シャーリーと写真と少年22
「はぁっ」
まだ夜も深い時間帯、視界を照らす光源がメンテナンスポッドの青い光だけの狭い部屋でシャーリーはため息をついた。
そんな部屋であってもシャーリーの目にはその部屋の物の配置、壁の色までもが明瞭に映る。これはシャーリーだけでなく多くのアンドロイド、ドローンに搭載された機能の一つだ。現に現在シャーリーを監視しているドローンは相も変わらずシャーリーにレンズのピントを合わせていた。
「このメンテナンスポッドと言いドローンと言いどうしてこれを前線に支給しないんだか」
シャーリーは瞼を閉じて思考の海に沈む。シャーリーは頭部に埋め込まれた記憶装置から映像を引っ張り出す。本来瞼を閉じる必要性はないがシャーリーはいつもこうしていた。
彼女にのみ聞こえる銃弾の音、仲間の悲鳴、そしてその中にも確かにあった幸せ。そしてそれを奪われた瞬間をシャーリーは忘れることは無い。それは彼女がアンドロイドだからだ。人間なら月日と共に不明瞭になる幸せはシャーリーには許されてない。
シャーリーが映像を切り替える。
そこに浮かぶのは少佐の姿。鋭い目つきと横柄な態度、意地汚くて善人とは言い難い彼女が笑っている。子供を連れて楽しそうに笑ってる。
笑っているのは彼女だけではない。周りの大人たちも子供たちも楽しそうだ。シャーリーが見たことのない空間があった。
「…ずるいよなぁ」
ポツリと出た言葉。それは言った本人にしか聞こえないくらいの小さな言葉だ。
「なんで…私達とこんなにも差があるんだろうね隊長」
シャーリーの問いかけに答える者はいない。機械の排気音だけが返事をしていた。そんな空間でシャーリーは自分の壊れた体を見る。人工皮膚が剥がされた素体には無数の傷が付いていた。銃弾の痕、地面を転げまわった際の傷。爆発に巻き込まれたときの傷。色んな傷がある。
シャーリーは動かない自分の体に向かって言葉を投げる。
「でもね?不思議とムカついたのは最初だけなんだ。ここにいる間にあぁここでの異物は私なんだってそう思ったんだよ。あんまりにも違いすぎてさムカつくこともできないの」
シャーリーはまるでそこに人が見えてるかのように話しかける。不思議とドローンすらもまるでそこに人がいるかのようにレンズを移動させていた。
「私が知らない幸せが皆が望んだ物なんだって理解したよ。そしてそれをあの人は実現させてた。私達を犠牲にしてたけどその責任を負う覚悟は持ってた。どんなことがあってもこの街を守るつもりなんだよ。攫われてもそれは変わらなかった。」
これまで見てきた戦場では荒れ果てたゴーストタウンが多くあった。そこに幸せはなくただ生きるために戦っている人間とそれに付き従うアンドロイドだけがそこの住人だった。毎日が生と死の瀬戸際で毎日誰かが死んで、誰かがおかしくなる。
そんななかでも生きて帰れた日は大いに喜んでいた。皆が皆不幸で幸せだった。
だけどここにはそんな物はない。ゴーストタウンの住人が生きられる場所ではないことをシャーリーは悟ったのだ。最初は憎んだ。お前たちが始めた戦争を何故お前たちは負担をしないのだと。
だがそれが勘違いだと気づいてしまった。少なくとも少佐は戦場の中に居た。後方に居ながら自分たちが殺される覚悟を持っていた。それが味方によるものだとしても、市民によるものだとしても、そして合理派によるものだとしてもそれを受けとめる覚悟を持っていた。
だから最初シャーリーが賄賂を責めたとき少佐は逃げなかった。賄賂をしていることを真っ向から受け止めて答えた。
攫われた時も泣いてすらいなかった。それどころか相手を激昂させるほど精神的に追い込んでシャーリーを引き寄せた。
彼女は誰かに殺されることも責められることも全て覚悟して街を守っていた。人々の普通を守っていたのだ。
「自分が嫌になる」
「そうやってまた腐るつもりかい?」
突如暗い部屋に光が差し込む。シャーリーが振り向けば閉まっていたはずの扉が開き廊下の照明が部屋を照らしていた。
「腐っていても魅力はあるけどね…流石に飽きたよS12」
その言葉は友人にかけるような親しみと同時に失望が内包されていた。
「キャンプ場で見たときは少しはマシになったと思ったけど見込み違いだったよ」
床を叩く硬い音が部屋を響かせる。それは一歩、また一歩とシャーリーに近寄る。
「どうやってここまで入ってきた」
「君も分かってるだろう?僕たちはどこにでもいるってことをさ。少しのお願いで人は簡単に裏切る。違う?」
「じゃあ何故さっさと攻め落とさない。それだけの武力も技術も人も足りてるんだろう」
「趣味じゃないからさ。どうせやり合うなら力を出し切って死ぬ方がいい。お互いにね。…でも君がそんな調子なら僕は今ここで君のラスボスになるよS12」
銀の体を光らせ厳つい装備に似合わない軽薄な声と共に姿を現せたのはキャンプ場でラスボスと呼ばれたガーデックだった。
「正直な話君が後方に行ったと聞いて寂しさよりも安堵感の方が強かった。それくらいここしばらくの戦場の君は酷かった。君の姉たちを見ているような気分だったよ」
ガーデックは扉の前に立ちシャーリーを見つめる。
「恐ろしく強いけど…初めて会ったときみたいな楽しさなんかなかった。ただの人殺しアンドロイド。無表情で無感情で心ここに非ずって感じだった。そんな君が自軍の味方を撃った時にはもうダメだとすら思った」
「随分と詳しいことで」
シャーリーの嫌味に肩を上げて答えるガーデック。
「坂本君が君を後方に引っ張って行ったときは少しはマシになるかと思ったんだ。実際キャンプ場ではマシな戦いをしたしね。初めて会ったときみたいだった。生き残ることに必死でこっちの予想をコロコロ超えてくる。久しぶりに楽しかった。そう…楽しかったんだ」
ガーデックの頭部がピカピカと光を放つ。青白く光るライトが点滅する様子は涙を表しているのだろうか。機械の体から不思議と悲しみが伝わっていた。
「久留和少佐はその点良い仕事をしてくれたよ。君はかつての明るさを少し取り戻した。幸せを感じていたんだ。この様子なら安心と思って交渉材料に使えるだろうと思って色々見せたのにそこからなーんにも動いてくれないんだから薄情な話だよ」
シャーリーはガーデックが言っている言葉がうっすらと輪郭を帯び始めたことを悟っていた。
「つまり少佐が攫われたのは…」
「君を試すのが目的だよ。さらに言うなら久留和少佐救出の実績で罪の帳消しを図った。勿論検察にリークしたのもこっちの仕事。それなりの実績があれば軍部が司法を黙らせるくらい訳ないだろうからね。救出された恩義があれば彼女得意の搦め手で君を助けてくれるとも思ったんだ。情に深いのが彼女の特徴だし。目論見は外れたけどね」
シャーリーは少佐を救出したが死傷者を出した。そして少佐も自力で脱出を図った。罪を帳消しにするほどの強い実績は残せてない。さらに言うならシャーリーは素体、保有武装共に万全だったにも拘わらず負傷して帰ってきている。
そのことに不満がある軍部の人間は大勢いた。少佐自身も大きな負傷をしていることもありシャーリーという存在が本当に必要なのか?味方殺しのリスクを背負ってまで維持し続けるだけの戦力なのか疑問に思う声が多く上がったのだ。
「君は少しはマシになったとは言えあの頃ほどじゃないし…なにより君がこんなにも身を粉にしているのに君を疑い続けるこの組織も本当にいるのかな?」
瞬間シャーリーの顔が変わる。
「お前何をした?…いや待てなんでここまで静かなんだ!」
「警備の多くをアンドロイドとドローンにしたのは失敗だと思うよ。おかげでこんなにも容易く侵入することができた」
先ほどまで静かだった基地に音が響く。シャーリーと同様の鋼鉄の音が。揃いきった音はオーケストラのようだ。破壊者の音が廊下から伝わってくる。
「君と同じF型を一斉操作する兵器が出来てるんだってね。君のところの上層部は僕たちが何に苦しんだかまるでわかってないんだ。思い通りになる鉄の兵士なんか利用されて当然なのにね?」
悲鳴、銃声、怒声様々な音が基地を支配した。
ガーデックがシャーリーに問いかける。
「さぁ見してくれよS12。この逆境を救えるのは昔の君だけだよ。いつまでも腑抜けてくれるなよ。なぁ!」
「このクズ野郎!」




