13.マリーのお茶会
高級街のお屋敷に移って3日目の昼下がり。
カテリーナはマリーによるスパルタ教育の結果、瀕死の状態だった。
「……少し、休憩にしましょう」
「えっ……」
「貴女、今にも死にそうよ? そんな死体のような顔をした人をさらに追い込む程、わたくしも悪魔ではないわ」
その言葉に、カテリーナは自身の頬をペタペタと触る。そんなにヤバイ顔をしていただろうか……。
カテリーナの様子に苦笑を零したマリーは一人でスタスタと歩き出す。お勉強をしている部屋でお茶をする訳ではないらしい。
慌ててその後を追う。
小さな人形の姿だから、歩くのはそんなに早くない。しかし人形なのにとても優雅で、些細な動きまで気品が溢れている。
マリーは、生まれながらの貴族だったのだろう。
そんな人がなぜこんな姿で、こんな事をやっているのだろうか?
そんな、もやもやとした疑問が渦巻くのを感じているうちに、初日にノクスとダンスを踊った広間へと辿り着く。
そこには誰も居なかったが、サンルームになっているテラスにはお茶の準備が整っていた。
「え、なんで?」
「ふふふ。元々、今日はカテリーナとお茶を飲もうと思っていたから準備をさせていたのよ」
「え゛…………」
「ふふ、安心なさい。マナーは気にしなくて良いわ。貴女とゆっくり話をしたいと思っていたの」
お茶のマナーの実地テストかと身構えていたら、マリーがコロコロと笑って否定する。
美しい笑みを浮かべるマリーの金色の瞳には、柔らかい色が宿っている。
どうやら、本心らしい。
マリーとは毎日、日中はほぼずっと一緒に居るが、それは全て淑女教育のためだ。個人的な話をすることはあまりなかった。
正体などは教えて貰えないだろうけど、カテリーナとしても色々話はしてみたかったのだ。
マリーに促され、サンルームへと向かう。
秋の陽射しが差し込むその場所は、白を基調とした明るいテラスだ。そこに用意されたテーブルには真っ白なクロスが掛けられ、淡い色の薔薇が飾られている。繊細なタッチで薔薇の花が描かれているティーセットは美しく、銀の皿に並べられている一口サイズのケーキたちは可愛らしい。
乙女心をくすぐる、素敵なお茶会だ。
「このお茶の準備は、もしかしてヴィクトールが……?」
「まさか! 彼にはこういったことのセンスはないわ。お屋敷を管理する者が居るの。その者が準備してくれたのよ」
「え……。私、他の人を見かけたことないんですけど」
「可能な限り、対面しないようにしているもの。知らない方が、互いのためよ」
「そう、ですか……。今まで食事の準備とかどうなっているのか少し気になっていたんですけど、それも管理の方がやってくれていたんですね」
「ええ。さて、カテリーナ。悪いけれどテーブルの上に乗せてくれるかしら?」
「あ、はい」
マリーに指示され、その小さな体をそっと抱きあげる。
真紅の髪の毛が映えるシルバーグレーのドレスは、人形用のものとは思えない程立派なものだ。黒糸で施された細かい刺繍や、艶やかな黒い宝石の装飾はどこか妖艶な雰囲気で、マリーには似合っている。
毎日マリーも違うドレスを着ているが、この人形の体に合わせていくつも作っているのだろう。
しかしそんな美しいドレスを纏う小さく軽い体に、熱はない。持ち上げた体は人間のような柔らかさも一切なく、人形なのだということをまざまざと感じられた。
「ここで良いですか?」
「ええ、ありがとう。カテリーナも座って頂戴」
「はい。失礼します」
マリーをティーセットが置かれていないテーブルの上に乗せ、カテリーナ自身も椅子へと座る。マリーと対面する位置だ。
マリーに勧められるまま紅茶を口にするが、少し居心地が悪い。
用意されているティーカップやケーキが、カテリーナ一人分なのだ。
今までも、ヴィクトールが食事するときでもマリーは何も食べていなかった。
「……やっぱり、マリーは何も食べれないんですか?」
「いいえ、食べることは出来るわ」
「え、じゃあケーキとかどうですか?」
「ありがとう。でも、良いわ。食べられるけれど、味はしないの」
「え……」
「動けるし、食べたり眠ったりといったことも出来るわ。でも、食欲や睡眠欲とか味覚といったような人間らしい感覚はないの。…………やっぱりこの体は、どうしても人形なのよ」
小さな掌を見つめたマリーは、悔しそうに呟く。
いつも堂々として、自身の目的のために悠然と対応している様子しか見たことがなかった。でも、やっぱり人形になっているという今の状況を受け入れている訳ではないのだろう。
カテリーナでは、どんな言葉を掛ければいいのか分からなかった。
しゅん、と眉を下げて言葉を探していると、顔を上げたマリーが苦笑を零す。
「ごめんなさい。暗い空気にしてしまったわね」
「いえ……」
「ふふ、カテリーナは良い子ね。そういえば、ノクスとはどう?」
「ど、どうって、一体何がです?」
「あら。この前のダンスの時、貴女もノクスの想いに気付いたと思ったけれど?」
「っ、それは…………」
ぼっと顔を赤くするカテリーナに、マリーはにっこりと笑う。
あくまでも上品な笑みだが、どこか面白がっている気配を感じる。マリーがこんな下世話な話をするとは思わなかった!
「えっと、花嫁、とか色々説明はして貰いました。でも、私がどうこう、と言うのは今は特に、ない、です」
「ふふ、そうなの? あんなに熱烈に想われているのに」
「そうです! 今は、そんな余裕もないですもん」
「あら勿体ない。愛の歌が歌えるようになるかもしれないのに」
「う゛…………。それは、そう、なんですけど……!」
うぐぐ、と唸るカテリーナにマリーは柔らかく笑う。
今まで向けられた作り物のような綺麗な笑みではなく、自然な感情によるものだ。思っていた以上に優しく温かなその笑みに目を奪われる。
人形なのだといっても、やっぱりマリー自身は血の通った人間だ。
そのことを実感していると。
不意にマリーが笑みを消し、真剣なトーンで語り掛ける。
「………………でも、それが良いわ」
「え……?」
「魔族は人間と違うわ。考え方も、生き方も、すべて」
真摯な色が乗った金色の瞳が、真っ直ぐカテリーナを見つめる。
そして告げられる忠告は、とても重く響いたのだった。
「だから、良く考えて決めなさい」