シャーリーと写真と少年⑩
遅くなりました。
「すいませんねぇ。基地をお借りしてしまって申し訳ない」
「そう思うなら今すぐ解放してやってくれんか?こっちは立て込んでるんだ」
場所は基地の取調室。本来なら捕虜の情報を聴取するために使う場所だ。だが今現在ここにはシャーリーと将軍、そして突然現れた男がいた。男は将軍の言葉を軽くあしらいシャーリーと向き合う。
「さて…取り調べ前にご挨拶を。私元東京検察庁、今現在はここ北海道でお仕事をさせていただいてる古川悟と言う者です。本日はご協力のほどありがとうございます」
古川と名乗る男はそう言って深々と頭を下げた。
「さて…本日聞かせてもらう話はS12、前線で貴女が殺した男の話とその後起こしたであろう書類偽造の話です」
古川は机の上に紙を並べる。
「まずは軍の方で書いた調書から読ませていただきましょうか。あなたは昨年の冬、千葉で撤退戦をしていた味方の殿を努めていた。間違いありませんね?」
「あぁ」
「よろしい。そこであなたは後方から追いかけてくるアンドロイド10体を相手にしていた。相手は先行部隊で本来ならあなたが苦戦する相手じゃなかった。間違いありませんね?」
「合っている」
「だけどあなたは同じく殿を努める味方兵士一人を誤射してしまった。当時はスムーズな撤退戦だったことからあなたが誤射をする要因はなかった。ただ一つ機能の不具合を除いては」
シャーリーは黙って続きを促す。
「だが精密検査をしたところあなたに身体上の不具合はなに一つ見つからず、恐らくは心因性の異常であろうと推定された。そして現在ここ北海道にて経過観察も含めて久留和美野里少佐の護衛任務をしている。」
古川は後ろを振り返り今度は将軍に話を聞いた。
「坂本将軍?軍の方では裏切りや背信行為の可能性は検討したのですよね?」
「あぁ。こちらの方でも検討したがその可能性はないと判断している。」
「つまり事件性はないと?」
「あぁ。さらに言うなら前線で起きたことだ。司法上の裁量はこちらにある。こうしてお前たちのご機嫌伺いに興じている時間すら惜しい状況だ。話がそれだけならおかえり願おう」
古川は大きくため息をつく。その姿は人を不快にさせるものだった。
「分かってませんねぇ。その軍事司法がなーんも意味がないからこうして私たちが出張ってるんでしょう?もうね?はっきり言いますよ。疑われてるんですよ。貴方たち。」
古川は立て続けに責めたてる。シャーリー達に口を挟む余裕を与えないように。
「確かに軍務上起きた事件の裁量は原則としてそちらにあります。ですがね?身内贔屓の疑いがある場合は別だ。特に人の命がかかっている場合はね。単刀直入に聞きましょう。」
古川はシャーリーの目を見据えて言った。
「S12貴女自らの意思で人を殺しましたね?」
「そうだ」
「シャーリー!」
「止めないでくれ将軍。時間が惜しい」
古川は真剣な表情でさらに聞く。
「あなたのメンタルチェックの記録拝見しました。直近は事件が起きる1週間前、精神は至って良好。それどころか口数も増えて随分と人間らしくなったと担当者の記録にありあます。なのに事件が起きたときには精神病を疑われる。これはおかしな話だ。さしずめ軍の誰かに協力者がいるのでしょう。合ってますね」
「あぁ。それで間違いない」
「どうして殺したんですか?」
「必要なことだったからだ。」
「それは軍の中で裏切りがあったということですか?だから殺した?」
「もっと個人的な理由だ」
将軍が古川の後ろで頭を抱える。無理もない。
「お聞かせして貰っても?」
「構わないが条件がある」
「司法取引ですか。良いでしょう。なにがお望みで?」
「久留和少佐の捜索を協力してくれ」
「久留和少佐の捜索ですか。こちらの方でも確かに彼女が攫われたことは理解しています。ですが軍の実力ならすぐに見つかるでしょう。なぜ私に頼むんです?」
シャーリーは姿勢を正して話を続ける。
「人命が掛かっている。人手がいる。」
古川は口を開けて呆けた顔をしている。
「人命!人を殺したあなたが?人命と言うのですか!軍に協力してもらって司法の場から逃げたあなたが!その言葉を使うのですか!人を舐めるのもいい加減にしなさい!」
古川は机を強く殴る。言葉には怒気が籠り目は血走っている。
「古川さん。貴方は真面目な人なんですね」
だけどシャーリーは臆さない。それどころか微笑む。
「あなたは先ほど私のメンタルチェックの記録を見たと言いました。ですがあの記録は私がこっちに来る前にそれらしい記録に偽装されています。でもあなたは正しい記録を言いました。それはあなたが一部分野においては軍の能力すら上回る捜査能力がある証拠です」
「おいシャーリー」
将軍が会話を止めようとする。だがそれにもかかわらずシャーリーはしゃべり続ける。
「今、久留和少佐は命の危機にあります。それも合理派の人間が関わっている可能性があるほどの事件です。下手をすればこの基地の人間が大勢死ぬかもしれない…そんな事件です。」
「だから私に協力しろと?」
「えぇ。勿論協力していただければ貴方が望んでいる情報は全て差し上げましょう。だからここは私に協力していただけませんか」
シャーリーはただ静かに頭を下した。
「…一つ聞きます。あなたはここに来た当初、後方の人間を嫌っていた。なのにどうしてそんなにも少佐の命を助けようとするんですか?ここで放っておけばあなたの嫌いな人間が死ぬんですよ?」
シャーリーはその質問に対し即答した。
「そんなの決まってます。私があの人のことを嫌いでも、それでもあの人には助ける価値があるから」
「どうしてお前は無断でペラペラと重要な情報を話すんだ」
「ごめんなさい。でもそれでも助けなきゃいけないでしょ」
シャーリーと将軍は取調室を出て格納庫に向かった。格納庫には戦車、軍事車両などが収容されている。シャーリーはそこで捜索に使う車を吟味していた。
「お前…これで帰ってきたときの処分がどうなるかわかっているのか」
「理解してます。でもね?自分の命一つで人が助かるなら安い物でしょ」
「さっきの古川じゃないがどうしてそこまであいつに入れ込む。この1週間確かに嫌ってたじゃないか」
「別に好きなわけじゃありませんよ。でもね?あの人誘拐される前何て言ったと思います?咲を見に行けって言ったんですよ。いくら自分の娘でも真っ先にあの言葉が出る人間に対して敬意を払うだけです」
それは本心でもあり、少しの嘘も含んでいた。確かにシャーリーは久留和少佐含む後方の人間の腐った空気に辟易していた。それは事実だ。だけども少佐の咲に対する態度を見て僅かばかりの好意を持っていたのも事実だった。
「それに一度死んだ命です。ならせめて誰かに返さないとお天道様に失礼ってもんでしょ」
シャーリーはそう言いダウンの前を閉める。シャーリーが前線に居た頃着ていた装備の一つだ。中には鉄砂とシリコンが含まれており無茶な動きをしても中に伝わる衝撃を軽減する構造になっている。勿論普通の人間が着るには重すぎる。
「そう思うなら危ない橋を渡ってお前を助けた俺にも配慮をだなぁ」
「だから悪いとは思ってますよ。でもね。ここに来てやっぱり思いましたよ。私の生きる場所は戦場で決してここじゃない。ここにはここの空気があって戦場には戦場の空気がある。本来ならあそこで死んでたんです。これ以上あがいちゃいけないんですよ」
シャーリーはアサルトライフルの弾薬を車に積み運転席に乗り込んだ。
「たっく…良いか?今古川の部下たちが逃走ルートを調べてる。お前の車のナビに捜査状況を同期させてある。そこから可能性が高いルートを選べ」
「分かった。…あっ行く前に一つお願いがあります」
「なんだ」
「咲さんに謝っておいてください。帰ったら多分言えないと思うので」
「テメェで言え馬鹿野郎!」
そんな将軍の声を背にシャーリーは走り出した。
「行きましたか?」
古川が出てくる。
「ここは軍の人間以外立ち入り禁止だ」
「まぁまぁそう言わず。…彼女随分といい子ですね」
「でなきゃ助けねぇよ」
「随分あっさり認めるんですね。自分が裏で手を回したことを」
「ここまで来たらあいつだけに責任を負わせるなんてことはしねぇよ。ちゃんと全部白状するさ」
「首が飛ぶかも知れませんよ?なんせ軍内の殺人を書類を偽装してまでごまかしたんだ。人によってはあっちの連中との繋がりを偽装するかもしれないし、そしたら本当に国家反逆罪で捕まるかもしれない」
「やっぱり最初の国家反逆罪はブラフかてめぇ」
「そりゃぁ重い罪で脅すのは捜査機関の常ですから」
クッソたれ。将軍はそう言い煙草に火をつけた。煙草の煙はユラユラとシャーリーの行方を追いかけた。
「とまぁそんな事情であなたを助けに来たわけですよ」
シャーリーは少佐のワイヤーをナイフで切りながら話す。
「ちょっと待て?てことは何か?お前は本当に人殺しでそれに将軍が1枚噛んで現場をひっかき回したってことか?」
「まぁそうなりますねぇ。生まれた当初からお世話になってましてね。私は良いって言ったんですがどうにかして私を後方に下げようとしてたんですよ。で、そんな矢先に私が事件を起こしたもんだからそれを利用して後方にゴーホームさせられたわけです」
少佐がクルクルと手を回す。痺れはあるが手が動かないわけではない。十分に逃げるだけの体力はありそうだった。
「それ…何人の人間が関わってるんだ?」
「当時私を産んだ科学者のおじ様、心理担当の先生、当時の上官と同僚。こんなもんですね」
「十分多いわ!てか完全に身内だけで固めた噓じゃねぇか」
「まっそうするだけの事情があったということでここはひとつ納得してください」
はいできましたよ。シャーリーはそう言い少佐の装備を整えた。怪我をしていることを踏まえて軽装である。
「で?なんでこんな装備つけさせられてるの?」
シャーリーはもうすぐスモークに包まれた壁を見ながら言った。
「そりゃあれだけで片がつかないからですよ」
煙の向こうから悪意が迫ってきた。
ちなみにマリリンはのけ者だったようです。




