シャーリーと写真と少年23
突如響き渡る銃声。乾いた音とその中に紛れる人の怒声と悲鳴。これらが少佐の耳に入るのに時間はかからなかった。
「今度は何が起きやがった?」
少佐は現在アンドロイドに車椅子を押してもらいながら移動している。自力での歩行よりも今はこっちの方がずっと効率が良いと判断したからだ。
車椅子の上で耳を澄ます。拾える音を全て拾うために目を閉じる。
(銃声。発砲のタイミングはバラバラ?いや一部だけど規則性が混じっている?何か叫んでいるが中身までは分からないな。)
「すまない。一旦止まってくれるか?」
少佐が看護用アンドロイドに指示を飛ばす。本来ならば基地内部まで連れてくるのは良い事ではないのだがそんなことを言えるほど甘い状況ではなかった。
少佐達が基地の近くに来た時点で既に異変の予兆があった。いつもなら基地入り口を守っている兵たちが数名。僅か数名ではあるが死亡していたのだ。その異変に気付いた兵により入り口はちょっとした騒ぎになっていた。詳細は誰も分からないというのだから少佐は事の深刻さを察した。
少佐は止める兵を強権を使い振り切り基地内部に入った。侵入した基地には血痕によって複数の道が出来ていた。その道を追いかけようとした瞬間の新たな騒ぎである。少佐も慎重になっていた。
「流石にここで無線使うのは論外だよなぁ。情報集めるにしても今の状況だと判断に困るだけか。結局は足使って探すしかないかなぁ」
周りの騒ぎもなんのその。少佐には今現在なにが起きているのか、それ以外の興味はなかった。徹底した情報分析こそが彼女が軍内部で出世した強みでもあり悪癖でもあった。
「危ない!」
「あん?」
響く発砲音。だけどその音は先ほどの比ではない大きさだ。それと同時に金属を破壊する耳障りな音が響く。
「うおっ!」
少佐の体が揺れ車椅子から体を投げ出される。
「そのまま伏せてて!」
声の持ち主は女性だった。だがその可憐な声からは想像も出来ないほどの気合が伝わってくる。一度、二度と繰り返し発砲音が伝わる。
「一体何が…っておい!」
地面にうつ伏せ状態に転げ落ちた少佐の顔の横にアンドロイドが降ってくる。その顔からは火花が出ており、銃弾のせいかボコボコに歪んでいた。
よくよく見ればその顔は先ほどまで少佐の世話を見てくれていた看護用アンドロイドだった。
「伏せるも何もって…マリリンじゃねぇか!」
少佐が声の方向を見るとそこにはマリリンがいた。その体に不釣り合いな大きな銃を軽々と扱い発砲する。そしてその目が狙っているのは少佐の体ではなくその上だ。
そこにはアンドロイドがいた。先ほどの看護用とは異なる警備用のアンドロイドだ。武装は極めて軽微な物だがその耐久力は有事の際市民を守れるように特別頑丈に作られている。そのアンドロイドの足が少佐に対して振り下ろそうとされていた。
「させるか!」
マリリンの裂帛の気合と共に発砲音が激しくなる。火花と共に少佐のすぐ上で銃弾が弾ける音が響く。
「痛い!痛い!」
当然アンドロイドを貫かずに止まった弾が少佐の上に落ちてくるがマリリンはお構いなしだ。時間にして数秒の連続した発砲音。だがその数秒が少佐には苦痛だった。苦痛が終わると同時にアンドロイドが倒れこむ大きな音がした。
「ご無事ですか!少佐!」
マリリンが駆け寄ってくる。
「あのなぁこれが無事に見えるならジャンク屋持っていくぞ?あぁ?」
少佐の体の上には無数の銃弾。どれも形がひしゃげてはいるが発砲した直後のせいかほんのりと熱を帯びている。
一発は軽くてもそれが頭含む体の上に何度も落ちてくれば痛いのは明白だった。そしてなにより包帯を巻いて銃弾にまみれるその姿はお世辞にも無事とは言い難い。
「命があるだけマシでしょう。ほら運びますから車椅子乗せますよ」
そう言いながらマリリンは看護用アンドロイドと比べるといささか雑なやり方で車椅子に少佐を無理やり乗せた。
(ちっ普段からあのジジイの傍にいるだけあって慣れてやがる。ムカつくなぁ!)
心の中で悪態をつくもそれはマリリンには聞こえていない。そんな少佐を無視してマリリンは車椅子を押し始める。
「おいまて、どこに行く」
「決まってます。一旦この基地から脱出して貰うんですよ」
マリリンのその真剣な表情に少佐の目が座る。
「…おいマリリン。移動しながらで良い。状況を話せ。なるべく簡潔にだ」
マリリンは少佐を見ながら答える。銃声と悲鳴が鳴り響く基地においてその言葉だけがまるで空間から切り離されたように少佐の耳にするりと入った。
「アンドロイドの一斉暴走?」
「えぇ。突如F型含む軍用アンドロイドと基地内部にいた警備用などの一般作業型のアンドロイドが暴動を起こしました」
「停止指示は出したのか?」
「当然出してます。ですが何故か受け付けないようで」
アンドロイドには暴走した際に停止命令が下せるように特殊な回路が組み込まれている。心理機能保有型のアンドロイドなど特殊なエラーが発生するアンドロイドに関しては万が一のことを踏まえて首輪から電気を流すことでそのアンドロイド生命の終わりと共に停止するようになっていた。
だが今回のアンドロイドの暴走は人間が指示を出すタイプのアンドロイド。彼らに自主性はない。だからこそ暴走を起こす原因は極めて単純だった。
「となると…」
「えぇ。当然のことながらハッキングでしょうね。てか暴走の仕方を見る限り…少佐が関わっていたアンドロイドコントロールシステム盗まれてますよ。」
「だよなぁ」
マリリンと答えが一致したことに少佐は頭を抱える。昼間の誘拐騒動に加えて今回の暴走事故。彼女の心労はピークに達していた。
「…暴走してるのは何体だ?」
「不明ですが心理機能を保有しているアンドロイドは暴走してないことが確認できています」
「となるとこの基地内部でも500体以上が暴れまわってるってわけか。ぞっとするね」
「幸いにも前線の補給に部隊を送り込んだのが功を奏したようで」
「その結果として防衛戦力が薄いけどな。明日には研究所から追加のアンドロイドの配送が来るんだが。そう言えばお前なんでこんなところに?将軍はどうした?」
少佐の問いに肩をすかして答えるマリリン。
「シャーリーのことで話しがあるって古川様含む警察の方と一緒ですよ。私は追い出されました」
「あー…アンドロイドは武装と一緒だからな。てか古川の野郎と一緒かよ、また面倒なのに絡まれてんな」
「ご存じで?」
「古馴染みってやつ。今は商売敵だけどな。こっちのやることが上手くいかないときには大体あいつが絡んでる」
少佐はそう言うと忌々しい人間を思い出したのか眉間にしわを寄せて空を睨む。空はすっかり真っ黒になっている。星でも見ながら酒を傾けるには良い日だ。耳元と骨身に響く銃声と怒声がなければだが。
「はぁ。まぁあの野郎といるなら命は大丈夫だろ。ご丁寧にこんな時代になっても司法組織と警察を守ってきた男だ。それなりに生き残ることには長けてるよ」
「それでも心配は心配ですがねっと!」
マリリンが車椅子から手を放し銃弾を放つ。放たれた銃弾は現れたF型アンドロイドの脚部に命中した。
「関節部分に一発か。お見事」
「シャーリーほどじゃありませんがね。あの子ならそもそもここまで接近させませんよ」
「そうは言うが曲がり角の出会い頭だぞ?接近も何も…」
「それも含めてですよ。まるで未来予知でもしてるかのように動く。だからこそあの子たちSシリーズは強かったんですよ」
実際浅羽との戦いでもシャーリーはほとんど攻撃を貰うことなく戦っていた。人間が出来ない避け方をして攻撃を避ける。それは浅羽が未知の化物になっても変わることは無かった。だからこそ少佐にはある疑問が沸いた。
「でもあいつ私の回収に来た時、誘拐犯から一発貰ったぞ?」
「調子にムラがあるのは心理機能持ちあるあるですからね。少佐Sシリーズについては?」
「前線が勝手に開発した兵器のことなんて知らねぇよ。一応素体はF型だが中身は別ものだろあれ。」
「私も詳しくは教えられていませんが、あの子たちが普通のアンドロイドじゃないのは確かです。ムラはあるし使えない子はとことん使えませんが…強い子はとことん理不尽です。強いとかそういう次元じゃ語れないくらい。私なんか何のために改造されたのか分らなくなりましたからね」
「反応に困るアンドロイド特有の悩みはさておき、これからどうする?」
「少しは聞いてくれても良いと思いません?…はぁ、私の目的はあなたを逃がして少しでも早く将軍のところに行くことなんですが」
そう言いながらマリリンは物陰から顔を出す。北海道に基地が移された際その土地の広さを利用して基地自体は山を丸ごと一つ利用して作られている。当然指令室など重要施設がある建物は頂上付近に密集している。今現在少佐達がいる位置は全体訓練などに使われるグラウンドがある麓付近。ここから将軍たちがいる頂上付近まではかなりの距離がある。
「なるほどね。ところで咲がいる位置も分る?」
「生憎と存じ上げませんが恐らくは上だとは思いますよ。良くも悪くもあそこは守りやすいですから。」
母親の立場などを横においても現在咲は誘拐事件の被害者であると同時に重要な情報源の一つ。その身柄は丁重に保護される必要性があった。
将軍たちが居ると予想される頂上付近の建物は原則一般人は立ち入り禁止だ。これは軍事機密が漏れださないようにするための規則だった。だがそれ以上に咲を保護する必要があるとして将軍が特別に立ち入りを許可させたのだ。マリリンの予想はこれ以上にないくらい的中していた。
「じゃ…とりあえず行きますか」
マリリンが目を見開く。
「本気ですか?あなた今の自分の状態理解できてますか!?」
たまらず声を荒げるマリリン。だが今の少佐の姿を見れば誰だって声を荒げる。包帯からは血が滲み、骨が折れているせいで体のあちこちが腫れあがっている。まずまともに動ける状態じゃない。
「まぁ痛いけどどうにかするさ」
だがそんな状態でも少佐は動く。体には激痛が走っているのかその顔には脂汗が浮かぶ。
「そんな状態でなにが出来るんですか。娘さんなら私が…」
「別に娘だけが理由じゃない。私が動く必要があるから動くんだ。私がケリをつけなきゃいけないから今無茶をするんだよ」
「…なにを言いたいのか分かりません。私から見れば今のあなたはただの自殺希望の死にたがりです」
マリリンのその声は悲痛に満ちていた。どう考えても今少佐が動く必要性は薄い。暴走しているアンドロイドは僅か500体。確かに脅威だしこれから死者も多くでるだろう。だが制圧できないほどではない。まだ人間の軍隊で制圧できるほどの脅威でしかないのだ。なのに少佐は遠くを見ている。今差し迫っている脅威のその先を。自分だけが何かを掴んでいるように喋るのだ。
「死にたがりね…じゃあ私が自殺者にならないためにも手を貸せ。とりあえずアンドロイド共止めてやるからさ…な?」
そう言った少佐の笑みにマリリンは反応することが出来なかった。




