2.恋人
――幸乃視点
中学の卒業式の翌日、私はカーテンを閉め切り僅かな陽光がぼんやりと照らす自室の隅で膝を抱えて丸まっていた。
「カミサマのばか……」
不意にそんな言葉が口をついて出た。
もしも神様が本当にいるのならきっと誰にでも平等で公平で……幸福と不幸を乗せた秤がきっちり水平になるよう仕組んでいるようなドがつくほどの真面目さんなのだろう。
そう思わなくては、このやり場のない感情をどこに向ければいいか分からなかった。
中学三年生の冬。
高校受験も佳境となった時分に――私は、熱を出した。
熱を出して朦朧とした頭で受けた試験の結果は散々たるもので……。
志望校から落ちた私は、完璧に受験に対するやる気を無くし、解熱した後に受けたいくつかの高校にも落ち続け、結局第一志望よりも数ランク落ちる高校に入学することとなった。
こんな運命を仕組んだ神様を恨まずにはいられない。
――ただ一つ、約束があった。
同じ学校に行こうねと、指切りまでして交わした約束。
私が一番大好きな人と交わした……絶対に叶えたかった約束。
風邪を引くなんてヘマをしたせいで約束は違え、この春から一番大好きな人――幸と離れ離れになる。
どうして幸と離れなくては行けなかったのか。
同じ高校に通うために苦手な勉強を頑張った。
それだけじゃない。頭だけでなく見た目もだ。美人な幸と一緒にいて見劣りしないように化粧の仕方からスキンケア、髪の手入れまで己を磨くことを怠らなかった。
それもこれも幸の隣に居続けるため。
私が望むのは幸と同じ時間を過ごすこと。友達として幸の一番近くに居られれば幸せだった。
……ただそれだけなのに、私の望みはボロボロに崩れ去った。一縷の望みだって残っちゃいない。
「幸……」
無意識の内に呟いた愛しい人の名前は、どこにも届かず空気に融けた。
幸。彼女こそかけがえのない私の幸福。
もしも、神様が幸福と不幸のバランスを保っているとしたら。
高校受験に失敗し、幸と離ればなれになったことを人生最大の不幸とするならば、幸と出会えたことが最高の幸福だ。
そう考えると、なるほどどうしてバランスは保たれている。
どうしようもない現実を前に私は自嘲げに苦笑した。
✕
――幸との出会いは、中学生に上がってから。
出会ったばかりの幸は、孤高の人だった。
決して人を寄せ付けず、誰も頼らず……自分一人だけで世界を完結させているような。
彼女はいつも一人でいるというのに全く惨めな感じはせず、むしろ堂々としていて……その姿は厳かとか尊いとか、なんというか……手の届かないというのだろうか、他の有象無象とは違う特別な人のように思えて仕方なかった。
私はそんな幸に憧れた。かっこいいと思った。
彼女と友達になれたらどれ程良いだろう。
だが、それは難しいのだろうなとすぐに思った。
というのも、数名のクラスメートが幸と仲良くなろうとして話かけるたびに……。
「ごめん。一人でいるのが好きだから」
幸はぶっきらぼうにそう言って拒絶していたからだ。
取り付く暇のないその態度に、次第に話しかける人は減っていき、入学式から一週間もすると幸に話しかける人は誰ひとりいなくなった。
仲良くしたいなと思う気持ちは変わらずにある。だけど、なんの策もなしに話かけても他のクラスメートと同じ……拒絶されるだけの二の舞だ。
どうしても仲良くなれるビジョンが見えず、話しかける勇気が出なかった。
このままクラスが変わるまで、遠くから見つめるだけなんだろうな。
そう思うと、はぅ……とため息が出た。
「相変わらず人嫌いちゃんにお熱かい?」
そう言って話しかけてきたのは私の隣の席に座っているクラスメート。
名前は暗木陽鐘。
その面倒見の良さと人懐っこさからクラスの中心となっている人物だ。
そんな彼女から突然話しかけられて私は少し辟易とした。
彼女のことは得意じゃなかった。彼女は人当たりが良すぎるのだ。
例えるなら無遠慮に話しかけてくるアパレル店員のような。
パーソナルスペースがバグっている彼女と話すことを億劫に思いつつも言葉を返した。
「お熱っていうか……その、気になるだけだよ」
「でも、いっつも見てる。……やっぱり人気あるよね、幸はさ」
「やっぱり……?」
「小学生の頃から人を惹きつけるところは変わってないからさ」
どうやら暗木さんと幸は同じ小学校だったらしい。
そういえば私は小学生の頃の幸を知らない。
ひょっとしたら幸の過去に彼女と仲良くなるヒントがあるかもしれない。
それを知ることができるならと、暗木さんに対する気後れを押し殺して問いかけた。
「幸は小学生の頃もああやって一人でいたの?」
「昔……って程前じゃないけどさ。明るい子だったよ。友達も多かった」
語られた幸の姿は今と一八〇度違うものだった。
どうせ知らないからと適当な嘘でもつかれたのかと疑ってしまう程だ。
怪訝な顔をした私を見たせいか、暗木さんは苦笑しながら続けた。
「変わったのは小五の夏休み明け。雰囲気が変わったっていうのかなんというか」
「理由は分かるの?」
「ぜーんぜん。……ただおかしな質問をするようになったね」
「おかしな質問……?」
「幸せって何って質問。色んな人に聞きまわってた」
「なにそれ? わざわざ聞きまわること?」
「さあね。……幸にとっては大事だった。それだけのことでしょ。だから満足いく答えをくれない他人を見限って、ああして一人でいるんでしょ」
幸にとって大事だった。
その一言がすべてのように感じた。
「そっか」
幸と仲良くなる糸口が掴めたかもしれない。
私が幸せとは何かという問いに対して、幸の満足行くような答えを出せたのならば、きっと幸の特別な人になれるのでは……?
幸の特別になれる。それは私にとっての幸せだ。
私が幸せだって思う気持ちを幸に伝えられたら、幸だって幸せな気持ちになれるのではないか。
で、また幸の幸せが私に返ってきて、更に私の幸せを幸へと――。
ほら見ろ。これで幸せサイクルの出来上がりだ。
「ありがとう。暗木さん」
「……どう、いたしまして……? なんで感謝されたのかな、私」
「おかげで話しかける決心がついた」
「そう……へっ?」
目を丸くした暗木さんを置いて、私は幸の方へと向かって歩いた。
私の幸せが、幸の幸せになるのなら、それは――――。
「貴女と私、おんなじ幸せだね!」
突然話しかけられた幸は驚いた顔になり、次いで怪訝な顔に変化した。
「同じ……?」
ゴミ虫でも見るような顔をした幸を見て。
――しくじったぁっ! これじゃ不審者みたいだ。何が同じ幸せだよ。頭の中で組み立てた謎理論が他人にも通用すると思うなよっ!
と、勢いだけで出来の悪いナンパをしてしまったことに内心で焦りと後悔が生まれていた。
誤魔化さなくては――このままでは痛い子だと思われてしまう……!
「……えっと、ほら……幸さんでしょ? 私はね、幸乃っていうの!」
「……ああ、漢字が同じってことね」
何とか誤魔化せたみたいでホッと胸をなで下ろした。
だが、問題はこれから。
せっかく話しかけることができたのだ。なんとか会話を続けたい。そしてお友達になりたい。
私が何とか会話を続けなければ……と焦っていると。
「それで何かご用、幸乃さん?」
幸の方から話しかけてきてくれた。
そう話しかけてくれたのだ。
いつも他人に対して塩対応な幸が、私に。
私は嬉しくなって思わず口元が緩み、えへへと笑ってしまった。
その拍子に本音が漏れた。
「幸さんとお話してみたくて」
「そう。私は別に話したいことはないけど」
つっけんどんな言葉につれないね〜なんて返しつつ何とか会話を続けようと話題を探した。
目についたのは幸の手元に収められている文庫本。
これだ! と思い、早速口に出す。ついでに近くから椅子を拾ってきて、絶対に離れないぞという意思を込めて幸の前に陣取った。
「幸さんはいつも本を読んでるけどどんなの読んでるの?」
「……あなた無茶苦茶ね。空気読めないでしょ」
「それが私の美点ですので」
嘘。美点だなんて思っていない。
ただ、この機会を逃したら二度と幸と話せないような気がしたから。
だからこそ頑張って会話を続けようとあることないこと吐き出している。
「で、どんな本読むの?」
問いかけてみたものの返事はないかもしれない。
次の話題はどうするか、なんて考えていると……。
「……今読んでるのは、銀河鉄道の夜。宮沢賢治の」
「うえっ!?」
こうも素直に返事をしてくれるとは微塵にも思っていなかったため、変な声が出てしまった。
「……うわ」
そんな私を幸は不審者でも見るような目で見つめてくる。
「ごめっ、ごめんごめん! 驚いて変な声がでちゃっただけで」
「驚くようなことあった? 別に官能小説読んでたわけでもあるまいに」
「いやぁ……まさか素直に返事が返ってくるとは思わなくて」
「……は?」
何の前触れもなく幸は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
次いでバタンと乱暴な動作で本を閉じると、立ち上がりこれまた乱暴にガララと音を立てながら机の中に椅子をねじ込んだ。
私は思わず、ひっ、と息が引きつった。
何事かとクラスメートの視線が私と幸――とりわけ傍目から見ても苛ついてるのが分かるほど剣呑な雰囲気を纏っている幸に集まった。
「え、ええと……どうしたの?」
私は恐る恐る声をかけた。
「トイレ」
それだけ言うとツカツカと教室を出ていった。
「まっ、待ってよ〜」
私も急いで後を追った。
どうして急に怒りだしたのか分からなくて首を傾げる。
何か気に障るようなことをしただろうか。思い返してみるも思い当たるふしはない。
「ごめ、ごめんね幸さん! 何か気に障ったんなら謝るから……止まって!」
「……」
幸は聞く耳を持たない。
返事もなければ、足も止まらなかった。
「もう!」
訳が分からないながらも幸に追いつこうとして懸命に足を動かした。
私が歩くスピードを速めると、それに比例して幸の歩みも速くなった。
傍目から見たら競歩のようだったろう。
気づけば走っているのと遜色ない速度にまでなっていた。
幸は当初の言葉通り女子トイレに入って行った。
彼女の後に続いて私もトイレに入る。
トイレの中は私と幸を除いて誰もいなかった。
私がトイレに入ったときには幸は既に個室の中に入っており、今にもドアを閉めようとしている所だった。
「ちょっとっ! 待ってっ!」
ガッ!!
閉まりかけたドアの隙間に手を差し込んで、ぐぎぎぎっと力を込めてドアが閉まるのを妨げた。
無理やり侵入してくる私を見て、幸は大きく目を見開き、慌てたように口を開く。
「なにあんた、頭おかしいんじゃないの?!」
「それが! 私の! 美点ですっ!」
嘘だ。美点だなんて思っちゃいない。強引だって自分でも思う。
でも、ここで手を離したら二度と彼女と会話することができなくなると思った。理由はない。でも確信はあった。
「手を離しなさいよ!」
「い! や! で! すっ!」
力任せにドアをこじ開けると、中にいた幸を奥へと押しやって私も個室の中へと入った。
「はあ……はあ……これで、落ち着いて話せるね……」
先程まで幸を追って走っただけでなく、ドアを力任せにこじ開けた事も相まって息が乱れた。
当の幸は怯えたように私から距離を取った。だが所詮ただの学校に備え付けられているトイレの一室。大して距離を取ることは出来ていなかった。
幸は怯えの宿った瞳で私を見た。
「なんなの……あんた……」
「私は――その……えっと」
言葉が出てこなかった。
はたして私は何がしたかったのか。
二度と話して貰えない気がしたから、こうやって幸を追いかけた訳なのだが。
追いかけて何がしたかったのかと問われれば、明確には分からない。
怒った理由を聞いて謝りたかった?
それも確かにあるが、怯えられてまで実現したかったことではない。
二度と話せなくなると思ったのもただの妄想だ。実際に幸から絶縁を告げられたわけではない。
じゃあなんで私はこうして追いかけたのか。
「あ……」
そのとき暗木さんが言っていたことを思い出した。
――小学生の頃の幸が幸せについて聞きまわっていたということを。
幸せ――そう幸せだ。
私は私の幸せを求めた結果、幸を追いかけ回していたのだ。
ずっと話したかった憧れの存在。
仲良くなりたいと願った特別な女の子。
そんな彼女と言葉を交わすことができた。それだけじゃない。他の人にいくら話しかけられても邪険にしか返さなかった幸が、私とは普通に話しをしてくれたことに優越感のようなものを覚えた。
けど、まだ足りない。
もっと彼女と話をしたかった。もっと仲良くなりたかった。
だから――追いかけた。
「……せっかく二人きりになれたのに、逃げられたら嫌だな」
私は後ろ手で鍵に手を伸ばす。
カチリと、世界を隔離するには軽い音。
だけど確かにこの狭い空間は私と彼女だけのものとなった。
「なんなの、あんた……」
「やだな、怯えないでよ……幸ちゃん。変なことしないよ」
安心させるように幸の両手を取り、包み込むように握った。
幸は振りほどこうと手を動かした。
私はそれを無視して話しかける。
「私はね、幸ちゃん……あなたと一緒にいると幸せに思うの」
その言葉を聞いた瞬間、幸は抵抗を止めて、私の顔をまじまじと見た。
それを好機と捉えた私は更に話を続ける。
「ずっと仲良くなりたかったの。でね、今日実際に話すことができてね、嬉しかった」
「……だから? 全部あなたのことばかりじゃない。私は嬉しくもないし幸せじゃない」
「そうかもしれないけど……だけど――」
拒絶されるだろうとは思っていた。すでに覚悟は決まっている。だからこんなことでは止まらない。
私は勢いのまま告白した。
「私が幸せにするから!」
「は……?」
私の告白にキョトンとした顔をした幸。
そんな彼女に構わず私は続けた。
「私が幸せだって思えた分をそのまま幸に返す。幸が幸せになってくれたら私も幸せ! その幸せも幸に返す。そうすれば、私達いつか抱えきれないくらい幸せになれるよ!」
「そんなのできるわけ……」
「できる! むしろ私がいないと幸は幸せにはなれない! いいの?! 私を拒絶したら、これから先の人生幸せじゃなくなるよ!」
言い切った。どちらかというと言ってやったという気持ちのほうが近かった。
私の発言を証明するような証拠はない。
全部勢いに任せた感情の爆発だ。
「ぜったい、幸せにするよ。だから――」
でも、だからって一歩も引かない。
強引にでも攻めないと彼女はきっと逃げてしまう。
私は力強く一歩踏み込んだ。
「私と! 友達になってください!」
私はまっすぐ幸を見つめる。
幸は逃げ出そうとはしなかった。
代わりにポツリと口を開く。
「私だってね、人間なんだよ」
「知ってるよ」
「いいえ、分かってない。分かってないわ。一人でいるのが可愛そうだから同情で仲良くしてあげるって思ってるんでしょ。腹立つし余計なお世話」
「そんなこと思ってないよ」
「嘘。だってさっき何の本読んでるかって聞かれた時に素直に答えたら驚いてた。ただ返事をしただけなのに。それなのに変な声出して驚いて……内心、私のこと珍獣かなんかだと思ってるんでしょ。興味本位で近づいてきたんでしょ」
「……それはごめん。正直に言えば返事が返ってくるなんて思ってなかったから……でも、驚いたけどそれ以上に嬉しかったんだよ、私。認められてるって思ったんだ」
「認め……?」
「うん。一人の人間として……一人のクラスメートとして」
「なにそれ」
「だって幸、話しかけられても返事しないことのほうが多いから」
「それは……」
「どんな理由があってもいいよ。私にはちゃんと返事をしてくれた。それが嬉しいの」
私はニッコリと微笑んだ。
特別なのだ。たとえあの一瞬だけだったとしても私は幸の特別に成っていた。
ニコニコと笑う私を見た幸は戸惑っているのか、目を逸らしながら言った。
「あんた、頭おかしいでしょ」
「それが私の美点ですので」
本心だ。じゃなきゃこうやって幸と話をすることはできなかった。
幸はゴクリと生唾を飲む。
恐る恐ると言ったふうに口を開いた。
「本当に、私を幸せにしてくれるの」
「もちろん」
「……」
幸は何も言わない。
ただジロリと私のことを睨むだけ。
そのとき、キンコーンと授業の始まりを告げる鐘の音が鳴った。
鐘の音を合図に幸は口を開いた。
「友達なら、いいよ」
「――――!!!」
思わずガッツポーズをしそうになった。それくらい嬉しかった。
代わりに幸の手を握ったまま手をブンブンと振った。
「ほんとに?! ほんとにほんと?! 嘘じゃないよね!? 今更嘘だって言っても遅いからね」
「喜び過ぎよバカ」
幸はため息をつきつつ苦笑した。
「じゃあ授業始まったし教室戻りましょ」
「戻んなくてよくない?」
「は? いや、あんた……」
「あんたじゃなくて幸乃」
「……幸乃」
「はい、なんですか、幸!」
「授業でるよね……?」
「今日はもうよくない? せっかく友達になったんだから、このままお話しましょうよ」
「放課後でいいでしょ。そういうのは」
「そう言ってせっせと先に一人で帰っちゃうんでしょう。わかってますからね」
「帰らないから。ほら、授業は出るよ」
「えぇ〜」
「ほら、キビキビ歩いて。放課後付き合うから」
抗議の声も虚しく、私は引きづられるようにして教室まで戻ることとなった。
本当はもっとお話をしていたかったが……
「じゃあ放課後、幸を自由にするから」
「……言い方が不穏だな」
――その日を境に私と幸は誰も切っては裂けぬような、唯一無二の親友になった。
✕
あれから三年近く。
私と幸の間には様々なことがあった。
よく一緒に遊びに行ったし、テスト前はどちらかの家に泊まり込みで勉強会だってした。
喧嘩もしたし、同じ回数仲直りもした。
修学旅行の夜、二人でホテルを抜け出して海を見に行ったのは、その後先生にバレて怒られたのも含めていい思い出だ。
私と一緒に学生生活を送る中で幸は確かに変わった。
初期の触れる者を皆傷つける切れたナイフのような性格は鳴りを潜め、今では人当たりのいい優しいお姉さんとなった。
当然私以外にも友達は増えた。
そんな中で進学する高校が別になるときた。
嫌だ。
別々の高校に行くって事自体が嫌だ。
そのうえ今の幸なら友達くらい簡単に作れるだろう。
私の知らない友達を、だ。
私の知らないところで、私の知らない人と仲良くしているなんて考えたくもない。嫌すぎる。
それに友達じゃ済まないかもしれない。
幸は美人だ。同性の私から見てもドキッとしてしまう程端正な顔立ちをしている。
異性なんてイチコロだろう。
……何が言いたいかというと……彼氏、ができてしまうかもしれない……。
「嫌だああああっっっ!!!」
思わず叫んでしまった。
想像しただけで気が狂いそうになって部屋の中をのたうち回る。
幸は私のだ。誰にもやらない。絶対にだ。
中学までは私が目を光らせて、私より仲の良い友達を作らせないようにしていたし、もちろん悪い虫だってつかないようにしていた。
だが、高校が別になるとそうはいかない。
私の手から離れてついぞ帰ってこないこともありえる。
どうしてこんなことになってしまったのか、部屋の隅で頭を抱えていると。
ピロリン、と。
不意にスマホが鳴動した。
メッセージを受信したのだ。
誰から来たのかとちらりと見ると、ディスプレイには幸の一文字が。
私は急いでスマホに手を伸ばし、メッセージを開く。
『今から会えない?』
簡潔で、でも私が一番欲しかった言葉。
私はすぐに返信した。
✕
「ごめん、突然呼び出して」
「ううん。全然暇してたから。幸に会えて嬉しいよ」
「それはよござんした」
幸は照れたようにはにかんだ。
でもすぐに真面目な顔をすると、私のことをじっと見つめた。
ここは近所の公園。
平日の昼間ということもあり、人気はない。
それを見越してのことなのだろうか? ここで会おうと幸の方から打診してきた。
私としても断る理由がなかったため……むしろお金を払ってでも会いたかったため、こうして公園で会うことにしたのだが。
はたしてなぜ呼び出されたのか見当がつかない。
ただ遊ぶだけならば駅前に集まるはずだ。それなのに近場の公園にしたのには、どんな理由があってのことなのか。
……別れ話か?
これから別々の道を行くけど、お互いに元気にやっていこうねっていうあれか。
いつまでも友達だよって言いながら、だんだん疎遠になるあれか。
そんなの嫌だ。幸とはずっと友達でいたい。週八で会えなきゃ発狂しちゃう。
「ねぇ、幸乃――」
「私達ずっと友達だからね! 絶対だからね! 毎日会う……のは無理かもしれないけど、電話はするから。毎日お話しはするから」
幸の言葉を遮って、縋り付くように言葉を投げかける。
幸は困ったように頬を掻いた。
「落ち着いて幸乃」
「でも……」
「話を聞いてほしいな」
そう言う幸の瞳は真剣なものだった。
言いたいことはまだあったが、ぐっと飲み込んだ。
口を噤んだ私を見て、幸は優しく話しかけてきた。
「幸乃。私ね、あなたと友達になれて良かったよ」
「やめてよ。別れ話切り出すみたいじゃん」
「え、別れ話? 違うよ。全然そんなんじゃない」
幸は手を振って否定した。
と、同時に私はあることに気がついた。
幸の手が震えていた。緊張しているかのように。
「覚えてる? 初めて話したときのこと。幸乃はさ、私のことを幸せにしてくれるって言ったよね」
「うん。当たり前じゃん。私は今でもそう思ってるし、これからも幸せにしたいと思ってるよ」
熱烈なアプローチに幸は照れて、えへへと笑った。
「私ね。幸せだよ。あなたに出会えて良かったって思ってる」
「それって……」
「うん。幸乃はね、あの時の言葉通り私を幸せにしてくれた」
そう言われると私も嬉しかった。
実際に幸の口から幸せだと言われるのは初めてだ。
だが、だったらなぜこうして呼び出してきたのか。
別れ話ではないと言っていたし、彼女の手が緊張によって震えているのも気になる。
どういうことなのか疑問に思いながらも、幸の言葉の続きを待った。
「う、うぅ……」
だが、中々続きの言葉は出てこなかった。
恥ずかしがってもじもじと毛先をいじったりしている。
どういうことか。私は幸に声をかけた。
「えっと、幸……?」
「待って。お願い。もうちょっとだけ……」
煮えきらないような態度の幸。
彼女は、急かすみたいになってしまった私の言葉を受けて、数回深呼吸をした。
すー。はー。すー。はー。
大きく吸って吐いてを繰り返す。それに比例して顔がどんどん赤くなっていった。手の震えもこころなしか手の震えも大きくなっているような……。
ひょっとして……。
「風邪?」
「ちがうわい!」
私の風邪が感染ったのかと思ったが、大声で否定された。
まあ考えてみれば私が風邪を引いたのは二ヶ月近く前のこと。今更感染る訳もなかった。
「……幸乃ってさ、結構天然だよね」
「まあ、それが私の美点ですので」
「そんなばかな」
そう言ってくすくすと笑いあった。
お互いにひとしきり笑うと、目があった。
「あっ」
その声は果たして私と幸のどちらからだったか。
幸からかもしれなかったし、私からかもしれなかった。
どちらが言ったのか分からなかったのは驚いたから。
私は幸の顔を見て驚いたのだ。
何で驚いたのかって?
幸の顔が真っ赤に染まっていたからだ。
ただ真っ赤に染まっていたのではない。その表情は漫画とかアニメに出てくるようなまるで――
「私ね欲張りなの」
そう幸が切り出した。
いくら天然と呼ばれようが、彼女がこれから何を言おうとしているのかは理解できた。
顔が熱くなる。きっと私も彼女のように顔が赤くなっていることだろう。
「私をもっと幸せにしてくれますか」
告白だ。恋する乙女のような表情をした幸はまっすぐに私を見つめていた。
「それってつまり……」
「……言わせようとしてるでしょ」
幸は照れからか一瞬目を逸らしたが、すぐに私のことを見て言った。
「私と付きあっ――」
「はいっ!!!」
食い気味もいいとこだ。
でも我慢できなかった。
彼女が告白を言い切る前に返事をすると、ガバッと幸のことを抱きしめた。
そのままぎゅぅっと強く掻き抱く。
「ちょっ、幸乃……くるし……もう……」
幸は抗議の声を上げたものの、すぐに抵抗しなくなり、大人しく私の中に収まった。
「幸乃ってさ、私のことを大好きすぎるでしょ」
「ん? うふふ……それがね、私の――」
「美点だもんね」
そう言うと幸は私の頭をよしよしと撫でた。
――こうして、私達は付き合い始めたのだ。