大魔導師
家族がいないの。
さびしいの。
消えたいの。
でも、消えられない。
「いい加減セドにも困ったものだよ。早く新たな器を生むかあの無属性の子を屈服してほしいのだけどなあ。」
「……申し訳ございません。」
「まあ、僕が死ぬまでにまだ時間があるし。いざとなったら君に僕が今まで得たすべてをあげるから。それが嫌ならどちらかを選ぶんだよ。」
「…はい。」
「ああ、可愛いセド。そんなに暗くならないで。さあ、君は僕の可愛い人形。こっちにおいで。新しい魔法を君に教えてあげよう。」
私の魔法の先生は、大魔導師と呼ばれる存在。昔はいろいろな国の主に専属の魔道士として仕えていたと、前に彼のお客さんが言っていたけど、彼はその話を私にしたことがない。
きっと、人形の私には必要のないことなんだろう。そう。彼の与える魔法だけが、今の私に持つことが出来る唯一のもの。愛も同情も侮蔑も嘲笑もいらない。
神の過ちによって生まれた私は、結局は生み出した神のためのおもちゃに過ぎなかった。
「さあ、今度は見方を裏切ってあちらの国を潰しておいで。お前なら一晩かからないだろう?」
「世界の均衡が崩れています。人間を数千万ほど減らしていただけるとありがたいのですが。」
「ごめんね。生んでしまってごめんね。つらいなら、いつでも言って。壊してあげるからね。」
「ただ、最高神の命にのみ従え。人間となれ合うな。…異物として排除されるだろうからな。」
「この世界に紛れ込み始めた魔族を滅してきてほしいんだ!安心して。この世界はあと数百年は続くから。」
「…いい実験体だな。しばらくその地方で生活して何かあればすべて報告しろ。お前の器の変化もな。」
「今更その器を捨てると言うなよ。だって、それに勝る使い勝手のものはなかなかないのだから。お前は死なせない。だって、死んだら彼女が悲しむから。」
生まれて間もない頃は、神の言いなりだった。
私を生んだ創造神は会うたびに私を造ったことを謝罪し、破壊神は創造神のために私の破壊をやめた。創造神の眷属は、会うたびに辛辣な言葉や面倒な依頼を投げかけてくる。創造神を第一とする彼らは自分たちが彼女の第一ではないのが気にくわないのだろう。そして、いい駒であり実験体。感情のない人形。人間の世界の異物。
ある神の眷属が言ったように、私は銀の戦神と恐れられ、幾多の人々に仇の恨みを受け、自分の身を守るために殺す予定のなかった人を殺した。死から生まれる悲しみは憎しみの連鎖を生んで、記憶が風化してもその被害を受けた最後の人間が死んでも、ずっと消えない。
少し前まではいいように使われていた。が、神は前ほど私に頻繁に会おうとしない。きっと、飽きたのだろう。
彼らは「イセカイテンセイシャ」や「イセカイテンイシャ」という新しいものに興味を示していたから今頃はそれらを試験的に導入しているのだろうか。きっと、私はこの世界が終わりかけるあと数百年後にご入用で、それまでは大事に取っておかれるのだろう。
全く予想していなかった。
神の手の平から、神の視界から消え去って、何も関係のない新たな生を始められること。
神からある程度の教育は施されているから言語や何かの仕事に就くときの欠点などないし、魔法も多少この体に内蔵されているから魔法の指南などもできる。人間界で苦労することはないだろう。
そう思って、私の顔や容姿などか少しも知れ渡っていなさそうな国を選び、降り立った。
でも、ある人に出会ってしまった。
大魔導師ベリル
彼は、私と同じ銀髪と薄緑の瞳を持った人。
「なんだ、君も家族がいないのか。なら、おいで。」
その骨ばった手を、取った。
その人に囚われ、私は自分の脚で動くことを忘れた。自分の力を使うことを忘れた。
一つずつ未知の魔法を身体に刻まれる快楽に酔いしれていた。
私に名を与えてくれた存在。持ったことはないけれど、親みたいな存在。
少し、反感を持ったこともあった。彼は私に跡継ぎを生むか跡を継ぐことが出来る人材を連れて来いと言い続けていた。彼の、人生をかけた研究を後世に残すために。結局、時間が足りないがためにそれは叶わず、私が全てを背負うこととなったが。
でも、負の気持ちはすぐ消え去った。それは、彼が私のすべてのような気がしたから。
時間さえあれば。彼が幾度も零した言葉。
大魔導師と呼ばれた人間にも衰えというモノはあり、死というモノがある。
人形の私を置いて、彼は一人、人生というモノから足を洗った。
人形の私には、流すことのできる一筋の水さえなかった。慟哭する気持ちさえ湧かなかった。
彼の器が星屑のように煌めきながら崩れ去ったのを見届けた後、私は彼の黒のローブを纏い、幾ばくかの金を携えて、飢えた大地へと足を踏み出した。
それから千年以上たった、今でも私は飢えを満たすために、魔法を求め続けているのだろうか。