していた。

 1階には応接間や食堂など共有スペース、2階に住人の寝室や客間といったプライベート空間となっている。そして大抵、1階の奥まった場所には書斎があるのだ。


「……あった、貴族名鑑と王族名鑑」

「重いだろう。俺が運ぼう」

「ん、ありがとう」

「あっちのテーブルの方で良いか?」

「うん、お願い」


 立派な装丁の分厚い本を軽々と片手で持ったノクスの後を追う。


 貴族にとって社交は何よりも重要だ。だから数年に一度、王族や貴族の情報が載った本が国から発行されるのだという。

 今のカテリーナにはそこまで覚える余裕もないので見たことはなかったけれど、滞在するお屋敷の書斎には必ず置いておくと言われていた。

 きっと、この中に答えがあるだろう。


 ノクスに運んでもらった本のうち、8年ほど前に発行されている王族名鑑を恐る恐る開く。

 10年前の王位争いで亡くなった王族たちの姿絵は今となってはタブー視されておりほとんど存在しない。おかげでカテリーナは現王の絵姿は見たことあるけれど、それ以外の王族の姿は記憶にないのだ。


 小さな肖像画も添えられているその本は、現在の国王セドリック王の説明から始まっていた。順番に説明を読みながら、ページをゆっくりとめくる。

 現国王、存命の王族であるエトワルトの領主、前王、前王の妃、そして亡くなった前王の子供たちと続いていく。

 そして――。


『マルグリッタ・セイル・グランシエル

  王国歴1547年、デリック王の第二子、第一王女として誕生。母親は、デリック王最初の王妃であったマリアンヌ妃。外祖父はニコラス・セイル公爵。

  王国歴1569年、デリック王没後の王位争いにおいて死去。』


 そんな説明と共に添えられている、真紅の髪が印象的な女性の肖像画にカテリーナは息を飲む。


「血塗れ姫……」


 前王の崩御を発端とした王位争いで、多くの兄弟を殺したとされている第一王女。

 冷酷無比、残虐な悪女と語られる人物だ。


 カウィが纏わりついていることから、王族だろうとは思っていた。居ないはずの、という言葉から公表されていない人物か亡くなっているはずの人物だろうとも思っていた。

 今までの状況から協力者も多く、そしてこのお屋敷を使えるということからかなり力を持つ人だとも分かってはいた。

 でも、伝えられている逸話とここまで接してきた印象はかなり違っていたのだ。


 だから目の前の小さな肖像画の女性がマリーととても良く似ていても、どうにも信じがたかった。


「本当に、マリーがマルグリッタ王女……?」

「あはっ、ついに正体分かったカンジぃ?」

「っ、カウィ!! 一体どこから!?」


 不意に派手な色がニュッとテーブルの反対側に現れたのだ。

 カテリーナの側にずっと居たノクスも気付いていなかったのか、青紫色の瞳を見開いている。


「ひひ、そんなことは気にしなぁい!」

「えぇ……、気にしないってそんな無茶な」

「カテリーナ、追及しても時間の無駄だ。享楽のは、そういうモノだ」

「そうそう。時間は有限だよぉ。それより、ソレ疑ってるの??」


 バッサバッサとけばけばしい色の髪の毛を乱しながら頭を揺らしたカウィが、テーブルの上の本へ指を伸ばす。

 そして鋭く長い爪で愛おしそうにマルグリッタ王女の肖像を撫で、艶っぽくため息を零した。


「マルグリッタ。強く、冷酷で、そしてどうしようもなく心優しい憐れな王女」

「え……?」

「あ! 今夜は丁度新月だから、タイミングが良いね!!」


 急にカウィは飛び跳ね、オパールのような瞳を輝かせて騒々しく両手を打ち鳴らす。一瞬前の意味深な言葉については説明する気はないらしい。

 そして満面の笑みでカテリーナの腕をガシリと掴む。


「え!?」

「おい、享楽の!」

「ちょっとだけだよ~。ほぉら、コッチ!」

「ちょっととか関係ない! その手を離せ」

「もう、夜のは本当に心が狭いなぁ。今夜は月に1度の呪いが緩む日なの! 早くしないと間に合わないよ!」

「ちょっと、カウィ……!」


 不機嫌なノクスの抗議にも全く構わず、カウィはカテリーナの腕を引っ張ってグイグイと進んでいく。何か不思議な力が使われているのか、普通に歩くよりもずっと早く2階の奥へと辿り着く。

 そしてひと際豪華な装飾が施された扉を、ノックもせずに押し開けた。


「ど~ん!」

「ちょっ、カウィ!?」

「……何用だ」


 急に連れ込まれた部屋。そこに入った途端、冷たく低い声が投げられる。


 落ち着いた雰囲気だが随所に立派な装飾が施されたその部屋は、恐らくこの屋敷の主人の部屋だ。その広い居間の奥、寝室に続いていると思われる扉の前にヴィクトールが立っていた。

 彼は凍ったような白藍の瞳でカテリーナたちを見据え、ためらいもなく白刃を向ける。


 カウィに連れて来られた、とかそんな事情など関係ないのだろう。ヴィクトールの冷たい怒りに体が震えた。

 しかしカウィはそんなことには全く構わなかった。


「ヴィクトール、邪魔だよ」

「カウィ、貴様!」

「別に悪いことするわけじゃないんだから。ねぇ、良く見てて!」


 カウィが無造作にヴィクトールを押し退け、寝室へと侵入する。ヴィクトールは不自然に抵抗が出来なくなっており、何かカウィが力を使ったのだろう。

 カテリーナはカウィに引っ張られるまま、寝室のベッドへと目を向ける。


「マリー?」

「あら……」

「ひひ。ほら、時間だよ!」


 ベッドに座った小さな人形のマリーが金色の瞳を見開いた、その時。

 パリン、と薄い陶器が割れるような音が響いた。


 そして薄い光に包まれたマリーが、一瞬の後には姿を変えていた。


 光を放つような白い肌に、長い手足。凹凸(おうとつ)のはっきりとした蠱惑的な体。

 そして白い裸体を彩るように流れる、長く豊かな紅い髪の毛。

 女のカテリーナでも惚れ惚れとするような、絶世の美女だった。


 マリーが長いまつ毛に縁どられた金色の瞳を伏せ、形の良い唇をそっと開く。


「ヴィクトール」


 人形の時と同じ、つややかな声が騎士を呼んだ。

 その途端にカテリーナたちの前からマリーが見えなくなる。ヴィクトールの大きな背中で、マリーがすっぽりと覆い隠されたのだ。


「マリー様」

「ええ、ヴィクトール」

「あぁ……。マルグリッタ(・・・・・・)…………!」


 万感の思いが籠った声でヴィクトールがマリーの本当の名前を呼ぶ。

 それに応えるようにマリーがなまめかしい吐息を落とし、白い繊手をヴィクトールの首へと掛けた。


 そしてヴィクトールの肩越しに、カテリーナたちへ視線が送られる。その金色の瞳は、極上の蜜のように甘やかに蕩けていた。


「月に1度の夜なのよ。無粋だわ」

「っ!!」


 シーツの波へと沈み込んでいく2人から目を反らし、カテリーナは慌てて魔族2人を連れて部屋から出たのだった。




   § § § § §




 部屋から少し離れた場所まで移動したところで、カテリーナはへなへなと床にへたり込む。

 衝撃的な真実と、最後に見せつけられた刺激が強すぎる光景でもういっぱいいっぱいだった。


 両手で覆った顔が凄く熱い。


「カテリーナ、大丈夫か?」

「……大丈夫、だけど。何であんな所に突入したのよ、カウィ!」

「あんな所って何で? アレ見て色々納得したんでしょ?」

「そうだけど……!」


 どう見ても、愛し合う2人の数少ない逢瀬のタイミングだった。

 あの場に突入するなんて空気が読めなすぎる!


 しかし魔族2人はそんなことは理解できないようで、仲良く首を傾げていた。魔族は他人の都合を考慮する、なんて考えはないのだろう。

 未だに冷める気配のない顔の熱に、ため息を落とす。


「やっぱり、マリーはマルグリッタ王女なのね……」


 マリーが真実、人間だったということ。

 書斎で見た肖像画と全く同じ顔。

 そして何よりも、ヴィクトールが呼んだ名前。


 目の前に突き付けられた真実の重さに、カテリーナはしばらく目を伏せるのだった。





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