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「ねえ、そこ、本当に大丈夫なの?」
セイラが訝しげに漏らした。
寝室にはダブルベッドと、その脇に金色のドレッサー、これだけ。衣装室はまた別にある。扉はベッドの反対側で、嘉代子はそこから入ってきた。ドライヤーで乾かした髪を撫でながら、パジャマ姿でベッドにダイブする。
時刻は深夜二時を回っていた。明日はニュース番組で「紺珠賞特集」をやるらしく、候補者数人が出演する。
嘉代子も生放送でその場に居合わせないといけない。加えて、コマーシャルの撮影。
「そこって、どこ?」
ベッドに潜り込んでいたセイラを横目で見る。すると彼女は眉を顰めて隣にいる嘉代子の方をくるりと向いた。
嘉代子とセイラしかいないのに、まるで誰かに聞こえないように注意する素振りでひそひそと話しだす。
「その藍々社ってとこ。やばい編集者がいるらしいじゃん」
「そうなの? 聞いたことないんだけど……」
その上、あの会社には何年もお世話になっている。あそこは極めて誠実な出版社だ、悪い噂ひとつなかった。
そうすると、その「やばい編集者」とやらは最近入って来た社員だろうか。
どうせツイッターとか、信憑性の欠片もないところから仕入れてきた情報なのだろう。
「噂ね、噂。でもさ、火のないところにっていうじゃない」
「やばいとは、具体的に?」
「綺麗な女の人にセクハラしまくってるんだってさ。あわよくば、って思ってるんじゃない?」
「男? 女?」
「男だよ。『ミギリハラ』って人らしい」
「男ね」
嘉代子は鼻で嗤った。
くだらない。くだらないというのはハラスメントではなく、その社員に対して。そうでもしないと女に近づけないなんて可哀想。
「でもあたしは平気、そんな男。ていうか、セイラがいるし。仮にあたしに構ってきても、『同性愛者なんです~』でいいでしょ」
「……不安だよ。嘉代子が可哀想な思いをするかもって考えると。ただでさえ嘉代子は綺麗だもん」
「いや、顔はちょっとイジってるし」
「そうだとしても!」
セイラの目が鋭くなる。
彼女には悪いが、こういうときに「ああ、愛されてるな」と感じるのだ。
「わかったよ。まあ、名前までバレてるんなら時間の問題でしょ、そいつ」
「うん……」
夜の帳が降りきったなか、女たちは同じベッドに潜って目を閉じた。
彼女らにとって、ベッドとは寝るためだけの道具。そこで愛を育むことは許されない。
女同士だから、嘉代子は有名人だから。そんなちゃちな理由なんかじゃない。
ただ決定的に、触れ合えない、触れ合っちゃいけない理由がある。
その事実と個々の愛情は、噛み合わない歯車のようにぶつかりあっていた。




