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シャーリー  作者: カメレオン
第一章
19/47

シャーリーと写真と少年⑭

もう三月も終わりですか…早いですね。

 浅羽絹は比較的裕福な家庭で生まれた。彼の家は代々不動産業を営んでいたこともあってか貯蓄は十二分にあった。そんな家庭で彼は不自由も不幸も知らずに暮らしていた。

 そんな彼の人生に転機が訪れたのは彼が大学生の頃である。彼がいつも通り学校の友人たちとバカ騒ぎをして家に帰ったときだった。

 彼の目に入ったのはおびただしいほどの赤。そして脳を嫌でも覚醒させる鉄の匂い。それらは彼の体に入っていたアルコールを吐き出させた。そしてそれは彼に新たな人生を与えたのだった。

 浅羽絹はその後警察に行ったがすぐには犯人は見つからないと言われた。彼の家にあった財産も親戚が全て持って行った。家族の仇も財産も奪われた彼が身を落としたのは物乞いだった。

 最初はアルバイトで生活を行おうとしていた。だけども近年の物価上昇に加え、殺害事件の生き残りを雇う企業も少なく彼は早々にアルバイトで生活をすることが不可能だと気づいた。

 だが資産も経験もない彼に出来る仕事があるかと言われればそれもなかった。彼が物乞いにまで身を落とすのは必然的なことだった。

 物乞いを始めた彼に訪れたのはこれまた試練だった。彼は当初物乞いにも縄張りがあることを知らず町中を放蕩していた。それが他の物乞いの琴線に触れた結果彼はリンチされた。慣れない頭を下げて稼いだ金を奪われた。そんな生活が三日ほど続いた。

 彼はある日突如として自分の中のリミッターが切れる音を感じた。頭が真っ赤に塗りつぶされ思考が奪われた。

 彼に理性が戻るとき気づけばそこには死体の山があった。それも昨日まで彼からなけなしの財産を奪ってた連中の死体だ。

 それは彼に家族が死んだときの情報をフラッシュバックさせた。だけどあの時のような吐き気はなくそれどころか彼に興奮と満足感をそれは与えた。彼はこの瞬間から生まれ変わったのだ。人の道を捨て、自らの欲を満たす獣へと。

 


 それから彼の生活は一変した。日中は物乞いの姿をすることで世を欺き夜は畜生として他者から財と生を奪って生きていた。

そんな生活を続けていたある日のことだった。突如としてビルが崩れ始めた。人々が逃げまどい自分と同じような畜生が嬉々として姿を見せる。彼はこの世の極楽はここにあったのだと歓喜した。

だがそんな生活も長くは続かなかった。混乱は速やかに収まり街は銃弾と硝煙の匂いが飛び交う地獄になった。そこにいたのは自らの及ばぬ修羅かそこに堕ちることすら出来ない人であり畜生の住む場所はないのだと彼はすぐに気づいた。

彼は必死で逃げた。東京を逃げ出し北に向かって走り出した。生きるための金は全て他人から奪った。

東北に着いたとき街の雰囲気が違うことに気付いた。誰もかれもが小奇麗なのだ。そこには逃げまどい苦しむ人はいない。それどころか皆どことなく裕福だった。

彼はここでは異物だった。そして裕福な人間達は野良犬が入ってきたことを許しはしなかった。

追い詰めた。野良犬が二度と街に入ってこれないように徹底的に追い出した。彼は石を投げつけられ警察に追われそれでもどうにか生き延びた。気づけばまた戦場の近くで生活していた。

そしてそこには自分と同じような人間が多数いることに気付いた。

皆で街を襲い女を襲い欲を満たした。生きるためになにより楽しむために。

そんな生活を続けていたある日のことだった。突如として寝床に一人の男がやってきた。その男はこれまた随分な長身で綺麗なスーツを着ていた。そんな彼が標的にならない理由はなかった。当然獣たちはその男を襲った。

だけど一分もしないうちに気付かされた。それが罠であることに。男は強かった。二十人もの仲間が皆地面に叩きつけられた。

その中で浅羽だけが生かされていた。男は怯える浅羽に近づきこう言った。「あなたに頼みたいことがある」と。

浅羽に拒否権はなかった。なにより成功すれば東京に戻れるという条件が良かった。浅羽はその後手術を受けさせられ顔を変えて体も変えて北海道に忍び込むことに成功する。

浅羽が頼まれたことは二つ。久留和美野里の拉致と新薬の臨床実験。

リンゴと名付けられたそれは浅羽に多大な幸福感と力を与えた。いくつか注意されたことがあったがそんなことはどうでも良かった。

快楽。薬による快楽と未知の力の快楽は浅羽の思考能力を奪った。わずかにあった忌避感なんてものは一回薬を飲めば簡単に消え去った。

だがそんな快楽も彼を救うことはなかった。久留和美野里にシャーリー、この二人は浅羽の想定以上に肉体的にも精神的にも強かった。特に久留和は浅羽を哀れんだ。浅羽の底にあるコンプレックスを、これまでの人生を久留和ははっきりと覗いたのだ。

浅羽にはそれが許せなかった。以前よりずっと素直になった本能が案内するままに久留和を殺そうとした。

だけどそれすらも失敗した。彼の欲求の邪魔をしたのはアンドロイドだった。金髪の季節外れの赤いダウンを着たアンドロイド。

彼女は浅羽得た力をそれ以上の力でねじ伏せた。まるでそれが容易いことのように軽々とそれを行った。

浅羽はシャーリーの瞳の奥に宿る修羅を垣間見た。かつて自分を極楽から追い出した修羅をそこに確かに感じ取った。だからこそ浅羽は許せなかった。これ以上自分から何か奪うのかと。家族を奪い、生活を奪い、人生を奪われた彼が望んだのはただ一つだった。それは他者から奪うこと。自分以外のすべてを自分と同じ土俵に立たせたい。

その一心で彼は今再び人を捨てた。

三錠目のリンゴは彼から人であることを奪った。その代わりに力を与えた。どんな理不尽すらも通してしまう力を。この人間社会に野生を呼び戻す力を。

そして今ここに獣は解き放たれた。歓喜の咆哮と共に。



「なんだ…あれ」

兵士の誰かが呟いた。現れたそれは頭髪がなく目は真っ赤に充血している。筋肉は異常としか表現できない形に発達していた。なにより目につくのは大きく開いた口と手だ。それは歯ではなく牙だった。人間が遥か昔に捨て去った牙をそれは保有していた。爪も大きく、分厚くそして何より鋭く発達している。

目の前のそれは確かに人間としての痕跡を残しながらも人間ではなかった。

「…う…うぁ」

「止まれ!近づくな!」

焦点の定まらない目をきょろきょろと動かしながらゆっくりと兵士の一人に近づいていく。明らかな危険に対して兵士一同は銃を構えてけん制するがその歩みは止まらない。

「警告する!止まらなければ撃つ!」

二回目の警告。だがそれの足は止まらない。それどころか少しづつ速度を増しているようにすら見える。

「少佐こっちへ」

そんな兵士たちの動きの傍でシャーリーは少佐の保護を最優先にした。目の前の浅羽であろう男が姿を変えていることなど気になる点は多数あるがそんなことを言っていられる状況ではないことをこれまでの経験から感じ取っていた。

「……」

だけど少佐は動かない。目の前のそれに意識を奪われていた。

シャーリーはそんな少佐を無理やり引っ張る。言葉は不要だった。今はただ目の前の化物から少佐を逃がすことが最優先だと考えたのだ。そこに少佐の意思は不要だった。

そんなシャーリー達を無視して事態は動いた。

「総員撃て!」

捜索隊の指揮官が発砲指示を出した瞬間だった。ハンドガンによる一斉射撃。威力の低いハンドガンと言えども人を殺すには十分すぎる凶器。それの集中砲火は人間ならすぐにあの世行きだ。

だが浅羽が動きを止めることはない。銃弾の雨は浅羽の体を叩くことはあっても貫かない。それは明らかな異常事態だった。

「構うな!撃ち続けろ!」

そんな異常事態であっても総射撃は続けられた。北海道にいるのは帝含む重鎮を保護するエリート達だ。化け物の相手は初めてだがやるべきことを間違えることは無い。

だけど浅羽は止まらない。銃弾を受けてもその中をシャワーでも浴びるように進んでくるのだ。

兵と浅羽の距離が残り10mほどになったとき突如として浅羽は姿を消した。

「な…」

消えた浅羽は兵士の目の前にいた。触れ合うことすらできる距離だ。

「はぁ…」

浅羽がため息を漏らし、兵士の一人が浅羽の顔に銃を突きつけた瞬間兵士の首が空を舞った。

目の前で起きたことに兵も少佐も反応できなかった。かろうじて分かったのは浅羽の右手が動いたことだ。だけど誰もその右手がどのように動いたのかまでは分からない。ただ右肩が上下した瞬間兵士の首が空を飛んでいたのだ。

鮮血が浅羽を染め上げる。浅羽は鮮血を体中に浴びてにっこりと笑っていた。

その場にいた人間に混乱が訪れる。

そんな浅羽をシャーリーだけが確かな敵を見る目で見ていた。


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