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セイラという女の話をしよう。
彼女を一言で言えば、「居候」。
家賃、光熱費、食費等々全ての費用は全て嘉代子の財布から出ている。仕事もしなければ家からも出ないヒモ女なのだ。
社会不適合者と言わざるをえないが、嘉代子の稼ぎは二人分以上の額だった。嘉代子はセイラのために生き、セイラもまた嘉代子のために生きると決めた。
そこに第三者が介入しようがこの関係はびくともしない。外野がとやかく言っても、外野は決して責任を取らないのだから。
仮に「セイラと別れろ」と誰かに言われたとして、その誰かの思い通りにいったあとセイラが寂しさで死んでしまったりしたら、一体誰のせい? きっと「誰か」は知らんぷり。
そんなことになる可能性があるならば、可能性だとしても潰しておくべきだ。
嘉代子がここまでセイラに執着するきっかけは、実ははっきりしていない。セイラは気が付いたら、「いた」。学生がクラスメイトと友達になった経緯を覚えていないのと同じだ。
日本人なのにその髪は金色で、瞳は真っ黒。顔はそこまで整っているわけではないが、嘉代子が大好きな顔。見るだけで愛おしくて、その化粧っ気のない唇に自分のそれを重ねたくなる。もちろん、理性がそれを制すのだが。
セイラのことを常に想いながら、嘉代子は仕事に臨んでいた。それは、今日のニュース番組も例外ではない。
真ん中にモニターがあり、その両側に弧を描いたテーブルが一つずつある。そこにそれぞれ座る形式だ。女子アナはモニター横に立ち、「紺珠賞とは」などといった話から始めていった。
「紺珠賞って言葉をこの時期よく耳にすると思うんですけど、そもそも紺珠賞とはいったいどんな賞なのか、といいますと、」
女子アナはモニターをタップした。賞の概要を簡潔にまとめた文が表示された。
「芥川賞直木賞とはまた違うんですね、あちらは文芸春秋。そして紺珠賞は藍々社が主催となってます。そして紺珠賞の選考基準は『デビューから五年以上経った作家が対象で、より洗練されかつ技術の高い作品が選ばれる』とのことです」
「本日ゲストとして来てくださったノミネート作家のみなさんももちろん基準を満たしておりましてですね、一言で言えば『カリスマのなかのカリスマ』が選ばれるんだそうです」
『カリスマのなかのカリスマ』とい文字が赤くでかでかと映った。
デビュー後たった五年の作家を「カリスマ」と評するのは少し首を傾げたが、なるほど、わかりやすい。現に、嘉代子はデビューしてから実に八年経っていた。女優として活動し始めたのはその二年後。
ゲストに呼ばれた、嘉代子含む三人の作家たちはノミネートされた気持ちと意気込みを静かに語った。「ノミネート者」とモニターに表示され、その下に誰もが知る作家たちと作品の名前があった。
嘉代子は思わず唾を飲む。ああ、また戦うのか。
コーナーが終了し、ゲストはこれにて退散。コマーシャルの間にスタジオから出た。いつもならまだ寝ている時間なのに仕事をしてしまった、自分は天才じゃなかろうか。
「あの、すみません」
テレビ局を出ようとしたとき、嘉代子を呼び止める人物がいた。
「僕、先日『小説藍々』での対談インタビューでお仕事をさせていただいたものなんですけども……」
ああ、あのときのか、と嘉代子は軽く会釈をした。
「あのときは忙しくてお話できなかったんですが、僕、先生の大ファンで。ぜひ、しっかりご挨拶をさせていただきたく、お声がけしてしまいました」
「ああ、どうも。この間はありがとうございました」
「……あ! 申し遅れました、すみません。僕、ミギリハラと言います。よろしくお願いします!」




