5.銀河鉄道
駅のホームには真っ黒な鉄道が止まっていた。
私はその中に恐る恐るといった風に足を踏み入れた。
車内は普通の鉄道だ。
通路を挟んで左右に二人がけの席が向かい合うように等間隔にならんでいる。つり革はなかった。
そんな感じで、特筆すべきことのない普通の車内だった。
「ねぇ、で、幸乃達はどこに……」
後ろにいるであろう陽鐘に向かって話しかけたが、そこに陽鐘の姿はなかった。
知らない場所に一人ポツンと取り残された。
「どうなってるの……」
突然陽鐘が消えたこともそうだが、どうしてこの場所にいるのかもわからない。
ここはまるで銀河鉄道の夜に出てくる場所そっくりなのだ。さっきまで普通の住宅街にいた私にはどうしてここにいるのか全く見当がつかない。
事情を分かっているような陽鐘は姿を消してしまった。
私はしょうがないので一人で車内の奥へと行く。
窓に映った景色はきれいな星空だった。星海というのだろうか。一面に広がる幻想的な世界をもっと堪能したいところだったが、生憎と今は人を探している。ロマンチックに浸るのはまた後にしよう。
車内を奥へと進む。
人は誰も乗っていない。全くの無人だ。
本当に幸乃も希幸もこんなところにいるのかと疑問に思っていると。
トントン。
不意に肩を叩かれた。
私は驚いて振り返ると、一人の男が立っていた。
男は鉄道員の制服らしき軍服のような黒の衣装と赤い帽子を身に包んでいた。
「えっと……」
私は驚いて固まっていると。
「切符を拝見」
そう言って手を差し出して催促してきた。
「切符……」
そうだ。銀河鉄道の夜の作中でも主人公たちが切符を車掌に見せていた。
陽鐘に連れられてきただけの私は当然切符なんて持っていない。
作中で主人公も切符を持っていなかった。だが、いつの間にかポケットに入っていたため無事に鉄道に乗り続けることができた。
私もそれに習ってポケットの中をまさぐると、一枚の折りたたまれた紙が出てきた。
私はその紙を取り出して広げた。
広げると四つ折りされたハガキくらいの大きさになった。色は緑。唐草模様の中に何やら読めない文字のようなものが書かれている。それも作中と同じだった。
私はそれを車掌に渡すと。
「確かに」
そういって、私に返してきた。
私は少し違和感を覚えた。
「あの……」
「どうかしましたか?」
「いえ、この切符って珍しいものなんじゃ」
作中では主人公しか持っていなかった特別な切符だ。
車掌も乗客も物珍しそうにその切符のことを見ていたのだが、この車掌の反応は淡白だったため気になった。
「確かに珍しいものだったんですがねぇ。ここ二日で四人目なんですよ、あなたで。だから珍しくともなんともなくなってしまいました」
「四人目……」
ということはこの切符を取り出したのは私以外に三人いるということで……。
一人は陽鐘だろう。そう言えば、銀河ステーションに転移した際に彼女はこの切符を掲げていた。この切符にはそういう効果もあるのだろうか。
と、切符の効果は置いといて、その使用者だ。
あと二人いるはず。
その二人はもしかしたら……。
「あの、車掌さん。この切符を出したのって女の子ですか?」
「そうですよ。三人ともそうでした」
「その三人は今どこに!?」
「一人はやっぱり止めると言われ今は乗られておりません。一人は前の車両のボックス席の中に。もう一人は申し訳ありませんが、昨日のことですのでどこにいるかはさっぱり……ただ白鳥停車場でお降りになられましたね」
それを聞いてありがとうと答えると、私はすぐに前の車両を目指した。
乗らなかった一人はおそらく陽鐘だ。
昨日白鳥停車場でおりたというのは、いなくなった時期を考えて希幸だろう。
ということは、ボックス席にいる一人は――
私は一個前の車両に入ると一番手前のボックス席の扉を開いた。
そして、運が良い事に一発で見つかった。
「見つけた、幸乃」
彼女は驚いた顔をして。
「幸、なんで……」
ぽかんとした顔で私のことを見つめた。
✕
――幸乃視点
嫌なことを忘れさせてくれる場所があると言われ、ここに来た。
そこは宇宙にある鉄道だった。
現実離れした摩訶不思議な光景に私は驚いた。
夢なんじゃないかと疑ったがすぐにどうでも良くなった。これが例え夢でも現実でも、ここなら幸は来れない。私の心を壊したあの大好きな悪女はここには来れないのだ。
私はなかなか出発しない鉄道の中で一人、もの思いにふけった。
私は一体どうしたかったのだろう。身を壊すほど嫉妬してまで。
こんなになってまで叶えたかった思いはあったのだろうか。
もう忘れてしまった。
全て忘れてしまいたかった。
「幸……」
思い浮かぶのは大好きで大嫌いな女の顔。
私は車窓から無限に広がる宇宙を見る。
だが、その景色とは対象的に私の頭の中は幸のことだけで一杯になってしまった。
そんなときだった。
突然ドアが開いたのは。
「見つけた、幸乃」
「幸、なんで……」
ここにはいないはずの少女がいた。
「私とお話ししよう」
幸はそう切り出した。
突然のことに私は面食らい、幸の言っていることが理解できなかった。
一番の疑問はなぜ彼女がここにいるのかということで。
「何でここに……」
「陽鐘に教えてもらった」
そう言いながら幸は私の対面にドカリと腰を落とすと。
「嫉妬ってどういうこと」
なんの脈絡もなくそう言った。
それだけ言われても普通なら疑問符を浮かべるのみだろう。
だが、私の心臓をはねさせるのに十分な言葉。
なぜならそれは私の心の中にずっと燻ってる感情なのだから。
「誰から聞いたの」
まさか私がずっと嫉妬してたなんて幸が気づくはずがない。
希幸と仲良くしないでと言っても、ただの友達だよと言ってヘラヘラしていたような幸がだ。
私がわかりやすく態度に出さないと私の気持ちにも気づかないような幸がだ。
私の嫉妬に気づくはずないのだ。
だからすぐに彼女に助言した人物がいるんだろうなと思った。
実際そのとおりだったようで。
「陽鐘が教えてくれた」
陽鐘さん、か。
彼女も彼女で何がしたいんだろうか。
私が楽になれる場所としてここに連れてこられたが、幸まで連れてきてたら意味がない。
だって私のストレスの元凶は幸なのだから。
「話すことなんてないよ」
「ううん、私は話したい」
突き放した私。それでも幸は縋り付いてくる。
ああ……これ、あのときと逆だな。
私と幸が仲良くなった時と、逆だ。
あの時は熱心に幸のことを追いかけたっけ。最終的にはトイレにまで追い詰めて。
それだけ幸のことが気になっていたのだ。
今はどうだろうか。
幸のことは好きだ。むしろあの時より好きって気持ちは強くなっていると思う。
でも、好きになりすぎてしんどいのだ。私が幸にむける分だけの愛を幸からも返してもらわないと満足できない。
けど幸には、他にも交友関係があって、私だけに構ってはいられない。
だから嫉妬する。だからしんどい。
人間関係がある以上、これはもうどうしようもないことだ。
「どうしようもないんだよ」
気づけば口に出ていた。感情を私の中だけに留めさせるのを我慢できなかった。だから口から出てしまった。
「何がどうしようもないの?」
そんな私の言葉に反応する幸。
そうだ。彼女から話そうと言ってくれたんだ。
思えば、いつもは話がある時は私から声をかけているから、彼女から話がしたいと言われたことは少ない。というかこれが二回目だ。
一回目は告白されたとき。
彼女は告白してきた時と同じ真剣な顔で私のことを見てくる。
私はそんな彼女にずっと私の中で燻っていた感情をぶつけた。
「幸がね、私以外の人と仲良くしているのを見るとイライラするの」
「……どうして」
「だって! 幸は私のものなんだよ! 私の彼女なの! それなのに他の女と――希幸と仲良くしないでよ!」
「そっか……」
「それだけじゃないよ。私が幸のことを好きなくらい、幸も私のこと愛してよ! じゃないと不安になる」
「うん」
幸は考え込むように目を閉じた。
私はそんな幸のことをじっと見た。
ここが別れ道だ。彼女の答え如何で、私達の関係の進退が決まる。
そう思っていると、幸が重い口を開けた。
「まずはごめん。不安にさせてたんだね。気づかなくてごめん」
そう言って頭を下げた。
「次に希幸のことだけど……彼女と仲良くしていたのは、彼女と私が似てると思ったからなんだ」
「似てる?」
「うん。昔の、人を寄せ付けなかった頃の私と、全く一緒だったんだ、出会ったばかりの希幸は。
それでね……なんていうんだろう……私はね――幸乃に憧れてたんだと思う」
「憧れ? 私を?」
「うん。私を孤独から救い出してくれた姿がかっこよかった。憧れた。だから、私も同じことがしたかったんだ。それで希幸のことを放っておけなくて、仲良くなろうと努力した。努力の甲斐あって仲良くなることができたんだ。私は嬉しかった。純粋に仲良くなれたことが嬉しかったし、あの時の雪乃みたいにできたことも嬉しかった。
けど今は、仲良くなれたことが嬉しくて距離間が近すぎたって反省してる」
「反省……本当にしてるの?」
「うん。こうして幸乃を不安にさせたってこともあるし、近づきすぎて希幸のことも傷つけた――」
それから幸は続きを言うことをためらっているのか一瞬口ごもったが、すぐに覚悟を決め――。
「私ね、希幸に告白されたんだ」
そう告げた。
「それで……?」
幸に話の続きを促す。彼女の口ぶりからして明るい結末にはならなかったのだろうが。
「フったよ。もちろん。彼女がいるからって言って。そしたら泣かれちゃった」
「そっか……」
その言葉に私の中の嫉妬の感情が少しほぐれた。
ちゃんと私を彼女として認めてくれてる。ちゃんと私を優先してくれてる。
「幸はこれからどうしたいの?」
「幸乃と仲直りしたい。私が他の人と関わるのがストレスになるって言うなら金輪際人と関わるのやめるから」
そう真っ直ぐに言ってくれた。
初めてだった。
幸が私を優先してくれるのは。
――でもその言葉が難しいことを誰よりも私がわかってる。
「それは無理だよ、幸」
「無理じゃない。雪乃が嫌がることはもうしないから……」
「希幸さんのことはどうするの」
そう言うと幸は言葉をつまらせた。
やっぱりそうだ。
フったとはいえ彼女も幸の大切な人には変わりない。
それなのに金輪際関わらないなんて無理な話だ。
ガタンゴトンと鉄道の走る音がする。
いつの間にか鉄道は走り出していた。
窓の外をまばゆい光の粒が煌めきながら流れている。
私はそんな幻想的とも言える景色を見ながら、言った。
「いいよ。希幸さんとも仲良くして」
「えっ?」
驚いたように幸が声を上げた。
私は、ただし、と付け加え。
「私のことを一番にすること」
「それはもちろんそうするよ」
「他にもあるよ。私が許可する以上に希幸に近づかないこと。恋人繋ぎなんか絶対ダメ」
「うん。絶対しない」
「あと、メッセージの数は私の方が多いようにして。希幸さんに十回送ったら、私には十一回送るの」
「送るよ、百回だって」
「じゃあこれで最後――私を幸せにして」
それを聞いた瞬間幸は私のことを抱きしめた。
最初は驚いたが、抱きしめられていることを認めると、後ろに手を回して私も抱きしめ返した。
私はすっかり幸のことを許していた。
だって希幸さんのことをフったと、私と付き合っているから付き合えないと言ってくれたんだ。
私のほうが希幸さんより幸に大事に思われていると分かった。
だったら、希幸さんに対しての嫉妬も少しは抑えよう。
何たって私は幸の彼女なのだから。
私は幸の腕の中でほうっと息をつく。
「幸せだなぁ」
「私もだよ」
私達は暫くそうして抱き合った。
✕
――幸視点
何とか幸乃と仲直りすることができた。
その幸乃は私の隣で景色を楽しんでる。
私にはまだ希幸との確執が残っている。
そんな状態じゃなければ、私もこの不思議空間を楽しむことができたのだが。
陽鐘の話だと希幸もまたこの鉄道に乗っていて――いや、車掌の話ではもう降りてしまったみたいだ。
たしか白鳥停車場で降りたと言っていた。
白鳥停車場というのは、銀河鉄道の夜の作中と同じならば次の駅の名前だ。
希幸が一駅しか乗ってないことに疑問を持ちつつ、これからどうするべきかと考える。
私としては幸乃の許しも得たことだし、親友に戻りたい。
だが、果たして希幸はそう思ってくれるか。
そう思っていると、肉声のアナウンスが響いた。
『次は白鳥停車場〜白鳥停車場〜。なお当鉄道は当駅で二十分の停車時間を設けます』
✕
――希幸視点
「宇宙に来たかったわけじゃない……」
確かに私は辛い現実から逃避したくて、暗木陽鐘と名乗る少女の誘いに乗って彼女についていった。
だけど、逃避先がまさか宇宙だなんて誰が想像しようか。
少なくとも私はこんなところに来るつもりはなかった。
「家に帰りたい」
歩いて帰れないかと思い、一番初めに止まった駅で降りたが、やっぱり地元とは地続きになってはいなかった。
「どーなってんのよー!」
私は叫んだが、誰も返事をしてくれない。
それもそうだ。
ここにはキラキラと流れる水と細かな宝石と見間違えるくらいに綺羅びやかな砂が敷き詰められている河原、その近くに真ん中に穴のあいた大きな白い岩があるくらいで、他に何もない。
私はその白い岩の近くにあったプレハブ小屋の中にいた。
どうやらこの小屋は昔、白い岩の真ん中を採掘していたときの拠点だったらしく、小屋の中には発掘した恐竜らしき骨の標本や、屑にも見える石っころが所狭しと置いてあった。
「どうなるんだろう、私」
帰り方がわからない。このままここに一人でいるんだろうか。
「それは……」
嫌だ。と叫ぼうとして、本当に嫌なのかと思い直した。
私は人嫌いだ。
そしてここには人がいない。
それにどうやらここにいればお腹は減らないみたいだ。ここに来てから一日近く経つが一向にお腹がなる気配がない。
つまり、ここってかなり理想的な環境なのでは。
そう思い直してみると、悪いことでもないように思えてきた。
ここにいれば悲しい思いなんて絶対にしない。煩わしい人間関係のことも考えなくていい。
だってここには誰もいないのだから。
……幸だっていない。
「幸……」
私は一体どうしたかったんだろうか。
人嫌いを自称しておいて、誰かを――幸を求めてしまうなんて。
自分でも一貫していないと思うと同時に、しょうがないとも思った。
だって幸だけだったのだ。
私が欲しいと思ったものをくれたのは。
それは可愛いという褒め言葉。親友という心の拠り所。そして、私を包み込む愛情すらくれた。
そんな彼女の一番になりたいと思った。
私は人嫌いで、でも幸のことだけは好きだった。
そうだ。私は幸のことが好きなのだ。
そして、ここにはその好きな幸はいない。
私は無性に幸に会いたくなった。
だが、会ったところでどうするというのか。
すでに私は彼女に告白し、こっぴどく振られたばかりだというのに。
私は幸に求められていなかったのだ。
「私はここにいたほうがいい」
誰も私を求めていない。
私だって誰も求めていない。
だったらここでひっそりと静かに暮らしていたい。
そう思っていたのに――
「おーい、希幸! いる?!」
私を呼ぶ声とともに小屋の扉が開け放たれた。
私は驚いて声のした方を向くと、そこにいたのは――
「幸!? なんでここに?」
「あ、希幸いた! よかった、見つかった!」
幸が居た。その後ろには幸乃さんも。
なんで彼女達がここにいるのか分からなくて目がぱちくりとした。
「帰ろう希幸、迎えに来たよ」
「なんで……」
「なんでって私達親友でしょ。家出した親友が心配で探しに来たの」
差も当たり前みたいに言うが、親友を探して宇宙までくるなんて聞いたこともない。
「……」
そうか。彼女は私のためならこんなところにまで来てくれるのか。
その事実に胸が熱くなった。
だが、彼女は私のことを……。
「止めてよ、幸。そんなことされたらまた勘違いしちゃうよ」
「勘違い……?」
「好きになっちゃうってこと!」
その気持ちを向けたら幸はきっと迷惑に思う。
だって彼女がいると言っていた。
私の気持ちを受け止めたら浮気になってしまう。
それは駄目だ。浮気をしたら周りの人間が不幸になる。実母から学んだことだ。
けど、そんな私の気持ちなどお構いなしに幸は言った。
「好きになってもいいよ!」
「はあっ!?」
驚いて叫んでしまった。
なんて言った、今。
好きになっていい?
そんなこと許されるわけ……。
「私達は親友同士なんだから!」
そう幸は言った。
それを聞いても私には到底理解できなかった。
「親友同士だからって好きあったらそれは浮気だよ。彼女さんに悪いよ!」
「確かに親友として、して良い事と悪い事の明確な線引は必要だけど、好きになっちゃいけない理由はないよ」
恋人のいる人を好きになっちゃいけない。それをしたら不貞行為になって関わった人みんな不幸になってしまう。
だが、どうやら幸はそう思っていないらしい。
「私はね、希幸のこと好きだよ。希幸は? 私のこと好き?」
「それは……」
好きだ。大好きだ。好きに決まってる。
でも、彼女にはすでに好きな人がいて……。
そうやって返事を迷っていると幸は言った。明確に私達の関係を決定づける言葉を。
「親友同士で好き合おうよ!」
「親友同士……?」
「そう……恋人でも友達でもなく、親友として、私の隣りにいてください!」
そう言いながら幸は私に対して手を差し出した。
私はその手を……
「ちょっといい」
そのとき、後ろで見ていた幸乃が話に割って入ってきた。
「その手を取ったとしても、あくまで親友だからね。もしかして恋人になれるかもなんて思わないでよ」
「えっと……なんで幸乃さんがそんなことを……」
「そりゃ私が幸の彼女だからさ」
「えっ!?」
驚いたのと同時に成程なという納得もあった。だからあんなに幸に執着していたのか。
「……幸乃さんは、本当に私が幸の手を取っても良いって思ってるの?」
「取ればいいじゃない。確かに思うところはあるけれど、私は幸の彼女で、幸もそれを認めてくれてる。だったら何の心配もいらないわ。存分に親友になればいいじゃない」
それを聞いた幸は苦笑いしつつ、空いている方の手で幸乃の頭を撫でた。
「そういう訳で、親友になろう。誰も私達のことを邪魔しないよ」
そう言われ、私は手を伸ばしたのだが……。
最後にはっきりさせておきたいことがあった。
「私、幸のこと好きだよ」
「ありがとう。私も好きだよ」
「……私の好きは恋愛的な意味だよ」
「それでも親友としての好きって気持ちもあるでしょ。だったら親友になれるよ」
それは……私の恋愛感情は諦めろということか。
そんなことを平然と言ってのけるなんて、幸は――
「残酷だね」
「こうしないと三人一緒にいられないから。
私はね、二人とも大切な人なの。今更一人切り捨てるなんてできない。二人とも私の側に居てほしい。
……駄目かな?」
ようは私は振られたのだ。
友達のまま――親友のままでいましょうと。
私は今にも笑い出しそうになった。
こんな馬鹿げたことあるか。
振られたからには疎遠になるところを、親友でいようと一生懸命に口説かれてる。
言い換えれば、幸にとって私との関係はそれだけの価値があるということで。
私は、笑顔を浮かべられるように頑張った。
そしてそのまま幸の手を取った。
「これから、親友としてよろしくね」
その瞬間、私は初めて失恋し、それと同時にかけがえのない親友を手に入れた。
✕
――幸視点
「好きです。愛してる。好き好きゆきのん」
「うん。よろしい」
なんとか幸乃と希幸の二人を取り返し、一段落ついた時。
幸乃から、「希幸に言った分、私にも愛を囁いて」とお願いされた。
というのが、さっきまで私が好き好き言っていた理由だ。
希幸を見てみろドン引きしたのか、顔が引きつってるぞ。
でも、まあ、幸乃は満足そうにしているから、それだけが救いだ。
「で、これからどうする」
一杯好き好き言われてほくほく顔になった幸乃が聞いてきた。
「とりあえず鉄道に戻ろう」
小説の通りだと乗ってればそのうち現世に帰れるはずだ。
「本当に帰れるのかな」
希幸が不安げに聞いてくる。
確かにちゃんと帰れる確証はないが、それでもなんとかなると確信があった。
「ま、いざとなったら最果てにでも行ってみよう。私達の持ってる切符を使えばどこまでも行けるみたいだから」
どこまでも行った結果あの世についてしまう可能性もあるが。
まあ行ってみないと分からない。
私達三人は鉄道へと戻った。
それからは、まあ楽しかった。
小説の中のように色々な人物との交流はなかったものの、場面場面で出てきた風景や、小道具なんかは実際に見ることができた。
中でも機内食として出た鳥のお菓子は美味しかった。鳥の形をしたお菓子じゃない。本物の鳥だ。
鷺が丸々一匹括られていて、その羽がチョコレートのように簡単にもげて食べられるようになっている。
味はショートケーキのようで美味しかったが、如何せん見た目が良くなかった。なにせ傍から見たら鳥をそのまま食べているんだから。
私は小説と同じだ! と興奮しながら食べていたが、女子二人は微妙な顔をしていた。
他には星の海を満喫した。
普通ならこんな光景見られないと三人ではしゃいだものだ。
そうしているうちに鉄道はサウザンクロス駅を通過した。
もし、銀河鉄道の夜の小説通りにことが進むなら、もうすぐで下車することになるだろう。
私はそうなる前に、一つ聞いておきたいことがあった。
「私達ってさ、ずっと一緒だよね」
小説の中でジョバンニがカムパネルラにそう聞いた後、二人はすぐに離れ離れになってしまった。
じゃあ、私達は――
「当たり前でしょ。もう幸のいない世界なんて考えられないよ」
「なに? ただの親友じゃなくて、一生涯の親友って言わせたいの?」
二人は当然と行ったように頷いてくれた。
私はその返事を聞いて。
「安心したよ」
私がそう言った瞬間。
突如として私達をまばゆい光が包み込んだ。
「きゃっ――――」
目を開けていられないほどの閃光に、私は目を抑えて堪えた。
そして段々と光は弱まっていき、目を開けるとそこは――
「帰ってきた」
私達が暮らしている街だった。
帰ってきてみると何やら長い夢を見ていた気がする。
でも夢じゃない。
なぜなら私の隣には、
「帰ってきたね」
「あ。私丸一日帰ってないことになってる……ま、いっか」
恋人と親友がいるのだから。
私は二人に向かって言った。
「それじゃ今日はもう帰ろうか」