エピローグ
――陽鐘視点
私が初めて彼女と出会ったのは、小学四年生の頃。
私は転校生だった。
初めての土地で右も左も分からない私を優しく世話してくれた人こそ天野幸その人だった。
私達はすぐに仲良くなった。
何度も一緒に遊んだし、困ったことがあれば助けてくれた。
たしかにその時、私達は無二の友達だった。
だけど幸は変わってしまった。
幸せという言葉に取り憑かれてしまったのだ。
それ以降彼女は、幸せについて聞き回り、望んだ答えを貰えないとその人を遠ざけ始めた。
そして、最終的にはまったく人を寄せ付けようとはしなかった。
私も最初はそんな幸についていこうとしたが。
「ついてこないで。友達じゃないよ、あなたとは」
そう言われて拒否された。
私は悲しかった。ただ唯一の友達から嫌われてしまったのだから。
だが、そこで諦めなかった。
今はおかしくなってしまっているが、きっといつか元に戻る。
戻ってきたときに居場所がないと困るだろう。
だから私は、元に戻ったときのために幸の居場所を作ることにした。
そのために私が何をしたかといえば、私自身の性格を変えた。
元々引っ込み思案だったが、人といっぱい話すようになった。そうしていると自分自身の行動に引っぱられるように段々と私の性格が明るくなっていった。
おかげで友達は一杯できた。クラスの中心人物と言っていいくらいには、明るくなれた。
これで幸が元の状態に戻ったときに居場所を作ってあげられる。
だが、当の幸は中々元には戻らなかった。
私はそんな幸に話しかけることができなかった。また拒否されたらと思うと怖かったのだ。
だから中学生になり、幸乃さんが幸に話しかけに行った時は驚いた。
幸乃さんは幸から拒否されなかったのだ。話しかけても普通に返事をされているではないか。
その後色々といざこざがあったみたいだが、幸乃さんの手により見事幸は昔のように戻った。
でも、私は素直に喜べなかった。
だって私は何もしていない。
幸乃さんのように私も幸と話しあえれば、彼女を元に戻せたかもしれない。
でも、私は拒絶されることを恐れてそれができなかった。
……私は幸と友達に戻りたいと思った。
けどその権利は私には、ない。
それから数年がたった。
色々なことがあった。
高校に上がると、昔の幸みたいな希幸と言うやつがいた。誰も近寄らないそいつに対して幸は近づき、見事友達になっていた。
その一連のやり取りを見て、やっぱり幸は戻ったんだと思った。
小学生の頃、転校したてで一人ぼっちだった私を救ってくれたように、希幸のことも救ったのだ。
でも、幸は私とは話そうとしてくれなかった。
向こうも私に気づいているはずだ。
でも、話しかけられることはなかった。
なんとなく私達の間に気まずい空気が流れていたのだ。
それが変わったのが高二の初夏。
もうじき一学期が終わるという時分に。
幸、幸乃、希幸。三人の仲が悪化した。
私は東奔西走の大立ち回り、銀河鉄道まで引っ張り出した末に三人の仲を取り持つことができた。
三人とも仲良くなって大団円を迎えた。
――これから話すのはそれからの話。
✕
「やっほ、陽鐘。早いね」
「目が覚めたものだからね。ついつい早く来てしまったよ」
幸と私は挨拶を交わした。
今日は幸と私、後幸乃さんと、希幸さんとで遊ぼうと約束をしていた。
そんな訳で駅前で待ち合わせである。
「珍しいね。一人なんて。てっきり幸乃さんと一緒に来ると思ってた」
「最初はそうするつもりだったんだけど、少し陽鐘と話したかったから、少し遅れてきてって伝えたの。あ、希幸にもそういってある」
「そうなんだ」
私と話したいことなど一つしか思い浮かばない。
「銀河鉄道のことでしょ」
「ん? 違う違う。それも気になるけど私が話したいのはもっと違うこと」
自信満々に言った言葉が空振って少し恥ずかしい。
私は照れ隠しに鼻の頭を掻いた。
では、話したいこととはなんだろうか。
そう思って幸を見ると。
「ごめんね。陽鐘。私酷いこと言った」
幸は深々と頭を下げていた。
酷いこと……?
そう言われて思い起こすのは小学生の頃のこと。
幸せに取り憑かれた幸から拒絶されたときに酷いことを言われた覚えがある。
「謝ってるのは、小学生の時のことだよね」
「うん……あの時のことは本当に申し訳ないと思ってる」
今更、という思いがある。
だって……
「謝らないでよ。私達友達に戻れたんだからさ」
そうだ。私達は友達に戻れたのだ。
今更過去のことなんて気にしない。
「友達なら喧嘩ぐらいするよ」
私はそう言いながら幸の手を取った。
「ほら、これで仲直り」
そう言うと幸は泣きそうな顔になって。
「ありがとう……陽鐘」
私の手をギュッと握り返してきた。
私もホッとした。これで長年なんとかしたいと思っていた幸との仲直りが完了したのだから。
「無事仲直りできたみたいだね」
「良かった。私達みたいの時みたいに拗れなくて」
そうこうしていると幸乃と希幸の二人がやってきた。
幸は照れたように二人に向き合った。
「ひょっとして見てた?」
二人は黙ってこくんと頷いた。
それを見た幸はうわあぁと顔を覆った。
「何か恥ずかしい……」
照れた幸の背中を幸乃と希幸はポンと叩いて励ました。
いいな、こういうの。私は二人の仕草に憧れて、少し遅れてきて私も背中をポンっと叩いた。
「じゃあ、行こうか」
「陽鐘……あなたが仕切るのね……」
「ん? じゃあ幸乃さんが仕切る?」
「私は……止めとくわ。そういうガラじゃないから」
なんて言い合いながら、改札を通過する。
駅のホームで仲良く並んで電車を待つ。
その時ふと幸が口を開いた。
「結局、あの銀河鉄道って何だったの?」
「集団幻覚じゃない?」
「いや、あれは現実だよ。本当に銀河鉄道に乗ったの」
そう思い思いに言い合っていた。
「で、本当のところはどうなの?」
幸がそう切り出し、三人の顔が私に向かう。
こうなっては言うしかない、か。
「私はね地球人の生体を調査するために他の星からやってきた宇宙人なんだ」
「は?」
みんなポカンとした顔をした。
私は構わずに続ける。
「だから、銀河ステーションへの行き方も知ってたし、切符も持ってたの」
その時、電車がホームに到着した。
プシューと音を立てながらドアが開く。
なのにみんなその場を動こうとはしなかった。
「それって本当?」
幸が恐る恐る聞いてきた。
私はふふっと笑って。
「ナイショ」