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踊る人形姫  作者: 金原 紅
第一章 エトワルトのお人形
15/31

15.不穏な深夜

 暗い闇に支配されている深夜、不意にカテリーナは目を覚ました。

 普段ならマリーの教育に疲れて朝までぐっすりなのに、今日は夕方からの不穏な気配に眠りが浅かったのだ。そんな中微かに聞こえた音で、意識が覚醒してしまった。


 そっとベッドから体を起こすと、一緒に寝ていた犬姿のノクスも顔を上げる。

 お屋敷には部屋は沢山あるのだけど、ノクスのもふもふアピールに負けてしまったのだ。結局、出会ってからずっと一緒に寝ているのだった。


「何か、聞こえたよね?」

「……ワフ」


 寝巻の上にストールを羽織り、窓辺に寄る。カウィの忠告に従ってしっかりと戸締りをしたはずだけど、湧き起こる不安が消せなかった。

 鍵を確認するためにカーテンを僅かに開けたその時。


 暗闇に沈む庭から、金属を打ち合うような不穏な音が響いたのだった。


「なに……?」

「ふふふ、心配はいらないわ」

「っ、マリー!?」

「お邪魔しているわ」


 声の元を見れば、窓辺のテーブルに何故かマリーが座っていた。

 闇の中に浮かぶ、美しく整えられている紅い髪の毛がどうしようもなく不穏だった。


 一歩後退ると、逞しい腕に抱き寄せられる。いつの間にか、人型になったノクスが寄り添っていたのだ。

 安心させるように大きな掌で頭を撫でられ、ほぅと息を吐く。


「ノクス……」

「侵入者か。ヴィクトールが全て対処しているようだな」

「ええ。あの程度なら、ヴィクトール一人で十分だわ」


 カテリーナには暗くて見えないが、庭ではヴィクトールと侵入者が戦っているらしい。

 しばらく庭の方を見ていたノクスが、鋭い視線をマリーへと向けた。ひりつく様な空気がその場を支配する。


「お前たちは何を企んでいる? カテリーナを危険に晒すようなら、容赦しない」

「ふふふ、企んでいるだなんて。人聞きが悪いわ。カテリーナに危険がないようにちゃんと対処もしているじゃない。わたくしがこの部屋に来ているのだって、万一の場合にすぐ対処できるようにするためよ?」

「……どうだかな」


 ふん、と不機嫌そうに息を吐いたノクスがカテリーナの腰に回した腕の力を強くした。

 それと同じタイミングで空気が揺れる。


「っ!?」

「お帰りなさい、ヴィクトール。状況は?」

「問題ありません。侵入者は20。全て討ち取りました」

「そう。お疲れ様」


 ノクスからマリーを庇う位置にいつの間にかヴィクトールが立っていたのだ。どこから入って来たかも分からない。

 恭しくマリーに応えるヴィクトールはいつも通りの無表情だ。しかし鞘に収められた剣を持ち、暗い色の服を着ている彼の方から、そこはかとなく鉄のような匂いがする。


 状況も良く分からないカテリーナには、不安しかない。

 少し躊躇いながらも、口を開く。


「その……。血、のような匂いがする気がするんですけど……」

「……あぁ。返り血だ」

「カテリーナの部屋なのにごめんなさいね。匂いが気になるようなら、別の部屋を整えるわ」

「……いえ、その、そこまでは。あの、それより、大丈夫なんですか?」


 ちらり、と窓の外へ視線を送る。

 新月が近い今夜はまだ月が登っていない。星明りだけではカテリーナには暗すぎて何も見えなかった。

 それでも侵入者とか、討ち取るとか、返り血とか。そんな物騒な状況は、とにかく非常事態過ぎるのだ。

 そわそわと落ち着くことが出来なかった。


 眉を下げてあちこちへと視線を彷徨わせるカテリーナの背をノクスが優しく撫でる。


「この屋敷の近くに不審な気配はない。カテリーナが心配することは今夜はもうないだろう」

「ふふ、夜の王がそう仰るのならば安心だわ」

「そう、なの?」

「ああ。間違いない」


 ノクスを見上げると、真っ直ぐとカテリーナを見つめて頷く。

 青紫色の瞳にも、ただカテリーナを案じる色だけが乗っていた。嘘はないのだろう。


 ふぅ、と息を吐いて強張る体の力を抜く。


「…………それにしても、カウィが夕方言ってたのってコレのことだったのね」

「カウィが?」


 ふと思い出したことを口にした途端。

 ヴィクトールが形の良い眉を跳ね上げ、白藍の瞳をひたりと向けてきた。


 いつも以上に不穏なその瞳に、再び体が強張る。


「おい」

「っ、ノクス、だいじょうぶ」

「だが……」

「いいの」


 カテリーナをギュウギュウと抱き締め、低い声で威嚇するノクスの腕を軽く叩く。ここでいがみ合ってたらいつまでも話が進まない。

 相変わらず冷たい白藍の瞳を向けてくるヴィクトールへ顔を向け、説明する。


「その……。カウィが夕方、今夜は早く中に入って戸締りをしっかりした方が良いって言ってたんです」

「それ以外には?」

「特には、何も……」

「アイツは全く……」

「はぁ、もう、カウィったら…………。何か掴んでいたのね……」


 マリーが頭を抱え、ヴィクトールは鋭く舌打ちをする。

 心底呆れている。そしてそれと同時に、諦めているようだった。


 夕方の発言から、カウィはマリーたちが頑張っているのを愉しく眺めたいような輩なのだ。ノクスと違って、マリーたちを全面的に助けているわけではなさそうだ。

 だからきっと、今までも同じようなことが度々あったのだろう。


 本当に趣味が悪い。

 カテリーナは引き攣った笑いを浮かべるしかない。


「カテリーナを不安にさせて、ごめんなさいね。ノクスにも、謝罪を」

「いえ……」

「カテリーナに何かあれば俺の逆鱗に触れることは享楽のも分かっている。それに奴も、マリーたちを気に入っているのだ。大したことがないと分かっていたからこそ、だろう」


 ノクスもため息を零す。

 カウィの性質はノクスの方が良く知っているからだろう。諦めた様子で首を横に振る。


 マリーもそんなノクスの様子を悟ったのだろう。小さく肩を竦めて、カウィのことは一度置いておくことにしたようだ。

 コトリと首を傾げ、カテリーナたちを見上げる。


「さて。他に何か気になることはあるかしら?」

「……聞いても、良いんですか?」

「ええ、何でもいいわよ」


 頷くマリーに促され、こくりと唾を飲み込む。

 詳しいことを知るのは怖いけれど、知らないということも怖い。

 震えそうになる手を握り込んでいると、ノクスの大きな掌にそっと撫でられた。温かい熱が、励ましてくれているようだ。


 一つ息を吐いて、マリーを真っ直ぐ見つめる。


「なんで、襲撃なんて受けるんですか? 居場所をあちこち変えていたのは、こういうことがあるから? なんでこんな……。一体、貴女は何者なんですか、マリー!?」

「…………そう、ね」

「マリー様」

「お黙りなさい、ヴィクトール」


 制するように名を呼んだヴィクトールを黙らせ、マリーはカテリーナを見上げる。

 その整った顔には困ったような笑みが浮かんでいた。そして言葉を選びながら、口を開く。


「わたくしが何者か。そうね。………………わたくしは、居ないはずの人間よ」

「居ないはず……?」

「ええ。これ以上知りたいのなら、自分で調べなさい。わたくしは自分から言うつもりはないわ」

「なんで……?」

「知らなければ、貴女はわたくしに利用された操り人形で居られる。でも、知ったら共犯者になるしかないわ」

「……共犯者」

「ええ。わたくしの願いは、今のこの国にとって不都合でしかないもの。…………でも、諦めることなんて出来ないの」


 そう言うマリーの金色の瞳には、とても強い光が宿っている。

 心の底からの渇望。

 それが、現れていた。


 国にとって不都合、というそんな不穏な願い。

 それはきっと王宮へ行く、ということの先に何かあるのだろう。

 その願いが何かはカテリーナには全く分からない。


 そして何よりも。

 願いのせいなのか、居ないはずの人間であるというマリーの存在のせいなのか、襲撃を受けるという現実。

 これは間違いなく、真っ当な状況じゃない。

 逃げ出したくなるような、恐ろしいものだ。


 でも。

 マリーのあの瞳を見てしまったら。




 ここで逃げ出したら後悔する。




 そんな風に思ってしまったのだ。

 カテリーナは震える息をそっと吐き出す。


「…………この襲撃は、エトワルトの領主さまが?」

「……? いいえ。それはあり得ないわ。あの方も恐らくわたくしやカテリーナの情報は掴んでいるでしょうけれど、今の段階で排除するということはないわ」

「どういう、ことですか?」

「あの方は、面白い事が好きだもの。舞台の上で、わたくしや貴女がどう踊るのかを愉しみにしているはずよ。秘密裏に処理をするなんてことは、絶対にしないわ」

「えぇ……。そんなお方だと、お会いしたくないなぁ」


 カウィと同類、ということだろうか。

 生まれ育ったこの街を平穏に治める領主さまへ、今までなんとなく抱いていた憧れや尊敬が打ち砕かれた。


 引き攣った笑みを浮かべるカテリーナに、マリーはにっこりと笑う。

 遠回しに告げたカテリーナの考えを理解したのだろう。


「…………カテリーナは強い子ね。ふふ、それなら計画は予定通り進めるわ」

「はい」

「大丈夫よ、領主さまはオモチャを取り上げられるのも嫌いだから、これからは彼方あちらが処理してくれるわ」

「えぇぇ……」


 襲撃されることはないらしいのは良かった。

 でも、領主さまの嗜好は知りたくなかった。


 色々ありすぎたこの夜、カテリーナが抱いた感想は結局ソレになってしまったのだった。





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