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3.親友

 ――希幸きさき視点

 

 人生最大の不幸は何かと問われれば、両親が離婚したことと答えるだろう。

 ……いや、この場合、人生最大の不幸の始まりと言ったほうが正しいか。

 私が小学生に上がった頃、両親が離婚した。理由は母の浮気。

 離婚したと言っても、そのことについて両親が話し合っている姿を見たことはなかった。

 私が幼かったから記憶に残ってないというわけではない。

 ある日突然、母は家から姿を消した。

 立つ鳥跡を濁さずと言うが、母の場合二つのものを置いていった。

 一つは手紙。もう一つは離婚届。

 

 手紙の内容は後になって知った。内容はくだんの浮気について。浮気相手と一緒になることを選んだ旨が書かれていたらしい。

 離婚届の方は、ご丁寧にも母が書かなくてはいけない箇所は全て埋まった状態で置いてあったそうだ。

 

 父は母の事を探さなかった。探しても無駄だと思ったのだろう。

 ただ手紙と離婚届を見つけた時の“やっぱりな”という顔は幼いながらも私の心に強く残った。

 

 そして無事……というには呆気なさすぎるが両親は離婚した。

 それが不幸の始まり。次の不幸は私が十歳になったばかりの頃。

 離婚したということは、再婚ができるということで。

 父は再婚した。相手は若い女だった。実母より十以上は若かった。

 会社の後輩だと言っていたが、今にして思えば、それが本当かどうか怪しいものだ。

 

 娘の立場だからこそ言えるが、父はあまり女運がよろしい方ではなかった。母の浮気がその代表例だ。

 あと、父は貧乏くじを“引く”のではなく“引かされる”ことが多かった。どういうことかと言うと、見た目は普通だが中身は貧乏くじということが多かったのだ。

 つまり何が言いたいかといえば、貧乏くじに例えるくらい後妻のことを気に入らなかった。

 

 だってそうだろう。後妻は二十歳そこそこの女だ。母と呼ぶにはあまりにも若すぎる。

 それに後妻の立場になってみれば、わざわざコブ付きのおっさんを選ぶ理由がない。

 申し訳ないが父はこの女に騙されているんだと思った。お金をふんだくられた後、また離婚すると思った。

 娘から見て後妻は怪しさの塊だった。

 

 だからといって、私がなにか行動したかと聞かれれば、答えはノーだ。

 その時の私はまだ十歳になったばかりだ。そんな子どもが大人に対して何か出来ようか。出来てせいぜい物を隠すとか悪口を言うとか、そういった悪戯くらいだ。そんな事しかできないなら何もしないほうがマシだ。

 それに父は幸せそうだった。

 幸せそうな父を見てると、私は何も出来なかった。

 

 が、そんな父の幸せも長くは続かなかった。

 といっても後妻が裏切ったわけではない。

 

 父が死んだ。

 脳の血管が破裂したことが死因なのだが、本筋には関係ないため詳しい説明は省略する。

 ともかく、父は死んだ。

 私と仲の良くない後妻を残して。

 

「可愛げのないガキだな」

 

 父の死後、後妻から実際に言われた言葉だ。

 まあ、その言葉だけで、如何に後妻が碌でもないやつだということがわかるだろう。

 他にも「単純に可愛くない」「使えないガキだな」「愛想もない愛嬌もない、何があるのお前?」等々散々なことを言われたが、きりがないのでこれ以上挙げない。

 

 つまり、後妻は私のことを気に入らなかったし、私は後妻のことが大嫌いだった。

 

 そんな家庭環境で私が健全に育つわけなく。 

 両親の離婚から始まった一連の不幸は、結果として人嫌いの娘を作り上げた。

 

 高校生になる頃には、嫌いなものは人です、と臆面もなく言えるくらいすっかり性根のねじくり曲がったどこに出しても恥ずかしくない厭世家が出来上がっていた。

 

 こんな私にも好きなものがある。

 それは可愛いもの。特に好きなのは赤い頭巾を被ったウサギのマスコット。それのぬいぐるみを無限回収してコレクションする程大好きだ。

 マスコットだけじゃなくフリルたくさんの可愛い服も好きだ。俗に言う地雷系、量産系のファッションを好んでいる。

 後妻から可愛げのない子供だの、可愛くないだの言われ続けた反動で、可愛いものが好きになったんだと思う。

 可愛いものを身にまとっていると私自身も可愛くなれると思えるから、可愛いものは好きだった。

 

 だけど、かわいいファッションもかわいいコレクションもタダでできることじゃない。直接的に言えばお金がかかる。

 だから、高校生になってからバイトを始めた。

 バイト先はメイド喫茶。

 可愛い衣装を着れるからという理由で始めたが、バイト先として当たりだった。

 

 まず店の雰囲気がいい。内装が凝っていて本当のお屋敷みたいだった。

 だからメイド服を着ていても場違い感なく、むしろ馴染んでいると言える。私はすぐにこの雰囲気が気に入った。

 

 次に私のキャラだ。

 何度も言うことになるが、私は人嫌いだ。正直、接客なんてできないと思っていた。だが、蓋を開けてみれば、必要以上のサービスをしないことからお客さんにはクールなメイドさんとして認知されることとなった。

 そう。私がどれだけ客をぞんざいに扱おうとも、そういうキャラだからという理由で許されるのだ。……まあ、給料分はしっかりと働いているから許されている部分もあるが。

 

 ここでなら可愛い服を着つつ、ありのままの私が必要とされている。

 それにスタッフ同士の交流も少ないのも気が楽で良かった。

 私はこのお店が好きになった。

 そんな感じで、バイトは概ね順調だった。

 

 問題は学校生活の方だ。

 四月。高校生になったばかりということもあって、周りの人たちは皆すべからく浮足立っていた。

 私に話しかけてくる人も少なからず存在した。

 当の私は人と上手くやろうなんて欠片も思っていなかったため、全て適当に拒絶した。

 そのおかげで、一週間もしないうちに話しかけてくる人は全くいなくなった。

 ……ただ一人を除いては。

 

「ねぇもう時期中間テストだけど、希幸ちゃんは勉強してる?」

 

「うっさい」

 

 天野幸。彼女こそが除かれたただ一人。

 いくら邪険に扱っても忠犬のように懐いてくる彼女に対して、正直どう接したらいいか分からなかった。

 だって、普通なら二度と話しかけてこないだろうなってくらいこっぴどく拒絶したのにも関わらず、次の瞬間には何事もなかったかのようにケロッとした態度で話しかけてくるのだから。

 初対面の時からそうだ。あっちがしつこく話しかけてくるから、地獄に落ちればいいのに的なことを言ったら、一度は離れたもののすぐに戻ってきた。その後、私と話がしたい訳ではなく、近くで本を読みたいだけと言われては、追い返すことはできなかった。

 

 それからというものお昼休みには必ず私の近くに来て、お弁当を食べながら一緒に読書をするという変わった間柄になった。

 

 変なやつだと思った。何が楽しくて私みたいなやつに構うのだろうか。

 と、同時にこういうやつが一人くらいいてもいいかとだんだん思い始めた。

 まあ、だからといって心を開いたとかそういうのではない。今でも話しかけられたら拒絶している。

 話しかけてこないなら近くにいることくらいは認めてやる。あくまでそんな間柄だ。断じて友達じゃない。

 

 ……そう思っていたんだが…………。

 彼女との関係性が変わる出来事があった。

 それは中間テストが終わり、あと少しで梅雨になるといった時分のこと。

 

 天野幸が私のバイト先にやってきた。

 

 最悪だった。

 私の数少ない落ち着ける居場所がバレたのだ。最悪というより他にない。

 もし彼女が私がバイトしていることを学校中に言いふらしたりしたら、名前も知らないクラスメートが冷やかしに来るかもしれない。

 それは嫌だった。人と関わることを避けたい私にとって、言いふらされるのは悪魔のような所業と言って差し支えなかった。この人の心が分からぬ悪魔め!

 

 ここ数ヶ月彼女が近くにいることが多くて曖昧になっていたが、私のアイデンティティは人嫌いなのだ。知り合いなんて作りたくないし、友達なんてもってのほか。

 だから、幸が店に来ているのを見つけたとき、声を荒らげて取り乱した。

 

 そんな私を幸は――

「かわいいメイド姿が台無しだよ。今の希幸ちゃんじゃお店の雰囲気に合わないよ」

 そう言って宥めた。

 

 その言葉にハッとした。

 そうだ。私はここの落ち着いた本物のお屋敷然とした雰囲気が好きなのだ。

 自分から壊していては元も子もない。

 私は落ち着きを取り戻すと、注文の品を受け渡した。

 

 そしてできる限り言葉に気をつけながらお願いをした。

 

「あの……このことは誰にも言わないで欲しい、です……うちの学校バイト禁止だから」

 

 同級生にバレて冷やかしに来られるだけならまだしも、ここでバイトしてると学校にバレたら止めさせられるだろう。そうなると死活問題だ。

 お金のためにも、私の精神衛生のためにも、できれば長くここで働きたい。

 

 だが、相手は幸だ。散々罵ってきた相手だ。

 素直に頷いてくれるとは……

 

「ん、分かった」 


 と、素直に頷いた。

 まさかそんなはずはない。追い詰められた私が生み出した都合のよい幻聴か何かだ。

 だって私は散々彼女に酷いことを言ってきた。

 これを好機と捉えて強請られるに違いない。

 私はお願いを続けた。

 

「もちろん虫の良い話だって分かってる。今まで散々酷いこと言って邪険にしてきた私が言うのは都合がいいって思うかもしれないけど……」

 

「いや、だから喋らないって、誰にも」

 

 どうやら幻聴ではないらしい。

 私は信じられなくて、更に問いかけた。

 

「……本当?」

 

「ほんとほんと」


 事も無げに頷く幸さん。

 なんて優しい方なんだ。私が逆の立場だったら、払えるものがなくなるまで強請るというのに。

 

「じゃ、じゃあそういうことで宜しく」

 

 私は幸さんの気が変わらない内に会話を切り上げようとした。

 なのだが……。

 

「任された。……あっ、そうだ。こっちも一つお願いしてもいい」

 

「――やっぱり! 何が目的?! 強請る気でしょ」

 

「しないよ、そんなこと! 私を何だと思ってるの!?」

 

 悪魔。

 ……というのは冗談として、私は幸に限らず人全般を信用していない。

 

「じゃあお願いって何よ!?」

 

 どんな無理難題を押し付けられるのか身構えると。

 

「チェキっていうのを一緒に撮りたいなって思っただけ」

 

「チェキぃ?」

 

 予想外の一言が飛び出てきた。

 なぜ、チェキ。そんなもの撮ったって幸には一銭の得にもならないだろう。 

 

「そう。メイド服を着た希幸ちゃん可愛いから、一緒に撮りたいなって思って……ひょっとしてチェキ頼むの駄目?」

 

「駄目じゃないけど……本気で言ってるの?」

 

 今、気のせいじゃなければ可愛いと言われなかったか?

 後妻から散々可愛くないと詰られ続けた反動からか、私は可愛いと言われることが大好きだ。

 可愛いと言われるだけで何をされても許せる。それくらい言われたい言葉。それが私にとっての“可愛い”。

 

「うん。本気も本気、大マジよ。だって希幸ちゃん可愛いんだもん。こんなメイドさんにお世話されたいって思うくらい」

 

「ほ、本気で言ってるの?」

 

 また可愛いって言われた。

 あとお世話されたいって――!

 私は可愛いって言われるのと同じくらい、誰かに必要とされるのも好きだ。ここにいてもいいんだと思えて、安心する。

 

「本気だって。もう希幸ちゃん疑いすぎ」

 

「そっか……そっかぁ――!」


 私はどうしようもないくらい嬉しくなった。

 私は必要とされている!

 可愛いって思ってくれている!

 

「じゃあ! チェキ準備してくるから、待ってて!」

 

 私は急いで裏へと戻った。

 何でもしてあげたい……というのは大げさだが、ここにいる間のサービスくらいならしてあげても構わない。

 私の頭の中は幸のことで一杯になった。

 

 その後、すぐにでも幸のところに戻ろうと思ったが、別のキャストが幸の相手をしていたため、叶わなかった。

 

 次に幸の相手が出来たのはチェキの撮影の時。

 幸とその友達のキャストがチェキを撮影するのを手伝った。

 その次に私も幸と取ろうとしたら、友達の方が怒り出した。

 怒った理由はよくわからなかったが、私と幸が二人きりでチェキを取ることが嫌だったそうだ。どうやら嫉妬したらしい。

 ただの友達の関係なのにチェキの一枚で嫉妬するのは意味が分からないが、そのキャストの意向を組んで私とのチェキは中止に。

 私と幸の二人きりで撮るのが問題らしかったため、急遽、幸と私とそのお友達の三人でチェキを撮ることとなった。

 

 そんな感じで遊んだ後、幸お嬢様はご退店された。

 私もすぐに退勤の時間となった。

 更衣室では例のお友達さんと一緒になった。

 

「ねぇ、希幸さんだよね」

 

「そうだけど」

 

「あんまり、幸と仲良くしないでね」

 

 突然言われたものだからびっくりした。

 まさか、裏で仲良くしないよう釘を差すほどに嫉妬深いとは。

 ここで素直に頷けるほど可愛い性格をしていたらもっと楽に生きれたことだろう。

 だが、伊達に人嫌いを自称するほど捻くれた性格していない。

 

「は? 私が仲良くしたいんじゃなくて、幸の方から詰め寄ってくるんだけど。釘を差したいならあっちに言えば」

 

 私はそれだけ言うと、お友達の反論も聞かずに店を出た。

 その時私の中に反骨意識というのだろうか、お友達に痛い目見せてやりたいという気持ちが芽生えた。

 具体的には幸と仲良くなって、お友達に見せつけてやりたくなった。

 そこまで思って私はハッとした。

 

「……なんじゃそりゃ」

 

 私は人嫌いだ。

 だのにいくら気に入らない奴を貶めるためとはいえ、他人と仲良くなりたいなんて。

 今までの私からは考えられないことだった。

 ここ数ヶ月幸は何を言われても私の側から離れなかった。それに今日、私が言われたかった言葉を一杯言ってくれた。

 

 まさか私は絆されてしまったのだろうか。

 

「馬鹿らしい……」

 

 私は人嫌いだ。それは今でも変わっていない。

 

 でも……。

 幸とは連絡先くらい交換してもいいかもしれない。

 

 

    ✕

 

 

 幸と連絡先を交換して数ヶ月。

 季節は秋を迎えていた。

 

「もうすぐ文化祭だね」

 

 そう幸が話しかけてきた。

 この頃になると私達は世間話くらいなら難なくこなせるくらいには親しくなっていた。

 行事ごとを億劫だと感じるタイプの私は、乗り気じゃないのを隠すことなく言った。

 

「なにするのかな。あんまり派手なのだと参加したくない」

 

「なにそれ」

 

 幸はカラカラと笑った。

 

「じゃあメイド喫茶とかは? 丁度いいじゃん」

 

「だとしたら、私は裏方しかしないよ」

 

「へ? なんで? フロアに出なよ。経験が生きるじゃん」

 

「……幸さぁ、私が人嫌いだってこと忘れてない? 最近はバイトだって億劫に思うときがあるのに、学校でまで接客してらんないって」

 

「そうなの?」

 

「……バイト行くの気が重いのよ、最近」

 

 何故かと言われれば、例のお友達さんが私に突っかかってくるからだ。

 事あるごとに、幸とは仲良くしないでよ、幸と必要以上に話さないで、幸の半径一キロ圏内には近づかないでと、口を開けば幸、幸、幸と言い詰めてくる。聞いているこっちはノイローゼになるんじゃないかと思うほどだ。

 

「大丈夫なの?」

 

 幸は心配そうに聞いてくる。

 

「ま、なるようになるでしょ」

 

 気負わずに言った。

 本当に我慢できなくなったらバイトを辞めちゃえばいい。

 惜しいとは思うが、メイド喫茶が私の居場所の全てというわけでもあるまい。

 

 そう結論づけた私は、意識を目の前の行事へと向けた。

 

「文化祭ねぇ……」

 

 何をやるにしても人と関わることになりそうだ。

 そういうのが嫌いな私は、億劫な気持ちになるも、

 

「にへへ、楽しみだね文化祭」

 

 隣で幸がニコニコと笑っている。

 そんな笑顔を見ているうちに、何とかなるかと思えた。

 

 

 そんなこんなで、文化祭当日となった。

 出し物はメイド喫茶に決まった。

 まさか本当にメイド喫茶になるとは思わなかった。決まった瞬間の驚きといったら、私と幸がまったく同じタイミングで顔を見合わせるほどだった。

 

「せっかくメイド喫茶なのに裏方なの残念だね」

 

「前も行ったけど、私は裏方の方が良かったの。だから残念じゃないよ」

 

 私と幸は仲良く裏方だ。

 私が準備とか調理とかの裏方を志願したら、幸も、じゃあ私もと言ってついてきた。

 裏方に回った理由は、学校の行事でまで接客をするつもりは更々なかったというのもあるし……周りの反応を考えてのことだ。

 

 今でこそ幸とだけは普通に話しているが、元々私は誰に対しても好意的な態度をとっていなかった。

 そんな私が、文化祭を一緒に楽しもー私メインのメイドやるから皆よろしくねイエーイ! みたいな態度を取ってみろ。

 総スカンとまでは言わないまでも、あまりいい思いはされないだろう。

 だから、私は大人しく裏方に徹するのだ。

 だからといって手は抜かないが。

 今の今までだって裏でオムライスを量産してきたばかりだ。

 

 そんな訳で今は休憩時間。

 私と幸は他のクラスの出し物を見て回っていた。

 

「わざわざ、私に付き合って裏方に回らなくてもよかったのに」

 

「それは言わない約束よ。私とあなたの仲じゃない」

 

「どんな仲よ」

 

「そりゃ親友でしょ」

 

 ふざけてじゃれ合ってる最中に突如爆弾を投げ込まれた。

 私は驚きで幸の顔をじっと見てしまう。

 

「どうしたの。鳩がスナイパーライフルでヘッドショット喰らったみたいな顔をして」

 

「なに、それ」

 

 その例えだと暗殺されて死んだことになってるんだが。

 私は気を取り直して、先程の発言の意味を聞いた。

 

「私達って親友なの?」

 

「え? ちがうの?」

 

 さも当然とばかりに小首をかしげる幸。

 つまり、幸からしたらとっくに私達は親友だと思っていたということで。

 

「……どうだろうね」

 

 私は誤魔化した。

 まさか私みたいなやつに親友と呼べる人が出来るなんて思わなかったからだ。

 なにやらむず痒くって、幸の顔が見れなかった。

  

「え、なになに、照れてるの? ねぇ照れてるの?」

 

「うっさい」

 

 目ざとい幸は、私が照れたのを瞬時に見抜き、からかう様に私のことをつんつんと突いてきた。

 私は耐えきれなくなって、叩くように幸の肩を押しのけると、その場から離れようとした。


「あ、どこ行くの」

 

「少し一人にさせて」

 

 幸は困ったような顔をしたが、あまり遅くならないでよーとだけ言って、追ってこようとはしなかった。

 それが有り難かったし、少し寂しくも感じた。

 

 落ち着けそうな場所を探すが、今は文化祭の真っ最中。

 そこかしこで誰かしらが忙しなく動き回っていた。

 私は仕方なく昇降口の空いているスペースの一角に背をもたれさせた。

 そして、ぼんやりと行き交う人々を見ながら考える。

 

 幸は私のことを親友と言ってくれた。

 喜ばしいことだ。……喜ばしいことなのだろう。

 なのに素直に喜べない自分がいた。

 正直親友という肩書は私には荷が重く感じる。

 親友というのは友達の中でも特別な存在だ。少なくとも私はそう考えている。

 人との関わり方が分からない私にとって、誰かの特別になるというのは不安でしかない。

 だってそうだ。特別な存在ということは、私に期待を持っているということで。

 言葉を交わさなくてもお互いのことが分かるとか、無理難題に直面したとき力を合わせて解決するとか、そういうことを私に期待されても困る。

 他人に対してそこまで興味を持てないし、理解もできない。

 そう。私には親友を作ることも、親友になることも無理なのだ。

 

 でも……。

 

「…………」

 

 思い浮かぶのは幸のこと。

 何故だか彼女の顔が頭から離れなかった。

 

 と、その時――。

 

「郡山さんてさ、最近調子に乗ってない?」

 

「郡山……? ああ希幸さん。そうだよね」

 

 そんな言葉が聞こえてきた。

 言葉の主はクラスメートの女子達。確か、私が以前こっぴどく拒絶した娘達だ。

 私に気づいていないのか彼女達は続ける。

 

「あなた達のことは下に見てますからーみたいな面しておいてさ。行事になったらしれっと楽しんでるの」

 

「馬鹿じゃないのって感じ。みんなあんたに言われたこと忘れてないのにさ」

 

「チョーシいいんだ。勘弁してくれよって思うよ。こっちはまたあんたがいつ癇癪起こして雰囲気悪くなるんじゃないかって気が気じゃないってのに」

 

 呼吸が止まった。

 心臓がバクバクと音を立てて激しく脈打つ。

 今すぐこの場から逃げ出したかったが、今動けば私がここにいて話を聞いていたことがバレてしまう。

 

 ああそうだ。私はそういうやつだ。

 自分勝手に他人を傷つける。他人にどう思われようが関係ない傍若無人な態度を取り続けてきた。

 幸と出会ってから忘れてしまっていた。

 私は一人でいるべき人間なのだ。


 クラスメートが通り過ぎた後も私はしばらくその場を動けないでいた。

 なんであんな態度を取ってしまったのかという後悔。

 どうして他人と上手く関わることができないのかという悲しみ。

 こんな私なんて嫌われても仕方ないという納得。

 

 そんな感情がぐるぐると混ざり合って、どうしようもなく気持ち悪くなった。

 

 気持ち悪さに苦しんでいる中、思い浮かんだのは幸の顔だった。

 なんで彼女はこんな私のことを親友と呼んでくれたのだろう。

 

「私にそんな資格ない」

 

「何の資格?」

 

 突然横から話しかけられて、ぎょっとした。

 幸が居た。

 あからさまに驚いた私を見て、幸は申し訳無さそうに頭を掻いた。

 

「ごめ、そんな驚くと思わなくて」

 

「……なんでいるの?」

 

「なんでって……親友の帰りが遅いから探しに来るのはおかしいかね」

 

 そう言って、にへへと朗らかに笑った。

 その笑顔を見て、私は――

 

「親友じゃないよ。私達」

 

 出てきたのは拒絶の言葉だった。

 もうだめだった。

 どうして私はこんなやつなんだ。

 例え嘘っぱちでも探してくれて有難うって言えば、この場は何事もなく過ごせるというのに。

 でも、それが出来なかった。

 

 だって、私は人嫌いなんだ。

 両親の離婚から続いた一連の不幸は、私をこんな人間にしてしまった。

 まだ不幸は続いていたんだ。

 人と仲良くできないという不幸。もはや呪いだ。私はこれからも近づいてきた人を拒絶するのだろう。

 そうして私は、私のことを親友と呼んでくれた人だって失って、一人に。

 

「なに言ってんの。親友に決まってんじゃん」

 

「え……」

 

 だが、幸は私のことを見捨てようとはしなかった。

 

「何を悩んでるのか知らないけれど、私達は立派な親友だよ」

 

「なんでそう言ってくれるの……親友なんて……私、いっぱい酷いこと言ってきたよ」

 

 感情が溢れてきて今にも泣きそうだった。

 そんな私を受け止めるように幸はにこりと笑って。

 

「親友なら口喧嘩ぐらいするよ」

 

「でも……」

 

「でもも何もないよ。私が親友って言ったら親友なの」

 

「……でも」

 

 私はそうは思えなかった。

 今更、誰かと仲良くなんてできるわけ――。

 

「ああもう! 分かった! こっち来て!」

 

「えっ!? ちょっと、幸!」

 

 突然幸が私の手を掴むと、走り出した。

 あまりの突拍子のなさにつんのめりそうになるも、引っ張られるまま足を動かした。

 

「どこに向かってるの?! ねぇ幸!」

 

「二人っきりになれるとこ!」 

 

 ぐんぐんぐんと人混みをかき分けて進んでいく。

 目的地にはすぐについた。

 なんの変哲もない女子トイレだった。

 半ば強引に連れ込まれたそこは、私と幸以外誰もいなかった。

 

「こっち」

 

 幸はその中を更に進む。


「え、ちょ――わっ」

 

 気づいたらトイレの個室の中に押し込まれていた。

 私のあとに続いて幸も入ってくる。

 

「な、なんでトイレ?! しかも個室に二人きりで?!」

 

「話をするには丁度いいでしょ」

 

 そう言うと、カチャリと音がした。

 

「なんで鍵閉めて……」

 

「だってこうしたら逃げられないでしょ」

 

 幸の目はガチだった。

 私は恐ろしくなって後ずさったが、たかがトイレの個室。大して距離をとることは叶わず、むしろ足を取られて、きゃっと小さく叫びながら便器の上に倒れるように座り込んでしまった。

 

 これからどうなるのか検討もつかず、幸の動向を伺う。

 

「前にもね、友達とこうして話したことがあるの」

 

「トイレでって事?」

 

 うん、と幸は懐かしげに頷いた。

 

「あの頃の私は……そう、希幸と同じだった」

 

「私と……?」

 

「そう。端的に言えば人嫌いだったの」

 

「嘘だ!」

 

 私は叫んだ。

 人嫌いってワードと幸がどうしても結びつかない。だって彼女はこんなどうしようもない私に構ってくれるくらい面倒見が良い。

 それなのにまさか人嫌いなわけ……。

 

「嘘じゃないよ。当時の友達がね、こうやってトイレに連れ込んで気持ちを伝えてくれたおかげで、私は変われたの。友達だって作れるようになった。

 だから、希幸だって代われる。私と親友になろうよ」

 

 それを言いたいがために、私もこうしてトイレに連れ込まれたわけか。

 

「でも、それでも私の意見は変わらないよ。私と貴方は親友にはなれない」

 

「なれるよ」

 

「なれない!」

 

 私は力の限り否定した。

 どうにか親友になるのを諦めてもらおうと、続けて言った。

 

「こうしてさ、親友になってくれようとする幸には悪いけどさ、私なんて親友にする価値ないよ!

 自分のことしか考えてない最低な女だし、今まであなたのことをいっぱい傷つけた。それなのに何食わぬ顔で親友を名乗れないよ、私は」

 

 怒涛のまくし立てに幸はキョトンとした顔をした。

 だが、すぐにニヤリと笑うと。

 

「じゃあ大丈夫。私達親友になれるよ」

 

 それでもなお親友になれると嘯く幸の姿にカチンと来た私は声を荒らげた。

 

「なんで! そんなことが言えるんだよ!」

 

「そりゃ、希幸がそれだけ私のことを大切に思ってくれてるからだよ」

 

 と、予想外な言葉が飛んできた。

 

「大切に思ってる……? 幸のことを……? 私が?」

 

「うん。要は自分が私に釣り合ってないって考えてるわけでしょ。希幸はさ。

 それってさ私のことを大切に考えてるわけで」

 

「そんなことない!」

 

「そんなことあります! だって希幸にとって私がどうでもいい人間だったら、その場限りの嘘でもついて、適当に頷いとけばいいだけだよ。でも、あなたはそれをしなかった。私のことを大切にしてる証拠だよ。

 それなのに希幸ったら、傷つけたことがあるとかそんなことグチグチ気にして……さっきも言ったけど、口喧嘩ぐらい本当の親友ならいくらでもするからね」

 

「でも、私は――“こんな”私じゃ……」

 

 不意に、ふわっと柔らかな香りが私を包んだ。

 一瞬遅れて、柔らかく温かいものに抱きしめられた。

 

「あ――」

 

 幸に抱きしめられた。

 そのまま幸は慈愛に満ちた声音で。

 

「私の大切な人を“こんな”なんて形容しないで」

 

「う、ぁあ――――」

 

 胸の内から熱いものがこみ上げてきた。

 それは長い間満たされなかった感情。

 今まで生きてきて誰からも貰ったことのないもの。

 

 熱いものはすぐに一杯になり、目から溢れ出た。


「うわぁ……ん、ぐずっ」

 

 溢れてきた熱いものの名は、愛情。

 それを一滴も零すまいと幸はしっかりと私のことを何も言わずに抱きしめ続けた。

 しばらく私はそのまま泣き続けた。

 

「泣き止んだら、二人で文化祭を見て回ろう。手なんか繋いでさ」

 

「うん、うん」

 

 私は親友の優しさに涙を流しながら頷いた。

 そうだ、手を繋ぐ時少し特別なつなぎ方を――そう、恋人繋ぎなんかをしてもいいかもしれない。

 だって私達は、特別な関係――親友なんだから。

 

 

   ✕

 

   ✕

 

 

 初夏。

 蝉の声が幾重にも重なり、騒々しい曲を奏でている。

 蝉の声が五月蝿くて良かったと、今は思う。

 だって、私の泣き声をかき消してくれるから。

 

 私は泣いていた。悲しくて泣いていた。

 フラレたのだ。

 一世一代の告白だった。

 私の親友。私に初めて愛情を注いでくれた人。

 幸。

 こっぴどくフラレた。そりゃもう一縷の望みもないくらいに。

 もうすでに彼女がいると言っていた。

 馬鹿にするなと叫びたい。

 彼女がいるのに、私に優しくしてんじゃねぇよ。

 

 幸から、既に彼女がいると聞かされた直後、私は逃げるように走り出した。

 幸の静止を振り切って、無我夢中に走った。兎に角、幸の側から一刻も早く離れたかったのだ。

 

 そして私は今、見覚えのない道をトボトボと歩いている。すっかり迷子になっていた。

 

「おやおやお嬢さん、どうして泣いているんだい?」

 

 不意にそう話しかけられた。

 いつの間にか目の前に、私と同じ制服を着た女生徒が立っていた。

 

「放っといてよ……」

 

 私は鼻を啜りながらそう答え、彼女の横を通り過ぎようとした。

 その時――

 

「幸に酷いことでも言われたの?」

 

 私は驚いてバッと首を振って女生徒のことを見た。

 その女生徒はニヤニヤとした顔をしながら私のことを見ている。

 その姿が嫌に不気味に映り、私は身構えた。

 

「あなた、何?」

 

 気づけばそう問いかけていた。

 誰、ではなく、何、と問いかけたのは意識してのことではない。

 彼女の得体の知れなさが無意識のうちにそうさせた。

 

 女生徒は私からの問いかけにニヤニヤとした顔を崩すことなく、答えた。

 

「私は、暗木陽鐘」

 

 蝉の声が遠くに感じる。

 私の頬をツウっと冷や汗が走った。

 逃げ出したほうがいいと本能が訴えかける。だが、不思議と足が動かなかった。まるで化け物に魅入られたみたいだ。

 

「傷心の君の心を癒やすのに丁度いいところを知ってる。

 おいで、案内するよ」

 

 暗木陽鐘は私に対して手を差し出してきた。


「……………………」

   

 私は気づけば暗木の手を取っていた。

 

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