眠融機関
なにこれ
現在二十三時。残業、未だ終わらず。ブラックを超えたブラックだよまったく。
一周回って消え去っていた眠気が更に一周回ってきて死ぬほど眠たい。それなのに目がぎらついているのが鏡を見なくてもわかる。
作業にも疲れ切り、さっき休憩のためにコンビニに向かっていた道の途中、時間外れな気もするティッシュ配りのお姉ちゃんから受け取ったポケットティッシュに挟まれたチラシに目をやってみる。
「いつでもあなたのそばに……消費者眠融?」
消費者金融というものは聞いたことがある。俺みたいな個人にもお金を貸してくれるという金融機関だ。昔の知り合いがそこから借りすぎてエラい目に遭ったのも知っている。
だが消費者眠融?そんなものは聞いたことがない。そういう社名なのか、それとも誤字か?
気になって手元の端末で検索してみる。
…………
……知らなかった。今はこんなビジネスが流行っているのか。
どうやら消費者眠融というものは誤字ではなく本当にそういうビジネスがあるらしい。
消費者金融が金銭を貸し付けるとしたら消費者眠融は睡眠を貸し付けて眠らなくても疲れを取ることができるらしい。
なるほど、今の俺には丁度いいかもしれない。そう思った俺は回らない頭で書いてあった電話番号に電話を掛ける。
少しの発信音の後、若々しくも落ち着いた声が社名を告げる。
「お電話ありがとうございます、消費者眠融『グッドナイト』です」
「すみません、初めてなんですけど睡眠を借りたいのですが」
「はい、貸し付けですね、説明などは必要でしょうか?」
「あぁいや、他の人のブログである程度把握したので大丈夫です」
確かブログによるとあとで借りた分の時間分普段より多めに寝ると返済になるらしい。
普段より多め、というものが分からないが二度寝や昼寝をすると返済している事になるらしい。楽そうな返済で良かった。
「さようでございますか、それでは何時間ほどご用命でしょうか?」
あぁ、それは考えていなかった。しかしいきなり大量に借りるのはまずいか。とりあえず仮眠レベルでいいか……?
「とりあえずは二時間ほどお願いできますか」
「はい、二時間ですね、かしこまりました、それでは今から当社の睡眠代用のための音楽を流させていただきますので五分ほどこの電話を繋いだままにしてください」
「はい、わかりました」
そうしてしばらくの無音の後、何やら不思議な音楽が流れだす。時計の針の音のようなものが遠くに聞こえる。
………
受話器を持つのも億劫になってきてスピーカーホンに切り替えてぼうっと頬杖をつく事約五分。
ささやかなベルの音の後に電話の向こうから先ほどの声とは違った機械音声が流れてくる。
「睡眠代用のメロディは以上になります、ご利用ありがとうございました、なお返済期限は特別な事情のない限り本日より168時間以内となっておりますのでご注意ください」
その声を聞き届けた後、ガチャリという音がして通話が終了する。
それと同時に眠気を確認してみる。うん、眠気はかなり収まった。それに疲れも大きく吹っ飛んだように感じる。
結局その後は回復した体力のままに仕事を片付け、意気揚々と退勤した。
「……すごいな」
正直な所本当に驚いた。睡眠をとらなくてもその分の回復量を前借りすることができる。これさえあれば眠気が襲ってきた時に使えば無敵ではないか?
「すみません、三時間ほど借りたいのですが」
「はい、かしこまりました」
「……すみません、二時間ほど借りたいのですが」
「はい、かしこまりました」
「三時間ほど借りたいのですが」
「はい、かしこまりました」
…………
それからも俺は仕事中に眠気が来るたびに眠融機関に貸し付けてもらってはたまの休みや通勤中などに眠ってはきっちりと返済する生活を繰り返していた。
おかげさまで仕事の効率も上がり、早く上がることができる日も増えた。
そんな生活が半年ほど続いたある日のことである。
その日も仕事が早く終わったので愛車で海辺をドライブしていた。
カーナビで陽気な音楽を流しながらアクセルを踏んでいく。
そんな時に不意にポケットに入れた端末が着信を知らせる。
「……なんだよ」
見慣れない番号だが職場か?仕事は片づけたはずだ。呼ばれる道理はない。
俺は周りにパトランプが見えない事を確認した後、機械音声ならスピーカーホンにしておけば万が一警察に見つかったとしてもしょっぴかれないだろうと思い、音楽を止め、端末をホルダーに置きなおしてその電話に出る。
「……もしもし」
「いつもご利用ありがとうございます、消費者眠融『グッドナイト』です」
電話の主である機械音声は俺の呼びかけにも応えず続けざまにこう告げた。
「未返済の睡眠時間が四分三十三秒残っておりますのでこれより差し押さえさせていただきます」
なにこれ